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壺中庵淫斎掌篇作品集
荷風と谷崎~終戦前夜の晩餐~
しおりを挟む他の作家を褒めることなどまず無い荷風が被虐小説『刺青』を絶賛したことで、
谷崎潤一郎は一躍、文壇の寵児となった。
谷崎にとって荷風は恩人でもあり、最も敬愛する先輩作家でもある。
二人は固い絆で結ばれていたとも言える。
しかし、二人の大きな違いに眼を向けることも必要だろう。
荷風は生涯、独身を貫いた。芸者や娼婦と遊び歩いた。
高級官僚から実業界に転進した父に迫られ、
材木問屋の娘と見合結婚をしたことはあるが・・・・・。
「・・・あのお~、あの人は寝間で必ず・・・あのお~、オ、オゴムを・・・」
恥ずかしそうに話す新妻に、材木問屋一家は激怒した。
妻の役目は嫁ぎ先の跡取りを産むことであった。
夫が妻と性交するさいコンドームを使うなど、許されない時代であったのだ。
しかし、荷風は自分の子種を残さない固い決意をしていたのだ。
新妻は実家に引き戻され(荷風にとっては目出度く)離縁となる。
一方の谷崎は女を好きになると、すぐ結婚して、その女を独占したくなる。
他の男と女を共有することなど何とも思わない荷風とはえらい違い。
谷崎は貧しかったが大秀才なので友人の父親の支援で一高・東京帝大へと進む。
その支援者は洒脱な人で、谷崎を深川の芸者家にもよく連れていった。
谷崎は某芸者に惚れてしまう。結婚を申し込む。
「あんた、あたしの相手は無理だわよ。田舎にいる妹は大人しいから、そっちを
嫁にしたらいいよ」
「はい」
こうして結婚したのが最初の妻、千代である。
しかし、長くは続かなかった。
谷崎に冷たくされた千代に同情したのが、荷風の一番弟子を自認する佐藤春夫。
佐藤春夫と千代はデキてしまう。
その結末は仰天すべきものだった。
谷崎は佐藤と連名で、佐藤に千代夫人を譲り渡す旨を新聞・雑誌に公表したのだ。
千代との離婚後、二人目の妻として迎えたのが丁未子(トミコ)である。
知り合った時、まだ女子専門学校の生徒で、歳の差はニ十年。
しかし、これも二年あまりで破綻。
最後に迎えた終生の妻が松子。
大阪・船場の大商人の奥様であったから略奪結婚と言っていいだろう。
谷崎の代表作『細雪』のヒロイン四姉妹の長女でもある。
谷崎には女体崇拝・被虐願望があることはよく知られていた。
ある人が松子夫人に話す。
「あの谷崎大先生に崇め奉られるとは羨ましい限りですわ」
「とんでもございません。谷崎の希望通りに振舞うのは大変ですの」
どちらがSで、どちらがMだか、判らないような話ではある。
さて、終戦前夜の晩餐である。
固い絆で結ばれていた荷風と谷崎ではあるが、
親しく席を同じくするのは、数年に一度、有るか無いかくらいであった。
谷崎の変人ぶりもお判りいただけたと思うが、荷風はそれ以上の大変人。
一の子分と思っていた佐藤春夫も荷風に馬鹿にされていたことを知り絶交宣言。
近づき過ぎると碌なことにならないのが、荷風も谷崎もよく判っていた。
偏奇館の焼け跡で荷風が唯一見つけ出すことが出来たのは、
谷崎が中国の有名な篆刻家に造ってもらい荷風に贈っていた蔵書印で、
それを手にした荷風は感涙にむせんだのであったが・・・・。
二人が最後にあったのは、その三ヵ月後。
戦災で焼け出された荷風は、逃げた先でまた戦災にあい続ける災難の連続。
辿りついた岡山でも焼け出される。
一方、用意周到な谷崎は岡山の山奥の宿屋を借りて松子夫人と疎開していた。
戦時下にこんな不届きなものをと掲載禁止にされた『細雪』を書き続けながら。
荷風に頼まれていた『断腸亭日乗』の写しも大切に抱え。
荷風が岡山市内で困窮していることを知ると、谷崎は直ちに書状を送る。
どのようにして手に入れたのか?
最高級の神戸牛、灘の生一本、上等の白米をしこたま用意する。
昭和二十年八月十四日。ボロ服姿の荷風が谷崎のもとへ。
終戦前夜、二人は痛飲し、すき焼きを腹一杯食べる。
何を語り合ったか、谷崎の日記にも『断腸亭日乗』にも特に書かれていないが。
ここで強調したいのは、
谷崎が決して「ここで暫らく暮らしませんか?」と口にしなかったことだ。
荷風も「少し面倒を見てくれないか?」とは言わず、そんな素振りも見せない。
さすがの荷風も、爺さん婆さんの谷崎夫妻の寝床を覗く気は無かっただろうが。
一夜限りの最後の晩餐こそが、真の盟友、荷風と谷崎に相応しいものであった。
二人に見送られ、荷風が夫人のオニギリを焼け跡に戻る車中で食べていたころ、
天皇陛下の玉音放送が流れていた。
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