暗黒探偵 テスト用

ミロrice

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1 問題編

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「犯人はあなたですね」
 探偵は、広間に集まった男女のうちのひとりを指差した。
「いいえ、違います」
 指差された若い女が首を振った。
「あれ? あなたは吸血鬼きゅうけつきでしょう?」
 探偵は首をかしげる。
「いいえ、わたしは人狼ワーウルフです」
 若い女の美しい顔に、わさわさと灰色の毛が伸び、可憐な唇から大きな牙がはみ出した。
「なるほどなるほど、わかりました、元に戻ってください」
 探偵が言うと、若い女は毛と牙を引っ込めた。
「ふむ、そうなると」
 探偵は顎に手をやり、他の男女をゆっくりと見回した。
「誰が吸血鬼なんです?」
 誰もなにも言わず、探偵の顔を冷静な顔で見つめ返している。
「そうすんなりは教えてくれませんか。しかしね、このお嬢さんの――」
美魔梨みまりです」
 人狼女が探偵の言葉を遮るように言った。
 美魔梨は二十歳ほどの年齢に見える。探偵とそう変わらない歳だろう。
「ああ、そうでしたね。みなさんは、美魔梨さんのワーウルフへの変化を見ても誰も驚かない。これは一体どういうことでしょう?」
 男女は、はっと驚いた顔をした。
「美魔梨さんがワーウルフだということを知っていたか、もしくは、ワーウルフなどと考えているか、ですね?」
 今さら驚いた振りなどできず、男女は苦虫をかみつぶしたように、顔をしかめた。
「そっ、そう言うがね!」
 中年の紳士が探偵を指差した。
 小太りの、眼鏡に鼻髭の男だ。
「その娘が――」
「美魔梨です」
 美魔梨が紳士の話を遮ったが、紳士はちらりと美魔梨に目を向けただけで、言葉を続けた。
「吸血鬼のせいにしようとして、被害者の首筋に噛みついただけなのではないかね⁉︎」
「いいえ、それはありません」
 探偵は頭を振った。
「確かに、被害者の首筋に残されたのは、ふたつの丸い傷のみ。それが致命傷なのは間違いない。しかし、ワーウルフの牙で偽装することは無理なのです」
「な、なぜだ!」
「美魔梨さん」
「はい」
「あなたは、被害者の首に牙を突き立てるだけで我慢できますか?」
「いいえ、それは無理です。肉を喰らいつくさずにはいられません」
「なっ――⁉︎」
「ワーウルフへ変身すると、その者は理性を失います。それがワーウルフの恐ろしいところなのですよ。牙を突き立てるだけなんて芸当は無理なのです」
「ゆ、誘導尋問だ! 異議あり!」
 探偵は紳士の抗議を素知らぬ顔で受け流した。
「しかしね――」
 身なりのいい青年が、笑みを浮かべながら言った。
 長身だが細身で、顔色は心配になるほど青い。
「なぜヴァンパイアの仕業だと決めつけるんだ? 他に容疑者はいないのかい?」
「ふむ。では、この事件をあらためて整理しましょう」
 探偵は後ろに手を組んで、ゆっくりと歩きはじめた。
「被害者はこの邸宅のあるじです。不幸な事故により、全身を包帯に巻かれて寝室で休んでいました。その寝室は内側から施錠され、いわば密室でした」
 探偵はくるりと一八〇度向きを変え、歩みを続けた。
「被害者は首筋にふたつの傷があり、体内に血液はなかった。不可解な事件です。しかし、寝室には一カ所だけ、外部へ通じる小窓があった。だが、それはごく小さく、人が通れるような大きさではないのです」
「どれくらいなのかね?」
 紳士が言った。
「二十センチ四方ほどです」
「それがなぜヴァンパイアの仕業になるんだい?」
 青年が尋ねた。
「吸血鬼はコウモリに変身できるじゃないですか」
「じゃあ君は、ヴァンパイアがコウモリに変身して、その小窓から寝室に入ったというのかい? そんな迷信を君は信じているのか?」
 青年があざけるように笑った。
 探偵は足を止めた。
「果たして迷信でしょうか?」
 探偵は真面目な顔で青年を見つめた。
 青年の顔からゆっくりと笑みが消え、ふたりはにらみあった。
「し、しかし、密室というのは本当かね?」
 紳士が慌てた様子で口を出した。
「なにかトリックがあるんじゃないか? 例えば合い鍵とか?」
 紳士はこの邸宅の夫人に目を向けた。
 二十代に見える妖艶ようえんな美人だ。
「あら、わたしを疑っているんですか?」
 真っ赤な唇に微笑みを浮かべながら、紳士をいたずらっぽくにらんだ。
「失礼ですが、あなたは合い鍵を持っているでしょう?」
「確かに持ってはいますけど」
 夫人はメリハリのある体をくねらせた。
「合い鍵の有無は関係ありません」
 探偵が言った。
「なぜかね?」
「寝室の扉には、内側から頑丈なスライド錠がかけられていたからです。それで、この方に頼んで扉を壊してもらったのです」
 探偵は、身長二メートルはゆうに超える大男を見上げた。
 頭の横からボルトが突き出ていて、顔には無残な縫い傷がある。
「ふんがー」
 大男はうなずいた。
「ふむ、合い鍵があっても寝室には入れなかったということか」
「おわかり頂けたでしょう。犯人は吸血鬼以外にはありえない」
 探偵は男女それぞれにゆっくりと目を移していった。
「はっ、ヴァンパイアなど馬鹿らしい」
 青年が大げさに肩をすくめた。
「仮にヴァンパイアの仕業だとして、動機はなんだい?」
「吸血鬼が血を吸うのに動機が必要なんですか?」
 探偵は不思議そうな顔をして青年を見つめた。
「当たり前だろう。それに伝承では、ヴァンパイアは若い美女の血を好むというではないか。なぜ男の血などを求めたんだ?」
「それこそ迷信なのでは? 血なら誰のものでもいいんじゃないかなぁ」
「そんなこと、あるものか!」
 青年はいきり立った。
 しかし、すぐに我をとり戻し、
「そ、それじゃあロマンがないじゃないか」
 と、探偵から視線をそむけた。
「なにはともあれ」
 探偵の目が鋭く男女を見据えた。
「問題は、この中の誰が吸血鬼なのか、です」
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