蓮に守護を、茉莉花に香りを

柊冬音

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1章

4話

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 莉凛香は慌てて封魔刀を掴み立ち上がった。背負いつづらの重さに思わずよろめきかけたが、ぐっとこらえる。
 守羅に手をひかれて、外に出た。
 外は一面真っ赤になっていた。木や藁が焦げる嫌な匂いと煙が喉を刺激して、莉凛香は噎せた。
「っ……莉凛香、大丈夫? 」
「うん……」
 着物の袖で口元を覆った守羅が、やや深く息を吸った。
 すると、炎と煙が避けて、通れそうな道を作った。炎の色に似ているからわからなかったが、守羅が能力を使ったらしい。
「行こう」
 守羅が手を強く引く。逆らわずに、莉凛香は足を動かした。
 炎は意外にも薄くて、2人はすぐに夜の闇に辿り着いた。振り返ると、家は火の回りが早くて、太い煙の煙を立ち上らせている。
 ごうごうごう……
 風の音のような深い音が轟いて、家の黒い影が潰れた。2人は慌てて家から遠ざかる。
 守羅の家は、村の外れの方、すぐそこに門がある場所にある。風向きも、門と村を囲う妖怪避けには燃え移らない方向だ。従って、延焼する危険性は低い。とりあえず村に知らせ、誰かに泊めて貰うため、2人は村の中心部へと歩き始めた。
「危ない! 」
 莉凛香は咄嗟に守羅を突き飛ばした。さっきまで守羅の頭があった場所の風が切り裂かれた。地面に妖魔退治用の鋭い矢が突き立った。
「莉凛香、守羅、悪いな……。お前を、この村には置いとけねえ。 ……死んでくれ」
 聞き慣れた声だ。虚をつかれた守羅はゆっくりと振り返る。
 炎を背に、親方が立っていた。その表情は影になって伺いしれない。
「親方、どうして!? 」
 弓弦がしなる音が、今度は守羅の耳にも届いた。守羅は飛び退いて避ける。
「山彦! なぜ? 」
 山彦は申し訳なさそうな顔をした。
「あの狸だ。莉凛香の持ってる刀は得体の知れない妖刀で、置いとくと村に災いが訪れるんだとよ。莉凛香を拾った守羅も同罪だ」
「あの小心者らしい馬鹿馬鹿しい話だ」
 守羅が吐き捨てる。山彦も頷いた。
「俺もそう思う。でもよォ、守羅。妖怪共のことなんて、わからん事だらけだ。他の村には、何十年もの間人間を騙し続けた話だって残ってる。あんな風に触れまわられたら、お前らを村には置いておけねぇ」
「そんなっ……」
 莉凛香は愕然とした。共に暮らした5年間より、あの狸の法螺話を信じるなんて。
 なんとか説得しようと口を開く前に、守羅が言った。炎の照らす中で、心臓が冷たくなるような声音で。
「なるほどな。それで、俺たちを殺しておこうって訳か」
「そういうこった。悪いな……。俺は、村の連中を守り率いている。そのために、こういう外道なこともやるんだ」
 親方が武器を構えた。抜いた刀身が炎に照らされて赤く染まる。守羅は耳を後ろに引き絞り、全身の毛を逆立てて身を低くした。
 空気が乾燥して、痛いくらいだ。
「仁……」
 守羅の声が空気を震わせる。守羅の右手が手首を掴んだ。
 親方が駆け出すと同時に、守羅が走り出す。空いている方の手が、袂に仕込んであった煙玉を投げつけた。
「ぐあっ! 」
 磨り潰した山椒と石灰岩が衝撃で広がって、親方達との間に薄い膜を作る。
 莉凛香は顔を背けて、守羅を追った。
 守羅は村へ通じる道から外れ、東の山に向かって駆ける。背負った葛龍が激しく上下に跳ねる。夜の冷たい空気が胸を刺す。
 凄まじい速度で引かれ、必死に走って口の中に血の味が滲んだ頃、守羅はようやく速度を緩めた。自由になった手を膝につく。守羅はほとんど息も乱れていないが、莉凛香は肩で大きく息をしている。
 気づけば人里らしい灯りも薄れ、夜の闇がその姿を濃く表している。一応村の内部と言えなくもないが、北側の中心部や、南側の山と違って、東西の山は人が通れるようには整備されていない。人間は誰も近寄らない、魑魅魍魎の類の住処だ。 
「守、羅……。まさかと、思うけど……山に入る、気なの? 」
 守羅は頷いた。耳を立てて山の音を聴いている。
「村の入口の方は、火と追っ手で塞がれてる。北側には用心棒の詰所がある。西は山が続いて人が抜けるには深すぎる。この山を抜けて逃げるしかない」
 息を整えながら、莉凛香は山を見上げた。濃い闇に覆われた山は不気味な雰囲気を漂わせている。思わず封魔刀を強く握りしめた。
「莉凛香、行くよ」
 守羅が進み出て、揺れる尾が見えた。生温い風が髪を乱す。
「守羅、待ってくれ! 」
 守羅の足がピタリと止まった。振り返った瞳の色は凪いでいる。
「風太……」
 風太が立っていた。息を切らして、大岩のような体躯を丸めている。
 2人の視線が交わった。
 風太が言った。
「行くのか」
「ああ」
「そうか……」
 風太は俯いた。守羅の瞳の表面で、光が淡く揺れる。風が吹いて、木々がざわめく。
「お前の方こそ、大丈夫なのか?俺たちを逃がして」
「大丈夫だ。なーに、ここには本当にお前ら自身を嫌ってるやつなんざ居ねえからな。情に惑ってるうちに逃げられたって言っときゃなんとかなる」
 風太はいつもの親しみやすい笑顔を作った。
「……わかった」
 守羅は懐に手を突っ込み、ガサゴソやった。ややあって金貨の束を取り出した。白い月光に金属が輝いている。
「親方から預かってた分だ。返しておいてくれ」
「断る。お前達、これから金がいることもあるだろ。それに、俺がここまで追いかけてきたのは、嬢ちゃんに言う事があるからだ」
「私? 」
 二対の視線が莉凛香に集まる。
「俺は仕事で日華国たいりくまで行ってた。そこで、黒髪茶眼以外の色彩を持つ人間にあったことがある。……守羅への依頼も、これでちったァ早く片付くだろ」
「風太……」
 言葉が出なかった。しかし、風太は訳知り顔で頷いた。
「風太、俺は……」
「わかってる。嬢ちゃんの依頼を達成する頃にはほとぼり冷めてるだろうからよ。……早く戻って来いよ」
 風太の表情が歪んだ。胸が締め付けられるような気がした。莉凛香のせいで、固い絆で結ばれた2人は引き裂かれなくてはならない。
 また、風が吹いた。今度は海の方から吹いてくる風だ。守羅の耳がピクリと反応した。
「時間だ。莉凛香、行くよ。……必ず戻る」
 最後の言葉は、確かに風太に受け取られた。
 先を行く守羅に掴まるようにして、莉凛香は深い夜の山に踏み込んだ。
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