天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第四章 七変化

無邪気な別れ

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志寅しとら、そこの丸太を向こうに運んでくれ。よし、その次はそこの岩だ」
「ガルルゥ」
 案内された場所では一人の男子と白虎が、丸太や岩や崩れた家屋を片付けていた。その男子は白虎の刺繍が入った白虎模様の衣と帯を着け、黒の長髪を半分後ろで高く結び、前髪を左側に垂らし、きりっとした太眉の凛々しい顔立ちをしていた。
 志瑞也はここ最近の青龍や妖魔によって、神獣を見ても怖がらなくなっている事に気付いた。
「見えるようだな?」
「うん、人間って慣れるもんだな」
「お前は人間ではない」
「…そうだったな」
 蒼万が横目で志瑞也を見て言う。
「あいつが柊虎だ」
「柊虎って… かっこいいな」
 蒼万の眉がぴくりと動く。
 弓弦父が柊虎に近付く。
「柊虎様、蒼万様が到着いたしました」
(お、こっちに気付いた)
 柊虎が作業の手を止め近付いてきた。
「久し振りだな蒼万」
「遅くなってすまない」
「気にするな、この者は?」
「私の従者だ」
「志瑞也です。宜しくお願いします」
 言いながら軽く頭を下げる志瑞也に、柊虎は額の汗を拭いながら笑う。
「…変わった挨拶だなハハハ」
 柊虎の眩しく爽やかな笑顔に、葵が惚れるのも無理はないと思いながら横目で蒼万を見るも、この男の表情は何一つ変わらない。
「状況は?」
「ここは丸太の片付けと、向こうの土砂を片付ければ終わりだな。亡骸の弔いは最後だ」
 志瑞也は希望が打ちのめされ、声を振るわせた。
「なっ亡くなった人が…いるんですか?」
 柊虎は気にする様子もなく続けて言う。
「今回の妖魔は数は多いが小物だったから被害は少ない、三領域合わせても五十人程度だろう」
「人が亡くなっているのに、少ない? 五十人程度…?」
 言いながら、志瑞也は自分の右腕を掴む。
「志瑞也」
 蒼万が横目で視線を送り、わずかに顔を横に振る。
「……俺っ、向こう行ってくるっ」
 志瑞也は走りながら涙を拭う。
「不思議な従者だな」
「…柊虎、言葉を選べ」
 蒼万が柊虎を睨む。
 柊虎は蒼万の顔を見て、走って行く志瑞也に視線を向けた。
「事情がありそうだな、まあよい。亡骸の弔いは朱雀家が執り行う。私達もここを片付けたら報告をしに朱雀殿すざくでんに行こう。晟朱せいじゅ様が宴を用意して下さるそうだ」
「わかった」
 蒼万は頷き柊虎と作業を始めた。

 志瑞也は何か手伝おうと辺りを見渡し、丸太を担いでる弓弦父を見つけた。
「おじさん!」
「君か、どうしたんだい?」
「何か俺にも手伝えることはありませんか?」
 弓弦父は志瑞也の体をまじまじと見て尋ねる。
「君…これ持てるかい?」
「はい! 任せて下さいっ」
 弓弦父は担いでいた丸太を、志瑞也の肩に乗せかける。
「手を離すぞっ、いいかい?」
「はっ…はい…あっちょっと待ってっ、うあっ、痛ッ!」
 見た目以上の重さに膝から崩れ尻もちを突き、丸太の下敷きになってしまった。
「ハハハハハ! 君には無理だよ、クククッ」
「ちょっとおじさんっ、笑ってないで助けてよ!」
 足をバタつかせ丸太を叩くその姿は、ひっくり返って起き上がれない亀の様だ。二人のやり取りを見ていた村人達は、可哀想な亀を見て「クスクス」笑いだす。
 弓弦父が笑いながら丸太を軽々と持ち上げる。
「君…」
「俺は志瑞也です!」
 立ち上がりお尻の土を叩く。
 弓弦父はにたにたと笑い肩を震わせながら言う。
「志瑞也は、ちび達と遊んでもらおうかな? クククッ」
「俺ちび達と同じ扱いですか?」
「ぷっ、ハハハハハ!」
 村人達は吹き出して大笑いする。
 遠くから聞こえる笑い声に、蒼万と柊虎は何事かと視線を向ける。
「子供と同じ小さい尻して、男ならもっと鍛えないとなっ」
 弓弦父が「パシッ」と志瑞也のお尻を叩く。
「痛ッ!」

 バキッ
 蒼万が運んでる丸太が真っ二つに折れた。
「蒼万大丈夫か? 丸太が腐っていたのか?」
「……」
 蒼万は黙って丸太を拾う。

「なっ、おじさん何するんだよ! 俺はまだ若いんだぞっ」
 弓弦父は大城を思い出させる。
「だからちび達と同じだって言ったじゃないかハハハハハ 志瑞也は面白い奴だな、なあ皆?」
「ハハハハハハ!」
 災厄で暗い雰囲気だったのが一気に明るくなり、村人達の元気な笑い声が響いた。
「志瑞也は婚姻はしているのか?」
「え? 俺?…まだですアハハ」
(俺の場合結婚できるのか? ん? こっちの世界での男同士ってどうなるんだ? 蒼万のばぁちゃんは嫁にって…俺嫁になるのか?)
「おっ、その顔は好いた女でもいるのか?」
「いやいや、まだいないよっ」
 しまったと顔の前で手を振って誤魔化すが、弓弦父は目を開いて顔を覗き込んできた。
「こりゃあ嘘だな!」
「おじさんっ、おっ俺ちび達と遊んでくるよっ」
「逃げたなハハハ」
 志瑞也は蒼万の唇を思い出し、赤面する前に子供達の所へ向かった。

 志瑞也は子供達と川で水遊びをしていた。
「志瑞兄ちゃーん、こっち来て!」
「おっ、どうした?」
 ドンッ
「うわっ」
 バシャーン!
「お前達っ、大人を揶揄うなっ」
「キャハハハハ」
「ほらっ」
 パシャパシャ
 単純な罠に嵌り、全身ずぶ濡れになりながらやり返す。
「志瑞兄ちゃん!」
「何だ弓弦?」
 弓弦がしゃがみ込んでいる側に寄り、志瑞也もしゃがみ込む。
「お魚さんがいるよ」
「どれ? 本当だ、今日の晩飯は焼き魚だな!」
 ……。
「酷い…」
「うっ冗談だよっ、泣くなよっ」
 思わず口から出た本音に志瑞也は慌てふためく。
 ドンッ
「うわっ、またっ」
 バシャーン!
「お前達っ覚悟しろよ!」
「キャハハハハ」
 何も考えないで話すのは、とても気楽でなんて楽しいのだろう。元気な子供達と遊んでいる内に、いつの間にか夢中になって遊んでいた。
 そこへ蒼万が近付く。
「志瑞也作業は終わった、着替えてこい」
「わかった、お疲れ様」
 蒼万は頷く。
「お前達! 俺そろそろ行かないといけないから遊びはお終いだぞ、皆もお父さんやお母さんの所へ帰るんだ」
 志瑞也との遊びが余程楽しかったのか、皆膨れっ面で駄々を捏ね始める。子供達の素直な感情に嬉しくなるも、作業を終えた親達が迎えに来ると、皆一目散に親元へ駆けて行った。
 志瑞也はその光景を眺める。
(アハハハ、やっぱり親には敵わないな)
 ふと足下を見ると、弓弦が上目遣いで志瑞也を見ていた。志瑞也はしゃがんで、弓弦と目線を合わせて言う。
「どうしたんだ弓弦? お前のお父さんとお母さんも迎えに来ているぞ、さあ帰るんだ」
「志瑞兄ちゃんには、今度いつ会える?」
 痛い所を突かれた。
 子供達に当たり前のように「また・・遊ぼう」とは言えなかった。次がいつ来るか分からない、次は自分ではないかもしれない。それでも嘘はつきたくなくて、期待させる言葉はかけられなかったのだ。
「俺にもそれは分からないんだ、ごめんな弓弦…」
 蒼万は黙って聞いていた。
 弓弦が微笑んで言う。
「僕志瑞兄ちゃん大好きだよ、だから大きくなったら、僕が会いに行くね」
 今日一日で一番嬉しくて泣きそうになる。
「ありがとう… 俺も弓弦が大好きだよ」
 弓弦に微笑み涙を堪えた。
 待っているとも言えず、志瑞也にとって精一杯の返事だ。
「ちゅっ、志瑞兄ちゃんまたね」
 …ん?
 弓弦は走って両親の元へ戻り、二人が志瑞也に軽く頭を下げる。弓弦父は志瑞也を見ながら太腿を叩いて大笑いし、弓弦母は何やらすまなさそうに苦笑いして、二度志瑞也に頭を下げて去って行った。
「……俺今、弓弦にキスされた? 俺のファーストキス?」
 志瑞也の目の前に二本脚が現れる。見上げると、蒼万が腕を組み見下ろしていた。
「何で怒ってるんだ?」
「二度言わせるなっ」
「あっ、ごめんっ」
 待たせ過ぎたと思い、慌てて川から飛び出して林の中で着替えた。
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