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日常編
第三話 謎の青年と謎の呪具
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俺は親友を裏切った、最低な男だ。俺は親友の大切にしていたものを奪った。自分の醜いドロドロとした部分が心から溢れ出し、止まらなかった。奪ったらどうなるのか、考えなくてもわかってたくせに。そしてバレた時、傷ついても尚アイツは笑っていた。「しょうがねぇな。」って、いつもの調子で言って。本当はあの時「二度と姿を現すな。お前とはこれきりだ。」と俺を切り捨てて欲しかったのかもしれない。そういうわけで、俺にはアイツの隣に並ぶ資格なんてないのだ。それなのに神様のイタズラなのか、またアイツに出会ってしまった。とてもとても嬉しかった!俺はあんな状況だったけど、天に舞い上がる勢いで歓喜した。…アイツは死にかけだったけど。
2週間ほどあった春休みが終わり、慌ただしい学校生活が始まった。中学3年生になった真実は、今年受験生ということもあり、新学期早々実力診断テストを強いられた。しかし自分の学力にあまり頓着がない彼女は、机に向かうことはなく、ひたすら自分のベッドでゲームばかりしていた。もちろん彼女の大好きなホラーゲームだ。そんな時、兄の政由から連絡が入った。
「真実、やっと連絡できました。今日、どうでしたか?学校サボってないですよね?」
「ふふん!今日はサボってない!」
真実は自信あり気に答えた。彼女はよく給食だけ食べて授業をサボる。理由はつまらないからという単純なものだ。しかし今日は珍しく、全ての授業を出席した。まぁ、5限目からはスヤスヤ夢の中だったが。
「それはよかったです。今日連絡したのは、つい先日に貴女を訪ねて来た方がいらしたのでその連絡です。」
「え、誰?」
そんな友達いたっけ…と真実は頭をフル回転させたが、全く心当たりなかった。誰とも約束はしていないはずだ。
「訪ねて来たと言っても、真実は今ここに住んでいないとお伝えしたら、すぐに去って行かれましたよ。だからお名前を聞きそびれてしまいましたけど…物腰柔らかい好青年でした。心当たりありますか?」
男…?真実はますますわからなくなってきた。彼女の男の知り合いなんて、クラスメイトか、シェアハウスメンバーしかいない。
「誰だろ。わかんねぇな。忘れてるだけかも。」
「貴女興味のないことはすぐ忘れますもんね。」
「え~そんなん誰だってそうだろ~?!」
政由は上品にクスクス笑うと、じゃあ声が聞けたので満足ですと言って電話が終わった。
「誰だ??」
真実は気になって通話が終わっても考えていたが、風呂に入ったらすっかり頭から抜けてしまった。
次の日の金曜日、真実は部活も委員会も入っていないため、早めに帰ってこれた。すると、シェアハウスの前で男子学生が立っているのが見えた。背が高く、スラッと足が長いので大人に見えてしまうが、制服を来ていたので明らかに学生だった。
(…?誰かのダチか?)
シェアハウスのメンバーは、真実以外全員男性だ。真実は声をかけることにした。
「なぁ、誰か待ってんの?」
知らない赤の他人だというのになんとも馴れ馴れしい言い方である。青年は真実の声に反応し、振り向いた。作り物のように端正な顔立ちの男だった。多少大人びているものの、少し可愛げのある、それでいて爽やかで、正に完璧な顔だった。真実は彼の顔を見た瞬間、次の言葉を失った。それほど彼の顔があまりにも綺麗すぎたのだ。エメラルドグリーンに輝く瞳が真実を捉えた。黙りこんでしまった真実の代わりに、その青年が口を開いた。
「えっと…不審でしたよね。すみません。俺、ここらへんに昨日引っ越して来た松前といいます。今日の朝、俺くらいの人たちが次々と出て行くのを見て、どんな家庭なんだろうなって見てしまいました。」
人を安心させる、とても柔らかい話し方だ。真実は少し緊張感が解けた。
「あ、誰かのダチってわけじゃないのか。」
真実はようやく口を開けられた。
「ここ一般家庭の家じゃなくて、シェアハウスだよ。私もここに住んでんの。」
「なるほど、だからなんですね。ジロジロ見てしまってすみません。俺、もう帰ります。」
彼は真実に背中を向けた。その瞬間、真実は思わず引き止めた。
「あのさ!」
真実は喉がヒュッと鳴った。憑いていたのだ。彼の背中に。よろしくないモノが。しかも真実が少し怯むほど、真っ黒で邪悪なモノである。
「…?」
「体調…悪くないの?それともよく怪我しやすいとか…疲れやすいとか…そういうのない?」
「ふふ、もしかして、貴女占い師ですか?」
「いや…そうじゃねぇんだけどさ、何かその…顔色めっちゃ悪いなって。」
かなり苦しい嘘をついた。本当は別に顔色なんて悪くない。だがむしろそれが不自然だった。普通体調壊して死ぬか事故に合って死ぬか…。とにかく、これで元気で平然としていられる方がおかしいのである。10年そこそこ生きてきただけで、ここまで人に恨まれることなんてあるのだろうか。彼は人殺しの経験でもあるのだろうか。
「うん。確かに最近疲れやすいですかね。引っ越し終わったばっかりだからかな。」
「そ…そうか…。ついでに占い紛いなことを言うと…体調管理と事故には気をつけて。じゃあな…」
真実は心配になったが、見ず知らずの相手を気にかけてもかえって不審がられるだろう。触らぬ神に祟りなしである。ここは見なかったことにして、さっさとシェアハウスの中に入ろうとした。しかし強く手首を掴まれ、止められた。
「…!!」
「君…俺の背中に何か見えたんですか?」
「え…何で…」
「だって俺が後ろを向いた瞬間、声をかけてきたから…」
「あ~…うん。まぁ、そんな感じ。」
真実は嘘が苦手だったので、少し考えたが諦めてそう言った。
「やっぱりそうなんですね。すごいです!俺の背中どうなってるんですか?」
青年はエメラルドグリーンの瞳を輝かせて真実を見つめた。
「…怪しいとかキモいとか思わねぇの?」
「そんなこと思わないですよ。普通は目に見えないものが見える人って実際いますし。俺はそういう経験全然ないので、すごいなって。」
「まぁ見えない方が絶対いいけどな。その…背中なんだけどさ、真っ黒だよ。服着てるからわからないけど、たくさんグロい傷もついてると思う。実際は痛くもないし血も出てないけど、このまま放っておいて深くなっていけば、そのうち呪い殺されるよ。今結構ヤバい状態。」
「そうなんだ。俺、もうすぐ死ぬんですね。」
死ぬと宣告されているというのに、まるで他人事だった。
「怖くないのか?」
「怖いよ。だからどうしよっかなって考えてるんです。一緒に考えてくれませんか?」
「え…」
イケメンに頼られるなんて、女としては心躍る状況ではある。それ以前に、困っている人がいれば、助けるのが常識だろう。しかし背中が真っ黒になるほど人から恨まれる人間とは、やはり関わり合いたくない。そんな真実の心境を知ってか否か、彼は逃さないとばかり、真実の手首を握る手を決して緩めなかった。
「う…わかったよ…。手伝うから手首離してよ。」
「あぁ、ごめんなさい。痛かったですか?」
ようやく青年は手を離した。掴まれていたところを見ると、手首が少し赤くなっていた。相当強く握られていたらしい。
「俺、松前翔太っていいます。貴女は?」
「…如月真実。」
翔太は心底嬉しそうに微笑んだ。
真実と翔太はシェアハウスから近くにある公園で話すことにした。真実が学校をサボってはいつも来ている公園である。2人はブランコに腰掛けた。
「そんでさ、誰かに恨まれるようなことした覚えあんの?逆にない方が不自然だけど。」
「う~ん、そうだな…特にないけど、勝手に『お前のせいで彼女と別れることになった。』とか、『お前のせいでいい成績取れない。』とかはよく言われますよ。なぜ俺のせいなのかは知らないんですけど。まぁ、よくわからないので、どうでもいいですけどね。」
「……。」
それはおそらく翔太のスペックの高さが原因だろう。彼の知らないところで、彼の所為で痛い目に合い、嫉妬する人が多いという話だ。
「他には?」
「他には、か…。あ、そうだ。多分これが1番可能性高いんですけど、半年前くらいに俺、サッカー部でキャプテンに選ばれたんですよ。入部してから半年後の高校1年生の時に。でも1年生でキャプテンになるなんて、前代未聞のことらしくて、先輩たちからは睨まれました。別にキャプテンになりたかったわけじゃなかったんですけど。それから何かと虐められたりして、俺が辞表出しに行ったら、顧問に猛反対されました。」
友達関係といい、部活といい、彼にはあまりいい思い出がないようだ。
「そして虐めた側が謹慎処分と大学推薦取り消し処分になってしまいました。その上、俺の所為かどうかは知らないんですけど、精神を病んでしまった先輩がいたらしいんですよ。何でも絶対キャプテンになりたくて2年間ずっと血が滲むような努力してた人みたいです。だから俺は、その人たちには恨まれてるかもしれないですね。それで何故か俺がみんなからバッシング受けて…。まぁ先輩のことなんて興味がないので、生きていようが死んでいようがどうでもいいんですけど。」
「いや、死んでたらダメだろ…。」
翔太は、かなり重い内容を軽く笑いながら話した。確かに話を聞く限り、今までの話の中で、翔太側には非がない。つまり彼の背中の問題は、翔太や自分がどうこうできるものではないのでは…と真実は思い始めた。翔太という存在によって、勝手に不幸になり、勝手に恨みを持つ人が多すぎる。彼は生まれながらに呪われているのだろうか。
(ハイスペック過ぎてもあんまりいいことないのかも…。やっぱり普通が1番ってことか。)
しかし真実には腑に落ちないことがあった。どれだけ他人から恨まれても、精々16年でここまで背中に人の醜悪的な想いが貼り付くのか…ということだ。これまでの話を聞いて、確かに翔太が人の恨みを買いやすいということは分かったが、それでもここまで真っ黒にならないはずなのだ。それぐらい彼の背中の状態は酷い。
「本当にそれだけ?」
「それだけって…他の人より俺、結構ヤバめじゃないですか?」
「あ、いや…そういう意味で言ったんじゃない。私が言いたいのは…。」
「これでもまだ足りないくらい、俺の背中にある感情は強いってことですか?」
真実は彼の言葉に頷いた。
「そうですか…。じゃあ何だろうな…。もう心当たりないんだけど。俺、女性関係は…結構潔白な方ですし。彼女が1人過去にいたぐらい。」
「その元カノに恨まれる覚えは?酷い別れ方したとか。」
「いいや、それはないです。彼女から別れを切り出したんだから。」
真実は驚いた。こんなにカッコいい人手放すような女なんていないだろうに。よっぽど性格や価値観が合わなかったのだろうか…。
「それに俺、もうずっと好きな人いるんです。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあその人スッゲー幸せもんだね~。」
「嬉しいな、本当にそう思います?」
「そりゃそうだろ。でもまぁ1番は、互いが互いに大切にできるか、が鍵になってくるだろうけどね。ほら、やっぱり自分より相手を大切にできないと、細かいところも許せなくなってくるじゃん。」
「あぁ、その点は大丈夫です。俺は。」
翔太は自身あり気に微笑んで、ハッキリ言い切った。真実はその反応に少し驚いた。
(うわ…スッゲー好きなんだな…。ま、十中八九両想いだろ。うらやましい~。)
それに比べて私は…と、真実は虚しくなり空を見上げた。真実の想い人…拓也は、彼女の猛アタックにも靡かず、全くもって振り向かないからだ。寧ろ最近当たりがキツくなってきた。思い出すとホロリと涙が出てくる。真実はブンブンと頭を横に振って、気持ちを切り替えた。
「…話が脱線した。じゃあ恋愛沙汰が原因じゃないってことだな。」
「おそらくは。」
「交友関係は?」
「少ないですけど仲のいい友達は2人います。でもソイツらはおそらく違います。俺が一人ぼっちだった時に、声をかけてくれたヤツらなので。」
「家族は?」
「それもないと思います。家族は今海外にいるんです。最近俺だけ日本に帰ってきたんです。やっぱり学校は日本の学校に行っておいた方がいいかなって。俺、弟いるんですけど、弟とは仲良いんですよ。半年前のサッカー部のこと話したら、『その先輩ブッ殺しに行くね』って言ってましたし。」
(なるほど重度のブラコンってことか…。)
普通に会いたくない人種だなという感想を、翔太の弟に持った。
「でもさ、大きな恨みを持つ人って、その人と親しい仲柄の人である可能性が高いんだよ。殺人事件でもそうなんだけどさ、誰もあんまり知らない人のこと恨んだりしないだろ。だから今言った人たちの中で、お前に恨みを持っている人がいる可能性が高い。恨んでますオーラを出してないだけで。」
「そっか…。元カノ以外だったら割とショックだな。」
「元カノはいいんだ。」
「うん。」
真実は違和感を覚えた。今までの話からして、翔太は他人に興味がなさすぎる。家族と、自分が心から認めた親友にしか関心がないのだ。悪口言ってきた同級生のことをどうでもいいと言ったり、先輩のことを、生きてても死んでもどっちでもいいと言ったり…。愚痴のつもりで言ってるのかと思いきや、彼の表情を見ると本当に心底どうでもよさそうなのだ。おそらく彼は、ニュースで誰かが死んだとか、行方不明になったとか聞いても、1ミリたりとも同情しないのタイプの人間だろう。まるで彼には、自分だけの確固たる世界を持っているように思えた。それも何年もかけて認めた人しか入れない世界だ。そんな翔太が心から認めた人たちが、彼に負の感情を抱くとは思い難い。そしてその世界が少しでも崩壊すれば…彼の心は最も容易く壊れてしまうのだろう。
「弟と友達2人は違うような気がするし…マジで誰なんだ?やっぱり元恋人か?もうわかんねー!」
真実は小さい脳みそで考えすぎたのか、頭がパンク寸前だった。するとその時だった。
「おい真実!!公園で何してんだ?」
いきなり自分の名前を呼ばれ、真実は反射的に声のした方へ振り向いた。そこには学校帰りの海が立っていた。真実にとっては願ってもない助け舟だ。彼女は手を振って海に応えた。
「あおいろ!こっち来いよ!で、私と一緒に考えてくれ!」
「は?何をって…あ、ども。」
海は真実の隣にいた翔太に気づき、軽く会釈した。翔太も軽く会釈して応えた。海はいそいそと真実の隣へ駆け寄った。
「どなただよ。芸能人が何か?めっちゃイケメンやん。」
「いや、普通にここら辺に住んでる人。」
「マジで?!こんなイケメンな一般人いるのか!お前迷惑かけてないだろうな。」
「かけてねー!お前は私の母親か!そんなことより彼の背中見てみろよ。」
「え…?」
海は真実の言われた通り、そろりと翔太の背中を覗き込んだ。
「………!!!は?!」
海は翔太の背中に恐れを成し、顔を真っ青にした。そして驚きすぎて自分が思ったより大きな声が出てしまった。ドン引きだった。
「な?ヤバいだろ?」
「ヤバいってレベルじゃなくね?何で生きてんの?ってレベルじゃん。誰か殺した?それとも墓荒らした?」
「してないしてない。私も一瞬疑っちまったけど。んで、どうしてこんな状態になったのか私と考えて欲しい。」
「そんなの本人が一番わかってるんじゃねーの?」
「それがわからないんです。」
翔太がやっと話に入ってきた。
「へぇ…貴方も俺の背中の状態がわかるみたいで…霊感があるんですね。すごいです。えっと…」
翔太は海をどう呼べばいいのか思いあぐねた。そんな翔太の心境を、海は汲み取った。
「あ、俺、青井海です。」
「青井くん…ですね。僕は松前翔太です。その…いろんな人に恨まれた覚えはあるんですけど、そんなんじゃ足りないくらい背中に取り憑いているものが酷すぎるって彼女に言われました。」
真実はうんうんと頷いた。
「だから困ってるの。彼の周りの人も、彼のことは心から好いているっぽいし。しかも彼はさ、今まで普通に生きてきたんだ。決して自分から人に害を加えようとしたことはない。」
「え~じゃあわかるわけないじゃん!本人が覚えないんだから今日初めて会った俺たちなんてもっとわかるわけないだろ?」
海は早速匙を投げた。
「でもさ、わかんないって放っておいても…」
確かにこんな彼の背中の状態を見ておいて、放ってしまうなんて、そんな非情なこと海には出来なかった。海も彼の小さい脳なりに暫く考えた挙句、こう切り出した。
「まずは俺たち、松前さんのことをより深く知る必要があるな。それこそ学校生活からプライベートまで。」
「え、それストーカーじゃん!ぜってー嫌だ!」
「しょうがねーだろうがよ!まぁ、松前さんがよければだけどさ。」
海はチラッと翔太を見ると、翔太がそれに応じるように軽く微笑んだ。
「俺は別にいいですよ。というか俺からお願いしてもいいですか?」
「了解です。と決まればまずは、俺たちと仲良くならないと!明日はちょうど土曜日ですので、よければ3人で栄でも行きませんか?親睦を深めましょう。」
「いいですね、行きましょう。」
「お前はどーせ暇だろ、真実。お前も行くからな。」
海は挑発するように、真実を横目で見てそう言った。
「お前は人のことをなんだと思ってんだよ!はいはいそうですよ!暇ですよ!」
「んじゃ決定な!そうだ、連絡先交換しませんか?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
翔太は海と真実の連絡先を入手した。彼は増えたメールアドレス欄を眺めて、嬉しそうに顔を歪めた。
「そうだ、青井さんは歳いくつですか?」
「俺16歳。高2ですよ。」
「じゃあタメですね。敬語外しませんか?」
「OK!俺のことは『あおいろ』って呼んでよ。みんな俺のことそう呼んでるからさ。」
「わかった。そう呼ばせてもらうよ、あおいろ。」
真実はじっと2人を見て不服そうにした。
「い~な!羨ましいな~!私にもタメ口で喋ってよ!!」
まるでお菓子をねだっている子供のようにそう言った。
「お前はハナから馴れ馴れしすぎ!!2つ歳上なんだぞ?俺はともかく松前くんは…」
「わかったよ。タメ口で話すね。」
翔太が割って入ってきた。
「うん!じゃあ松前翔太だから翔ちゃんね!よろしく~。」
「お前なぁ……。」
満足気な真実とは反対に、海は呆れてそれ以上何も言えなかった。
翌日、真実はイケメンと出かけるということで、イヤリングを付けたり、いつもと少し違う服を着るなどして張り切っていたが、海には彼女のどこが変わったのかさっぱりわからなかった。そしてそれを素直に言うと、卍固めの刑に処された。体がキリキリと痛むまま、朝10時、昨日の公園で再び翔太と合流した。
「やっぱり背中ヤベーな…。」
海は翔太の背中を改めてまじまじと見た。昨日より悪化はしていないが良くもなっていなかった。
3人は最寄りの駅から県が誇る繁華街…栄へ向かった。愛知県の中心と言えば名古屋駅だが、栄は名古屋駅と同等…いやそれ以上に繁栄している街である。高層ビルが立ち並び、高級ショッピングセンターからコアなサブカルチャーを扱っている店舗まで様々な店が揃っている。栄駅に着くや、海たち3人は早速知る人ぞ知るというようなこじんまりとした高級メンズアパレルショップへ足を運んだ。
「いらっしゃいませ!青井さんじゃないですか~!お久しぶりです。」
店に入ると、小洒落た30代くらいの男性店員が海に親し気に話しかけてきた。
「お久しぶりです!今日はダチも連れてきました。」
「お友達の方もゆっくり見ていってください!では青井さん、迷ったらいつでも相談に乗りますので!」
店員は笑顔でそう言うと、レジの方へ去っていった。どうやら海はこの店の常連客らしい。
「お前…自分の服見たかっただけだろ。」
真実は海の背中を小突いた。
「そんなことないない!」
「ったく…。」
真実は海に呆れながら、ふと自分の側の棚にあったTシャツの値段を手に取ってみた。値札には1万円と表示されていた。
「あ?!Tシャツに1万!?0が1個多いんじゃねーの?!」
破格の値段に真実は驚きを隠せなかった。
「そんなに高いか?着崩れしないし素材もいいしで長持ちすんだって!この今日着てる服だってこの店で買ったんだけど、2年前に買ったやつだぜ?なのに綺麗だろ?」
真実は海の青いパーカーをじっと観察した。
「確かに新品みたいに綺麗だな。」
その時真実は思い出した。確か青井一家は超お金持ち一家なのだ。父は世界的に有名なブランドのファッションデザイナー、母は元有名ブランドの専属モデル、姉も現在世界で活躍しているファッションモデルだ。かなり多忙故、せっかくの豪邸も留守にすることがほとんどなので、海は結構自由奔放に生きてきたのだ。それ故の金銭感覚なのだろう。如月一家も地主ということもありかなり裕福だが、青井家には足元にも及ばない。
「だから気に入ってるんだよ。なぁ翔ちゃん、この店かなりいいもの揃ってるから見てみろよ。」
海に言われるままに、翔太はカーディガンコーナーを真剣に漁ってみた。
「学校に着て行くのにこれいいな。ねぇあおいろと如月さん、これどう?」
翔太が取り出したものは黒いカーディガンだった。左右にあるポケットに緑と赤のラインが入っており、ボタンは黄金で、高級感溢れるブランド物の一級品だった。
「いいじゃん!羽織ってみろよ!…うん、スッゲー似合ってる!買っちゃえよ~。」
カーディガンを羽織った翔太は、後ろについている値札を見てみた。そこには2万円と表記されてあった。この値段に翔太も顔を引き攣らせた。学生…しかも高校生にとってはかなり痛い出費である。
「に…2万円かぁ…。高すぎるな。」
真実はカーディガンを羽織った翔太をまじまじと見た。
「え、いいじゃん!さすがだな~似合ってるよ!ていうか翔ちゃんだったら何着ても似合うんだろうけど。」
「…そうかな?」
「うんうん!」
「そっか、じゃあ買っちゃおうかな。俺、物持ちいい方だからさ、高いけどいい買い物だよね。」
翔太はカーディガンを脱ぐと、大事そうに抱えた。
(やっぱり女に似合うって言われると買う気になるのか。まぁコイツは女であって女でないし、本性知ったらガッカリするだろうけど…。)
そんな2人の様子を見て、海は(聞こえたらボコられるので)、こっそり心の中で呟いた。
その後本屋へ行ったりカフェに入ったり…時間を忘れて栄を楽しんだ。気づけば既に19時を過ぎており、辺りは真っ暗になっていた。
「あ~楽しかった!」
帰り道、最寄りの駅に到着し、シェアハウスへ向かう道中で海が言った。
「昨日よりもゆっくり話せたな。本来の目的である『翔ちゃんのことを知る』っていうのも少しは達成できたし。でもやっぱりこの背中の原因がさっぱりだな。」
「俺もあおいろと如月さんのこと知れてよかったな。」
海と翔太が和やかに話してる中、真実が1人だけ黙って何かを考えていた。
「おい真実、どうしたんだよ。」
いつも騒がしい真実が会話に入ってこないので、海は真実の様子がおかしいことにすぐ気づいた。
「あのさ、私昨日から疑問に思ってたんだけど…」
「何だよ。」
「昨日の話聞いてて、翔ちゃんは基本的に他人に興味を示さない性格だよな?だけどどうしてシェアハウスのメンバーには関心を持ったんだ?ほら最初、私と出会った時、『どうして自分と同じ歳の人がたくさんこの家から出てくるのが不思議でシェアハウスを見てた』って言ってたじゃん。でも翔ちゃんの性格上、疑問に思っても興味は持たないはず。」
「え…そうなの?」
海は翔太の方を見た。続けて真実が話した。
「それともう一つ…翔ちゃんの性格ならこの状況で私とあおいろとは仲良くしようとは思わない。翔ちゃんは滅多に他人に対して心を開かないよな?翔ちゃんの信頼を得続けた人のみにしか心を許さない。そんな性格の人が、昨日初めて会った私たちと仲良くなろうと思うか?」
真実はしっかりと翔太を見据えてそう言った。翔太は少し目を細め、彼女を見つめ返した。
「そっか…如月さんの観察眼はすごいなぁ…。」
翔太はまるで真実の言葉を認めたかのようにそう言った。
「うん。俺、強い霊感を持っている人を求めてたんだ。だから如月さんに近づいた。本当のことを言うと、強い霊感持ってる人だったら誰でもよかったんだよ。」
「そっか。じゃあ私たちじゃなく、私たちの持っている力が目的ってことな。」
「うん。そうだよ。」
「そんでもって、翔ちゃんはさ、既に自分の背中の原因が何なのかもうわかってるんだろ?」
「は??!」
海から変な声が出た。もしそうであるなら、今まで俺たちが考えてきたのは何だったのかと。
「それもそう。如月さん、何でわかったの?」
海の驚きを他所に、翔太はアッサリ認めた。
「う~ん、なんとなく…かな。翔ちゃんの様子見てて、特に焦っている感じじゃなかったじゃん。でもさ、こんなまどろっこしいことをして、翔ちゃんの目的は何だ?」
真実は1番聞きたかったことを切り出した。
「うん、目的は言った通り、俺の背中をどうにかしてほしいってことだよ。原因は俺自身だからさ、まずは俺のこと知ってもらおうかと思って。」
「嘘だろ?!自分で自分を呪ってるのか?こんなになるまで?!」
海は混乱した。そんなのただ自分の首を絞めているだけじゃないかと。自殺行為じゃないかと。
「そうだよ、あおいろ。俺は自分を呪い続けているんだ。」
翔太は初めて海と出会った時のあの笑顔でそう言った。
その後2人は翔太の住むアパートに招かれた。彼の部屋は白で統一されており、必要最低限のものしか置いていない簡素なものだった。翔太はリビングのソファに2人を座らせ、自分の部屋から何かを取ってきた。海と真実は身構えた。翔太が持ってきたものが、いかにヤバいものかが一瞬で感じ取れたのだ。寒気がして、身震いし、全身に鳥肌が立った。嫌な汗が全身から噴き出ているのを感じる。こんな恐ろしい物がこの世に存在していたとは…海には到底信じられなかった。それほどの物を、翔太は平然と部屋から持ってきたのだ。
「これだよ。」
翔太が2人の前に置いたものはただの木製の小さな箱だった。そう、見えない人にとってはただの木箱だ。しかし海と真実にとっては…
「翔ちゃん…これは今すぐ手放した方がいい。何でこんなもの持ってるんだよ…。」
そう言った真実の声は震えていた。
「これはね、昔から伝わる呪具らしい。小さい頃に聞いた話だから本当かどうかはわからないけれど、これを持ってるだけでどんどん体内に悪いモノが溜まっていって2年ほどで死んでしまうんだって。でもさ、約80年くらいの人の寿命が、たったの2年になってしまうんだよ?相当強力な呪具だよね。」
翔太は完全に他人事だった。真実は翔太の態度が理解できない。
「だから早く手放さないと。どこでこんなもの手に入れたんだ?ていうか何ですぐに手放さない?」
「いやぁ、実は半分冗談だと思ってたんだ。だって俺、霊感ないからさ。そういうのよくわからないんだよ。でも昨日、如月さんが俺の背中を見た時の反応…アレを見てわかった、この箱は本物なんだって。それにさ俺、物持ちいい方だって言ったよね?」
「…確か真実に言ってたよな。」
海はアパレルショップでのことを思い出した。
「そう、自分のものだって認識したものをどうしても捨てることができないんだ。子供の時からの悪い性格でね。だから普段はあまり買わないようにしている。捨てられなくなっちゃうからね。」
翔太の部屋が必要最低限の物しかないのはそのためだった。
「たとえそれが自分の命を削るものだとしてもか?」
真実は声を荒げた。少し怒っているようだった。しかし翔太はどこ吹く風で、表情を少しも変えなかった。
「しかもこれ、俺の母の実家にあった物なんだ。」
「代々翔ちゃんの家に受け継がれてきた物ってこと?」
海の問いかけに翔太は首を横に振った。
「いや、違う。貰ってきたんだ、俺が。小さい頃に貰ったんだ、大切な友達から。でもその友達は呪具だと知らずに俺にくれたから、悪気はサラサラなかったんだけどね。だけど貰ったからこれは俺の物だ。小さい時に母の実家に預けたままだったのを思い出して、引っ越しが終わった時に回収してきたんだ。」
「……だとしてもダメだ。」
真実は静かに、しかしキッパリと言い放った。
「どんな事情であれ、それは持っていてはいけない。翔ちゃんはさ、正直私たちのことまだダチとも何とも思ってないかもしれねーけど、私はもうダチだと思ってるから。私はダチを見捨てるようなクズじゃねぇ。横暴だし力尽くだけど、今からその箱奪うから…嫌なら全力で抵抗しろ。」
真実が翔太に殺気を放った。海は一瞬真実を落ち着かせようとしたが、確かに真実の言う通りである。彼も翔太のことは仲の良い友達だと思っているのだ。
「俺もコイツの意見に賛成だ。翔ちゃん、頼むからその箱こっちに渡してくれないか。」
海は真実と違って戦闘型ではない。力ではなく口で説得しようとした。
「……そっか、霊感がある人ならこの箱を俺の手元に残したまま何とかできると思ったけど、出来ないのか…。2人とも心から俺のこと心配してくれてるんだね。ありがとう。」
「じゃあ…!」
「でも嫌かな。これ、本当に大切な人から貰った物なんだ。これ失うくらいだったら死んだ方がマシだよ。」
「そ…そんなに大切な人…なのかよ…。死んだら元も子もねぇじゃん!もうその大切な人に会えなくなるんだぞ?!そっちの方が嫌じゃねーの?」
「嫌だけど…その人さ、俺のこと忘れてるみたいなんだよね。だから俺が好きなのは昔のその人であって、今のその人じゃない。」
「な…何だよそれ…。」
「それって昨日翔ちゃんが言ってた好きな人のこと?」
殺気を放ったまま真実がそう尋ねると、翔太は頷いた。
「誰だよソイツ…。」
「言ったところで無駄だよ。それにやっぱりその人の名前を口に出す度、胸が苦しくなるんだ。あんまり言いたくないかな。」
こんなイケメンに命を懸けてまで思われるなんて、一体どのような人なのだろうか…海は想像できなかった。
「…翔ちゃん、私は認めねぇぞ。」
真実はとうとうソファから立ち上がった。
「その人のことを本気で大切に思ってたなら、今のその人のことも本気で大切に思ってみせろよ!その人は絶対に喜ぶ!私は物心ついた時から霊感がある。だからいろんな人、いろんな霊と出会ってきたからわかるんだ!たくさん人から愛を貰っている人間は、どんなに辛い状況の中にいても、最高に幸せなんだ!」
真実は必死だった。呪具のこともそうだが、何より翔太のことで必死だった。
「私は翔ちゃんが負の感情を抱えたまま死んで欲しくない!死ぬんだったら幸せになってから死んでくれ!!愛されながら死んでくれ!!」
その言葉に反応するように、翔太はエメラルドグリーンの瞳一杯に真実を写した。彼は真実に目を奪われてしまったのである。
その隙に真実は親指を少し噛んで左目に血をつけると、能力を発動した。絶対使いたくなかったが、どうしても使いざる負えなかった。なぜなら本能が警告していた。翔太に力では敵わない、と。実のところ、翔太と対峙するということになって、真実は緊張し切っていたのだ。彼女の能力にかかったその瞬間、翔太はカクンと後ろの背もたれへ力なくもたれかかった。気を失ったようだ。真実はそのチャンスを狙って木箱に手を伸ばした。しかしその時、力強く翔太の手が真実の腕を掴み止めた。
「!!!」
真実は呆気にとられた。まさか能力が効いてないとでもいうのか。
(有り得ない…!)
真実は予想外のことに汗が滲んだ。正直言って怖かった。このまま腕を折られるかもしれない。海も協力し、無理やり翔太の腕を退かそうとするもビクともしない。すると翔太が意識を取り戻し、勢いよくグイッと体勢を戻すと、真実に満面の笑顔を向けた。真実にはその笑顔が、どんな幽霊や化け物よりも恐ろしく感じた。
「確かに…俺、幸せのまま死にたいな。」
すると翔太は真実の腕をパッと離した。
「ありがとう如月さん。目を覚まさせてくれて。…もういいんだ。その箱持っていってくれないかな。」
「う…うん。」
真実は恐る恐る箱を自分の手元に引き寄せた。
「あおいろもありがとう。」
翔太が笑顔のまま海の方を向いて言った。
「お…おう。」
「ねぇ如月さん。これからは名前で呼んでも良いかな?親しみを込めてそう呼びたいんだ。」
「う…うん。」
正直躊躇ったが、断ったらいけないような気がした。彼女には珍しく、空気を読んだのである。どうやら真実は翔太の世界の中に招かれたようだ。
翔太のアパートからシェアハウスまでの帰り道、海はやっと安堵のため息をついた。すでに夜の8時を回っていた。
「前言撤回。やっぱり俺翔ちゃんのこと全然わかってなかったわ。なんていうか…独特だよな。少し怖いというか…別に優しいけど…。」
「ああ…そうだな。」
「それに昨日から疑問だったけどさ、背中がヤバい状態になってたのに、翔ちゃんずっと平気そうだったじゃん。普通寝込むか下手したら死ぬかのレベルだった。何で翔ちゃんは…?」
2人はシェアハウスに着くまで考えたが何にも思い浮かばなかった。
「あー頭痛くなってきた!もう辞め辞め!早く飯食って寝よ!もう遅いし明日その箱神社に持っていくぞ。」
海は一足先に早く門を潜り玄関を開けた。真実も続いて入ろうとしたが、そこで異変に気付いた。付けていたイヤリングの右側が無くなっていたのである。
「全然気づかなかった…栄で落としたか…?」
もうこのイヤリングは付けられないと思うと、軽くショックだった。
「真実早くしろ!虫が入るだろ!」
「へいへい。」
海に催促されて真実は早足で中に入った。
「こ…これを一体…どこで…?!」
翌日、海と真実は早速神社に木箱を納めに行った。しかし神主はその木箱を見た瞬間恐れ慄き、これ以上近づけないでくれと言わんばかりに顔を青ざめて後退りした。
「これ…預かっていただけませんか?」
海がそう尋ねると、神主はすぐさま首を横に振った。完全に拒絶された。
「まさかこんなモノが現実に存在してたなんて!!」
「実際ところ、これ何なんですか?」
「こ…これは…」
神主によると、この木箱は強力で非常に危険な呪具であり、子供の霊が封印されているモノだと言う。伝説上のモノだと思われていたらしく、神主自身も初めて本物を見たらしい。彼は2人に、木箱にまつわる伝説を教えてくれた。
200年ほど前、名古屋にあるとある村で大きな災害が起こり、多数の死者が出た。しかもその災害で農作物は不作となってしまい、生き残った人々は飢餓に苦しんだ。その中で、子供を養えなくなった多くの親たちが、体が弱かった子や、将来大きな労力にならない女の子を、間引きと称して泣く泣く殺してしまった。親はその無念から、殺した子供の小指を切り木箱に入れ、燃やしながら子供があの世で幸せになれるよう、祈りを捧げた。確実に子供が天国へ行くと、神と子供が約束をするという意味を込められていたのだ。しかし何故か燃えなかった木箱が1つだけ存在した。それが今、海が持っているモノだ。
「え…」
伝説を神主から教えてもらった後、海は途端に怖くなり、持っていた木箱を無理やり真実に押し付けた。
「無理無理無理!!俺まだ死にたくねぇ!!」
「お前って、本当情けねぇよな。」
「いや!これ怖がらない方がおかしいから!!なぁ神主さん…せめてお祓いとかは出来ないんですか?それか他の神社紹介してもらえると、とーってもありがたいんですけど…!」
海は半ば泣きながら、神主に懇願した。
「わ…わかりました。やはりこれくらい厄介なモノとなると、日本三大神宮のどれかに行かれた方がよろしいかと…」
「ここら辺だと、一番近くて熱田神宮だな。」
諸説あるが、熱田神宮とは、伊勢神宮、明治神宮と並ぶ「日本三大神宮」の一つとされているところで、ここ愛知県が誇る神社である。
「絶対、今日中に行ってください。これは決して長く持っていてはいけないモノです。中も開けないでください。」
「それはそうですよね。わかりました。今から行ってみます。」
海はそう言うと、真実と共に神社の境内を出ようとした。その時、後ろから大声で神主が2人を呼び止めた。
「すみません!その呪具のことでもう一つ…」
「…?」
「200年前、子供を殺した親に、この木箱の作り方を教示した人物がいたようなんです。実はこの木箱…呪具というだけあって、複雑な作りになっていて、作り方を知っている人間は限られています。そしてこの呪具をただの箱にする方法も、作り方を知っている者にしかわかりません。その人…何でも君たちくらい歳の銀髪の青年だったとか…」
「え…」
銀髪の青年といえば…海と真実に心当たりがある。1人だけ、友達でいる。
その後、2人は熱田神宮に行き、お祓いを受けた後、木箱を無事奉納することができた。熱田神宮の神主からはかなりドン引きされ、儀式の最中、気分が悪くなる人が続出し、海は怖すぎて死ぬかと思った。お祓いには1日かかり、終わって帰路に着く頃には既に20時だった。
「…なぁ、真実」
海が徐ろに口を開いた。
「何だ?」
「初めに行った神社の神主さんが言ってた銀髪の青年って…」
海は今日一日抱いていた疑惑を、真実に吐露しようとした。
「関係ないだろ。だって200年も経ってるんだぜ?人間は嫌でもいずれ死ぬんだ。この世に生まれ落ちた瞬間、人は死に向かって生きている。例外はない。」
「…だよな!そうだよな。でもさ、あの呪具の作り方を教えた奴って…相当ヤバい奴だよな?なんていうか…人間の所業じゃねぇっていうか…」
「うん。相当ヤバいだろうな。あの呪具は殺された赤ちゃんの幸せを願うモノじゃない。むしろ強大な怨念として、この世にずっと引き留めておくための入れ物なんだ。殺されても尚、何百年に渡り苦しめ続けるなんて…許せねぇな。ま、そんなクソ野郎も、とうに死んでるだろうがよ。…あおいろ、油断するなよ。」
「…?」
「この世にはな、昔も今も腐った連中が沢山いる。こんな奴、生まれてこなきゃよかったんじゃねぇかと、思えるほどのな。しかもそれは大抵、生きている方の人間だ。私たちは、普通の人よりも目がいいから、いろんなことが見えちまうんだが…呑まれるなよ。」
滅多にない真実の真剣な声に、海は気を張り詰めた。
「呑まれそうになったら私を呼べ。いいな?」
真実は海の顔を見据えるように、彼の真正面に立った。
「私は絶対お前を助ける。これは驕りとかじゃねぇ。本心だ。私たちの能力は、人を傷つける為にあるものじゃねぇ。生きている死んでいる関係なく『人』を守る為にあるものだ。だから今後、死ぬほど人を妬ましいとか、憎らしいとか思うこともあるかもしれねぇけど、そのエネルギーはいざという時のためにとっておいておけよ。」
真実は軽く微笑んでそう言った。彼女の声は凛としており、冷えた夜の風に吸い込まれてた。しかし海の心には深く響いた。
「わかった。その代わり、お前も呑まれそうになったら俺に言えよ。1人で抱え込むなよ。」
何故か少し胸騒ぎがした。
「うん。若干頼りにしてるわ。」
「若干ってなんだよ!」
「あと心配ついでにもう1つ。」
真実は海の顔先で、人差し指を立てた。
「翔ちゃんは恐らくただの人じゃねぇ。」
「…それって、翔ちゃんも能力使いってことか?」
真実は黙って頷いた。
「まだ憶測の域を超えてないけどな。本人は霊感ないって言ってるけど、私は嘘なんじゃないかって思ってる。いやでも、能力使いでもそうじゃなくても、敵に回すとかなり厄介だ。友達として関わるのはいいけど、深入りはしない方がいい。理由はない。勘だ。」
それは海も薄々感じていたことだった。彼は真実の能力にかかって、数秒だけだが気を失っていたにも関わらず、満面の笑みで笑っていたのだ。まるで彼女の能力を、身をもってじっくり味わっていたような…
「それもわかった。」
その時、2人は翔太の住むアパートの前を通りがかった。海はふと翔太の部屋の窓を見た。真っ暗だった。もう夜も更けてきたというのに、まだ帰ってきていないのだろうか。
如月邸近くのバス停に1人、くたびれたスーツを着ている男性が降り立った。しかしスーツとは逆に、彼自身とても健康で快活な男だった。バスから降りると、持っていたキャリーバッグを置き、男性にしては少し長めの癖毛を軽くハーフアップにまとめた。
「久しいな!奴らは元気にしているのだろうか?」
彼はバッグを持ち直して、如月邸へ続く道を足取り軽く歩いていった。
2週間ほどあった春休みが終わり、慌ただしい学校生活が始まった。中学3年生になった真実は、今年受験生ということもあり、新学期早々実力診断テストを強いられた。しかし自分の学力にあまり頓着がない彼女は、机に向かうことはなく、ひたすら自分のベッドでゲームばかりしていた。もちろん彼女の大好きなホラーゲームだ。そんな時、兄の政由から連絡が入った。
「真実、やっと連絡できました。今日、どうでしたか?学校サボってないですよね?」
「ふふん!今日はサボってない!」
真実は自信あり気に答えた。彼女はよく給食だけ食べて授業をサボる。理由はつまらないからという単純なものだ。しかし今日は珍しく、全ての授業を出席した。まぁ、5限目からはスヤスヤ夢の中だったが。
「それはよかったです。今日連絡したのは、つい先日に貴女を訪ねて来た方がいらしたのでその連絡です。」
「え、誰?」
そんな友達いたっけ…と真実は頭をフル回転させたが、全く心当たりなかった。誰とも約束はしていないはずだ。
「訪ねて来たと言っても、真実は今ここに住んでいないとお伝えしたら、すぐに去って行かれましたよ。だからお名前を聞きそびれてしまいましたけど…物腰柔らかい好青年でした。心当たりありますか?」
男…?真実はますますわからなくなってきた。彼女の男の知り合いなんて、クラスメイトか、シェアハウスメンバーしかいない。
「誰だろ。わかんねぇな。忘れてるだけかも。」
「貴女興味のないことはすぐ忘れますもんね。」
「え~そんなん誰だってそうだろ~?!」
政由は上品にクスクス笑うと、じゃあ声が聞けたので満足ですと言って電話が終わった。
「誰だ??」
真実は気になって通話が終わっても考えていたが、風呂に入ったらすっかり頭から抜けてしまった。
次の日の金曜日、真実は部活も委員会も入っていないため、早めに帰ってこれた。すると、シェアハウスの前で男子学生が立っているのが見えた。背が高く、スラッと足が長いので大人に見えてしまうが、制服を来ていたので明らかに学生だった。
(…?誰かのダチか?)
シェアハウスのメンバーは、真実以外全員男性だ。真実は声をかけることにした。
「なぁ、誰か待ってんの?」
知らない赤の他人だというのになんとも馴れ馴れしい言い方である。青年は真実の声に反応し、振り向いた。作り物のように端正な顔立ちの男だった。多少大人びているものの、少し可愛げのある、それでいて爽やかで、正に完璧な顔だった。真実は彼の顔を見た瞬間、次の言葉を失った。それほど彼の顔があまりにも綺麗すぎたのだ。エメラルドグリーンに輝く瞳が真実を捉えた。黙りこんでしまった真実の代わりに、その青年が口を開いた。
「えっと…不審でしたよね。すみません。俺、ここらへんに昨日引っ越して来た松前といいます。今日の朝、俺くらいの人たちが次々と出て行くのを見て、どんな家庭なんだろうなって見てしまいました。」
人を安心させる、とても柔らかい話し方だ。真実は少し緊張感が解けた。
「あ、誰かのダチってわけじゃないのか。」
真実はようやく口を開けられた。
「ここ一般家庭の家じゃなくて、シェアハウスだよ。私もここに住んでんの。」
「なるほど、だからなんですね。ジロジロ見てしまってすみません。俺、もう帰ります。」
彼は真実に背中を向けた。その瞬間、真実は思わず引き止めた。
「あのさ!」
真実は喉がヒュッと鳴った。憑いていたのだ。彼の背中に。よろしくないモノが。しかも真実が少し怯むほど、真っ黒で邪悪なモノである。
「…?」
「体調…悪くないの?それともよく怪我しやすいとか…疲れやすいとか…そういうのない?」
「ふふ、もしかして、貴女占い師ですか?」
「いや…そうじゃねぇんだけどさ、何かその…顔色めっちゃ悪いなって。」
かなり苦しい嘘をついた。本当は別に顔色なんて悪くない。だがむしろそれが不自然だった。普通体調壊して死ぬか事故に合って死ぬか…。とにかく、これで元気で平然としていられる方がおかしいのである。10年そこそこ生きてきただけで、ここまで人に恨まれることなんてあるのだろうか。彼は人殺しの経験でもあるのだろうか。
「うん。確かに最近疲れやすいですかね。引っ越し終わったばっかりだからかな。」
「そ…そうか…。ついでに占い紛いなことを言うと…体調管理と事故には気をつけて。じゃあな…」
真実は心配になったが、見ず知らずの相手を気にかけてもかえって不審がられるだろう。触らぬ神に祟りなしである。ここは見なかったことにして、さっさとシェアハウスの中に入ろうとした。しかし強く手首を掴まれ、止められた。
「…!!」
「君…俺の背中に何か見えたんですか?」
「え…何で…」
「だって俺が後ろを向いた瞬間、声をかけてきたから…」
「あ~…うん。まぁ、そんな感じ。」
真実は嘘が苦手だったので、少し考えたが諦めてそう言った。
「やっぱりそうなんですね。すごいです!俺の背中どうなってるんですか?」
青年はエメラルドグリーンの瞳を輝かせて真実を見つめた。
「…怪しいとかキモいとか思わねぇの?」
「そんなこと思わないですよ。普通は目に見えないものが見える人って実際いますし。俺はそういう経験全然ないので、すごいなって。」
「まぁ見えない方が絶対いいけどな。その…背中なんだけどさ、真っ黒だよ。服着てるからわからないけど、たくさんグロい傷もついてると思う。実際は痛くもないし血も出てないけど、このまま放っておいて深くなっていけば、そのうち呪い殺されるよ。今結構ヤバい状態。」
「そうなんだ。俺、もうすぐ死ぬんですね。」
死ぬと宣告されているというのに、まるで他人事だった。
「怖くないのか?」
「怖いよ。だからどうしよっかなって考えてるんです。一緒に考えてくれませんか?」
「え…」
イケメンに頼られるなんて、女としては心躍る状況ではある。それ以前に、困っている人がいれば、助けるのが常識だろう。しかし背中が真っ黒になるほど人から恨まれる人間とは、やはり関わり合いたくない。そんな真実の心境を知ってか否か、彼は逃さないとばかり、真実の手首を握る手を決して緩めなかった。
「う…わかったよ…。手伝うから手首離してよ。」
「あぁ、ごめんなさい。痛かったですか?」
ようやく青年は手を離した。掴まれていたところを見ると、手首が少し赤くなっていた。相当強く握られていたらしい。
「俺、松前翔太っていいます。貴女は?」
「…如月真実。」
翔太は心底嬉しそうに微笑んだ。
真実と翔太はシェアハウスから近くにある公園で話すことにした。真実が学校をサボってはいつも来ている公園である。2人はブランコに腰掛けた。
「そんでさ、誰かに恨まれるようなことした覚えあんの?逆にない方が不自然だけど。」
「う~ん、そうだな…特にないけど、勝手に『お前のせいで彼女と別れることになった。』とか、『お前のせいでいい成績取れない。』とかはよく言われますよ。なぜ俺のせいなのかは知らないんですけど。まぁ、よくわからないので、どうでもいいですけどね。」
「……。」
それはおそらく翔太のスペックの高さが原因だろう。彼の知らないところで、彼の所為で痛い目に合い、嫉妬する人が多いという話だ。
「他には?」
「他には、か…。あ、そうだ。多分これが1番可能性高いんですけど、半年前くらいに俺、サッカー部でキャプテンに選ばれたんですよ。入部してから半年後の高校1年生の時に。でも1年生でキャプテンになるなんて、前代未聞のことらしくて、先輩たちからは睨まれました。別にキャプテンになりたかったわけじゃなかったんですけど。それから何かと虐められたりして、俺が辞表出しに行ったら、顧問に猛反対されました。」
友達関係といい、部活といい、彼にはあまりいい思い出がないようだ。
「そして虐めた側が謹慎処分と大学推薦取り消し処分になってしまいました。その上、俺の所為かどうかは知らないんですけど、精神を病んでしまった先輩がいたらしいんですよ。何でも絶対キャプテンになりたくて2年間ずっと血が滲むような努力してた人みたいです。だから俺は、その人たちには恨まれてるかもしれないですね。それで何故か俺がみんなからバッシング受けて…。まぁ先輩のことなんて興味がないので、生きていようが死んでいようがどうでもいいんですけど。」
「いや、死んでたらダメだろ…。」
翔太は、かなり重い内容を軽く笑いながら話した。確かに話を聞く限り、今までの話の中で、翔太側には非がない。つまり彼の背中の問題は、翔太や自分がどうこうできるものではないのでは…と真実は思い始めた。翔太という存在によって、勝手に不幸になり、勝手に恨みを持つ人が多すぎる。彼は生まれながらに呪われているのだろうか。
(ハイスペック過ぎてもあんまりいいことないのかも…。やっぱり普通が1番ってことか。)
しかし真実には腑に落ちないことがあった。どれだけ他人から恨まれても、精々16年でここまで背中に人の醜悪的な想いが貼り付くのか…ということだ。これまでの話を聞いて、確かに翔太が人の恨みを買いやすいということは分かったが、それでもここまで真っ黒にならないはずなのだ。それぐらい彼の背中の状態は酷い。
「本当にそれだけ?」
「それだけって…他の人より俺、結構ヤバめじゃないですか?」
「あ、いや…そういう意味で言ったんじゃない。私が言いたいのは…。」
「これでもまだ足りないくらい、俺の背中にある感情は強いってことですか?」
真実は彼の言葉に頷いた。
「そうですか…。じゃあ何だろうな…。もう心当たりないんだけど。俺、女性関係は…結構潔白な方ですし。彼女が1人過去にいたぐらい。」
「その元カノに恨まれる覚えは?酷い別れ方したとか。」
「いいや、それはないです。彼女から別れを切り出したんだから。」
真実は驚いた。こんなにカッコいい人手放すような女なんていないだろうに。よっぽど性格や価値観が合わなかったのだろうか…。
「それに俺、もうずっと好きな人いるんです。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあその人スッゲー幸せもんだね~。」
「嬉しいな、本当にそう思います?」
「そりゃそうだろ。でもまぁ1番は、互いが互いに大切にできるか、が鍵になってくるだろうけどね。ほら、やっぱり自分より相手を大切にできないと、細かいところも許せなくなってくるじゃん。」
「あぁ、その点は大丈夫です。俺は。」
翔太は自身あり気に微笑んで、ハッキリ言い切った。真実はその反応に少し驚いた。
(うわ…スッゲー好きなんだな…。ま、十中八九両想いだろ。うらやましい~。)
それに比べて私は…と、真実は虚しくなり空を見上げた。真実の想い人…拓也は、彼女の猛アタックにも靡かず、全くもって振り向かないからだ。寧ろ最近当たりがキツくなってきた。思い出すとホロリと涙が出てくる。真実はブンブンと頭を横に振って、気持ちを切り替えた。
「…話が脱線した。じゃあ恋愛沙汰が原因じゃないってことだな。」
「おそらくは。」
「交友関係は?」
「少ないですけど仲のいい友達は2人います。でもソイツらはおそらく違います。俺が一人ぼっちだった時に、声をかけてくれたヤツらなので。」
「家族は?」
「それもないと思います。家族は今海外にいるんです。最近俺だけ日本に帰ってきたんです。やっぱり学校は日本の学校に行っておいた方がいいかなって。俺、弟いるんですけど、弟とは仲良いんですよ。半年前のサッカー部のこと話したら、『その先輩ブッ殺しに行くね』って言ってましたし。」
(なるほど重度のブラコンってことか…。)
普通に会いたくない人種だなという感想を、翔太の弟に持った。
「でもさ、大きな恨みを持つ人って、その人と親しい仲柄の人である可能性が高いんだよ。殺人事件でもそうなんだけどさ、誰もあんまり知らない人のこと恨んだりしないだろ。だから今言った人たちの中で、お前に恨みを持っている人がいる可能性が高い。恨んでますオーラを出してないだけで。」
「そっか…。元カノ以外だったら割とショックだな。」
「元カノはいいんだ。」
「うん。」
真実は違和感を覚えた。今までの話からして、翔太は他人に興味がなさすぎる。家族と、自分が心から認めた親友にしか関心がないのだ。悪口言ってきた同級生のことをどうでもいいと言ったり、先輩のことを、生きてても死んでもどっちでもいいと言ったり…。愚痴のつもりで言ってるのかと思いきや、彼の表情を見ると本当に心底どうでもよさそうなのだ。おそらく彼は、ニュースで誰かが死んだとか、行方不明になったとか聞いても、1ミリたりとも同情しないのタイプの人間だろう。まるで彼には、自分だけの確固たる世界を持っているように思えた。それも何年もかけて認めた人しか入れない世界だ。そんな翔太が心から認めた人たちが、彼に負の感情を抱くとは思い難い。そしてその世界が少しでも崩壊すれば…彼の心は最も容易く壊れてしまうのだろう。
「弟と友達2人は違うような気がするし…マジで誰なんだ?やっぱり元恋人か?もうわかんねー!」
真実は小さい脳みそで考えすぎたのか、頭がパンク寸前だった。するとその時だった。
「おい真実!!公園で何してんだ?」
いきなり自分の名前を呼ばれ、真実は反射的に声のした方へ振り向いた。そこには学校帰りの海が立っていた。真実にとっては願ってもない助け舟だ。彼女は手を振って海に応えた。
「あおいろ!こっち来いよ!で、私と一緒に考えてくれ!」
「は?何をって…あ、ども。」
海は真実の隣にいた翔太に気づき、軽く会釈した。翔太も軽く会釈して応えた。海はいそいそと真実の隣へ駆け寄った。
「どなただよ。芸能人が何か?めっちゃイケメンやん。」
「いや、普通にここら辺に住んでる人。」
「マジで?!こんなイケメンな一般人いるのか!お前迷惑かけてないだろうな。」
「かけてねー!お前は私の母親か!そんなことより彼の背中見てみろよ。」
「え…?」
海は真実の言われた通り、そろりと翔太の背中を覗き込んだ。
「………!!!は?!」
海は翔太の背中に恐れを成し、顔を真っ青にした。そして驚きすぎて自分が思ったより大きな声が出てしまった。ドン引きだった。
「な?ヤバいだろ?」
「ヤバいってレベルじゃなくね?何で生きてんの?ってレベルじゃん。誰か殺した?それとも墓荒らした?」
「してないしてない。私も一瞬疑っちまったけど。んで、どうしてこんな状態になったのか私と考えて欲しい。」
「そんなの本人が一番わかってるんじゃねーの?」
「それがわからないんです。」
翔太がやっと話に入ってきた。
「へぇ…貴方も俺の背中の状態がわかるみたいで…霊感があるんですね。すごいです。えっと…」
翔太は海をどう呼べばいいのか思いあぐねた。そんな翔太の心境を、海は汲み取った。
「あ、俺、青井海です。」
「青井くん…ですね。僕は松前翔太です。その…いろんな人に恨まれた覚えはあるんですけど、そんなんじゃ足りないくらい背中に取り憑いているものが酷すぎるって彼女に言われました。」
真実はうんうんと頷いた。
「だから困ってるの。彼の周りの人も、彼のことは心から好いているっぽいし。しかも彼はさ、今まで普通に生きてきたんだ。決して自分から人に害を加えようとしたことはない。」
「え~じゃあわかるわけないじゃん!本人が覚えないんだから今日初めて会った俺たちなんてもっとわかるわけないだろ?」
海は早速匙を投げた。
「でもさ、わかんないって放っておいても…」
確かにこんな彼の背中の状態を見ておいて、放ってしまうなんて、そんな非情なこと海には出来なかった。海も彼の小さい脳なりに暫く考えた挙句、こう切り出した。
「まずは俺たち、松前さんのことをより深く知る必要があるな。それこそ学校生活からプライベートまで。」
「え、それストーカーじゃん!ぜってー嫌だ!」
「しょうがねーだろうがよ!まぁ、松前さんがよければだけどさ。」
海はチラッと翔太を見ると、翔太がそれに応じるように軽く微笑んだ。
「俺は別にいいですよ。というか俺からお願いしてもいいですか?」
「了解です。と決まればまずは、俺たちと仲良くならないと!明日はちょうど土曜日ですので、よければ3人で栄でも行きませんか?親睦を深めましょう。」
「いいですね、行きましょう。」
「お前はどーせ暇だろ、真実。お前も行くからな。」
海は挑発するように、真実を横目で見てそう言った。
「お前は人のことをなんだと思ってんだよ!はいはいそうですよ!暇ですよ!」
「んじゃ決定な!そうだ、連絡先交換しませんか?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
翔太は海と真実の連絡先を入手した。彼は増えたメールアドレス欄を眺めて、嬉しそうに顔を歪めた。
「そうだ、青井さんは歳いくつですか?」
「俺16歳。高2ですよ。」
「じゃあタメですね。敬語外しませんか?」
「OK!俺のことは『あおいろ』って呼んでよ。みんな俺のことそう呼んでるからさ。」
「わかった。そう呼ばせてもらうよ、あおいろ。」
真実はじっと2人を見て不服そうにした。
「い~な!羨ましいな~!私にもタメ口で喋ってよ!!」
まるでお菓子をねだっている子供のようにそう言った。
「お前はハナから馴れ馴れしすぎ!!2つ歳上なんだぞ?俺はともかく松前くんは…」
「わかったよ。タメ口で話すね。」
翔太が割って入ってきた。
「うん!じゃあ松前翔太だから翔ちゃんね!よろしく~。」
「お前なぁ……。」
満足気な真実とは反対に、海は呆れてそれ以上何も言えなかった。
翌日、真実はイケメンと出かけるということで、イヤリングを付けたり、いつもと少し違う服を着るなどして張り切っていたが、海には彼女のどこが変わったのかさっぱりわからなかった。そしてそれを素直に言うと、卍固めの刑に処された。体がキリキリと痛むまま、朝10時、昨日の公園で再び翔太と合流した。
「やっぱり背中ヤベーな…。」
海は翔太の背中を改めてまじまじと見た。昨日より悪化はしていないが良くもなっていなかった。
3人は最寄りの駅から県が誇る繁華街…栄へ向かった。愛知県の中心と言えば名古屋駅だが、栄は名古屋駅と同等…いやそれ以上に繁栄している街である。高層ビルが立ち並び、高級ショッピングセンターからコアなサブカルチャーを扱っている店舗まで様々な店が揃っている。栄駅に着くや、海たち3人は早速知る人ぞ知るというようなこじんまりとした高級メンズアパレルショップへ足を運んだ。
「いらっしゃいませ!青井さんじゃないですか~!お久しぶりです。」
店に入ると、小洒落た30代くらいの男性店員が海に親し気に話しかけてきた。
「お久しぶりです!今日はダチも連れてきました。」
「お友達の方もゆっくり見ていってください!では青井さん、迷ったらいつでも相談に乗りますので!」
店員は笑顔でそう言うと、レジの方へ去っていった。どうやら海はこの店の常連客らしい。
「お前…自分の服見たかっただけだろ。」
真実は海の背中を小突いた。
「そんなことないない!」
「ったく…。」
真実は海に呆れながら、ふと自分の側の棚にあったTシャツの値段を手に取ってみた。値札には1万円と表示されていた。
「あ?!Tシャツに1万!?0が1個多いんじゃねーの?!」
破格の値段に真実は驚きを隠せなかった。
「そんなに高いか?着崩れしないし素材もいいしで長持ちすんだって!この今日着てる服だってこの店で買ったんだけど、2年前に買ったやつだぜ?なのに綺麗だろ?」
真実は海の青いパーカーをじっと観察した。
「確かに新品みたいに綺麗だな。」
その時真実は思い出した。確か青井一家は超お金持ち一家なのだ。父は世界的に有名なブランドのファッションデザイナー、母は元有名ブランドの専属モデル、姉も現在世界で活躍しているファッションモデルだ。かなり多忙故、せっかくの豪邸も留守にすることがほとんどなので、海は結構自由奔放に生きてきたのだ。それ故の金銭感覚なのだろう。如月一家も地主ということもありかなり裕福だが、青井家には足元にも及ばない。
「だから気に入ってるんだよ。なぁ翔ちゃん、この店かなりいいもの揃ってるから見てみろよ。」
海に言われるままに、翔太はカーディガンコーナーを真剣に漁ってみた。
「学校に着て行くのにこれいいな。ねぇあおいろと如月さん、これどう?」
翔太が取り出したものは黒いカーディガンだった。左右にあるポケットに緑と赤のラインが入っており、ボタンは黄金で、高級感溢れるブランド物の一級品だった。
「いいじゃん!羽織ってみろよ!…うん、スッゲー似合ってる!買っちゃえよ~。」
カーディガンを羽織った翔太は、後ろについている値札を見てみた。そこには2万円と表記されてあった。この値段に翔太も顔を引き攣らせた。学生…しかも高校生にとってはかなり痛い出費である。
「に…2万円かぁ…。高すぎるな。」
真実はカーディガンを羽織った翔太をまじまじと見た。
「え、いいじゃん!さすがだな~似合ってるよ!ていうか翔ちゃんだったら何着ても似合うんだろうけど。」
「…そうかな?」
「うんうん!」
「そっか、じゃあ買っちゃおうかな。俺、物持ちいい方だからさ、高いけどいい買い物だよね。」
翔太はカーディガンを脱ぐと、大事そうに抱えた。
(やっぱり女に似合うって言われると買う気になるのか。まぁコイツは女であって女でないし、本性知ったらガッカリするだろうけど…。)
そんな2人の様子を見て、海は(聞こえたらボコられるので)、こっそり心の中で呟いた。
その後本屋へ行ったりカフェに入ったり…時間を忘れて栄を楽しんだ。気づけば既に19時を過ぎており、辺りは真っ暗になっていた。
「あ~楽しかった!」
帰り道、最寄りの駅に到着し、シェアハウスへ向かう道中で海が言った。
「昨日よりもゆっくり話せたな。本来の目的である『翔ちゃんのことを知る』っていうのも少しは達成できたし。でもやっぱりこの背中の原因がさっぱりだな。」
「俺もあおいろと如月さんのこと知れてよかったな。」
海と翔太が和やかに話してる中、真実が1人だけ黙って何かを考えていた。
「おい真実、どうしたんだよ。」
いつも騒がしい真実が会話に入ってこないので、海は真実の様子がおかしいことにすぐ気づいた。
「あのさ、私昨日から疑問に思ってたんだけど…」
「何だよ。」
「昨日の話聞いてて、翔ちゃんは基本的に他人に興味を示さない性格だよな?だけどどうしてシェアハウスのメンバーには関心を持ったんだ?ほら最初、私と出会った時、『どうして自分と同じ歳の人がたくさんこの家から出てくるのが不思議でシェアハウスを見てた』って言ってたじゃん。でも翔ちゃんの性格上、疑問に思っても興味は持たないはず。」
「え…そうなの?」
海は翔太の方を見た。続けて真実が話した。
「それともう一つ…翔ちゃんの性格ならこの状況で私とあおいろとは仲良くしようとは思わない。翔ちゃんは滅多に他人に対して心を開かないよな?翔ちゃんの信頼を得続けた人のみにしか心を許さない。そんな性格の人が、昨日初めて会った私たちと仲良くなろうと思うか?」
真実はしっかりと翔太を見据えてそう言った。翔太は少し目を細め、彼女を見つめ返した。
「そっか…如月さんの観察眼はすごいなぁ…。」
翔太はまるで真実の言葉を認めたかのようにそう言った。
「うん。俺、強い霊感を持っている人を求めてたんだ。だから如月さんに近づいた。本当のことを言うと、強い霊感持ってる人だったら誰でもよかったんだよ。」
「そっか。じゃあ私たちじゃなく、私たちの持っている力が目的ってことな。」
「うん。そうだよ。」
「そんでもって、翔ちゃんはさ、既に自分の背中の原因が何なのかもうわかってるんだろ?」
「は??!」
海から変な声が出た。もしそうであるなら、今まで俺たちが考えてきたのは何だったのかと。
「それもそう。如月さん、何でわかったの?」
海の驚きを他所に、翔太はアッサリ認めた。
「う~ん、なんとなく…かな。翔ちゃんの様子見てて、特に焦っている感じじゃなかったじゃん。でもさ、こんなまどろっこしいことをして、翔ちゃんの目的は何だ?」
真実は1番聞きたかったことを切り出した。
「うん、目的は言った通り、俺の背中をどうにかしてほしいってことだよ。原因は俺自身だからさ、まずは俺のこと知ってもらおうかと思って。」
「嘘だろ?!自分で自分を呪ってるのか?こんなになるまで?!」
海は混乱した。そんなのただ自分の首を絞めているだけじゃないかと。自殺行為じゃないかと。
「そうだよ、あおいろ。俺は自分を呪い続けているんだ。」
翔太は初めて海と出会った時のあの笑顔でそう言った。
その後2人は翔太の住むアパートに招かれた。彼の部屋は白で統一されており、必要最低限のものしか置いていない簡素なものだった。翔太はリビングのソファに2人を座らせ、自分の部屋から何かを取ってきた。海と真実は身構えた。翔太が持ってきたものが、いかにヤバいものかが一瞬で感じ取れたのだ。寒気がして、身震いし、全身に鳥肌が立った。嫌な汗が全身から噴き出ているのを感じる。こんな恐ろしい物がこの世に存在していたとは…海には到底信じられなかった。それほどの物を、翔太は平然と部屋から持ってきたのだ。
「これだよ。」
翔太が2人の前に置いたものはただの木製の小さな箱だった。そう、見えない人にとってはただの木箱だ。しかし海と真実にとっては…
「翔ちゃん…これは今すぐ手放した方がいい。何でこんなもの持ってるんだよ…。」
そう言った真実の声は震えていた。
「これはね、昔から伝わる呪具らしい。小さい頃に聞いた話だから本当かどうかはわからないけれど、これを持ってるだけでどんどん体内に悪いモノが溜まっていって2年ほどで死んでしまうんだって。でもさ、約80年くらいの人の寿命が、たったの2年になってしまうんだよ?相当強力な呪具だよね。」
翔太は完全に他人事だった。真実は翔太の態度が理解できない。
「だから早く手放さないと。どこでこんなもの手に入れたんだ?ていうか何ですぐに手放さない?」
「いやぁ、実は半分冗談だと思ってたんだ。だって俺、霊感ないからさ。そういうのよくわからないんだよ。でも昨日、如月さんが俺の背中を見た時の反応…アレを見てわかった、この箱は本物なんだって。それにさ俺、物持ちいい方だって言ったよね?」
「…確か真実に言ってたよな。」
海はアパレルショップでのことを思い出した。
「そう、自分のものだって認識したものをどうしても捨てることができないんだ。子供の時からの悪い性格でね。だから普段はあまり買わないようにしている。捨てられなくなっちゃうからね。」
翔太の部屋が必要最低限の物しかないのはそのためだった。
「たとえそれが自分の命を削るものだとしてもか?」
真実は声を荒げた。少し怒っているようだった。しかし翔太はどこ吹く風で、表情を少しも変えなかった。
「しかもこれ、俺の母の実家にあった物なんだ。」
「代々翔ちゃんの家に受け継がれてきた物ってこと?」
海の問いかけに翔太は首を横に振った。
「いや、違う。貰ってきたんだ、俺が。小さい頃に貰ったんだ、大切な友達から。でもその友達は呪具だと知らずに俺にくれたから、悪気はサラサラなかったんだけどね。だけど貰ったからこれは俺の物だ。小さい時に母の実家に預けたままだったのを思い出して、引っ越しが終わった時に回収してきたんだ。」
「……だとしてもダメだ。」
真実は静かに、しかしキッパリと言い放った。
「どんな事情であれ、それは持っていてはいけない。翔ちゃんはさ、正直私たちのことまだダチとも何とも思ってないかもしれねーけど、私はもうダチだと思ってるから。私はダチを見捨てるようなクズじゃねぇ。横暴だし力尽くだけど、今からその箱奪うから…嫌なら全力で抵抗しろ。」
真実が翔太に殺気を放った。海は一瞬真実を落ち着かせようとしたが、確かに真実の言う通りである。彼も翔太のことは仲の良い友達だと思っているのだ。
「俺もコイツの意見に賛成だ。翔ちゃん、頼むからその箱こっちに渡してくれないか。」
海は真実と違って戦闘型ではない。力ではなく口で説得しようとした。
「……そっか、霊感がある人ならこの箱を俺の手元に残したまま何とかできると思ったけど、出来ないのか…。2人とも心から俺のこと心配してくれてるんだね。ありがとう。」
「じゃあ…!」
「でも嫌かな。これ、本当に大切な人から貰った物なんだ。これ失うくらいだったら死んだ方がマシだよ。」
「そ…そんなに大切な人…なのかよ…。死んだら元も子もねぇじゃん!もうその大切な人に会えなくなるんだぞ?!そっちの方が嫌じゃねーの?」
「嫌だけど…その人さ、俺のこと忘れてるみたいなんだよね。だから俺が好きなのは昔のその人であって、今のその人じゃない。」
「な…何だよそれ…。」
「それって昨日翔ちゃんが言ってた好きな人のこと?」
殺気を放ったまま真実がそう尋ねると、翔太は頷いた。
「誰だよソイツ…。」
「言ったところで無駄だよ。それにやっぱりその人の名前を口に出す度、胸が苦しくなるんだ。あんまり言いたくないかな。」
こんなイケメンに命を懸けてまで思われるなんて、一体どのような人なのだろうか…海は想像できなかった。
「…翔ちゃん、私は認めねぇぞ。」
真実はとうとうソファから立ち上がった。
「その人のことを本気で大切に思ってたなら、今のその人のことも本気で大切に思ってみせろよ!その人は絶対に喜ぶ!私は物心ついた時から霊感がある。だからいろんな人、いろんな霊と出会ってきたからわかるんだ!たくさん人から愛を貰っている人間は、どんなに辛い状況の中にいても、最高に幸せなんだ!」
真実は必死だった。呪具のこともそうだが、何より翔太のことで必死だった。
「私は翔ちゃんが負の感情を抱えたまま死んで欲しくない!死ぬんだったら幸せになってから死んでくれ!!愛されながら死んでくれ!!」
その言葉に反応するように、翔太はエメラルドグリーンの瞳一杯に真実を写した。彼は真実に目を奪われてしまったのである。
その隙に真実は親指を少し噛んで左目に血をつけると、能力を発動した。絶対使いたくなかったが、どうしても使いざる負えなかった。なぜなら本能が警告していた。翔太に力では敵わない、と。実のところ、翔太と対峙するということになって、真実は緊張し切っていたのだ。彼女の能力にかかったその瞬間、翔太はカクンと後ろの背もたれへ力なくもたれかかった。気を失ったようだ。真実はそのチャンスを狙って木箱に手を伸ばした。しかしその時、力強く翔太の手が真実の腕を掴み止めた。
「!!!」
真実は呆気にとられた。まさか能力が効いてないとでもいうのか。
(有り得ない…!)
真実は予想外のことに汗が滲んだ。正直言って怖かった。このまま腕を折られるかもしれない。海も協力し、無理やり翔太の腕を退かそうとするもビクともしない。すると翔太が意識を取り戻し、勢いよくグイッと体勢を戻すと、真実に満面の笑顔を向けた。真実にはその笑顔が、どんな幽霊や化け物よりも恐ろしく感じた。
「確かに…俺、幸せのまま死にたいな。」
すると翔太は真実の腕をパッと離した。
「ありがとう如月さん。目を覚まさせてくれて。…もういいんだ。その箱持っていってくれないかな。」
「う…うん。」
真実は恐る恐る箱を自分の手元に引き寄せた。
「あおいろもありがとう。」
翔太が笑顔のまま海の方を向いて言った。
「お…おう。」
「ねぇ如月さん。これからは名前で呼んでも良いかな?親しみを込めてそう呼びたいんだ。」
「う…うん。」
正直躊躇ったが、断ったらいけないような気がした。彼女には珍しく、空気を読んだのである。どうやら真実は翔太の世界の中に招かれたようだ。
翔太のアパートからシェアハウスまでの帰り道、海はやっと安堵のため息をついた。すでに夜の8時を回っていた。
「前言撤回。やっぱり俺翔ちゃんのこと全然わかってなかったわ。なんていうか…独特だよな。少し怖いというか…別に優しいけど…。」
「ああ…そうだな。」
「それに昨日から疑問だったけどさ、背中がヤバい状態になってたのに、翔ちゃんずっと平気そうだったじゃん。普通寝込むか下手したら死ぬかのレベルだった。何で翔ちゃんは…?」
2人はシェアハウスに着くまで考えたが何にも思い浮かばなかった。
「あー頭痛くなってきた!もう辞め辞め!早く飯食って寝よ!もう遅いし明日その箱神社に持っていくぞ。」
海は一足先に早く門を潜り玄関を開けた。真実も続いて入ろうとしたが、そこで異変に気付いた。付けていたイヤリングの右側が無くなっていたのである。
「全然気づかなかった…栄で落としたか…?」
もうこのイヤリングは付けられないと思うと、軽くショックだった。
「真実早くしろ!虫が入るだろ!」
「へいへい。」
海に催促されて真実は早足で中に入った。
「こ…これを一体…どこで…?!」
翌日、海と真実は早速神社に木箱を納めに行った。しかし神主はその木箱を見た瞬間恐れ慄き、これ以上近づけないでくれと言わんばかりに顔を青ざめて後退りした。
「これ…預かっていただけませんか?」
海がそう尋ねると、神主はすぐさま首を横に振った。完全に拒絶された。
「まさかこんなモノが現実に存在してたなんて!!」
「実際ところ、これ何なんですか?」
「こ…これは…」
神主によると、この木箱は強力で非常に危険な呪具であり、子供の霊が封印されているモノだと言う。伝説上のモノだと思われていたらしく、神主自身も初めて本物を見たらしい。彼は2人に、木箱にまつわる伝説を教えてくれた。
200年ほど前、名古屋にあるとある村で大きな災害が起こり、多数の死者が出た。しかもその災害で農作物は不作となってしまい、生き残った人々は飢餓に苦しんだ。その中で、子供を養えなくなった多くの親たちが、体が弱かった子や、将来大きな労力にならない女の子を、間引きと称して泣く泣く殺してしまった。親はその無念から、殺した子供の小指を切り木箱に入れ、燃やしながら子供があの世で幸せになれるよう、祈りを捧げた。確実に子供が天国へ行くと、神と子供が約束をするという意味を込められていたのだ。しかし何故か燃えなかった木箱が1つだけ存在した。それが今、海が持っているモノだ。
「え…」
伝説を神主から教えてもらった後、海は途端に怖くなり、持っていた木箱を無理やり真実に押し付けた。
「無理無理無理!!俺まだ死にたくねぇ!!」
「お前って、本当情けねぇよな。」
「いや!これ怖がらない方がおかしいから!!なぁ神主さん…せめてお祓いとかは出来ないんですか?それか他の神社紹介してもらえると、とーってもありがたいんですけど…!」
海は半ば泣きながら、神主に懇願した。
「わ…わかりました。やはりこれくらい厄介なモノとなると、日本三大神宮のどれかに行かれた方がよろしいかと…」
「ここら辺だと、一番近くて熱田神宮だな。」
諸説あるが、熱田神宮とは、伊勢神宮、明治神宮と並ぶ「日本三大神宮」の一つとされているところで、ここ愛知県が誇る神社である。
「絶対、今日中に行ってください。これは決して長く持っていてはいけないモノです。中も開けないでください。」
「それはそうですよね。わかりました。今から行ってみます。」
海はそう言うと、真実と共に神社の境内を出ようとした。その時、後ろから大声で神主が2人を呼び止めた。
「すみません!その呪具のことでもう一つ…」
「…?」
「200年前、子供を殺した親に、この木箱の作り方を教示した人物がいたようなんです。実はこの木箱…呪具というだけあって、複雑な作りになっていて、作り方を知っている人間は限られています。そしてこの呪具をただの箱にする方法も、作り方を知っている者にしかわかりません。その人…何でも君たちくらい歳の銀髪の青年だったとか…」
「え…」
銀髪の青年といえば…海と真実に心当たりがある。1人だけ、友達でいる。
その後、2人は熱田神宮に行き、お祓いを受けた後、木箱を無事奉納することができた。熱田神宮の神主からはかなりドン引きされ、儀式の最中、気分が悪くなる人が続出し、海は怖すぎて死ぬかと思った。お祓いには1日かかり、終わって帰路に着く頃には既に20時だった。
「…なぁ、真実」
海が徐ろに口を開いた。
「何だ?」
「初めに行った神社の神主さんが言ってた銀髪の青年って…」
海は今日一日抱いていた疑惑を、真実に吐露しようとした。
「関係ないだろ。だって200年も経ってるんだぜ?人間は嫌でもいずれ死ぬんだ。この世に生まれ落ちた瞬間、人は死に向かって生きている。例外はない。」
「…だよな!そうだよな。でもさ、あの呪具の作り方を教えた奴って…相当ヤバい奴だよな?なんていうか…人間の所業じゃねぇっていうか…」
「うん。相当ヤバいだろうな。あの呪具は殺された赤ちゃんの幸せを願うモノじゃない。むしろ強大な怨念として、この世にずっと引き留めておくための入れ物なんだ。殺されても尚、何百年に渡り苦しめ続けるなんて…許せねぇな。ま、そんなクソ野郎も、とうに死んでるだろうがよ。…あおいろ、油断するなよ。」
「…?」
「この世にはな、昔も今も腐った連中が沢山いる。こんな奴、生まれてこなきゃよかったんじゃねぇかと、思えるほどのな。しかもそれは大抵、生きている方の人間だ。私たちは、普通の人よりも目がいいから、いろんなことが見えちまうんだが…呑まれるなよ。」
滅多にない真実の真剣な声に、海は気を張り詰めた。
「呑まれそうになったら私を呼べ。いいな?」
真実は海の顔を見据えるように、彼の真正面に立った。
「私は絶対お前を助ける。これは驕りとかじゃねぇ。本心だ。私たちの能力は、人を傷つける為にあるものじゃねぇ。生きている死んでいる関係なく『人』を守る為にあるものだ。だから今後、死ぬほど人を妬ましいとか、憎らしいとか思うこともあるかもしれねぇけど、そのエネルギーはいざという時のためにとっておいておけよ。」
真実は軽く微笑んでそう言った。彼女の声は凛としており、冷えた夜の風に吸い込まれてた。しかし海の心には深く響いた。
「わかった。その代わり、お前も呑まれそうになったら俺に言えよ。1人で抱え込むなよ。」
何故か少し胸騒ぎがした。
「うん。若干頼りにしてるわ。」
「若干ってなんだよ!」
「あと心配ついでにもう1つ。」
真実は海の顔先で、人差し指を立てた。
「翔ちゃんは恐らくただの人じゃねぇ。」
「…それって、翔ちゃんも能力使いってことか?」
真実は黙って頷いた。
「まだ憶測の域を超えてないけどな。本人は霊感ないって言ってるけど、私は嘘なんじゃないかって思ってる。いやでも、能力使いでもそうじゃなくても、敵に回すとかなり厄介だ。友達として関わるのはいいけど、深入りはしない方がいい。理由はない。勘だ。」
それは海も薄々感じていたことだった。彼は真実の能力にかかって、数秒だけだが気を失っていたにも関わらず、満面の笑みで笑っていたのだ。まるで彼女の能力を、身をもってじっくり味わっていたような…
「それもわかった。」
その時、2人は翔太の住むアパートの前を通りがかった。海はふと翔太の部屋の窓を見た。真っ暗だった。もう夜も更けてきたというのに、まだ帰ってきていないのだろうか。
如月邸近くのバス停に1人、くたびれたスーツを着ている男性が降り立った。しかしスーツとは逆に、彼自身とても健康で快活な男だった。バスから降りると、持っていたキャリーバッグを置き、男性にしては少し長めの癖毛を軽くハーフアップにまとめた。
「久しいな!奴らは元気にしているのだろうか?」
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