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Trac05 Just Push Play/エアロスミス 前編
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『ーーーー再生ボタンを押せ!』
Just Push Play/エアロスミス
「それじゃあ、本当にお前の意思でクスリをやったわけじゃないんだな」
「事故だよ事故。当て逃げにされたようなもんだよ」
安心したのかまた眠ってしまったカホを寝かせて、ユウジとダイニングテーブルで向かい合っていた。
まだ5時前とかアホか。
なんでも早朝に起きたカホが、俺がいないことに気づいてぐずり始めたのが探索のきっかけだったとか。
「まあ、お前にはいい薬になったな」
「そうだな。これからは忘れ物なんかほっとく」
「お前なあ・・・」
ユウジは盛大にため息を吐いた。
「とりあえず、ケジメはつけろよ」
携帯、とユウジは手を出した。
「は?」
「携帯」
今度は凄んだ。渋々スマホを渡す。
ユウジは物凄い速さで指を動かす。慌てて取り返して画面を見れば、アプリが全部消えていた。ユウジはすぐスマホを引ったくった。
「は?!返せよ」
「駄目だ。しばらく俺が持っておく」
「バイト先とかカホの保育園とかから連絡あるかもしんねえじゃん」
「全部俺を通してお前に教えてやる。織田先輩にも俺から話しておくよ」
そんな訳でガキみてえなペナルティを食らって、俺はこの家に住み続けることを許された。
バイト先は楽器店だ。
明朝体で織田楽器店と書かれた素っ気ない看板が壁に貼り付けられている。
中に入れば、ボディービルダーのように逞しい体つきの、サングラスをかけた男が俺の顔を見るなり溜息を吐いた。制服の黒いエプロンのネームプレートには織田と書かれている。織田店長はユウジのバンドの元メンバーで、姉ちゃんやカホのこともよく知っていた。
店長はスキンヘッドを節くれだった指でなでつけながら言う。
「お前今度は何やらかしたんだ?あんまりユウジに心配かけんなよ」
あの野郎。無駄に仕事が早くてムカつく。
その話題は無視して、挨拶もそこそこに黒いエプロンを着けて仕事に掛かった。
ダスキンモップで店内を埋め尽くすキーボードやエレクトーンの埃を落としていく。壁にはエレキギターだのベースだのがびっしりかかっていて、レジの周りにはステッカーやピックなんかの小物が並んでいる。
一階の床を磨き終わると、階段を降りて地下に向かった。
地下は貸しスタジオになっている。
ドラムやギター、ベース、キーボードなんかが一揃い置いてあって、上のレジの奥にあるモニターと防犯カメラが繋がっている。
ここが終わったら今度は二階だ。
階段を上がり、一階の店舗を素通りして更に登っていく。
二階は防音室になっている。部屋の中央にはデカいグランドピアノがあって、ボイストレーニングの講師に週に2回貸している。
フローリングの床を掃いて、ピアノの埃をモップで払う。
白鍵を一つ押すと、ピアノ線から弾かれた音が波紋のように心地よく広がった。
やっぱりピアノもセックスもナマの方がいいよな、とニヤリとする。壁にかかった内線の受話器を取り、短縮ダイヤルで下に通話を繋げる。
「店長。終わったんでピアノ弾いていいですか」
高校の時から仕事も時給も変わらないが、暇な時こんなワガママが通るのがここの魅力だし、
「ああ、ハジメ?お前すぐ帰れ」
「は?なんで」
「ユウジから連絡があった。カホちゃんが熱出したとさ」
こんな理由で帰してくれるのは、ここしかないと思う。
下に降りて着たばっかのエプロンをスタッフルームで脱いでいると、P¡nkみてえな金髪でショートカットの女が入ってきた。アリサだ。
「何?もう帰るの?」
アリサはジッパーが無数に横切るパンクなTシャツの上に黒いエプロンを着る。遅刻した訳じゃなくて、ピアノを弾く為に馬鹿みたいに俺が早く来てるだけだ。
「カホが熱出した」
「ふーん」
アリサはむすっとして、濃いピンクの唇を突き出した。
「掃除はしてあるから。後は頼んだ」
ありがと、と言った後アリサは「よくやるよね」と言った。
「自分の子じゃないのに」
スレンダーな身体に黒いエプロンの紐を締める。
「仕方ねえだろ。ユウジが」
「またユウジさん?」
つけまつげがバッサバッサついた目を吊り上げた。
「私、ユウジさんはやめといた方がいいと思う」
は?突然何言ってんだコイツ。
「まあそうだろうな。アイツゲイ嫌いだし」
とりあえず適当に話を合わせとこ。
「そうじゃなくて、ユウジさんも大概だってこと」
ん?と考えを巡らせていると
「だって、カホちゃんだっけ?
アンタが休むの大体その子絡みじゃん。その子夜見るために他にバイトもしてないし。
アンタがそこまでやってんのにユウジさんはゲイだからってアンタを色眼鏡で見てる。
私からみたらアンタそんな奴らのために人生削ってる」
「何言ってんのお前」
いや、楽チンだからここで働いてるだけなんだけど。
それに、ユウジに頼られて悪い気はしない。むしろ俺にだけ頼ってくるのが優越感を刺激して、ユウジをほんの少しでも独占できている気分になる。だからアリサが何を言ってるのかサッパリ分からない。
「あーもう、アンタはQueenのToo much love will kill youでもよく聞いときな!」
アリサは足音荒くスタッフルームを出て行った。
勝手にヒートアップして勝手に捲し立てて、やっぱり女はよくわからない。
保育園に来ると、職員室に立ち寄った。
すぐに事務員が担任の保育士を呼ぶ。しばらくしてエプロンをした若い保育士がカホを抱きかかえてやってきた。真っ赤な顔して、額には保冷シートを貼っている。
「あーあ、ほら歩けるか?」
保育士はギョッとした顔で「いえ、抱っこできませんか?」と言った。
「え?家まで?」
「え、はい」
なんか、信じられないって顔で見られてる気がする。
「しょうがねえなあ」
カホを抱きかかえると、めちゃくちゃ熱かった。あ、確かにこれは無理だわ。奇妙なモノを見るような視線を浴びながら、頭だけ下げて帰った。
家に帰ったら帰ったで、夜ユウジに文句を言われた。
「はあ?じゃあ病院行ってないのか?」
「行ってねえよ」
「行くだろ普通」
「知るかよ」
冷えピタ貼ってポカリでも飲んでほかっとけば治るだろうが。ちゃんとぬるくなったやつ変えたし水分も摂らせてるぞ。大体こういう時いつもユウジが面倒みてたじゃねえか。俺にわかるか。
「ったく、今から緊急外来行ってくる」
ユウジはグズグズ言うカホを抱えて、帰ってきたばかりなのに出て行った。
なんなんだよ、今日は。どいつもこいつも。
携帯、って、ユウジが持ってんだった。
イヤホンを耳につけて、エアロスミスのJust Push Playをかける。
イカれたように響く高音のピアノと低いドラムが耳に心地いい。
だけど、それでもイライラは治らなくて、滅多に飲まないビールの缶を開けた。
結局、カホの熱は一週間も長引いて、その間俺はセックスはおろかピアノさえもお預けだった。
ーーーーー
あーもう、セックスセックスセックスがしたい。
かれこれ1ヶ月近くシてない。
携帯はなくても悲しいくらい困らないが、大抵週1でヤリまくってたからもうそのストレスたるや。
ピリピリしてカホにも当たりそうになる。
んでユウジがそれを見てイライラしてこっちもストレスが溜まるという負のスパイラルに陥っている。
もういっそ前のが良くないか?
イライラムラムラして過ごすより、ストレスも性欲も一緒にぶちまけて、スッキリした方が絶対いいと思うんだけど。
まあでも、ユウジには言ってないことがある。先月、つまりスマホを取られる前会う約束をした奴がいる。
あれから連絡してないから来るかどうかは賭けだ。
俺は金曜の夕方、5駅離れたターミナル駅に向かった。Trip hoppin'を聞きながら待つ。
最近はこんなゴリゴリのロックばっか聞いてる。
そいつは改札を出てすぐ見つかった。
「よ。ダニエル」
「誰ですかそれ」
ハリーポッター似のメガネは笑った。
ダニエルはリクルートスーツを着ていたけど童顔には馴染まず、まだまだ着られているという感じがする。
「もう就活?」
「あ、はい、企業の説明会に」
クソ真面目だな。俺二十歳のとき何してたっけ。去年の事なのに思い出せない。まあいいや。
「じゃ、ヤろっか」
「いきなりですか」
「溜まってんだよ」
「お腹すいたんでご飯食べてからでいいですか」
言うようになったじゃねえか。ビビりまくってた童貞のくせに。
Just Push Play/エアロスミス
「それじゃあ、本当にお前の意思でクスリをやったわけじゃないんだな」
「事故だよ事故。当て逃げにされたようなもんだよ」
安心したのかまた眠ってしまったカホを寝かせて、ユウジとダイニングテーブルで向かい合っていた。
まだ5時前とかアホか。
なんでも早朝に起きたカホが、俺がいないことに気づいてぐずり始めたのが探索のきっかけだったとか。
「まあ、お前にはいい薬になったな」
「そうだな。これからは忘れ物なんかほっとく」
「お前なあ・・・」
ユウジは盛大にため息を吐いた。
「とりあえず、ケジメはつけろよ」
携帯、とユウジは手を出した。
「は?」
「携帯」
今度は凄んだ。渋々スマホを渡す。
ユウジは物凄い速さで指を動かす。慌てて取り返して画面を見れば、アプリが全部消えていた。ユウジはすぐスマホを引ったくった。
「は?!返せよ」
「駄目だ。しばらく俺が持っておく」
「バイト先とかカホの保育園とかから連絡あるかもしんねえじゃん」
「全部俺を通してお前に教えてやる。織田先輩にも俺から話しておくよ」
そんな訳でガキみてえなペナルティを食らって、俺はこの家に住み続けることを許された。
バイト先は楽器店だ。
明朝体で織田楽器店と書かれた素っ気ない看板が壁に貼り付けられている。
中に入れば、ボディービルダーのように逞しい体つきの、サングラスをかけた男が俺の顔を見るなり溜息を吐いた。制服の黒いエプロンのネームプレートには織田と書かれている。織田店長はユウジのバンドの元メンバーで、姉ちゃんやカホのこともよく知っていた。
店長はスキンヘッドを節くれだった指でなでつけながら言う。
「お前今度は何やらかしたんだ?あんまりユウジに心配かけんなよ」
あの野郎。無駄に仕事が早くてムカつく。
その話題は無視して、挨拶もそこそこに黒いエプロンを着けて仕事に掛かった。
ダスキンモップで店内を埋め尽くすキーボードやエレクトーンの埃を落としていく。壁にはエレキギターだのベースだのがびっしりかかっていて、レジの周りにはステッカーやピックなんかの小物が並んでいる。
一階の床を磨き終わると、階段を降りて地下に向かった。
地下は貸しスタジオになっている。
ドラムやギター、ベース、キーボードなんかが一揃い置いてあって、上のレジの奥にあるモニターと防犯カメラが繋がっている。
ここが終わったら今度は二階だ。
階段を上がり、一階の店舗を素通りして更に登っていく。
二階は防音室になっている。部屋の中央にはデカいグランドピアノがあって、ボイストレーニングの講師に週に2回貸している。
フローリングの床を掃いて、ピアノの埃をモップで払う。
白鍵を一つ押すと、ピアノ線から弾かれた音が波紋のように心地よく広がった。
やっぱりピアノもセックスもナマの方がいいよな、とニヤリとする。壁にかかった内線の受話器を取り、短縮ダイヤルで下に通話を繋げる。
「店長。終わったんでピアノ弾いていいですか」
高校の時から仕事も時給も変わらないが、暇な時こんなワガママが通るのがここの魅力だし、
「ああ、ハジメ?お前すぐ帰れ」
「は?なんで」
「ユウジから連絡があった。カホちゃんが熱出したとさ」
こんな理由で帰してくれるのは、ここしかないと思う。
下に降りて着たばっかのエプロンをスタッフルームで脱いでいると、P¡nkみてえな金髪でショートカットの女が入ってきた。アリサだ。
「何?もう帰るの?」
アリサはジッパーが無数に横切るパンクなTシャツの上に黒いエプロンを着る。遅刻した訳じゃなくて、ピアノを弾く為に馬鹿みたいに俺が早く来てるだけだ。
「カホが熱出した」
「ふーん」
アリサはむすっとして、濃いピンクの唇を突き出した。
「掃除はしてあるから。後は頼んだ」
ありがと、と言った後アリサは「よくやるよね」と言った。
「自分の子じゃないのに」
スレンダーな身体に黒いエプロンの紐を締める。
「仕方ねえだろ。ユウジが」
「またユウジさん?」
つけまつげがバッサバッサついた目を吊り上げた。
「私、ユウジさんはやめといた方がいいと思う」
は?突然何言ってんだコイツ。
「まあそうだろうな。アイツゲイ嫌いだし」
とりあえず適当に話を合わせとこ。
「そうじゃなくて、ユウジさんも大概だってこと」
ん?と考えを巡らせていると
「だって、カホちゃんだっけ?
アンタが休むの大体その子絡みじゃん。その子夜見るために他にバイトもしてないし。
アンタがそこまでやってんのにユウジさんはゲイだからってアンタを色眼鏡で見てる。
私からみたらアンタそんな奴らのために人生削ってる」
「何言ってんのお前」
いや、楽チンだからここで働いてるだけなんだけど。
それに、ユウジに頼られて悪い気はしない。むしろ俺にだけ頼ってくるのが優越感を刺激して、ユウジをほんの少しでも独占できている気分になる。だからアリサが何を言ってるのかサッパリ分からない。
「あーもう、アンタはQueenのToo much love will kill youでもよく聞いときな!」
アリサは足音荒くスタッフルームを出て行った。
勝手にヒートアップして勝手に捲し立てて、やっぱり女はよくわからない。
保育園に来ると、職員室に立ち寄った。
すぐに事務員が担任の保育士を呼ぶ。しばらくしてエプロンをした若い保育士がカホを抱きかかえてやってきた。真っ赤な顔して、額には保冷シートを貼っている。
「あーあ、ほら歩けるか?」
保育士はギョッとした顔で「いえ、抱っこできませんか?」と言った。
「え?家まで?」
「え、はい」
なんか、信じられないって顔で見られてる気がする。
「しょうがねえなあ」
カホを抱きかかえると、めちゃくちゃ熱かった。あ、確かにこれは無理だわ。奇妙なモノを見るような視線を浴びながら、頭だけ下げて帰った。
家に帰ったら帰ったで、夜ユウジに文句を言われた。
「はあ?じゃあ病院行ってないのか?」
「行ってねえよ」
「行くだろ普通」
「知るかよ」
冷えピタ貼ってポカリでも飲んでほかっとけば治るだろうが。ちゃんとぬるくなったやつ変えたし水分も摂らせてるぞ。大体こういう時いつもユウジが面倒みてたじゃねえか。俺にわかるか。
「ったく、今から緊急外来行ってくる」
ユウジはグズグズ言うカホを抱えて、帰ってきたばかりなのに出て行った。
なんなんだよ、今日は。どいつもこいつも。
携帯、って、ユウジが持ってんだった。
イヤホンを耳につけて、エアロスミスのJust Push Playをかける。
イカれたように響く高音のピアノと低いドラムが耳に心地いい。
だけど、それでもイライラは治らなくて、滅多に飲まないビールの缶を開けた。
結局、カホの熱は一週間も長引いて、その間俺はセックスはおろかピアノさえもお預けだった。
ーーーーー
あーもう、セックスセックスセックスがしたい。
かれこれ1ヶ月近くシてない。
携帯はなくても悲しいくらい困らないが、大抵週1でヤリまくってたからもうそのストレスたるや。
ピリピリしてカホにも当たりそうになる。
んでユウジがそれを見てイライラしてこっちもストレスが溜まるという負のスパイラルに陥っている。
もういっそ前のが良くないか?
イライラムラムラして過ごすより、ストレスも性欲も一緒にぶちまけて、スッキリした方が絶対いいと思うんだけど。
まあでも、ユウジには言ってないことがある。先月、つまりスマホを取られる前会う約束をした奴がいる。
あれから連絡してないから来るかどうかは賭けだ。
俺は金曜の夕方、5駅離れたターミナル駅に向かった。Trip hoppin'を聞きながら待つ。
最近はこんなゴリゴリのロックばっか聞いてる。
そいつは改札を出てすぐ見つかった。
「よ。ダニエル」
「誰ですかそれ」
ハリーポッター似のメガネは笑った。
ダニエルはリクルートスーツを着ていたけど童顔には馴染まず、まだまだ着られているという感じがする。
「もう就活?」
「あ、はい、企業の説明会に」
クソ真面目だな。俺二十歳のとき何してたっけ。去年の事なのに思い出せない。まあいいや。
「じゃ、ヤろっか」
「いきなりですか」
「溜まってんだよ」
「お腹すいたんでご飯食べてからでいいですか」
言うようになったじゃねえか。ビビりまくってた童貞のくせに。
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