天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第二章 竜胆

辛い自尊心

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 葵は庭園を散策しながら、兄蒼万について語り始める。
「兄上が生まれて三年後に私が生まれました。母上は生まれたばかりの私に付きっきりで、兄上は母上を取られた気がしたのでしょう。悪戯や騒ぎを起こして、母上を困らせていたそうです」
「ぷっあの蒼万が? あいつもそういう時期あったんだな」
 志瑞也は想像しただけで可笑しくなった。
 葵も一緒に微笑んで続きを語る。
「兄上は産まれた時から神力が高く『他神家に勝る神力だ、将来有望だ、蒼龍家から武神が生まれたぞ』と皆が喜び褒め称え、兄上もそう信じ育ってきたと思います。途中までは…」
「途中まで…?」
「通常神獣は付く者の中にいて、主人の意志で現れます。兄上が四つの時、駄々を捏ねるのを見かねた父上が、皆の前で兄上を叱りつけました。その時青龍が暴走して、父上や祖父上の神獣にも咬み付き、更には殿を壊し分家の者達を傷つけてしまいました。一度暴走した神獣は、抑えられる程の神力でないとどうにもなりません。しかし当時の兄上ではどうにもできず、青龍を抑えるため駆けつけた傍系の神獣にも威嚇してしまい、大変な騒ぎだったそうです」
「……」
 志瑞也は険しい顔で黙る。
「神獣の強さは付く者の強さを表します。しかし青龍の強さは予想以上で、兄上の幽閉の話が持ち上がったそうです。大昔に幽閉された者が居たそうですが、その方がどうなったかは分かりません… 父上はそれだけは避けたいと、同家を納得させるため、封印の腕輪を着けさせたそうです。当時のこの事は、蒼龍家の上の者達しか知りません。他の神家に漏れないよう、祖父上が手を尽くしたと聞いております。腕輪は兄上の神力を抑えることで青龍を封印します。神力の象徴である神獣を、わざわざ隠す者などいません… 同世代の神家の子達からは神獣が付いてない、神獣が見えないぐらい神力が低いと鼻で笑われたりもしました…」
「そんなの、蒼万のせいじゃない!」
「私もそう思いますが、兄上はそうは思っておりせん。もちろん神獣にも性格はありますが、過去の騒ぎのように、付く者の精神状態にも大きく左右されるのです。青龍を抑えられるようになるまで、兄上は徹底した厳しい教育の中で自制心を鍛えさせられました。本来十二迄は両親と共に殿で過ごせますが、ここ蒼万殿に早くから一人で入ることも、兄上が自ら望んだそうです。沙羅はその時から兄上に仕えているので、私よりも兄上のことが分かるのです。元々自尊心が高かったのが裏目にでたのでしょう…自分の傲慢さが起こした事だと、深く傷付いたのかもしれません…」
「それって、蒼万は幾つの時?」
「五つだったと、母上から聞いております…」
「五才か…」
 志瑞也は五つの時に、一枝に引き取られたのを思い出した。泣き虫で甘えん坊で、両親に会いたいと駄々をこねていた。五つとはそれぐらい幼いのだ。
「母上がいうには、兄上はそれから駄々を捏ねることもなくなり、あまり感情を表に出さなくなったそうです。必要なこと以外は話しません。蒼龍家の神獣は本家の男子にしかつきません… 同じ血族でも、私には兄上の辛さは量ることはできないのです…」
 言いながら、葵は声を振るわせた。
「あいつ凄いな…」
 蒼万から腕輪の事は聞いたことがなかった。いや、聞こうとしなかった。他の神家の者達も同じように、普段は腕輪で神獣を隠していると思っていた。今までの蒼万の言動は、単に傲慢な性格だからと思っていたが、時折見せる伴わない部分がやっと腑に落ちた。
「ですから兄上があのように笑った姿は、青龍よりも珍しいのですよ、ふふふ」
 本人のいない所で過去を知るのはずるい気がしたが、葵が教えてくれなければ、志瑞也から蒼万に聞くことはなかった。それどころか、蒼万の自室で癇癪を起こし、蒼万に慰めてもらい、それはあまりにも幼稚で恥ずかしく、情けない。思い返せば、これまで黄怜のことも知ろうとせず、どこか他人事のように捉えていた。本当はもう、自分の中の黄怜の存在に気付いているが、気付かないふりをしてたのだ。
(葵ちゃん、俺の方が独りよがりだよ…)
「俺も今度、蒼万とちゃんと話してみるよ。だから葵ちゃんも、一緒に頑張ろうな」
「はい」
 志瑞也がそう言って微笑むと、葵も微笑んだ。

 途中で遭遇したモモ爺達と傘寿を葵に紹介し、庭園を皆で散策する。
「志瑞也キャラメルおくれ」
「志瑞也わしにもキャラメルおくれ」
「わかったよ、ほら」
 相変わらずの二匹だと、志瑞也は笑いながらあげる。
「葵ちゃんもキャラメル食べる?」
「はい」
 葵にキャラメルを一つあげる。
「これが青龍を手懐けたお菓子ですのね、ありがとうございます。あら? 傘寿さんはキャラメルはお食べにならないの?」
「わわ私は霊なのでぇ、おお腹はす空かないのでです」
 傘寿がもじもじしながら答える。
「まあ、そうなんですのね、ふふふ」
「えっ? 神族でも知らないことってあるんだ!」
 志瑞也は驚いて葵の方を振り向く。
「志瑞也さんっ危ない!」
「えっ? うわっ!」
 池の縁に気付かず躓き転んでしまう。
「痛ってぇ、池に落ちるとこだったよ、葵ちゃんありがとう」
「志瑞也さん腕怪我されていますわっ、直ぐ手当をっ」
 志瑞也は腕を擦りむき、傷口からは血が滲み出していた。
「こんなの舐めときゃ大丈夫アハハハ」
「そこはどうやって舐めるんじゃ?」
「そこはどうやっても舐められんじゃろ」
 ……。
「お前達うるさい」
「沙羅、沙羅? いないのかしら、志瑞也さんお待ちになってね、皆さんも一緒に誰か呼んできてもらえるかしら?」
 葵は志瑞也を椅子に座らせ、モモ爺達と傘寿を連れて、沙羅や他の侍女達を探しに行く。
 志瑞也は椅子に座りながら、蒼万のことを考えた。育ち方、環境、責任、背負ってる物が自分とは全く違う。同じ男として敵わないと感じた。
(そういえば、蒼万に好きな人はいるのか? あれだけの容姿なら、寄ってくる女も多いだろうな……でも性格がな、それとも意外と女には優しいのか?)
 蒼万が女子を口説くのが全く想像できず、いつか蒼万と友のように、自分の数少ない恋愛話ができればと思いながら「クスクス」と笑う。

 ガシャーンッ!

 急に突風が吹き茶菓子が飛ばされ机が倒れた。
「うわっ、びっくりした………っ、なっ何だあれ?」
 見上げた空には、烏の大群が怪しげに鳴きながら集まっているではないか。その数は庭園を覆い尽くす勢いで増え、やがて一つの黒い塊になり「ドスンッ」と落ちてきた。
「血の匂いがするぞぉぉぉお……いひっひっ見つけたあぁぁぁあ……」
 全身の毛が逆立つような毒々しい声、不揃いの牙の間から涎を垂らし、大きな目玉でギョロッと志瑞也を睨みつける。
「うっ、ゔあぁぁぁぁぁあ──ッ!」
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