ギガシス スリー

ミロrice

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 衝撃は、しばらく待ってもやってこなかった。
「あれ?」
 煌は眼を開けた。
 仰向けに転んだ若い女の、ピンク色のパンツが見えた。
 怪物の向かってきていた方向に顔を向けた。
 怪物の姿はない。
 いや。
 怪物は車道にいた。車にぶつかりながら、通りの反対方向に走っていく。
「な、なんだか知らないが、助かったのか……?」
 煌は大きくため息をついた。
 若い女に眼を向けると、女は肘をついて頭を起こしていた。驚いた表情で煌の顔を見つめている。
「すまん、とっさに突き飛ばしてしまった。大丈夫か?」
「あ、うん、はい。──あっ!」
 女は下着を見られる格好に気づいたのか、慌てて膝を閉じ、短いスカートを直した。みるみる顔が赤くなる。
「立てるか?」
 煌は、なんでもなかったように、手を伸ばした。
「は、はい」
 女が伸ばした手を掴んで、引き起こす。
「なぜか助かったけど、またいつ襲ってくるかもわからない。逃げよう」
「はい」
 煌と女は手を取りあったまま、歩道を駆けた。

  ☆ ☆ ☆

「あの」
 かなりの距離を走って、女が口を開いた。
「ん?」
「さっき、光りました、よね?」
「光った? なんの、こと?」
 お互いに、荒い息の合間を縫って話している。
 ふたりは速度を緩めた。
「なんかこう、ぴかーって」
「あ、ごめん。頭をぶつけた?」
 煌は、女の後頭部に眼をやった。突き飛ばした時に頭を打って、目から火が出たのかと思ったのだ。
 女の髪は、肩に掛かるほどの黒いストレートヘアだと今気づいた。
「いえ、そうじゃなくって」
 女が煌に顔を向けた。大きな眼の、整った顔立ちをしていることにも今さら気づく。
 ピンク色のTシャツにクリーム色のシャツを羽織り、赤いミニスカートだった。
「んー? どゆこと?」
「全身が、ぴかーって光りましたよね?」
「俺の?」
「はい」
「んー」
 やはり頭をぶつけたのかな、と煌は思った。
「わからないなぁ」
「そうですか」
「うん」
 いつの間にか、ふたりは手を繋いだまま歩いていた。
 しばらくそのまま歩いたが、
「あの」
「ん?」
「わたし、桐原きりはら琴子ことこっていいます」
「あー、鷹山です」
「鷹山さん、ですね。今日は助けていただいて、ありがとうございました」
 琴子は立ち止まって、深く頭を下げた。
「いやいや、助けてはないでしょ」
「でも、一緒に逃げてくれて」
「あー、まあね、うん」
「あっ、た、鷹山さん!」
 琴子が足を止めた。繋いだ手に重みが掛かる。
「ど、どうした⁉︎」
 煌は辺りを見回した。また怪物が現れたのかと思ったのだ。
「あ、足が……痛い……」
「あっ」
 煌は琴子の脚に眼を落とした。
 両膝から血が流れ落ちている。右はそうでもないが、左の膝から下は靴まで血が流れ込んでいる。
 今までは緊張で痛みを感じなかったが、気が緩んだのだろう。
「しまった、怪我のことを忘れてた。ごめんよ。どこかに――」
 数十メートル先に、コンビニが見えた。
「あそこまで行こう。歩けるか?」
「は、はい」
 琴子を支えて、煌はコンビニを目指した。

  ☆ ☆ ☆

「本当に、なにからなにまで、すみません」
 琴子はコンビニ前のベンチに座ったまま、隣に座る煌に頭を下げた。
 琴子の両膝には、白い包帯が巻かれている。煌がコンビニで買った物だ。
「うん、それはいいんだけどね」
 煌はちらりと自分の腕時計に眼をやった。休憩時間を過ぎている。
「あ、すみません。もう、わたしは大丈夫なんで、お仕事に戻ってください」
「ええ?」
「しばらく休んで帰ります」
 琴子は笑顔を作って見せた。
 煌は視線を落とした。両膝の白い包帯が痛々しい。
 煌はため息をついた。
「ほうってはいけないな。会社に電話してくる」
 煌は立ち上がった。
「いえ、そんな」
「いいんだ」
 なんにしても、連絡は入れねばなるまい。
 やや琴子から離れた場所で、会社に電話をかけた。
「あ、鷹山です。ちょっと遅れる旨、伝えてください」
 煌が電話を切ると、パトカーがサイレンを鳴らしながら、竹下通り方面へ猛スピードで走っていった。三台だ。
 あの化け物は、警察の管轄なのかな?
 そんなことを思いながら、煌は琴子の元へ向かった。
「すみません」
 琴子が小さく笑顔を浮かべ、煌に頭を下げたその時、地面が大きく揺れはじめた。
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