ユートピア

理想郷の昼

ある動物の話

「自分の、本当の……」
「待った。」
口にしようとしている言葉を汲み取り、静止をかける。
その言葉は、私達が口にしていいものではなく。そして、許されるものではない。
「……じゃあ、別の話をしましょう。」
「そうしよ。」
けれど、そんな政府が押し付けた下らない規則を守ってやる義理も意欲も私にはなく。
静止の意図を汲んだ級友に、カメラから見えない角度で笑顔を返す。袖口に隠した小型機器に、プログラムを打ち込みながら。

「まだ、待つんです？」
「もういいよ。ただし五分ね。」
小指が攣りそうな速度での打ち込みを終え、小さく背伸びをする。プログラムを打ち込む間、他愛のない話を続けてくれた級友には頭が上がらない。本人に言う気はしないが。
「それじゃ、改めて。……本当の両親を、知りたいですか？生物学的に血のつながった、両親を。」
「……知りたくない、といえば嘘になる。けれど、知るのが怖いとも思う。」
いつもの柔らかな気配を隠し、射抜くような厳しい色を湛えた質問に、背筋が凍るような感覚に支配された。目を背ければ、取り込まれてしまうような。つけ込まれてしまうような。そんな、冷たい視線だった。
声を整えるために置いた間が、生物学専攻の級友に対しては失策だと気付くことが遅れるほど。私は、その厳しい色に怯えを感じていた。
「怖い、ですか。何故？私は、知りたいですけどね。私は、生まれた時から選ばれた存在天才だったのか。それとも、突然変異イレギュラーだったのか。って。」
完全に攻守が逆転したのを感じながら、魅せられたように紡がれる言葉に耳を傾けた。自らの出自が気になる。と主張する言葉は否定できるものではなく。けれど、肯定出来るようなものでもなかった。
「……ばれたら、この生活を失うのに？それでも、知りたいの？」
そんな、狂ったようにも感じる執着に軽い恐怖を覚えながら。現実に引き戻そうと声をかけ、
「……ばれなきゃ、知りたいですか？」
「……っ！！」
逆に、引き込まれた。
明らかに高鳴った鼓動に、開いた瞳孔。……強い関心を抱いたことは、彼女に対して筒抜けとなったに違いない。
「いい方法、みつけちゃったんです。」
ふわりと、春の日差しのような空気をまとった言葉に釣られ時計を見ると、長針がぴたりと、五分の経過を告げるところだった。