天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第二章 竜胆

恋とは

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「急にお誘いして、大丈夫だったかしら?」
「全然大丈夫だよ、俺暇だしアハハ」
 庭園に机と椅子と茶菓子を用意してもらい、和やかなお茶会が開かれた。
 青の装束に紫の羽織を纏い、後ろで半分束ねた髪は龍の髭の様な紐で結ばれていた。可愛らしい顔立ちでよく笑うその雰囲気は、少しも蒼万とは似ていない。
「志瑞也さん目が赤いですが、どうかされましたか?」
「あ、これ? 何でもないよ」
「…兄上に何か言われましたの?」
「ちっ違う違うっ、俺がちょっと、蒼万に八つ当たりしただけだよ」
 志瑞也は部屋での失態を思い出し、少し恥ずかしくなり指で鼻筋をかく。
「兄上に、八つ当たり?」
「うん、ちょっとね… それより葵ちゃん、って呼んでいいのかな?」
 これ以上突っ込まれる前に、志瑞也は話を逸らす。
「ふふふ、構いませんよ」
「葵ちゃん結婚するんだって? 誰だっけ、白虎家の…」
「柊虎です」
「そうそう柊虎! いいなあ、葵ちゃんこんなに可愛いんだから、相手も待ち遠しいだろうなあ」
 葵が伏し目がちに言う。
「それはどうかと…」
「どうして?」
「婚約の申込はどちらからでもできますが、婚姻の日取りは、男子の方から決めねばならないのです…」
 だから蒼万は〝まだ〟と言ったのだと、志瑞也は理解した。
「…何かあるの? 俺でよければ話して」
 葵は少し躊躇いながら話す。
「そうですね……婚約して十五年になりますが、私が知る限り、彼が好きなのは女子ではないのかもしれません…」
 …は?
 普通の恋愛相談かと思いきや、傘寿に負けない難題だった。男子の方から日取りを決めてこない、それは婚姻する意志が向こうにないということだ。ここでの婚約が何を意味するか分からないが、初めて聞いた志瑞也でもそう思ってしまう。
「どっどういうこと? 柊虎はおっ男が好きなのか?」
「恐らく…」
「そっそれなのに葵ちゃんと婚約なんかしてっ、それにこんなに待たせるなんて、なんて奴だっ! そいつ付き合っている男がいるのか?」
「ふふふ神族は長生きですから心配ありませんわ、それに婚約をすれば、他の者とは遊びでも禁止されています。そうですね……以前同世代に、黄怜という男子がいました」
 志瑞也は早速嫌な予感がした。
「黄怜はかなりの美男子で、女子の私ですら羨ましく感じてましたのよ。柊虎はいつも黄怜を気にかけ、柊虎の黄怜を見る眼差しはとても優しく、決して友を見るような目では…」
 葵は軽く顔を横に振る。
「黄怜が病気で亡くなった後は、かなり落ち込んでいました。暫くして私とは、親同士の間で婚約が決まりましたが、この婚約は柊虎の意志ではないのです……」
 葵は柊虎をずっと見つめてきた。だが、柊虎は葵ではなく黄怜を見つめていた。柊虎は葵が気付いていたことを、知っているのか知らないのか、願わくば柊虎の意志で婚約を望む葵の一途さに、志瑞也は切なくなる。
「葵ちゃんは、柊虎のことが大好きなんだね」
 今にも泣きそうに見える葵は、何も言わず儚げに微笑む。
「蒼万はこの事知っているの?」
「恐らく…兄上は私の気持ちに気付いているかと。だからこそ、柊虎ををあまり良く思ってないのです…」
「蒼万のあの性格なら、そうなるよな……」
 葵の気持ちを知っていて〝全て話して構わない〟とはどういうことなのか。それとも、それを知る葵の気持ちを、蒼万は予想しているのか。少なくとも、蒼万は葵を信頼している。
 志瑞也は葵に話を切り出した。
「葵ちゃん、実はその黄怜の生まれ変わりが…俺なんだ」
「…えっ? そっそれはどういうことですの?」
 葵の大きな目が更に開く。
「葵ちゃんは俺がここの者じゃないことは、もう気付いているんだろ?」
 志瑞也は知っている全てを葵に話した。

「それは本当なんですの? しっ…しかし霊魂での転生は、性別も同じはずでは?」
「そうなの? 蒼万は何も言ってなかったけど、俺も黄怜のことはまだ分からないんだ、死ぬ前に霊魂を取り出して何かしたみたいだけど、その黄怜の霊魂がここ」
 志瑞也が自分の心臓をトントンと指で差す。
「にあるんだってさ、これが証拠らしいよ」
 首に着けたまま勾玉を取り出して葵に見せると、葵は椅子から立ち上がり、志瑞也に近付き勾玉に触れる。
「やっやはりこれは黄怜の、見間違いではなかったのですね? ではっ、では本当に黄怜なのですね?」
 葵は勾玉に釘付けになっていた。
「うん、流石葵ちゃんは気付いていたんだね、蒼万が葵ちゃんには全部話していいって、だかっ」
「ならば柊虎はっ、柊虎はっ黄怜が女子と知っていたのでしょうか? きっ黄怜はっ柊虎を慕っていたのですか?」
 葵の縋るような瞳と言葉は、黄怜に対してだ。志瑞也はなんとなく、蒼万の意図が分かった。
「黄怜がどうだったかは、今の俺では分からないんだ、ごめんね。でも葵ちゃん、一度柊虎とちゃんと話し合った方がいいんじゃないかな? 待っているだけじゃ、相手の気持ち分かんないだろ?」
 志瑞也はうつむく葵の肩に軽く手を置き宥めた。
 取り乱すほど好きな相手がいる。自分はまだそう想える相手がいない。今聞いた事実よりも、柊虎のことを想う葵が、羨ましいと志瑞也は思った。
「…その通りですわね、私志瑞也さんに失礼なこと言ってしまったわ、ごめんなさい…」
「葵ちゃんは優しいね」
「私なんて独りよがりですわ、ふふふ 相手を想う優しさでは、兄上には敵わないですのよ」
「いやいや、葵ちゃんの方が絶対優しいよアハハハ」
「志瑞也さんは兄上が優しいとは、思わないのですか?」
 志瑞也は部屋での蒼万を思い出す。それに、葵への蒼万の気持ちも含めると、分かりにくい男だと可笑しくなる。
「最初より少しはそう思うよアハハ」
「あら? ここにいらした最初の頃から、志瑞也さんに気遣っていたと聞いていますが?」
「えっ? 最初の頃?」
 葵は閃き笑顔で話す。
「てっきりご存じかと、毎夜眠れず庭園を散策されている志瑞也さんの後を、付いて見守っていたと、沙羅から聞いていませんの?」
「俺そんな話、聞いてない…」
 葵は辺りを見渡した後、誰もいないのを確認して言う。
「それと沙羅が言うには、最近の兄上の睡眠不足は、毎夜魘されている志瑞也さんに、眠れるよう付き添っているからなのではないかって、ふふふ」
「そっそんなこと、俺知らないっ…」
 突然の内容に志瑞也は動揺する。
「志瑞也さん、少し散策でもしながら、兄上のお話聞いて下さる?」
「うん…」
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