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フラれた? いいえ、私は今、自由です!
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廊下に響くコツコツという足音は、私一人分。
脇目もふらず、一階下の女子トイレに駆け込んだ。
誰もいない。
それだけで救われた気がした。
……正直、一人で助かった。
今思っていることなんて、誰にも知られたくなかったから。
それにしても、困ったことになったなあ。
「私、まだ仕事が残っているんだけどなあ。どのタイミングで戻ったらいいんだろう?」
今戻れば、確実にいろんな人に出くわしてしまう。
あの場にいた連中が、すぐにでも会社内の残っている他の連中に、面白おかしくさっきのことを話すよね?
きっと。
いや。
今ごろあの場の誰かが、SNSで面白おかしく流してるだろう。
……そう思うと、もう笑うしかない。
「あと、どれくらいここにいれば、仕事に戻れるんだろう?」
スマホの画面で時間を確かめながら、そのことだけが頭の中をぐるぐると駆け巡った私。
かなりの仕事中毒なんだなと、思わず苦笑いがこみ上げる。
正直。
別れたことは、どうでもよかったもの。
もし今、泣いてしまうのなら。
悔しくて、涙が出てしまうのなら。
あんな若いだけが取り柄の女性に、フラッとついて行ってしまうその程度の男に、5年間も無駄な時間を費やしていた自分に対して……かな?
その悔しさであれば、涙も出そうな気がするのだけれど。
何故だろう?
泣くという気持ちが、一ミリも湧いてこないのよね。
「5年前は、確かに好きで付き合ったはずなんだけどなあ……。」
部屋を出るときに、ついでに持ってきた、まだ熱々で中身もほとんど減っていない、トールサイズのキャラメルマキアート。
女子トイレという場違いなところにて、一人寂しく飲みながら、これからのことに頭を悩ませていると。
「春香~、いる~?」
聞き覚えのある声が、私を呼んだ。
「うん、こっち~。」
そう答えると、女子トイレの入り口にて見慣れた一人の女性が、ひょっこりと顔を覗かせた。
「静かだから、もしかして泣いているのかと思ったよ~。」
そう言いながら中に入ってきた彼女は、神妙な顔つきからすぐさま、何やら楽しげな表情に変わっていく。
「え~、まっさかあ~。」
「だよね~。」
女子トイレの鏡の前でお互いに顔を見合わせ、どちらともなく笑みがこぼれた。 いつでも私の味方でいてくれる親友がいるって、本当に幸せ。
「今の気分は?」
と、聞かれたので。
微笑む親友の幸菜の顔を見ながら。
「気分はサイコー!! だって、これで私は自由だもん!!」
私は両手で力強く、ガッツポーズをしてみせた。
「そうだよね~。おめでとう、春香!」
どちらかともなく両手を合わせて、アラサーの女子二人が年甲斐もなくその場でピョンピョンとジャンプをしたって、誰も見ていないからいいよね?
なぜなら。
これで本社への転勤を、心おきなく堂々と引き受けることが出来るから。
私はこの会社が好きで、入社を決めたんだもの。
嬉しいに決まっているでしょ?
……彼もそうだったはず。
だからこそ、私の気持ちも分かってくれているものだと思っていたんだけどな。
結局は、私の勘違いだったのだけれど。
仕事でどんどん評価されていけばいくほどに、私はますます忙しくなっていって。
毎日がとにかく楽しくて充実した日々だったから、ちっとも苦にならなくて。
今思い直してみれば、彼といるよりも仕事をしている方が、ずっとず~っと楽しかった気がするんだよね。
だからなのか。
同期で入社した彼よりも、いつの間にか私の方が出世していたんだよなあ。
まあ私は女性部門、彼は男性部門なのだから、いろいろと違いはあるのだと思うけど。
だから私は気にしなかったのだが、彼は気にしていたらしい。
「なあ。結婚したら、家庭に入ってくれないか?」
いつの間にか、こんなことを言うようになった。
「毎日、お前の手料理が食べたい。」
「俺の部屋の掃除しといてくれ。」
「洗濯もよろしく!! もちろんアイロンもちゃんとかけてくれよな。」
——次第に家政婦扱い。
後悔の原因は、まさにこれだった。
彼は、家事が全くできない男性だったのだ。
それどころか。
『家事全般は女がするのが当たり前』
といった、亭主関白・男尊女卑上等な昭和時代以前を彷彿させる、大変古い頭の持ち主だったんだよね。
一人暮らしをしていたから、てっきり何でも自分でこなせる人かと思っていたけれど。
実は、彼の母親が週末ごとにきて、掃除や洗濯に、料理、アイロンまでしていたと知った時。
あの時に別れていたのになあ。
“嫌な予感!!”
あのときの勘を信じていれば、こんなことにはならなかった。
彼の母親が、自分の母親の介護に追われるようになって来れなくなってからは、その役目を私に押し付けてきたんだよね。
「どうせ俺たち、結婚するんだから。予行練習だと思えばいいじゃん?」
って。
どういう神経をしているんだか。
いつもきれいに片付いている部屋、冷蔵庫には作り置きの数種類のおいしい料理。
それらを見て、家事もできる男性なのだと、勝手に誤解をしていた私にも非はあるんだよね。
だから黙って、言われるがままに家事全般をこなしてきたのだけれど。
お料理だって、お掃除だって、お洗濯だって、アイロンがけだって。
同じ会社に勤めているのだから、波風立てないように、私なりに気を使ってきたつもりだったんだけどなあ。
しかし。
ここ1ヶ月、すれ違いばかりで全くと言っていいほどに、呼び出しが無かった訳で。
今思い返せば、会うこともなければ、連絡の頻度も急激に減っていった気がする。
『アレ? 私、いつの間にか“都合のいい女”?』
そんなことを考えていた、そのとき——。
「そういえば、ウケるんだけど~。」
突然。
ウキウキ口調で聞いてくれと言わんばかりに、幸奈が話を切り出してきたその内容が、何とも予想外の出来事で。
まさか、あんな結果になるなんて。
このときの私は、まだ何も知らなかった。
――次回更新:明日の21:00予定
脇目もふらず、一階下の女子トイレに駆け込んだ。
誰もいない。
それだけで救われた気がした。
……正直、一人で助かった。
今思っていることなんて、誰にも知られたくなかったから。
それにしても、困ったことになったなあ。
「私、まだ仕事が残っているんだけどなあ。どのタイミングで戻ったらいいんだろう?」
今戻れば、確実にいろんな人に出くわしてしまう。
あの場にいた連中が、すぐにでも会社内の残っている他の連中に、面白おかしくさっきのことを話すよね?
きっと。
いや。
今ごろあの場の誰かが、SNSで面白おかしく流してるだろう。
……そう思うと、もう笑うしかない。
「あと、どれくらいここにいれば、仕事に戻れるんだろう?」
スマホの画面で時間を確かめながら、そのことだけが頭の中をぐるぐると駆け巡った私。
かなりの仕事中毒なんだなと、思わず苦笑いがこみ上げる。
正直。
別れたことは、どうでもよかったもの。
もし今、泣いてしまうのなら。
悔しくて、涙が出てしまうのなら。
あんな若いだけが取り柄の女性に、フラッとついて行ってしまうその程度の男に、5年間も無駄な時間を費やしていた自分に対して……かな?
その悔しさであれば、涙も出そうな気がするのだけれど。
何故だろう?
泣くという気持ちが、一ミリも湧いてこないのよね。
「5年前は、確かに好きで付き合ったはずなんだけどなあ……。」
部屋を出るときに、ついでに持ってきた、まだ熱々で中身もほとんど減っていない、トールサイズのキャラメルマキアート。
女子トイレという場違いなところにて、一人寂しく飲みながら、これからのことに頭を悩ませていると。
「春香~、いる~?」
聞き覚えのある声が、私を呼んだ。
「うん、こっち~。」
そう答えると、女子トイレの入り口にて見慣れた一人の女性が、ひょっこりと顔を覗かせた。
「静かだから、もしかして泣いているのかと思ったよ~。」
そう言いながら中に入ってきた彼女は、神妙な顔つきからすぐさま、何やら楽しげな表情に変わっていく。
「え~、まっさかあ~。」
「だよね~。」
女子トイレの鏡の前でお互いに顔を見合わせ、どちらともなく笑みがこぼれた。 いつでも私の味方でいてくれる親友がいるって、本当に幸せ。
「今の気分は?」
と、聞かれたので。
微笑む親友の幸菜の顔を見ながら。
「気分はサイコー!! だって、これで私は自由だもん!!」
私は両手で力強く、ガッツポーズをしてみせた。
「そうだよね~。おめでとう、春香!」
どちらかともなく両手を合わせて、アラサーの女子二人が年甲斐もなくその場でピョンピョンとジャンプをしたって、誰も見ていないからいいよね?
なぜなら。
これで本社への転勤を、心おきなく堂々と引き受けることが出来るから。
私はこの会社が好きで、入社を決めたんだもの。
嬉しいに決まっているでしょ?
……彼もそうだったはず。
だからこそ、私の気持ちも分かってくれているものだと思っていたんだけどな。
結局は、私の勘違いだったのだけれど。
仕事でどんどん評価されていけばいくほどに、私はますます忙しくなっていって。
毎日がとにかく楽しくて充実した日々だったから、ちっとも苦にならなくて。
今思い直してみれば、彼といるよりも仕事をしている方が、ずっとず~っと楽しかった気がするんだよね。
だからなのか。
同期で入社した彼よりも、いつの間にか私の方が出世していたんだよなあ。
まあ私は女性部門、彼は男性部門なのだから、いろいろと違いはあるのだと思うけど。
だから私は気にしなかったのだが、彼は気にしていたらしい。
「なあ。結婚したら、家庭に入ってくれないか?」
いつの間にか、こんなことを言うようになった。
「毎日、お前の手料理が食べたい。」
「俺の部屋の掃除しといてくれ。」
「洗濯もよろしく!! もちろんアイロンもちゃんとかけてくれよな。」
——次第に家政婦扱い。
後悔の原因は、まさにこれだった。
彼は、家事が全くできない男性だったのだ。
それどころか。
『家事全般は女がするのが当たり前』
といった、亭主関白・男尊女卑上等な昭和時代以前を彷彿させる、大変古い頭の持ち主だったんだよね。
一人暮らしをしていたから、てっきり何でも自分でこなせる人かと思っていたけれど。
実は、彼の母親が週末ごとにきて、掃除や洗濯に、料理、アイロンまでしていたと知った時。
あの時に別れていたのになあ。
“嫌な予感!!”
あのときの勘を信じていれば、こんなことにはならなかった。
彼の母親が、自分の母親の介護に追われるようになって来れなくなってからは、その役目を私に押し付けてきたんだよね。
「どうせ俺たち、結婚するんだから。予行練習だと思えばいいじゃん?」
って。
どういう神経をしているんだか。
いつもきれいに片付いている部屋、冷蔵庫には作り置きの数種類のおいしい料理。
それらを見て、家事もできる男性なのだと、勝手に誤解をしていた私にも非はあるんだよね。
だから黙って、言われるがままに家事全般をこなしてきたのだけれど。
お料理だって、お掃除だって、お洗濯だって、アイロンがけだって。
同じ会社に勤めているのだから、波風立てないように、私なりに気を使ってきたつもりだったんだけどなあ。
しかし。
ここ1ヶ月、すれ違いばかりで全くと言っていいほどに、呼び出しが無かった訳で。
今思い返せば、会うこともなければ、連絡の頻度も急激に減っていった気がする。
『アレ? 私、いつの間にか“都合のいい女”?』
そんなことを考えていた、そのとき——。
「そういえば、ウケるんだけど~。」
突然。
ウキウキ口調で聞いてくれと言わんばかりに、幸奈が話を切り出してきたその内容が、何とも予想外の出来事で。
まさか、あんな結果になるなんて。
このときの私は、まだ何も知らなかった。
――次回更新:明日の21:00予定
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