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第二章 竜胆
勝利したのは?
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蒼万が考案した実技〝遊び〟の時間になり、庭園には侍女達がぞくぞくと集まる。蒼万は日頃、腕輪を外さない。侍女達はおろか、沙羅さえ滅多にその姿を見たことはない。青龍を見れる高揚感と志瑞也の緊張感が混ざり、庭園は異様な雰囲気を漂わせていた。侍女達は固唾を呑んで見守っているが、その後ろにはモモ爺達と傘寿が、怯えながら身を隠して見ていた。この恐怖は、子供から龍への変容を見た者しか分からない。
志瑞也は首から勾玉を外し、蒼万に預け庭園の中央に行く。蒼万が神力で勾玉の霊力を抑え始める。志瑞也の不安を感知し、勾玉は神力の壁に「バシバシ」とぶつかり暴れだした。
「腕輪を外すぞ」
「ほっ、本当にするのか?」
「……」
(なんだよっその目はっ…)
「わかったよっ、二度は言わないだろ!」
志瑞也は再び起きる恐怖との向き合いに、何度も深呼吸をする。
蒼万が腕輪を外すと一気に青龍が飛び出し、蒼万の体に絡みつき頬擦りをした。
「グルルルグルルル」
侍女達の黄色い歓声とは別に、志瑞也とモモ爺達と傘寿はガタガタと震える。
「久々だな」
「グルルグルル」
蒼万が青龍の鼻筋をなでながら言う。
「青龍、あそこに居るのは志瑞也だ、覚えておけ」
「グルルゥ」
青龍の頭が、ゆっくりと志瑞也の方に振り返る。
「グルルゥフガフガフガ」
喉を鳴らし鼻息を荒く立てた。
志瑞也は既に侍女達の声援すら聞こえない、胴体をくねらせながら向かって来る青龍に、頭の中で繰り返し呪文を唱える。
(大きいタツノオトシゴ… 大きいタツノオトシゴォ… おっ大きいたっ、助けてっ)
「わぁぁぁぁあーっ ばぁちゃーんっ!」
「グァォォォォオ!」
「アハハハハハハハ!」
……。
沙羅を含めた侍女達は、この日一番の驚きで一斉に蒼万を見る。あまりの出来事に全員が言葉を失い、先程まで賑やかだった庭園は、一人の叫び声と、一匹の神獣の唸り声と、一人の猛々しい笑い声だけが響いていた。
「無理無理無理ーっ! こっち来るなよっ!」
「グァォグァォ!」
「アハハハハハハ!」
青龍に追いかけられ逃げ惑う志瑞也を、蒼万は腹を抱え大笑いしながら見ている。
「あら、随分賑やかなこと」
そこへ一人の女子がやって来た。
「こっ、これは葵様っ! お出迎えもせず失礼しましたっ」
沙羅が詫びながら頭を下げ、侍女達も慌てて葵に頭を下げる。
「気にしないで、兄上が自殿で青龍を出すと私の侍女達が騒いでいたから、私も見たくて来ただけよ。でも…それよりもっと珍しいものが見れたから、来た甲斐があったわ、ふふふ」
蒼万は笑うのをやめ、横目で葵を見る。
「ふっ、お前も噂好きの侍女達と変わらんな」
侍女達が気まずそうに口元に手をあてる。
「兄上だから噂が立つのよ、ねぇ沙羅? ふふふ」
葵が沙羅と目を合わせ微笑み、侍女達は安堵する。
「兄上、志瑞也さんを助けて差し上げないの? とても怖がっているわよ?」
そう言いながら、暴れる勾玉を横目でさらっと見る。志瑞也の噂は既に葵の耳に入っていた。だが、祖母の遠縁にそんな子がいたかと、聡明な兄のこと、何か理由があると思い様子を見に来たのだ。
「…お前は勘が良過ぎる」
「ふふふ」
その時、志瑞也が泣き喚きながら、蒼万に向かって走ってきた。
「蒼万蒼万っ、もうやめろよっ!」
蒼万の胸にドンッとぶつかり、顔を埋め縋り付く。
「あらっ、ふふふ」
「志瑞也逃げるなっ、しっかり観ろっ」
志瑞也を胸から引き剥がし、両肩を掴んで翻し、無理矢理青龍と向き合わせた。
「蒼万っもっもうやめよう…ううっ… ひっく…」
肩を震わせ泣きじゃくる姿に、葵も侍女達も同情する。
「兄上、もうそのぐらいで…」
「黙れっ!」
葵や侍女達はびくっとした。
蒼万は両肩を掴んでいた手を緩め、志瑞也の耳元で言う。
「志瑞也、こいつは怖くない、大丈夫だ」
蒼万は志瑞也のお腹にそっと両手を回す。
志瑞也はその温もりに、何故かとても安堵した。
「わ…わかった…ううっ… 怖くない…大丈夫…ひっく… 怖くない…大丈夫…」
「グルルフガフガッ」
青龍が志瑞也の懐を嗅ぎ、鼻を擦り付けてきた。長い髭がうねうねと体に当たり、鼻息で涙が横に流れる。
「ううぅ…うぅ…んっちょっ、なっ、何だお前、くすぐったいぞ、やっやめろアハハ」
「グルルゥフガフガフガッ」
「お前もしかして… キャラメルが欲しいのか?」
「グルルルル」
「アハハ何だお前、神獣なのにモモ爺達と同じか?アハハハ くっくすぐったいからやめろよ、ほらやるよ」
懐からキャラメルを取り、一つを青龍の口に入れ、恐る恐る鼻筋をなでると、青龍は目を細め、髭で志瑞也の頬をなでた。艶々とした鱗にヒクヒクとした鼻、恐ろしいと思っていた鉤爪までもが、もっとなでてとわしゃわしゃと動いている。
「グアンンンン」
「蒼万っ、こいつキャラメルが好きだなんて、結構可愛いなアハハハハ」
蒼万の腕の中で振り返り笑うその目には、先程まで溢れていた涙の滴が、まだまつ毛に付いていた。ここに来て初めて、志瑞也は蒼万に対して笑顔を見せた。
「蒼万にもほら、ありがとうな」
志瑞也は蒼万の半開きの口にキャラメルを押し込む。
「……」
そのぽかんとした顔が、蒼万らしからず可笑しかった。蒼万にもこんな顔ができるのか、これは良い事を知った。日頃の仕返しにしては、このぐらいが悟られず丁度良いと志瑞也は思った。
「これ、キャラメルってお菓子なんだ、甘いだろ?アハハハハ」
「……」
「あら、今日は本当に珍しいものが沢山見れたわ、ふふふ 志瑞也さん、あなた面白い方ね」
「あっあれ? こんにちは…」
「今度またゆっくり、お茶でもしましょう」
「はい…」
葵は微笑みながら立ち去る。
今の可愛らしい子は誰なのかと目で追うと、モモ爺達が喚きだす。
「わしらのキャラメルじゃぞ!」
「わしのキャラメルじゃのに!」
小さな拳をやいやい上げて怒鳴るが、片手は沙羅の裾を掴んでいる。傘寿は沙羅の背中に掴まり、葵を目で追っていた。
「アハハお前達ごめんよ、明日二つずつやるよ」
「明日二つじゃぞ!」
「忘れるでないぞ!」
側に青龍と蒼万が居るせいか、モモ爺達は近付いて来ない。
「蒼万どうした?」
その声に蒼万は我に返り、志瑞也のお腹に手を回したままだと気付く。ばっと手を離し、術を解き勾玉を志瑞也の首に着けた。蒼万の推測通り青龍は消えず、侍女達の歓声が上がり、皆が涙ぐんで志瑞也に駆け寄り褒め称える。
志瑞也は照れながら頭を掻く。
「皆さん、応援していただいてありがとうございました、へへ」
〝遊び〟の実技は成功したが、蒼万は志瑞也で遊ぶ予定が、自分が弄ばれた気がしてならなかった。
志瑞也は首から勾玉を外し、蒼万に預け庭園の中央に行く。蒼万が神力で勾玉の霊力を抑え始める。志瑞也の不安を感知し、勾玉は神力の壁に「バシバシ」とぶつかり暴れだした。
「腕輪を外すぞ」
「ほっ、本当にするのか?」
「……」
(なんだよっその目はっ…)
「わかったよっ、二度は言わないだろ!」
志瑞也は再び起きる恐怖との向き合いに、何度も深呼吸をする。
蒼万が腕輪を外すと一気に青龍が飛び出し、蒼万の体に絡みつき頬擦りをした。
「グルルルグルルル」
侍女達の黄色い歓声とは別に、志瑞也とモモ爺達と傘寿はガタガタと震える。
「久々だな」
「グルルグルル」
蒼万が青龍の鼻筋をなでながら言う。
「青龍、あそこに居るのは志瑞也だ、覚えておけ」
「グルルゥ」
青龍の頭が、ゆっくりと志瑞也の方に振り返る。
「グルルゥフガフガフガ」
喉を鳴らし鼻息を荒く立てた。
志瑞也は既に侍女達の声援すら聞こえない、胴体をくねらせながら向かって来る青龍に、頭の中で繰り返し呪文を唱える。
(大きいタツノオトシゴ… 大きいタツノオトシゴォ… おっ大きいたっ、助けてっ)
「わぁぁぁぁあーっ ばぁちゃーんっ!」
「グァォォォォオ!」
「アハハハハハハハ!」
……。
沙羅を含めた侍女達は、この日一番の驚きで一斉に蒼万を見る。あまりの出来事に全員が言葉を失い、先程まで賑やかだった庭園は、一人の叫び声と、一匹の神獣の唸り声と、一人の猛々しい笑い声だけが響いていた。
「無理無理無理ーっ! こっち来るなよっ!」
「グァォグァォ!」
「アハハハハハハ!」
青龍に追いかけられ逃げ惑う志瑞也を、蒼万は腹を抱え大笑いしながら見ている。
「あら、随分賑やかなこと」
そこへ一人の女子がやって来た。
「こっ、これは葵様っ! お出迎えもせず失礼しましたっ」
沙羅が詫びながら頭を下げ、侍女達も慌てて葵に頭を下げる。
「気にしないで、兄上が自殿で青龍を出すと私の侍女達が騒いでいたから、私も見たくて来ただけよ。でも…それよりもっと珍しいものが見れたから、来た甲斐があったわ、ふふふ」
蒼万は笑うのをやめ、横目で葵を見る。
「ふっ、お前も噂好きの侍女達と変わらんな」
侍女達が気まずそうに口元に手をあてる。
「兄上だから噂が立つのよ、ねぇ沙羅? ふふふ」
葵が沙羅と目を合わせ微笑み、侍女達は安堵する。
「兄上、志瑞也さんを助けて差し上げないの? とても怖がっているわよ?」
そう言いながら、暴れる勾玉を横目でさらっと見る。志瑞也の噂は既に葵の耳に入っていた。だが、祖母の遠縁にそんな子がいたかと、聡明な兄のこと、何か理由があると思い様子を見に来たのだ。
「…お前は勘が良過ぎる」
「ふふふ」
その時、志瑞也が泣き喚きながら、蒼万に向かって走ってきた。
「蒼万蒼万っ、もうやめろよっ!」
蒼万の胸にドンッとぶつかり、顔を埋め縋り付く。
「あらっ、ふふふ」
「志瑞也逃げるなっ、しっかり観ろっ」
志瑞也を胸から引き剥がし、両肩を掴んで翻し、無理矢理青龍と向き合わせた。
「蒼万っもっもうやめよう…ううっ… ひっく…」
肩を震わせ泣きじゃくる姿に、葵も侍女達も同情する。
「兄上、もうそのぐらいで…」
「黙れっ!」
葵や侍女達はびくっとした。
蒼万は両肩を掴んでいた手を緩め、志瑞也の耳元で言う。
「志瑞也、こいつは怖くない、大丈夫だ」
蒼万は志瑞也のお腹にそっと両手を回す。
志瑞也はその温もりに、何故かとても安堵した。
「わ…わかった…ううっ… 怖くない…大丈夫…ひっく… 怖くない…大丈夫…」
「グルルフガフガッ」
青龍が志瑞也の懐を嗅ぎ、鼻を擦り付けてきた。長い髭がうねうねと体に当たり、鼻息で涙が横に流れる。
「ううぅ…うぅ…んっちょっ、なっ、何だお前、くすぐったいぞ、やっやめろアハハ」
「グルルゥフガフガフガッ」
「お前もしかして… キャラメルが欲しいのか?」
「グルルルル」
「アハハ何だお前、神獣なのにモモ爺達と同じか?アハハハ くっくすぐったいからやめろよ、ほらやるよ」
懐からキャラメルを取り、一つを青龍の口に入れ、恐る恐る鼻筋をなでると、青龍は目を細め、髭で志瑞也の頬をなでた。艶々とした鱗にヒクヒクとした鼻、恐ろしいと思っていた鉤爪までもが、もっとなでてとわしゃわしゃと動いている。
「グアンンンン」
「蒼万っ、こいつキャラメルが好きだなんて、結構可愛いなアハハハハ」
蒼万の腕の中で振り返り笑うその目には、先程まで溢れていた涙の滴が、まだまつ毛に付いていた。ここに来て初めて、志瑞也は蒼万に対して笑顔を見せた。
「蒼万にもほら、ありがとうな」
志瑞也は蒼万の半開きの口にキャラメルを押し込む。
「……」
そのぽかんとした顔が、蒼万らしからず可笑しかった。蒼万にもこんな顔ができるのか、これは良い事を知った。日頃の仕返しにしては、このぐらいが悟られず丁度良いと志瑞也は思った。
「これ、キャラメルってお菓子なんだ、甘いだろ?アハハハハ」
「……」
「あら、今日は本当に珍しいものが沢山見れたわ、ふふふ 志瑞也さん、あなた面白い方ね」
「あっあれ? こんにちは…」
「今度またゆっくり、お茶でもしましょう」
「はい…」
葵は微笑みながら立ち去る。
今の可愛らしい子は誰なのかと目で追うと、モモ爺達が喚きだす。
「わしらのキャラメルじゃぞ!」
「わしのキャラメルじゃのに!」
小さな拳をやいやい上げて怒鳴るが、片手は沙羅の裾を掴んでいる。傘寿は沙羅の背中に掴まり、葵を目で追っていた。
「アハハお前達ごめんよ、明日二つずつやるよ」
「明日二つじゃぞ!」
「忘れるでないぞ!」
側に青龍と蒼万が居るせいか、モモ爺達は近付いて来ない。
「蒼万どうした?」
その声に蒼万は我に返り、志瑞也のお腹に手を回したままだと気付く。ばっと手を離し、術を解き勾玉を志瑞也の首に着けた。蒼万の推測通り青龍は消えず、侍女達の歓声が上がり、皆が涙ぐんで志瑞也に駆け寄り褒め称える。
志瑞也は照れながら頭を掻く。
「皆さん、応援していただいてありがとうございました、へへ」
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