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6皿目 ソバ粉のガレット
(10)
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「あの自称冒険者も偽物だったってことかしら」
リリアナが大きな一口でソバパスタを頬張る。
やはりヨアナの店が一番ソバの風味が際立っていて美味しい。
「さあな。首輪の呪いを知らないってことは、少なくとも実際にペット登録したことのない人間だろうな」
ハリスが苦笑する。
トカゲはともかく、コハクのように毛で覆われている生き物は汚れた時に水やお湯で洗い流すことがあるし、海や川で泳がせることだってある。そういう時もしも知らずによかれと思って首輪を外したらペットが死んでしまう。
ペット譲渡の際にはこの注意事項を必ず相手に伝えておかねばならない。
それを仲介役を担っていたブルーノ会長が知らなかったということは、おそらくあの自称冒険者も知らなかったのではないだろうか。
この推察が当たりか否かは今後の追跡調査を待たなければならないが、これまでこの街で行われていたペット取引はすべて偽物だったに違いない。
「ソバパスタを追加で3人前お願いします!」
テーブルにガレット各種を運んできた給仕に、リリアナが元気よくおかわりを注文する。
前回の来店では面食らっていた給仕も、二度目ともなれば余裕の微笑みを返してくれた。
「そもそもドラゴンをペットにできる冒険者なんているのかしらね?」
服従せざるを得ないほどドラゴンを圧倒できる人間が、あるいはドラゴンが絶大な信頼を寄せる人間がいるんだろうか。
「聞いたことがないな」
ハリスがソバの実リゾットをスプーンですくって口へ運ぶ。
「もしもわたしがドラゴンをペットにすることがあれば、どんなにお金を積まれたって絶対に手放さないわ」
リリアナの足元で生肉を食べていたコハクがピョンと膝に乗ってきた。
「もちろんコハクだって、誰にも渡したりしないわよ」
「にゃあっ」
額を撫でるとコハクが嬉しそうに目を細める。
ソバの実を衣に使ったチキンカツも絶品だ。
「ブルーノ会長は本当にあのトカゲがドラゴンだと思っていたのかしら」
「審美眼がまったくなさそうだったからな」
ハリスによれば、リリアナが警備隊を呼びに行っている間ブルーノ会長はずっと、
『騙された! 俺は被害者だ!』
と喚き続けていたというのだから呆れてしまう。
最後はソバ粉のクッキーとソバ茶でソバのコース料理が締めくくられた。
合間におかわりを挟みながら、ソバのもちもち、つるつる、プチプチ、サクサク食感を存分に堪能できたリリアナとハリスは大満足している。
そこへ、厨房からヨアナが出てきた。
「いかがでしたか」
「商業区でいろんなソバ料理を食べましたけど、ヨアナさんの作るお料理が一番です!」
ヨアナがにっこり微笑む。
そんなヨアナに、どうしても腑に落ちないことを尋ねた。
ちょうど今なら店内にいる客はリリアナたちだけだ。
「ヨアナさんは、ペットが偽物だって知っていたんじゃないですか? ブルーノ会長が逮捕されてもよかったんですか?」
「あの人、子供のころから見栄っ張りなんです」
ヨアナが眉を八の字して困ったような顔で笑う。
「商談に行ったラシンダの王都で田舎者だと馬鹿にされてからは余計にそれがエスカレートして、騙されて偽物ばっかり掴まされて……。幼馴染の私がなにを言っても聞かないから、どうしようもなかったんです」
やはりペット取引疑惑をガーデン管理ギルドにタレこんだのはヨアナだったようだ。
あの倉庫に赤い石がつけられた生き物が隠されているのを偶然見つけたのだろう。元冒険者なら、赤い石を見てペットの違法取引の可能性と、その石がチープな偽物であることにもすぐに気付いたに違いない。
きらびやかなものが富の象徴だとは限らない。この大陸で唯一マルド地方でのみ栽培されるソバの実は、地味で素朴な見た目とは裏腹に豊かで独特な風味を内包し、あらゆる料理に化ける。それを思う存分堪能できることがどれほどの贅沢か、ブルーノ会長にはわからなかったんだろうか。
「でも、会長が逮捕されてしまったら商会はどうなるんでしょう?」
ペットの違法取引かと思いきや、ただの詐欺事件だった。
本物のペット取引に比べれば処罰は軽いはずだが、商会の評判がガタ落ちすることは間違いないし、ヘタすれば倒産だ。
「行く当てがなくなったら、うちの店で雇って皿洗いでもやらせようと思っていますから、ご心配なく」
すっきりした顔で笑うヨアナを見て、リリアナも清々しい気持ちになった。
ハリスもそれに同調する。
「あの商会の建物を買い取って、店を大きくすればいい」
するとヨアナがおどけた声で言った。
「あら! じゃあシェフが足りないから、ハリス先生が冒険者を引退したらうちで働いてもらおうかしら!」
「それもいいな」
ハリスがあごを撫でている。まんざらでもない様子だ。
そしてちゃっかり、ソバ粉のガレットの水の配合量をヨアナから聞き出して熱心にメモしている様子にクスクス笑うリリアナだった。
最短でも一週間はかかるだろうと思っていた潜入捜査は予定より二日早く終わり、リリアナたちはガーデンの街に戻ってきた。
「ただいまー!」
リリアナが勢いよくドアを開けると部屋の中には、エプロン姿のテオがほうきを持って立っていた。
テオが顔を赤らめながら慌てて花柄のエプロンを外して丸める。
「なんだよっ、早く帰ってくるならそう言えよ!」
「だから『ただいま』って言ったでしょ。ねえ、なんでエプロン外したの? よく似合ってたわよ」
「うるせー!」
またいつもの光景が戻った。
(6皿目・完食)
リリアナが大きな一口でソバパスタを頬張る。
やはりヨアナの店が一番ソバの風味が際立っていて美味しい。
「さあな。首輪の呪いを知らないってことは、少なくとも実際にペット登録したことのない人間だろうな」
ハリスが苦笑する。
トカゲはともかく、コハクのように毛で覆われている生き物は汚れた時に水やお湯で洗い流すことがあるし、海や川で泳がせることだってある。そういう時もしも知らずによかれと思って首輪を外したらペットが死んでしまう。
ペット譲渡の際にはこの注意事項を必ず相手に伝えておかねばならない。
それを仲介役を担っていたブルーノ会長が知らなかったということは、おそらくあの自称冒険者も知らなかったのではないだろうか。
この推察が当たりか否かは今後の追跡調査を待たなければならないが、これまでこの街で行われていたペット取引はすべて偽物だったに違いない。
「ソバパスタを追加で3人前お願いします!」
テーブルにガレット各種を運んできた給仕に、リリアナが元気よくおかわりを注文する。
前回の来店では面食らっていた給仕も、二度目ともなれば余裕の微笑みを返してくれた。
「そもそもドラゴンをペットにできる冒険者なんているのかしらね?」
服従せざるを得ないほどドラゴンを圧倒できる人間が、あるいはドラゴンが絶大な信頼を寄せる人間がいるんだろうか。
「聞いたことがないな」
ハリスがソバの実リゾットをスプーンですくって口へ運ぶ。
「もしもわたしがドラゴンをペットにすることがあれば、どんなにお金を積まれたって絶対に手放さないわ」
リリアナの足元で生肉を食べていたコハクがピョンと膝に乗ってきた。
「もちろんコハクだって、誰にも渡したりしないわよ」
「にゃあっ」
額を撫でるとコハクが嬉しそうに目を細める。
ソバの実を衣に使ったチキンカツも絶品だ。
「ブルーノ会長は本当にあのトカゲがドラゴンだと思っていたのかしら」
「審美眼がまったくなさそうだったからな」
ハリスによれば、リリアナが警備隊を呼びに行っている間ブルーノ会長はずっと、
『騙された! 俺は被害者だ!』
と喚き続けていたというのだから呆れてしまう。
最後はソバ粉のクッキーとソバ茶でソバのコース料理が締めくくられた。
合間におかわりを挟みながら、ソバのもちもち、つるつる、プチプチ、サクサク食感を存分に堪能できたリリアナとハリスは大満足している。
そこへ、厨房からヨアナが出てきた。
「いかがでしたか」
「商業区でいろんなソバ料理を食べましたけど、ヨアナさんの作るお料理が一番です!」
ヨアナがにっこり微笑む。
そんなヨアナに、どうしても腑に落ちないことを尋ねた。
ちょうど今なら店内にいる客はリリアナたちだけだ。
「ヨアナさんは、ペットが偽物だって知っていたんじゃないですか? ブルーノ会長が逮捕されてもよかったんですか?」
「あの人、子供のころから見栄っ張りなんです」
ヨアナが眉を八の字して困ったような顔で笑う。
「商談に行ったラシンダの王都で田舎者だと馬鹿にされてからは余計にそれがエスカレートして、騙されて偽物ばっかり掴まされて……。幼馴染の私がなにを言っても聞かないから、どうしようもなかったんです」
やはりペット取引疑惑をガーデン管理ギルドにタレこんだのはヨアナだったようだ。
あの倉庫に赤い石がつけられた生き物が隠されているのを偶然見つけたのだろう。元冒険者なら、赤い石を見てペットの違法取引の可能性と、その石がチープな偽物であることにもすぐに気付いたに違いない。
きらびやかなものが富の象徴だとは限らない。この大陸で唯一マルド地方でのみ栽培されるソバの実は、地味で素朴な見た目とは裏腹に豊かで独特な風味を内包し、あらゆる料理に化ける。それを思う存分堪能できることがどれほどの贅沢か、ブルーノ会長にはわからなかったんだろうか。
「でも、会長が逮捕されてしまったら商会はどうなるんでしょう?」
ペットの違法取引かと思いきや、ただの詐欺事件だった。
本物のペット取引に比べれば処罰は軽いはずだが、商会の評判がガタ落ちすることは間違いないし、ヘタすれば倒産だ。
「行く当てがなくなったら、うちの店で雇って皿洗いでもやらせようと思っていますから、ご心配なく」
すっきりした顔で笑うヨアナを見て、リリアナも清々しい気持ちになった。
ハリスもそれに同調する。
「あの商会の建物を買い取って、店を大きくすればいい」
するとヨアナがおどけた声で言った。
「あら! じゃあシェフが足りないから、ハリス先生が冒険者を引退したらうちで働いてもらおうかしら!」
「それもいいな」
ハリスがあごを撫でている。まんざらでもない様子だ。
そしてちゃっかり、ソバ粉のガレットの水の配合量をヨアナから聞き出して熱心にメモしている様子にクスクス笑うリリアナだった。
最短でも一週間はかかるだろうと思っていた潜入捜査は予定より二日早く終わり、リリアナたちはガーデンの街に戻ってきた。
「ただいまー!」
リリアナが勢いよくドアを開けると部屋の中には、エプロン姿のテオがほうきを持って立っていた。
テオが顔を赤らめながら慌てて花柄のエプロンを外して丸める。
「なんだよっ、早く帰ってくるならそう言えよ!」
「だから『ただいま』って言ったでしょ。ねえ、なんでエプロン外したの? よく似合ってたわよ」
「うるせー!」
またいつもの光景が戻った。
(6皿目・完食)
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