蓮に守護を、茉莉花に香りを

柊冬音

文字の大きさ
5 / 16
1章

3話(中編)

しおりを挟む
 緑の妖怪をよく見ると、巨大な亀にまたがっていた。藻が茶色の甲羅を覆い尽くし、まるで苔むした岩のような様相を呈している。
 亀がゆっくりと口を開いた。先程喋ったのも、どうやらこの亀だったらしい。
「皆様、儂が、依頼者の『長老』でございますぅ」
 親方が手を挙げて応えた。
「ああ、噂は聞き及んでおります。俺が、この用心棒連中を纏めてる、仁というもんでさぁ。早速ですが、依頼内容の確認に入ってもよろしいでしょうか? 」
 長老はゆっくりと頷いた。頭の沈むのに伴って、波紋が生み出される。
「ああ……。儂の依頼はじゃ、この娘を家まで送ってやって欲しいのですじゃ」
 長老が今度は頭を上げたので、莉凛香達も上を見た。緑の身体の妖怪は、顔の色を濃くした。もしかしたら、赤くなっているのかもしれない。頭の窪みの縁から垂れ下がった海藻に似た髪に隠れて、顔はよく分からない。体つきは、若い女性に似ている。
「この娘はなぁ、はて、いつだったかのう。儂も年での、年々記憶がダメになっていくわい……」
 緑の妖怪が、長老を軽く叩いた。
「ああ、いかん、話が逸れましたのぉ。そう、いつぞやの大雨で、海まで流れてきたのがこの娘じゃった。まだほんの小さい娘でしての、儂の鼻の穴にも入れる程じゃった」
 確かに、長老の鼻の穴は、潜り込めそうな程大きい。まるでちょっとした洞穴だ。
「儂は哀れに思いましてな、帰ることもできんこの娘を育ててやりましたのじゃ。そうそう、あの頃は本当に可愛くてなぁ、儂の尻尾の上で……」
 ペシッ
 緑の妖怪がまた叩いた。
「ああ、すみませんのう。年寄りの話は長くなっていかんわい。まあそんなこんなでのお、こうして暮らしていっても良いかと思っておったのですがの、この娘の姉が婚儀を挙げるとの噂を聞きましてのう。家に帰してやろうと思いましたのですじゃ。道中には人の村も幾つかありましたからのお、皆様がいてくださると、なにかと都合がよいじゃろうと思いまして、依頼させていただいたのですじゃ」
 振り返ると、幾人かはうつらうつらと船を漕いでいた。
 親方はふむふむと頷いた。
「なるほど、そういう経緯で。それで、事前に伝えられたとおり、俺たちはその娘さんを護衛しながら、川を遡って二山越えた緑芽峠の泉まで行きゃあいいんですね? 」
「はて? 今なんとおっしゃいましたかなぁ……? 近頃、耳がめっきり遠くなりましてなぁ……」
 親方は小さくため息を吐いて、声をはりあげて同じ事を尋ねた。
「ああ、そうじゃ、そうですじゃ……。 お代はこの娘が持っておりますでな、儂の甲羅の一部ですじゃ」
 そう言って長老が頭をぐうっと水に浸けると、緑の妖怪は長老の上をぺたぺたと歩き、海にとぷんと沈んだ。水の溜まった頭の窪みをぷかぷかと上下させながら、こちらにやって来て、とうとう陸に上がった。意外と小柄で、身長は莉凛香より頭1つ分ほど高いだけだ。魚のような、生臭い体臭をしている。背中の甲羅は重そうだが、そんな様子は微塵も見せない。
 緑の妖怪はすう、と手のひらの上の物を差し出してきた。
 赤味を帯びた黄色が陽の光をきらきらと散らす、とても美しく繊細な宝石だった。薄っぺらくて、大きさは莉凛香の顔ほどもあるだろうと思われた。
「おうよ、長老。確かにこりゃあ滅多と見ねえお宝だが、俺たち用心棒はこういうのには手を出さねえんだ。支払いはかねで頼みてえんだが」
 親方が腹から声を出して言った。
「ああ……。それは困った事じゃのう。儂ら海の者は、人間の通貨なんて持っておりませんのじゃ」
「それなら、あっしにおまかせあれ! 」
 突如響き渡った声に、その場の全員が振り向いた。
 遠くの方に、何やら茶色い獣がいた。二足歩行で、大きく手を振りながら走ってくる。
 近づくにつれ、それが太鼓腹をゆさゆさと揺すって走る、狸の九十九だとわかった。
「話は聞きましたよ。あっしは商売人でさぁ。そのお宝をあっしが買って、海亀の旦那が用心棒の旦那に金を払う。これでどうです? 」
「ふむ……なるほどのぉ……」
 長老は何度も頷いた。
 その時、大声が響き渡った。
「こらぁぁぁぁあああっ! 待ちやがれっ、このっ、詐欺師野郎!!」
 守羅だった。声を張り上げて、鬼の形相で走ってくる。
「ひえええぇっ」
「詐欺師? 」
 親方の眉が吊り上がった。狸をむんずと掴み、地面に叩きつける。
「お許しくだせぇ、お許しくだせぇ! 今回はちゃんと仕事するからよう」
 狸は親方を拝み倒した。幾多の修羅場をくぐり抜けた親方の顔には大きな傷痕があって、凄むと凄まじい顔になるのだ。
「ふう……。親方、そいつは狸島から来た狸だ。幻術と話術で粗悪品を売りつけて、金を騙し取ろうとしてたから追いかけてた」
 追いついた守羅が軽く呼吸を整えながら言った。毛並みは乱れているものの、その表情に苦しさはない。
「へぇ……? つまり、この取引も相場より安く買取って得しようって魂胆だな。追いかけ回されてんのにこの村の用心棒の目の前でまた下らねぇ商売するつもりだったのか?」
 用心棒は村の治安維持も担っている。用心棒の村は大抵そうだから、本当にいい度胸をしている。
「ううっ……。本当です、本当にちゃんと商売しますからァ……今回だけ、今回だけは見逃してくだせェ……」
 狸は顔を涙と泥でぐちゃぐちゃにして懇願した。
「……わあったよ。なら今回は不問にしてやる」
「はっ! 本当でごぜぇますか! ありがてぇ!海亀の旦那、これが旦那の甲羅の買い取り額でさぁ! 」
 狸は背負った背嚢から金貨をひと束出した。
「おお、すまんのう狸の方……。用心棒の方、これで足りるでしょうかの?」
「多すぎるくらいだな。俺たちを数日雇うだけなら、この3分の1も要らんくらいです」
 親方は金貨の束から何枚かを取り出し、残りを紐で括り直した。
「そうですか。じゃがのお、人間の通貨なんぞ持っておっても、儂には使い道が浮かばんのでのう。全部差し上げますじゃ。元々、儂が皆様に差し上げようとしていたものじゃしのう」
 親方はやや逡巡したが、丁寧に礼を述べ、残りの金貨を守羅に渡した。
「守羅、俺達の中ではお前が1番しっかりしてる。この仕事が終わったら山分けするから、それまで預かっとけ」
「わかった」
 守羅は従順に頷き、金貨を懐に入れた。
「そんじゃあ、長老! 依頼は確かに引き受けた! このお嬢さんは確かに送り届けさせて貰います! 」
「よろしく頼みますぞ、皆様ァ」
 親方はまた声を張り上げた。長老の耳にはしっかり届いたらしく、間延びした返事が返ってくる。
 長老は目だけを動かして、緑の妖怪を見た。
「今生の別れじゃ。老いた儂も、お前と過ごした数年は楽しかったぞう。これからは家族と一緒にの、達者に暮らせよう」
 緑の妖怪は頷いて、深々と頭を下げた。頭の窪みの水は、奇妙なことに揺れもしない。それが最後だった。長老は再び海の底に帰り、緑の妖怪は海に背を向けた。
 親方は緑の妖怪に声をかけた。
「そんじゃ、河童のお嬢さん。これから川沿いに山を登ってくぞ。まぁお天道様の機嫌が良くてバケモノがでなけりゃ、緑芽峠まで数日で着けるだろうよ」
 緑の妖怪はこくんと頷いた。
 莉凛香は、なるほど、これが河童かと合点がいった。どんな妖怪なのか聞いたことはあったが、実物を見るのは初めてだ。
「あの~。あっしも連れて行っちゃあくれませんか?」
「はぁ?」
 恐る恐る、といった様子で声を上げたのは、狸だった。村での詐欺行為で捕まっておきながら、よくそんなことが言えたものだ。守羅は明らかに苛ついた声を上げた。不機嫌そうに耳が伏せられる。
「いやぁ、緑芽峠、って聞きましてねぇ。実はあっしも、そこに用があるんですわ。それで、あっしも連れて行ってくんねぇかな、と」
「あっはっはっは!いい度胸をしてるな、コイツ!」
「お前達、よく笑えるな……。親方、こんな奴連れていかないよな?」
 親方は守羅の問いかけを無視して、狸をじいっと見た。狸は手足をばたつかせて、必死に言葉を連ねる。
「いやぁ、そりゃあ、ね?あっしだって、都合のいいこと言ってんなぁ、っては思いますよ?でも、旦那達にも損はさせません!あっしの故郷の狸島といえば、狸の聖地!そこで生まれ育ったあっしはいわば狸幻術のエキスパート。あっしがいりゃ、妖だって楽にいなせますぜ?」
 親方は小さくため息をついた。守羅は、呆れてものも言えないといった表情をしている。
「あー…………。わかった。連れて行こう」
「親方!」
「守羅、親方は俺だ」
「でも……」
 親方は首を振った。守羅以外の男達は、河童を取り囲んで色々と構っているようだった。
「いいか、俺達はコイツを護衛するわけじゃねえ。どうせ村に置いておいても、ろくな事がねえからな。とっととどっかに放逐するか、狸島に帰した方がいい。そうなりゃ、俺達について来させて、ついでに見張るのが丁度いいって訳だ」
「……わかった」
 守羅は不服そうにしながらも頷いた。
「ま、そういう事だ。お前は護衛してもらおうなんて考えるなよ。お前の仕事は、いざという時の盾役だからな」
「へ、へぇ、お任せ下さい……」
 狸は身をちぢこめた。守羅はフンと鼻を鳴らし、男達の輪に入って行った。
 莉凛香がついて行くと、男達と河童はすっかり打ち解けた様子だった。
「おう、嬢ちゃん。河童の嬢ちゃんと仲良くしてやってくれよ」
「ええ、わかったわ」
 河童は莉凛香の右手を優しく包んだ。しっとりとした手には、独特なぬめりがある。
 正直手を引っ込めたかったが、ぐっと堪えた。河童は少し笑った。
「おいお前達、いつまでもお嬢さんに構ってるんじゃねえよ!さっさと出発しねえと、今日中に予定地点まで着けんぞ! 」
「おっと、そうだったぜ。お嬢さん方、行くぞ」
 風太はそう言って、莉凛香と河童の背中を叩いた。河童の右隣には守羅が立った。
 莉凛香と河童を守る為の陣形になっているのだ、と思った。1度村を出て山に踏み入れば、そこは人間のルールが通じない世界だ。
 どういう訳かこの村に来て5年。見慣れたはずの山がなんだか不気味な気がして、思わず、胸元に忍ばせたの御守りを撫でた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢と入れ替えられた村娘の崖っぷち領地再生記

逢神天景
ファンタジー
とある村の平凡な娘に転生した主人公。 「あれ、これって『ダンシング・プリンス』の世界じゃない」 ある意味好きだった乙女ゲームの世界に転生していたと悟るが、特に重要人物でも無かったため平凡にのんびりと過ごしていた。 しかしそんなある日、とある小娘チート魔法使いのせいで日常が一変する。なんと全てのルートで破滅し、死亡する運命にある中ボス悪役令嬢と魂を入れ替えられてしまった! そして小娘チート魔法使いから手渡されたのはでかでかと真っ赤な字で、八桁の数字が並んでいるこの領地収支報告書……! 「さあ、一緒にこの崖っぷちの領地をどうにかしましょう!」 「ふざっけんなぁあああああああ!!!!」 これは豊富とはいえない金融知識と、とんでもチートな能力を活かし、ゲーム本編を成立させれる程度には領地を再生させる、ドSで百合な少女の物語である!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...