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第五章 彼岸花
長年の沈黙
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黄虎が玄龍殿に着くと、千玄が丁度門に出ていた。
「千玄!」
「黄虎様…」
朱翔の言った通り黄虎がいたことに少し驚いたが、千玄は何事もない素振りで黄虎を案内する。
「玄華様、黄虎様をお連れしました」
「お入りになって」
戸が開くなり朱翔が不満をぶつける。
「なんだよ黄虎、来るの早いよ」
「黄虎、ご苦労様でした。お掛けになって」
黄虎は先に玄華に会釈してから腰掛けた。
「お前が来る間に玄華様を口説いていてさ、後もう少しの所でお前が来たんだよハハハ」
黄虎が朱翔を睨みながら言う。
「お前は、玄葉一筋ではなかったのか?」
「玄葉は心が広いから、相手が玄華様なら許すよハハハ」
「あら、玄葉は怒ったら一番怖いのよ」
黄虎がほらみろと、片方の口角を上げながら横目で朱翔を見る。
「…あっあの玄華様っ、今のはふざけていただけでしてっ、玄葉にはくれぐれも…」
「私も揶揄っただけですよ」
玄華は笑いながら言うが、朱翔はおどおどして本当に焦っていた。
黄虎は目線を戻し尋ねる。
「伯母上、文は読まれましたか?」
「えぇ、以前から千玄と里帰りを考えてましたのよ、この機会に出れると思うわ」
何事もない様子の玄華に黄虎は尋ねる。
「伯母上、文の差出人は柊虎ですが…お気になりませんか?」
「女宿で話がしたいとだけ… 書いてあるので…」
いつになく真剣な眼差しの黄虎に、玄華は言葉を詰まらせた。
「伯母上、一つ確認したいことがあります」
「改まって…どうしたの?」
「伯母上は、蒼万の本当の神力をご存じですか?」
玄華はあまりにも直球過ぎる内容に驚くが、取り繕わないのが黄虎らしい。だが、黄虎の問いに何の意図があるか分からない。下手な誤魔化しは無意味だが、慎重に答えることにした。
「えぇ…」
「それは黄怜が亡くなった時ですか?」
「いいえ…」
「いつからですか?」
「……」
玄華は視線を下に向けて黙る。
困らせるつもりはなかったが、知っているならばと、黄虎は別のことを尋ねる。
「では蒼万の神獣は…見たことはありますか?」
朱翔は黙って聞いていた。
「いいえ…あなたは?」
「……一度だけ、黄怜が亡くなった時です。あの時の事実は、蒼万から聞いているかもしれませんが…伯母上にはいつか……いえ、必ず私の口から、お話しするべきだと…今までお伝えせず、申し訳なかったと思っております……」
声を震わせて、黄虎は玄華に深々と頭を下げる。
玄華は立ち上がり、黄虎の側にしゃがんで頭を上げさせた。黄虎の膝に置かれた手は力強く握られ、玄華はその手にそっと手を添え、手の力を緩ませた。
黄虎は涙を堪え玄華の目を見て話す。
「お…伯母上、妖魔を退治したのは……わ…私ではありません… 当時近くにいた蒼万が駆けつけ、青龍を出し妖魔を退治しました… 蒼万には『お前が退治したことにしろ、来たことは誰にも言うな』と言われました。それから蒼万と私は、今まで互いにあの日の事に触れたことはありません… 今回柊虎から、蒼万も加わると聞いて…もしやっ伯母上が初めから蒼万にっ、事の追及を指示したのかと思いましたっ しかしそれならばっ… 黄怜の死後、直ぐに動かれていてたはずです……」
事実を打ち明けるまで、二十三年間内に秘めて苦しんできたのだろう。その胸中を思うと、自分にも非があると玄華は感じた。実際妖魔を退治したのは黄虎ではなく、蒼万だと思ってもいた。いつか黄虎と話そうとしたこともあるが、当時は黄虎を責めてしまいそうで言えなかったのだ。その内時が経つと気遣う黄虎に対し、玄華から話を切り出せなくなってしまっていたのだ。
玄華は重い口を開く。
「蒼万は近くにいただけで、妖魔はあなたが退治したと、黄怜を青龍湖に連れて行ったけど手遅れだったと、通常の妖魔と違い様子がおかしかったと言っていたわ… 黄虎、話してくれてありがとう。あなたに長い間……辛い思いをさせてしまったわね…」
玄華の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「い…いいえ伯母上… 私はあまりにも臆病で、自分のことしか考えられず… 追及するのを怖れていました、しかし蒼万ならっ、蒼万なら、必ず事を明確にしてくれます…」
黄虎の眼差しは涙目ながらも、玄華から目を逸らさずしっかりと見つめていた。
「蒼万の神力を知っていた事は今は話せませんが、あの時蒼万は『真実を追及するべきだ』と言ったの、でも私が怖くて『黙っていてほしい』とお願いしたの、恐らくこの文は自分も加わっていると知らせる為、蒼万が自分で書くと言ったはずよ。蒼万ならきっと、そうしてくれると私も信じているわ、あなたは何も悪くないのよ。だから絶対無茶なことはしないで… 黄怜は本当にあなたを大切にしていたわ… あなたまで失ったら、私は耐えられないわ…… あなたはとても優しくて、思いやりがあって…悲しみ方も、独りで抱える苦しみ方も… 黄怜にそっくりよ…だから、お願いよ…約束して…」
玄華は涙で頬を濡らしながら、黄虎を見つめ手を握る。その眼差しは、我が子を思う母にしか見えなかった。
「伯母上…」
黄虎は玄華の手を握り返し頷く。
「黄虎っこんな綺麗な人泣かすなんてっ……て、お前も泣いてるじゃないかっ」
「なっ泣いてないっ、うるさいっ、見るなっ!」
黄虎は鼻を啜り、恥ずかしそうに涙を拭った。揶揄ったつもりの朱翔も、思わず泣きそうになる程玄華の思いが伝わった。
黄虎が尋ねる。
「いつ頃お発ちになられますか?」
「明日義母上と黄理にもお話してからになるから、ニ日後になると思うわ」
「わかりました。朱翔から話は聞いていると思いますが、私と朱翔は三日後に北宮へ向かいます。先程父上と祖母上からも許可をいただきました」
玄華は敢えて朱翔と目を合わさずに微笑む。
「ええ、色々学びたいと朱翔から聞きました。南宮から戻ったら『婚約の話を進めたい』と美虎が言っていましたが、想い合っているのなら、あまり女子を待たせてはいけませんよ」
「はい、父上にも帰ってきたら、必ず話を進めると約束しました」
黄虎は言いながら少し照れた。
「ゆっくり休まれてから北宮へはいらしてね、柊虎にはどう通知されるの?」
「それは私にお任せください。玄華様の文を、私の雲雀が柊虎の元へお届けいたします」
「わかったわ、少しお待ちになってね」
千玄が机に文の用意をして、玄華は椅子に戻り書き始めた。
「文には玄枝様も一緒にとあるけど、義母上は長旅が身体の負担になるので、私だけ参りますね」
黄虎が言う。
「はい、そのようにお書き下さい」
玄華はふと気付いた。本当は柊虎から蒼万を誘ったのではなく、蒼万が柊虎に事実を話し加わったのだと。
「柊虎と黄怜は仲が良かったの?」
朱翔はいくら黄怜が美男子でも、柊虎に男色の気がないことは知っていた。恐らく、柊虎は黄怜が女子だと知っていたのだろう。だが、黄虎はその事実を知らない、黄虎がどう反応するか楽しみで朱翔は敢えて黙る。
「あっ、そっそうですねっ、ふっ二人は仲が良くて、いつも一緒に居ましたハハッ そうだったよなあ、朱翔っ?」
予想通り慌てふためく黄虎を見て、朱翔は笑いながら言う。
「柊虎は黄怜を慕っていたのですハハハ」
え?
「お前っ」
ボトッ…
「玄華様っ墨がっ…」
玄華は動揺しながらも、なんとか文を書き直し朱翔に渡した。受け取る際に朱翔は片目をぱちんと閉じ、玄華はその意図が分からないまま、首を傾げて微笑んだ。
「千玄!」
「黄虎様…」
朱翔の言った通り黄虎がいたことに少し驚いたが、千玄は何事もない素振りで黄虎を案内する。
「玄華様、黄虎様をお連れしました」
「お入りになって」
戸が開くなり朱翔が不満をぶつける。
「なんだよ黄虎、来るの早いよ」
「黄虎、ご苦労様でした。お掛けになって」
黄虎は先に玄華に会釈してから腰掛けた。
「お前が来る間に玄華様を口説いていてさ、後もう少しの所でお前が来たんだよハハハ」
黄虎が朱翔を睨みながら言う。
「お前は、玄葉一筋ではなかったのか?」
「玄葉は心が広いから、相手が玄華様なら許すよハハハ」
「あら、玄葉は怒ったら一番怖いのよ」
黄虎がほらみろと、片方の口角を上げながら横目で朱翔を見る。
「…あっあの玄華様っ、今のはふざけていただけでしてっ、玄葉にはくれぐれも…」
「私も揶揄っただけですよ」
玄華は笑いながら言うが、朱翔はおどおどして本当に焦っていた。
黄虎は目線を戻し尋ねる。
「伯母上、文は読まれましたか?」
「えぇ、以前から千玄と里帰りを考えてましたのよ、この機会に出れると思うわ」
何事もない様子の玄華に黄虎は尋ねる。
「伯母上、文の差出人は柊虎ですが…お気になりませんか?」
「女宿で話がしたいとだけ… 書いてあるので…」
いつになく真剣な眼差しの黄虎に、玄華は言葉を詰まらせた。
「伯母上、一つ確認したいことがあります」
「改まって…どうしたの?」
「伯母上は、蒼万の本当の神力をご存じですか?」
玄華はあまりにも直球過ぎる内容に驚くが、取り繕わないのが黄虎らしい。だが、黄虎の問いに何の意図があるか分からない。下手な誤魔化しは無意味だが、慎重に答えることにした。
「えぇ…」
「それは黄怜が亡くなった時ですか?」
「いいえ…」
「いつからですか?」
「……」
玄華は視線を下に向けて黙る。
困らせるつもりはなかったが、知っているならばと、黄虎は別のことを尋ねる。
「では蒼万の神獣は…見たことはありますか?」
朱翔は黙って聞いていた。
「いいえ…あなたは?」
「……一度だけ、黄怜が亡くなった時です。あの時の事実は、蒼万から聞いているかもしれませんが…伯母上にはいつか……いえ、必ず私の口から、お話しするべきだと…今までお伝えせず、申し訳なかったと思っております……」
声を震わせて、黄虎は玄華に深々と頭を下げる。
玄華は立ち上がり、黄虎の側にしゃがんで頭を上げさせた。黄虎の膝に置かれた手は力強く握られ、玄華はその手にそっと手を添え、手の力を緩ませた。
黄虎は涙を堪え玄華の目を見て話す。
「お…伯母上、妖魔を退治したのは……わ…私ではありません… 当時近くにいた蒼万が駆けつけ、青龍を出し妖魔を退治しました… 蒼万には『お前が退治したことにしろ、来たことは誰にも言うな』と言われました。それから蒼万と私は、今まで互いにあの日の事に触れたことはありません… 今回柊虎から、蒼万も加わると聞いて…もしやっ伯母上が初めから蒼万にっ、事の追及を指示したのかと思いましたっ しかしそれならばっ… 黄怜の死後、直ぐに動かれていてたはずです……」
事実を打ち明けるまで、二十三年間内に秘めて苦しんできたのだろう。その胸中を思うと、自分にも非があると玄華は感じた。実際妖魔を退治したのは黄虎ではなく、蒼万だと思ってもいた。いつか黄虎と話そうとしたこともあるが、当時は黄虎を責めてしまいそうで言えなかったのだ。その内時が経つと気遣う黄虎に対し、玄華から話を切り出せなくなってしまっていたのだ。
玄華は重い口を開く。
「蒼万は近くにいただけで、妖魔はあなたが退治したと、黄怜を青龍湖に連れて行ったけど手遅れだったと、通常の妖魔と違い様子がおかしかったと言っていたわ… 黄虎、話してくれてありがとう。あなたに長い間……辛い思いをさせてしまったわね…」
玄華の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「い…いいえ伯母上… 私はあまりにも臆病で、自分のことしか考えられず… 追及するのを怖れていました、しかし蒼万ならっ、蒼万なら、必ず事を明確にしてくれます…」
黄虎の眼差しは涙目ながらも、玄華から目を逸らさずしっかりと見つめていた。
「蒼万の神力を知っていた事は今は話せませんが、あの時蒼万は『真実を追及するべきだ』と言ったの、でも私が怖くて『黙っていてほしい』とお願いしたの、恐らくこの文は自分も加わっていると知らせる為、蒼万が自分で書くと言ったはずよ。蒼万ならきっと、そうしてくれると私も信じているわ、あなたは何も悪くないのよ。だから絶対無茶なことはしないで… 黄怜は本当にあなたを大切にしていたわ… あなたまで失ったら、私は耐えられないわ…… あなたはとても優しくて、思いやりがあって…悲しみ方も、独りで抱える苦しみ方も… 黄怜にそっくりよ…だから、お願いよ…約束して…」
玄華は涙で頬を濡らしながら、黄虎を見つめ手を握る。その眼差しは、我が子を思う母にしか見えなかった。
「伯母上…」
黄虎は玄華の手を握り返し頷く。
「黄虎っこんな綺麗な人泣かすなんてっ……て、お前も泣いてるじゃないかっ」
「なっ泣いてないっ、うるさいっ、見るなっ!」
黄虎は鼻を啜り、恥ずかしそうに涙を拭った。揶揄ったつもりの朱翔も、思わず泣きそうになる程玄華の思いが伝わった。
黄虎が尋ねる。
「いつ頃お発ちになられますか?」
「明日義母上と黄理にもお話してからになるから、ニ日後になると思うわ」
「わかりました。朱翔から話は聞いていると思いますが、私と朱翔は三日後に北宮へ向かいます。先程父上と祖母上からも許可をいただきました」
玄華は敢えて朱翔と目を合わさずに微笑む。
「ええ、色々学びたいと朱翔から聞きました。南宮から戻ったら『婚約の話を進めたい』と美虎が言っていましたが、想い合っているのなら、あまり女子を待たせてはいけませんよ」
「はい、父上にも帰ってきたら、必ず話を進めると約束しました」
黄虎は言いながら少し照れた。
「ゆっくり休まれてから北宮へはいらしてね、柊虎にはどう通知されるの?」
「それは私にお任せください。玄華様の文を、私の雲雀が柊虎の元へお届けいたします」
「わかったわ、少しお待ちになってね」
千玄が机に文の用意をして、玄華は椅子に戻り書き始めた。
「文には玄枝様も一緒にとあるけど、義母上は長旅が身体の負担になるので、私だけ参りますね」
黄虎が言う。
「はい、そのようにお書き下さい」
玄華はふと気付いた。本当は柊虎から蒼万を誘ったのではなく、蒼万が柊虎に事実を話し加わったのだと。
「柊虎と黄怜は仲が良かったの?」
朱翔はいくら黄怜が美男子でも、柊虎に男色の気がないことは知っていた。恐らく、柊虎は黄怜が女子だと知っていたのだろう。だが、黄虎はその事実を知らない、黄虎がどう反応するか楽しみで朱翔は敢えて黙る。
「あっ、そっそうですねっ、ふっ二人は仲が良くて、いつも一緒に居ましたハハッ そうだったよなあ、朱翔っ?」
予想通り慌てふためく黄虎を見て、朱翔は笑いながら言う。
「柊虎は黄怜を慕っていたのですハハハ」
え?
「お前っ」
ボトッ…
「玄華様っ墨がっ…」
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