ギガシス スリー

ミロrice

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 首相官邸の大会議室は、萬屋よろずや浩一こういち首相をはじめとして、各省大臣、および官僚もろもろで溢れかえっていた。
「どこの国の仕業だ!」
 萬屋首相の怒号が会議室に響き渡った。
 会議室に運び込まれた大型テレビには、ヘリコプターからの映像が映っていた。
 大きなクレーターにも見える被害地域は、東京都内だ。
 中心から外側に向けて建物がなぎ倒され、あちこちで火の手が上がっている。中心部は地面がむき出しの状態だった。
「いえ、まだ確かなことはなにも」
「自衛隊はなにをしていたんだ!」
 首相は防衛大臣に厳しい眼を向けた。
「は。実は、なんらかの飛翔体が爆発したらしいのですが、爆発の直前までレーダーに映っておらんのです」
「レーダーに映ってない? それならどうやって敵国のミサイルから我が国を守るのだ!」
「いえ、まだミサイルと限ったわけではありませんし」
 防衛大臣は額の汗を、ハンカチで拭った。
「私から説明しましょう」
 防衛大臣の隣に座る、制服の中年男が立ち上がった。
「自衛隊が飛翔体をレーダーに捉えたのは、爆発の三十秒前でした。太平洋上に突如現れ、マッハ三十を超える速度で東京に向かいました」
「太平洋上に……」
「マッハ三十?」
 ざわめきが広がった。
「しかし、マッハ三十もの速度を出せるミサイルは、聞いたことがありません」
 会議室がどよめく。
「宇宙ロケットなら可能です」
 文部科学大臣の後ろに控えていた男から、静かな声が上がった。
 宇宙航空研究開発機構、通称JAXAの技官だが、首相は知らなかった。中年の、痩せた男だ。やや薄くなった頭、銀縁眼鏡を掛けている。
「ロケットが東京に落ちたと言うのか?」
「いえ、そういうわけでは」
 技官は、そう言ったあとは黙った。
 若い職員が、慌てた様子で会議室を飛び出した。ロケットの打ち上げがどこかで行われていたのか確認しにいったのだ。
「では、考えられるのは隕石でしょう」
 JAXAの技官の隣の男が言った。三十代中ほどで恰幅かっぷくがよく、デザイン眼鏡を掛けている。自身に満ちあふれた、意思の強そうな顔立ちをしていた。
「君は?」
「JAXAの額田ぬかだです。総理は一九〇八年にロシアで起こったツングースカ爆発はご存じですよね?」
「いや、知らん」
「では、二〇一三年のチェリャビンスクの隕石落下は?」
「ユーチューブで見たかな?」
「そう、それです。どちらも、隕石が地球に衝突する前に爆発したと考えられています。特にツングースカ爆発は規模が大きく、樹木がある地点を中心にして、外側へなぎ倒されています。その様子は、今回の被害状況とよく似ているのです」
 額田はテレビ画面を指差した。
「宇宙を飛んできた隕石が、この星の、この日本の、この東京にたまたま落ちてきたというのか?」
 首相がやりきれない怒りを額田に向けると、額田は両肩をすくめて見せた。
「むう、なんにせよ人命救助が第一だ。他の道府県にも要請して、ひとりでも多くの命を救うんだ!」
「手配しています」
「自衛隊は動けるかね?」
「すでに各基地から出動しています」
 防衛大臣が答えた。
 その後、会議室には重い沈黙が流れた。
 ふと首相は顔を上げてテレビ画面を見た。
「誰だ、チャンネルを変えたのは⁉︎」
 テレビ画面には、ビルを壊す巨大な犬のようなものが映っていたのだ。
「いえ、誰も変えてはいません」
 テレビのリモコンは、首相のテーブルのすぐ近くに置かれていた。
「なんだこれは⁉︎ 映画のCMか!」
 しかし、テロップなどは先ほど観ていた番組と同じものだ。
 首相はリモコンに手を伸ばし、ボリュームを上げた。
『大変です! 大変です! 東京に怪獣が現れました! ビルを壊しています! 人が落ちて! うわあああああ!』
 レポーターの声は絶叫だった。
「怪獣……?」
 テレビの中では、怪獣がまたひとつ、ビルを粉々に破壊した。
「大変です!」
 若い職員がドアを激しく開けて駆け込んできた。
「か、怪獣が現れました!」
 若い職員の顔は、真っ青になっている。
「なんだと……これは、現実なのか……?」
 首相は背もたれに沈み込み、椅子が微かに軋んだ。
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