蓮に守護を、茉莉花に香りを

柊冬音

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1章

3話(前編)

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「守羅、仕事に連れて行ってちょうだい! 」
「耳元で大声出すな……。頭痛い……」
 守羅は頭に手を当てた。もう日はすっかり高い。起き上がろうとすると酷い頭痛がした。昨日は風太の前だからああ言ったものの、酒精は大分回っていた。俺の負けだな、と心の中で呟く。
 顔を右に向けると、実に奇妙な色彩の少女と目が合った。煌めく金髪と翠玉の瞳が、宿酔ふつかよいの頭をチクチクと刺した。思わず目を細める。
 莉凛香は守羅の不調を知ってか知らずか、にこにこと笑った。
「おはよう、守羅」
「おはよう……。朝から何……?」
 莉凛香は頬を膨らませた。
「もう、さっき言ったじゃない! 仕事に連れて行って欲しいの! 」
「ああ……わかったよ、今日はどこの家の人の手伝いをするんだ? 」
「この家の人よ」
「ああそう、この家の……はあっ?この家?  」
「そう、守羅の仕事について行きたいの」
 ますます酷い頭痛がした。体の下に敷き込まれた尻尾が気持ち悪かった。
 頭痛を堪えて起き上がり、頭を搔いた。ぐうっと伸びて、面倒な現状に向き合った。
「何?村の連中の下働きじゃ満足できなくなった?」
「そういう訳じゃないけど。実際に戦えるようになりたいと思って」
 守羅は訝しむように睨みつけた。莉凛香はその視線を正面から受け止めた。
「それだけ? 」
 沈黙。二人の間を、天使が通り過ぎた。
「本当の理由を言うね」
 沈黙を破ったのは莉凛香だった。
「おおよそ見当はついてる」
「あなたに、私について来て欲しいのよ。私にその資格があるってこと、証明してみせるわ。私を守って、お姉ちゃんを助ける手伝いをしてよ。お金なら払うわ。もう旅にだって耐えられるわ。それなら、私にも依頼する資格はあるわよね?」
「断る。足手まといだからじゃない。お前の依頼を受ける理由がないからだ」
「どうして!?  依頼を受けなさい、あなたは用心棒でしょ!? 」
 莉凛香はてきぱきと布団を片付け、朝餉の用意をしながら言った。興奮しているのか、頬が赤くなっている。朝から結構な事だ。
 そういう問題じゃないんだが。振り払うように、守羅は苛苛と尾を振った。とにかく、何とか説得しなくては。
「はあ?いいか、こっちはお前の依頼を受けなくても十分に生活できるんだ。わざわざ遠い所まで、危険を犯して行く必要は無い。割に合わない依頼なんだ。お前を連れてなんて、無理に決まってるんだから。しかも、俺はどこの何かもわからない子どもを、わざわざ拾って育ててる。これを親切と呼ばずになんて言うわけ?莉凛香の恩知らず! 」
 いかんせん言いすぎたような気がするが、12の子どもを連れて旅をするなんて言うのは無茶なのだ。それに、守羅には莉凛香を手伝う気は無い。
 だが、莉凛香には守羅が必要なはずだ。
「わかったわ。それならこっちにも考えがある」
「何?」
 莉凛香はにやりと笑った。
「あなたが『はい』と言うまで、私はご飯も作らないし、お洗濯も掃除もしないわ。あなたが楽しみにしてた切り干し大根も食べさせないわ」
 それは困る。守羅とて家事ができない訳ではないが、莉凛香ほどではない。特に料理に関しては、莉凛香の飯がなければ、また味気ない飯を食う日々に逆戻りだ。
 自問自答は、腹の虫の鶴の一声により決した。
「わかった。ただし、今日の依頼に同行するだけ。それに耐えられたら、……まあ考えないでもない。あと、仕事についてくるからには、足手まといにはなるな」
「あら、任せて! 」
 莉凛香は嬉しそうに朝飯を出してきた。切り干し大根は出汁の味が染み込んでいて、噛みしめるたびにうまみを感じた。
 切り干し大根だけではない。昨日の酒だって、半分は風太が持ってきたものだが、残りは莉凛香が作った。女衆に教わったのだろうが、多芸な娘に育った。
 悔しいが、家事の才能があるのだ。悔しいが。守羅は残りをかき込んだ。
 約束してしまったものは仕方がない。幸い、今回の仕事はそんなに長いものではない。守羅は莉凛香に装備の予備を持たせて、連れ立って家を出た。
「いいか、俺たちは依頼されてる。商いである以上、誠心誠意、最善を尽くす。莉凛香を連れては行くけど、足手まといにはなるな」
 真剣な表情に、自然と気が引き締まったらしい。
「ええ、わかったわ」
 守羅は頷いた。まあ、何とか連れて行けそうだ。

「よし、まずは依頼者を迎えに行くぞ! 」
『おう! 』
 親方の号令に、逞しい男達の野太い声が響いた。6人でぞろぞろと村を通り抜ける。守羅の口添えで、莉凛香は無事に一行に加わることとなった。
 莉凛香は隣に立つ守羅を見上げた。
「村の人なの? 」
「さあ……? 裏山と逆方向ってことは、村の人間か海の方から入ってきた九十九だろうけど」
 九十九だといいな、とひとりごちた。九十九は基本的に愉快な連中で、莉凛香は彼らが訪れるのを楽しみにしている。
 麓に守羅の家をちょこんと乗せる裏山は、裏山とは名ばかりで、村から内陸に繋がる唯一の陸路だ。村は三方を海に囲まれ、海を渡ってやってくる九十九の商人の市場が近い。
「よう、嬢ちゃん」
「風太さん」
 風太は大きな手を莉凛香の頭に乗せた。頭髪越しにも、タコやマメができて、手のひらの固さとザラつきを感じた。
「とうとう嬢ちゃんも俺たちの仲間入りか?」
「そんなところよ。ダメ?」
「いーや、全然。昨日のを見りゃ嬢ちゃんの度胸はよく分かるさ。その刀、業物だろ? なら十分戦力になる。戦いの訓練はどのくらいしてる? 」
 莉凛香は腕に抱えた封魔刀を抱え直した。細かい退魔の細工がびっしりとなされていて、陽の光を不規則に反射している。
「毎日素振りを」
「あっはっは!なるほど戦闘に関しちゃ素人って訳か。よし、嬢ちゃんは内側の方に居な。何かあったら守ってやる」
「風太っ……。そんなの、護衛対象が1人増えるようなものだろ」
「そんな顔すんなよ、守羅。」
 風太は明るい顔で言った。
「俺達もみんな、そうやって育ったんだからな。お前がいれば、随分仕事は楽だし。なーに、お前はうちの村の土地神みたいなもんだな、守羅! 」
「…………」
 守羅は無視した。押し殺したような表情で、耳は緊張したように固まり、尻尾は風に揺られて微かに動いた。
「……あっ」
「どうした? 守羅」
「ごめん、先に行ってて。すぐに追いつくから」
 守羅の視線の先には、小さな子どもがいた。蹲って泣いている。転んでしまったらしい。藍色の着物の前は土で茶色く汚れ、小さな草履が転がっている。
 守羅は草履を拾って駆け寄った。しゃがんで目線を合わせ、なにか話しかけている。尻尾が柔らかく揺れていた。
 見つめていると、親方に手首を掴まれた。
「ほら、お前はこっちだ」
 なんとなく後ろ髪を引かれるような気持ちを抱えつつも、莉凛香は従う。
「守羅って本当に親切なひと……」
「そりゃあそうだ」
 親方は人好きのする感じに笑った。
「律儀な奴だからな。誰かに親切にするってことを、自分に課してんだ。ま、ああいったからにはすぐに戻ってくる。それよりほら、待ち合わせ場所についたぞ」
 目線を上げると、真っ青な海が広がっていた。朝日を浴びて、魚の腹のようにキラキラと輝いている。
「ここが……?」
「そうだ、今回の依頼者の住処だ」
「住処……?」
「おうよ、ほら、依頼者のお出ましだ」
 不意に、波が渦を巻いた。
 息を詰めて見守る莉凛香達の前で、渦はどんどん大きくなって、とうとう小舟ほどの直径となった。
 渦の中心から、ず、と緑色の頭が現れる。
「いやぁ、用心棒の皆様、よく来てくださいましたなぁ」
 現れたのは、頭の窪みと背中に背負った甲羅が特徴的な、全身緑の妖怪だった。
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