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「……で、これがあのオジサンの婚約者ってワケ?」
「そうよ、中々可愛らしい子でしょう。こうして寝顔を見ていると、どうしてあの子が強く惹かれるのかなんとなく分かるような気がしない?」
聞き慣れない声の主たちの会話が聞こえ、マデリーヌの意識がふわりと浮上する。
目を開こうとするが、瞼がなかなか上がらず、人影を目に捉えようにもなかなか焦点が合わない。
マデリーヌは呻くと、頭を動かしてなんとか重い瞼を開こうとする。
「それじゃあエル、この子の事を頼むわね」
マデリーヌが目を開こうと苦心している間に、声の主の一人は部屋から出て言ってしまったらしい。
(――女性の声?私は確か、さっきまでベルゼーガ様と食堂にいたはず……)
やがて誰かの顔がマデリーヌの視界に浮かび始めた。
ぼんやりと滲んだ視界は段々と鮮明になり、霧が晴れたように明晰な光景が広がった。
「あ、やっと起きたわね。寝ぼすけのマデリーヌ?」
「キャッ!」
自分の名をからかうように呼ぶその甘く舌足らずな声に驚き、気付いたときにはマデリーヌはベッドから飛び上がっていた。
「なによ、そんなに驚くことないじゃない!こっちまでびっくりしちゃうじゃない」
突然起き上がったマデリーヌに、少女はギョッとして声を上げる。
「お、驚かしてごめんなさい……。でも、あなたは……?」
猫のようなくりくりとしたアーモンド型の瞳と目が合い、マデリーヌは目の前の少女をまじまじと見つめる。
亜麻色の長い髪をアイボリーホワイトのワンピースと同じ色のリボンでサイドに結んだ少女は、人形のような端正な顔立ちをした美少女だった。
それも、マデリーヌが今まで見てきた美貌で鳴らした貴族の令嬢達の多くを引き合いに出しても叶わないだろうと思うほどの、目が覚めるような美少女である。
小柄で陶器の人形のような作り物めいた美貌ではあるが、ややつり目で意思が強そうに見える面差しは、少女の人形にはない生意気そうな雰囲気を醸し出している。
「あたしはエルメーヌ。気易くエルって呼んで構わないわ。ロヴィーサからあなたの面倒を見るよう頼まれたのよ」
「ロヴィーサ……?まさか、ベルゼーガ様のお姉様から……?」
マデリーヌがベルゼーガの名を口にすると、その途端エルメーヌはうへえと露骨に顔を顰めて見せた。
「そうだけど……。あなた…まさか…あのオジサンに本気で惚れてるわけじゃないでしょうね?」
「ベルゼーガ様のこと?そうね、色々あったけど私はあの方をお慕いしているわ。エルメーヌ……エルちゃんは、ベルゼーガ様のこと、もしかしてあんまり好きじゃないの?」
苦虫を噛み潰したような顔で聞いてくるエルメーヌを不思議に思い、小首を傾げてマデリーヌが質問する。
「あんな歩く猥褻物のことなんか好きなわけないじゃない!女の敵よ、間違いなく!駆除対象生物だから!あのオジサンからあなたが酷いことされたって、さっきドリスから聞いたばかりなのよ」
「酷いことだなんて……。でもあれがベルゼーガ様なりの愛情表現なのだと、私は思うの。少し激しすぎるとは思うけど、私はあれが、その……そんなに嫌じゃないから」
もじもじした様子で言葉を濁すマデリーヌに、エルメーヌは信じられないという顔で目を丸くしている。
不服そうな態度を隠す気もないようで、マデリーヌをジロリと一瞥した後、エルメーヌが小さく悪態を吐く。
「意識のない女にぶっかけるのが愛情表現だなんて、聞いたことないわよ……」
「え?エルちゃんなにか言った?」
「なんでもないわ、こっちの話。それよりも早く着替えた方がいいんじゃない?いつまでもベッドで寝ているわけにはいかないんだし」
「そうね、早くお義姉様にご挨拶しないと……っ!?」
ここでようやく、マデリーヌは自身が一糸まとわぬ姿でいることに気がついたのだった。
昨夜に続き、食堂でベルゼーガと交わった後で体中に行為の跡が残っているのだろう。
さっきからエルメーヌが気まずそうにこちらから視線を逸らしていたことに合点がいく。
「ご、ごめんねエルちゃん!すぐ着替えるから……」
わたわたと焦りながらベッドから這い出ようとすると、すぐにエルメーヌがマデリーヌの前に立ち塞がった。
「あたしはあなたの面倒を見るよう言われたのよ。さ、着替えをするからそこに立ってなさい」
「え?エルちゃんが着替えを手伝ってくれるの……?」
エルメーヌはマデリーヌを無視すると、室内に備え付けられたクローゼットから部屋着のワンピースとシュミーズを取り出し、テキパキとマデリーヌに着せていく。
あまりの手際の良さにマデリーヌが言葉を失っていると、背後に立つエルメーヌが「ああ、これ?話していなかったかな」と呟いた。
「あたしはロヴィーサの侍女をしているのよ。一通りの行儀作法はあの人から直々に教えてもらったし、あの人の身の回りのお世話だって普段からしているから、ドレスの着付けからお茶の入れ方まで自信があるわよ」
「お義姉様の侍女……?エルちゃんは行儀見習いで侍女のお仕事をしているの?」
マデリーヌはエルメーヌのことを、その天使のような容貌と立ち振る舞いからきっとどこぞの両家の子女だろうと思っていた。
けれど、彼女の口調は明らかに世慣れした印象があるし、悪く言うとはすっぱな響きであると感じられなくもない。
それに、まだ少女と言える年齢の彼女が多くの顧客を持つ高級娼婦であるロヴィーサの侍女をしているとは一体どういうことだろう。
マデリーヌの疑問を感じ取ったのか、エルメーヌは少し声のトーンを落として返答した。
「行儀見習いっていうか……あたしは元々庶民の出だから。親のいない捨て子だったから産まれてすぐ孤児院に入れられたって聞いてるわ。子供の頃からしょっちゅう面倒ごとを起こす問題児だったわね。……どうして問題を起こしていたって?それは、あたし目当てに孤児院に寄りつく篤志家気取りの男達が多くいたからよ。寄付を名目にして人を競りにかけた気でいるゲスな連中。あんまり下心丸出しの輩が多いから、院長がこれは金になると踏んだみたいで、娼館に売られそうになった憐れなあたしは運良くあの人に拾われた……というわけ。はい、着付け終わったわよ」
淡々と身の上話をマデリーヌに聞かせていたエルメーヌは、軽くマデリーヌの背中を叩いて初仕事の終わりを伝える。
心なしか、エルメーヌに背を向けるマデリーヌの肩が震えているような気がした。
「そうよ、中々可愛らしい子でしょう。こうして寝顔を見ていると、どうしてあの子が強く惹かれるのかなんとなく分かるような気がしない?」
聞き慣れない声の主たちの会話が聞こえ、マデリーヌの意識がふわりと浮上する。
目を開こうとするが、瞼がなかなか上がらず、人影を目に捉えようにもなかなか焦点が合わない。
マデリーヌは呻くと、頭を動かしてなんとか重い瞼を開こうとする。
「それじゃあエル、この子の事を頼むわね」
マデリーヌが目を開こうと苦心している間に、声の主の一人は部屋から出て言ってしまったらしい。
(――女性の声?私は確か、さっきまでベルゼーガ様と食堂にいたはず……)
やがて誰かの顔がマデリーヌの視界に浮かび始めた。
ぼんやりと滲んだ視界は段々と鮮明になり、霧が晴れたように明晰な光景が広がった。
「あ、やっと起きたわね。寝ぼすけのマデリーヌ?」
「キャッ!」
自分の名をからかうように呼ぶその甘く舌足らずな声に驚き、気付いたときにはマデリーヌはベッドから飛び上がっていた。
「なによ、そんなに驚くことないじゃない!こっちまでびっくりしちゃうじゃない」
突然起き上がったマデリーヌに、少女はギョッとして声を上げる。
「お、驚かしてごめんなさい……。でも、あなたは……?」
猫のようなくりくりとしたアーモンド型の瞳と目が合い、マデリーヌは目の前の少女をまじまじと見つめる。
亜麻色の長い髪をアイボリーホワイトのワンピースと同じ色のリボンでサイドに結んだ少女は、人形のような端正な顔立ちをした美少女だった。
それも、マデリーヌが今まで見てきた美貌で鳴らした貴族の令嬢達の多くを引き合いに出しても叶わないだろうと思うほどの、目が覚めるような美少女である。
小柄で陶器の人形のような作り物めいた美貌ではあるが、ややつり目で意思が強そうに見える面差しは、少女の人形にはない生意気そうな雰囲気を醸し出している。
「あたしはエルメーヌ。気易くエルって呼んで構わないわ。ロヴィーサからあなたの面倒を見るよう頼まれたのよ」
「ロヴィーサ……?まさか、ベルゼーガ様のお姉様から……?」
マデリーヌがベルゼーガの名を口にすると、その途端エルメーヌはうへえと露骨に顔を顰めて見せた。
「そうだけど……。あなた…まさか…あのオジサンに本気で惚れてるわけじゃないでしょうね?」
「ベルゼーガ様のこと?そうね、色々あったけど私はあの方をお慕いしているわ。エルメーヌ……エルちゃんは、ベルゼーガ様のこと、もしかしてあんまり好きじゃないの?」
苦虫を噛み潰したような顔で聞いてくるエルメーヌを不思議に思い、小首を傾げてマデリーヌが質問する。
「あんな歩く猥褻物のことなんか好きなわけないじゃない!女の敵よ、間違いなく!駆除対象生物だから!あのオジサンからあなたが酷いことされたって、さっきドリスから聞いたばかりなのよ」
「酷いことだなんて……。でもあれがベルゼーガ様なりの愛情表現なのだと、私は思うの。少し激しすぎるとは思うけど、私はあれが、その……そんなに嫌じゃないから」
もじもじした様子で言葉を濁すマデリーヌに、エルメーヌは信じられないという顔で目を丸くしている。
不服そうな態度を隠す気もないようで、マデリーヌをジロリと一瞥した後、エルメーヌが小さく悪態を吐く。
「意識のない女にぶっかけるのが愛情表現だなんて、聞いたことないわよ……」
「え?エルちゃんなにか言った?」
「なんでもないわ、こっちの話。それよりも早く着替えた方がいいんじゃない?いつまでもベッドで寝ているわけにはいかないんだし」
「そうね、早くお義姉様にご挨拶しないと……っ!?」
ここでようやく、マデリーヌは自身が一糸まとわぬ姿でいることに気がついたのだった。
昨夜に続き、食堂でベルゼーガと交わった後で体中に行為の跡が残っているのだろう。
さっきからエルメーヌが気まずそうにこちらから視線を逸らしていたことに合点がいく。
「ご、ごめんねエルちゃん!すぐ着替えるから……」
わたわたと焦りながらベッドから這い出ようとすると、すぐにエルメーヌがマデリーヌの前に立ち塞がった。
「あたしはあなたの面倒を見るよう言われたのよ。さ、着替えをするからそこに立ってなさい」
「え?エルちゃんが着替えを手伝ってくれるの……?」
エルメーヌはマデリーヌを無視すると、室内に備え付けられたクローゼットから部屋着のワンピースとシュミーズを取り出し、テキパキとマデリーヌに着せていく。
あまりの手際の良さにマデリーヌが言葉を失っていると、背後に立つエルメーヌが「ああ、これ?話していなかったかな」と呟いた。
「あたしはロヴィーサの侍女をしているのよ。一通りの行儀作法はあの人から直々に教えてもらったし、あの人の身の回りのお世話だって普段からしているから、ドレスの着付けからお茶の入れ方まで自信があるわよ」
「お義姉様の侍女……?エルちゃんは行儀見習いで侍女のお仕事をしているの?」
マデリーヌはエルメーヌのことを、その天使のような容貌と立ち振る舞いからきっとどこぞの両家の子女だろうと思っていた。
けれど、彼女の口調は明らかに世慣れした印象があるし、悪く言うとはすっぱな響きであると感じられなくもない。
それに、まだ少女と言える年齢の彼女が多くの顧客を持つ高級娼婦であるロヴィーサの侍女をしているとは一体どういうことだろう。
マデリーヌの疑問を感じ取ったのか、エルメーヌは少し声のトーンを落として返答した。
「行儀見習いっていうか……あたしは元々庶民の出だから。親のいない捨て子だったから産まれてすぐ孤児院に入れられたって聞いてるわ。子供の頃からしょっちゅう面倒ごとを起こす問題児だったわね。……どうして問題を起こしていたって?それは、あたし目当てに孤児院に寄りつく篤志家気取りの男達が多くいたからよ。寄付を名目にして人を競りにかけた気でいるゲスな連中。あんまり下心丸出しの輩が多いから、院長がこれは金になると踏んだみたいで、娼館に売られそうになった憐れなあたしは運良くあの人に拾われた……というわけ。はい、着付け終わったわよ」
淡々と身の上話をマデリーヌに聞かせていたエルメーヌは、軽くマデリーヌの背中を叩いて初仕事の終わりを伝える。
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