ギガシス スリー

ミロrice

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「散らかってますけど」
 琴子の部屋は、十階建ての建物の五階にあった。
 アパートというよりはマンションだろう。
「お邪魔します」
 玄関を開けると狭い靴脱ぎがあり、すぐにキッチンがある。
 すぐ右手にドアがあり、その向こうに木製の引き戸が見えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
 琴子は引き戸を開けると中に入った。
 片付けでもしているのだろうと、煌は立ったまま待った。
 キッチンのシンク回りはきれいに片付いていて、清潔そうだ。
「お待たせしました。どうぞ」
 琴子が顔を出したので、奥の部屋に入った。
 女の子くさかった。
 フローリングの十畳ほどだろうか。
 ソファーと白い座卓、テレビ、三段のチェストの他には家具らしきものはない。
 きれいに片付いた部屋だ。
 壁紙は白かった。
「じゃあちょっとの間だと思うけど、お邪魔させてもらうよ」
「はい」
 煌はソファーの横に荷物を置いた。
「よし、じゃあちょっと出かけてくるよ」
「えっ」
「スーツなんかを買わなくちゃならないからな。まずは靴でも買うか」
「あはは。その服に革靴はちょっとアレですもんね」
「そういうこと」
 煌は玄関に向かった。
「あの、わたしもついていっていいですか?」
「ん? 買い物するだけだぞ?」
「ど、どうせ暇ですし。ダメですか?」
「いや、別に構わないよ。退屈だと思うけど」
「いえいえ。あっ、そうだ。ちょっと待っててくださいね」
 琴子は玄関に近いドアの部屋に入った。
 すぐに出てくる。
「あの、合い鍵です」
「お、それは助かるな。でも、いいのか?」
「わたしがいない時に困るでしょうから。でも、必ず返してくださいね」
「もちろん」
 煌は自分のキーホルダーに、琴子の部屋の鍵をつけた。
「よし、行こう。まずは靴だ」
「はい」
 ふたりは部屋を出た。

  ☆ ☆ ☆

「せいっ!」
「おりゃ!」
 空手道場では気合の入った声が上がっていた。
「どういう用件で?」
「空手を習いに来ました」
「では教えましょう」
 そんなやりとりがあって、宗介と紗和は道場に上がった。
 無料体験だ。
 師範は西島にしじまという、四十代くらいの男だった。
「女性の場合は色々とアレなので」
 と、紗和の姿勢を直す時には竹刀を使った。
 足さばきや、正拳突きなどを指導していく。
 ボクシングとは違う、一撃で相手を戦闘不能に陥らせるための技術だ。
 足さばきはどっしりしている。
 蹴り技は、回し蹴りを習った。
 カッコいい大技を教えて、生徒を獲得するためだ。
「蹴り脚と逆の足を前に出して、蹴り脚を引きつけながら、膝をあげます。この時、踵が相手に向くようにすると、腰がよく回ります。やってみましょう」
 西島が言った通りの回し蹴りを放った。
 ぶん、と空気が鳴る。
「おおっ! カッコいい!」
 紗和が叫ぶと、西島が一瞬だけにやりと笑った。
 他の生徒たちが、一斉に回し蹴りを練習しはじめる。
「高い位置を狙うには、膝を高く上げる気持ちで蹴るといいでしょう。やってみて下さい」
 宗介と紗和が立ち上がって、西島の真似をしてみるが、どうにも不格好だ。
 脚だけ振り回すようだったり、大きくバランスを崩したりする。
「難しいなあ」
〝なかなかパワーだけではうまくいかないようだな〟
 それでも西島の指導を受けるうちに、なんとなく様になってきた。
「おふたりとも体が柔らかいし、なかなか素質がありそうですね」
 西島のリップサービスだったが、ふたりは気をよくした。
〝他にも蹴り方があるのかな?〟
「他にも蹴り技はあるのですか?」
「ええ、何種類か」
〝見たいな〟
「見せてもらえますか?」
「んー、あまり派手な技にこだわるというのも」
 西島はいい顔をしなかった。
「お願いします」
 紗和が言った。
「わかりました」
 西島は後ろ蹴りや後ろ回し蹴り、踵落としや胴回し回転蹴りなどをやって見せた。
「カッコいいー」
 西島は先ほどの蹴り技を、詳しく解説しはじめた。
〝ふむ、だいたいわかった。次に行こう〟
 シャークが言って、宗介たちは暇を告げた。
「ぜひうちで稽古をつけていただきたいですね。おふたりとも強くなれますよ」
 と西島に送り出された。
「空手はどうだった? シャークとピンク」
〝うむ、足技は強力なようだな。ぜひマスターしてもらいたいね〟
「カッコよく蹴るのって難しいな」
〝カッコよく見えるのは、きっとバランスが取れてるからだね。猛特訓が必要だよ〟
「うへー、まあがんばりますか」
 そう言った紗和のお腹が、くううぅ、と鳴った。
「おや、紗和ちゃんは腹ペコかい?」
 宗介が笑った。
 紗和の顔が赤くなる。
「僕もお腹がぺこぺこだ。ちょっと早いけど、お昼にしようか」
「はいっ」
「なにが食べたい? おごるよ」
「んー、ラーメン!」
「そんなものでいいのかい? 遠慮しなくていいんだよ」
「お腹いっぱい食べたいから! 大盛りでもいいですか?」
「もちろん。餃子も食べようか?」
「んー、餃子はにおいが」
「じゃあ僕だけ食べることにするか」
「そ、そんなのズルい! あたしも食べる!」
「あはは、じゃあラーメンと餃子を食べに行こう」
「うれしい!」
 宗介と紗和は、ラーメン店を探して歩いた。
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