1 / 2
1 問題編
しおりを挟む
「犯人はあなたですね」
探偵は、広間に集まった男女のうちのひとりを指差した。
「いいえ、違います」
指差された若い女が首を振った。
「あれ? あなたは吸血鬼でしょう?」
探偵は首をかしげる。
「いいえ、わたしは人狼です」
若い女の美しい顔に、わさわさと灰色の毛が伸び、可憐な唇から大きな牙がはみ出した。
「なるほどなるほど、わかりました、元に戻ってください」
探偵が言うと、若い女は毛と牙を引っ込めた。
「ふむ、そうなると」
探偵は顎に手をやり、他の男女をゆっくりと見回した。
「誰が吸血鬼なんです?」
誰もなにも言わず、探偵の顔を冷静な顔で見つめ返している。
「そうすんなりは教えてくれませんか。しかしね、このお嬢さんの――」
「美魔梨です」
人狼女が探偵の言葉を遮るように言った。
美魔梨は二十歳ほどの年齢に見える。探偵とそう変わらない歳だろう。
「ああ、そうでしたね。みなさんは、美魔梨さんのワーウルフへの変化を見ても誰も驚かない。これは一体どういうことでしょう?」
男女は、はっと驚いた顔をした。
「美魔梨さんがワーウルフだということを知っていたか、もしくは、ワーウルフなど恐るるに足らずと考えているか、ですね?」
今さら驚いた振りなどできず、男女は苦虫をかみつぶしたように、顔をしかめた。
「そっ、そう言うがね!」
中年の紳士が探偵を指差した。
小太りの、眼鏡に鼻髭の男だ。
「その娘が――」
「美魔梨です」
美魔梨が紳士の話を遮ったが、紳士はちらりと美魔梨に目を向けただけで、言葉を続けた。
「吸血鬼のせいにしようとして、被害者の首筋に噛みついただけなのではないかね⁉︎」
「いいえ、それはありません」
探偵は頭を振った。
「確かに、被害者の首筋に残されたのは、ふたつの丸い傷のみ。それが致命傷なのは間違いない。しかし、ワーウルフの牙で偽装することは無理なのです」
「な、なぜだ!」
「美魔梨さん」
「はい」
「あなたは、被害者の首に牙を突き立てるだけで我慢できますか?」
「いいえ、それは無理です。肉を喰らいつくさずにはいられません」
「なっ――⁉︎」
「ワーウルフへ変身すると、その者は理性を失います。それがワーウルフの恐ろしいところなのですよ。牙を突き立てるだけなんて芸当は無理なのです」
「ゆ、誘導尋問だ! 異議あり!」
探偵は紳士の抗議を素知らぬ顔で受け流した。
「しかしね――」
身なりのいい青年が、笑みを浮かべながら言った。
長身だが細身で、顔色は心配になるほど青い。
「なぜヴァンパイアの仕業だと決めつけるんだ? 他に容疑者はいないのかい?」
「ふむ。では、この事件をあらためて整理しましょう」
探偵は後ろに手を組んで、ゆっくりと歩きはじめた。
「被害者はこの邸宅の主です。不幸な事故により、全身を包帯に巻かれて寝室で休んでいました。その寝室は内側から施錠され、いわば密室でした」
探偵はくるりと一八〇度向きを変え、歩みを続けた。
「被害者は首筋にふたつの傷があり、体内に血液はなかった。不可解な事件です。しかし、寝室には一カ所だけ、外部へ通じる小窓があった。だが、それはごく小さく、人が通れるような大きさではないのです」
「どれくらいなのかね?」
紳士が言った。
「二十センチ四方ほどです」
「それがなぜヴァンパイアの仕業になるんだい?」
青年が尋ねた。
「吸血鬼はコウモリに変身できるじゃないですか」
「じゃあ君は、ヴァンパイアがコウモリに変身して、その小窓から寝室に入ったというのかい? そんな迷信を君は信じているのか?」
青年があざけるように笑った。
探偵は足を止めた。
「果たして迷信でしょうか?」
探偵は真面目な顔で青年を見つめた。
青年の顔からゆっくりと笑みが消え、ふたりはにらみあった。
「し、しかし、密室というのは本当かね?」
紳士が慌てた様子で口を出した。
「なにかトリックがあるんじゃないか? 例えば合い鍵とか?」
紳士はこの邸宅の夫人に目を向けた。
二十代に見える妖艶な美人だ。
「あら、わたしを疑っているんですか?」
真っ赤な唇に微笑みを浮かべながら、紳士をいたずらっぽくにらんだ。
「失礼ですが、あなたは合い鍵を持っているでしょう?」
「確かに持ってはいますけど」
夫人はメリハリのある体をくねらせた。
「合い鍵の有無は関係ありません」
探偵が言った。
「なぜかね?」
「寝室の扉には、内側から頑丈なスライド錠がかけられていたからです。それで、この方に頼んで扉を壊してもらったのです」
探偵は、身長二メートルはゆうに超える大男を見上げた。
頭の横からボルトが突き出ていて、顔には無残な縫い傷がある。
「ふんがー」
大男はうなずいた。
「ふむ、合い鍵があっても寝室には入れなかったということか」
「おわかり頂けたでしょう。犯人は吸血鬼以外にはありえない」
探偵は男女それぞれにゆっくりと目を移していった。
「はっ、ヴァンパイアなど馬鹿らしい」
青年が大げさに肩をすくめた。
「仮にヴァンパイアの仕業だとして、動機はなんだい?」
「吸血鬼が血を吸うのに動機が必要なんですか?」
探偵は不思議そうな顔をして青年を見つめた。
「当たり前だろう。それに伝承では、ヴァンパイアは若い美女の血を好むというではないか。なぜ男の血などを求めたんだ?」
「それこそ迷信なのでは? 血なら誰のものでもいいんじゃないかなぁ」
「そんなこと、あるものか!」
青年はいきり立った。
しかし、すぐに我をとり戻し、
「そ、それじゃあロマンがないじゃないか」
と、探偵から視線をそむけた。
「なにはともあれ」
探偵の目が鋭く男女を見据えた。
「問題は、この中の誰が吸血鬼なのか、です」
探偵は、広間に集まった男女のうちのひとりを指差した。
「いいえ、違います」
指差された若い女が首を振った。
「あれ? あなたは吸血鬼でしょう?」
探偵は首をかしげる。
「いいえ、わたしは人狼です」
若い女の美しい顔に、わさわさと灰色の毛が伸び、可憐な唇から大きな牙がはみ出した。
「なるほどなるほど、わかりました、元に戻ってください」
探偵が言うと、若い女は毛と牙を引っ込めた。
「ふむ、そうなると」
探偵は顎に手をやり、他の男女をゆっくりと見回した。
「誰が吸血鬼なんです?」
誰もなにも言わず、探偵の顔を冷静な顔で見つめ返している。
「そうすんなりは教えてくれませんか。しかしね、このお嬢さんの――」
「美魔梨です」
人狼女が探偵の言葉を遮るように言った。
美魔梨は二十歳ほどの年齢に見える。探偵とそう変わらない歳だろう。
「ああ、そうでしたね。みなさんは、美魔梨さんのワーウルフへの変化を見ても誰も驚かない。これは一体どういうことでしょう?」
男女は、はっと驚いた顔をした。
「美魔梨さんがワーウルフだということを知っていたか、もしくは、ワーウルフなど恐るるに足らずと考えているか、ですね?」
今さら驚いた振りなどできず、男女は苦虫をかみつぶしたように、顔をしかめた。
「そっ、そう言うがね!」
中年の紳士が探偵を指差した。
小太りの、眼鏡に鼻髭の男だ。
「その娘が――」
「美魔梨です」
美魔梨が紳士の話を遮ったが、紳士はちらりと美魔梨に目を向けただけで、言葉を続けた。
「吸血鬼のせいにしようとして、被害者の首筋に噛みついただけなのではないかね⁉︎」
「いいえ、それはありません」
探偵は頭を振った。
「確かに、被害者の首筋に残されたのは、ふたつの丸い傷のみ。それが致命傷なのは間違いない。しかし、ワーウルフの牙で偽装することは無理なのです」
「な、なぜだ!」
「美魔梨さん」
「はい」
「あなたは、被害者の首に牙を突き立てるだけで我慢できますか?」
「いいえ、それは無理です。肉を喰らいつくさずにはいられません」
「なっ――⁉︎」
「ワーウルフへ変身すると、その者は理性を失います。それがワーウルフの恐ろしいところなのですよ。牙を突き立てるだけなんて芸当は無理なのです」
「ゆ、誘導尋問だ! 異議あり!」
探偵は紳士の抗議を素知らぬ顔で受け流した。
「しかしね――」
身なりのいい青年が、笑みを浮かべながら言った。
長身だが細身で、顔色は心配になるほど青い。
「なぜヴァンパイアの仕業だと決めつけるんだ? 他に容疑者はいないのかい?」
「ふむ。では、この事件をあらためて整理しましょう」
探偵は後ろに手を組んで、ゆっくりと歩きはじめた。
「被害者はこの邸宅の主です。不幸な事故により、全身を包帯に巻かれて寝室で休んでいました。その寝室は内側から施錠され、いわば密室でした」
探偵はくるりと一八〇度向きを変え、歩みを続けた。
「被害者は首筋にふたつの傷があり、体内に血液はなかった。不可解な事件です。しかし、寝室には一カ所だけ、外部へ通じる小窓があった。だが、それはごく小さく、人が通れるような大きさではないのです」
「どれくらいなのかね?」
紳士が言った。
「二十センチ四方ほどです」
「それがなぜヴァンパイアの仕業になるんだい?」
青年が尋ねた。
「吸血鬼はコウモリに変身できるじゃないですか」
「じゃあ君は、ヴァンパイアがコウモリに変身して、その小窓から寝室に入ったというのかい? そんな迷信を君は信じているのか?」
青年があざけるように笑った。
探偵は足を止めた。
「果たして迷信でしょうか?」
探偵は真面目な顔で青年を見つめた。
青年の顔からゆっくりと笑みが消え、ふたりはにらみあった。
「し、しかし、密室というのは本当かね?」
紳士が慌てた様子で口を出した。
「なにかトリックがあるんじゃないか? 例えば合い鍵とか?」
紳士はこの邸宅の夫人に目を向けた。
二十代に見える妖艶な美人だ。
「あら、わたしを疑っているんですか?」
真っ赤な唇に微笑みを浮かべながら、紳士をいたずらっぽくにらんだ。
「失礼ですが、あなたは合い鍵を持っているでしょう?」
「確かに持ってはいますけど」
夫人はメリハリのある体をくねらせた。
「合い鍵の有無は関係ありません」
探偵が言った。
「なぜかね?」
「寝室の扉には、内側から頑丈なスライド錠がかけられていたからです。それで、この方に頼んで扉を壊してもらったのです」
探偵は、身長二メートルはゆうに超える大男を見上げた。
頭の横からボルトが突き出ていて、顔には無残な縫い傷がある。
「ふんがー」
大男はうなずいた。
「ふむ、合い鍵があっても寝室には入れなかったということか」
「おわかり頂けたでしょう。犯人は吸血鬼以外にはありえない」
探偵は男女それぞれにゆっくりと目を移していった。
「はっ、ヴァンパイアなど馬鹿らしい」
青年が大げさに肩をすくめた。
「仮にヴァンパイアの仕業だとして、動機はなんだい?」
「吸血鬼が血を吸うのに動機が必要なんですか?」
探偵は不思議そうな顔をして青年を見つめた。
「当たり前だろう。それに伝承では、ヴァンパイアは若い美女の血を好むというではないか。なぜ男の血などを求めたんだ?」
「それこそ迷信なのでは? 血なら誰のものでもいいんじゃないかなぁ」
「そんなこと、あるものか!」
青年はいきり立った。
しかし、すぐに我をとり戻し、
「そ、それじゃあロマンがないじゃないか」
と、探偵から視線をそむけた。
「なにはともあれ」
探偵の目が鋭く男女を見据えた。
「問題は、この中の誰が吸血鬼なのか、です」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる