天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第五章 彼岸花

四つの爪痕

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 黄虎と朱翔は白龍殿を後にし並んで歩いた。
 朱翔が不機嫌に尋ねる。
「黄虎、北宮へ行くってのはどういう了見だ?」
「私は行かない」
「はあ? お前どういう意味だ?」
 朱翔が眉をひそめて立ち止まると、黄虎も立ち止まり振り向いて話す。
「私はここに残る、お前だけ行ってくれ」
「…お前ちゃんと説明しろっ、蒼万みたいだぞっ」
 朱翔のその言葉に黄虎はただ笑う。
 黄虎が歩き出すと、朱翔も鼻息をつき歩き出す。
「私はお前と北宮へ行った振りをする」
 朱翔は片眉を上げる。
「振り?」
「留守と思わせとけば、色々と探り易くなる」
「それで、私だけ行かせる理由は…雲雀ひばりか?」
「あぁ」
「お前はしなくていいって、柊虎に言われてなかったか?」
「あぁ、だが蒼万が居れば大丈夫だ」
「蒼万が? 柊虎じゃなくて? どういう意味だ?」
「お前は『あまり知らない方がいい』のではなかったか? ハハハ」
 今までと違う黄虎の雰囲気に、朱翔はまた立ち止まり体ごと振り向く。
「お前どうしたんだ?」
 黄虎も立ち止まって言う。
「気にするな…蒼万については後から話すよ。ここに残って、私にしかできないことをする」
「そのために残るのか?」
「あぁ、分かり次第お前達に連絡できれば、色々と動き易くなるのではないか?」
 妙に落ち着きのある黄虎の様子に、朱翔は胸騒ぎがした。策を練れない者が落ち着きがある時程、後々良くないことが起きるのだ。
「……わかった、今からお前は九虎様に会いに行くんだろ?」
「あぁ、お前は先に伯母上に会って、これを渡してくれ」
 黄虎が懐から文を一通出して朱翔に渡す。
「私から渡していいのか?」
「あぁ〝読めばわかる〟と伝えてくれ」
「わかった」
 朱翔は頷いて文を懐に入れる。
「伯母上にお会いした後、私もそっちへ参る」
「わかった」
 二人は歩き出し、途中から黄虎は九龍殿くりゅうでんへ、朱翔は玄龍殿げんりゅうでんへと向かった。

 黄虎は九虎の自室の前で、一度深く深呼吸をする。
「祖母上黄虎です、只今戻りました」
「入りなさい」
 黄虎が戸を開け部屋に入る。
「掛けなさい」
 会釈して腰掛けた。
「祖母上、あれから体調はいかがですか?」
「案ずるな、お前の方はどうであった?」
「南宮では無事に責務を終えました」
「では虎春との婚約を、早く進めなさい」
「…その件は先程父上と母上ともお話しましたが、私は数日旅に出ます。戻って来てかっ」
「何を言っているの!」
 九虎が黄虎の言葉を遮り睨むが、黄虎は引かずに声を張り上げる。
「話をお聞き下さい祖母上‼︎」
「なっ?…」
 いつもは縮こまって言うことを聞く黄虎が、珍しく反発したことに九虎は驚く。
「虎春との婚約は私も望んでおりますが、今ではありません。今回外に出て、私は多くを知らなさ過ぎでした。民の事もそうですが、四神家の事も、これからはしっかりと理解せねばなりません」
「そっそんなことは黄理にさせて、あなたは早く子っ」
「それでは遅過ぎるのです!」
 黄虎が初めて九虎の言葉を遮ぎった。
「祖母上のお気持ちは良く存じ上げております。だからこそです… 父上のお身体が元気な内に、しっかり学んで、次期黄龍家の第二宗主として胸を張りたいのです。そのためには、私には経験が足りません。今回朱翔が北宮へ参ると聞き、私も同行することにしました。戻りましたら父上と共に西宮へ参り、婚約の話を進めてきます」
 目を逸らさず真っ直ぐ見詰める黄虎に、九虎は疑問を抱く。
「お前…南宮で何かあったの?」
「何もありません、ただ…    自分から逃げるのを、やめただけです」
 そう言って、黄虎は優しく微笑んだ。
 その表情は、幼い頃自分に懐いていた頃のままだった。いつからこの微笑みを見なくなったのだろうかと、九虎は戸惑う。
「……わっわかりました、帰ってきたら必ずですよ」
「はい。この件で父上や母上を、お責めにならないで下さい」
 九虎は眉間に皺を寄せ、先手を打つ黄虎に不快な顔をする。
「…お前が直接私から許可をもらったのなら、私が二人を叱っても意味はない」
「ありがとうございます。二、三日はおりますので、発つ前に必ずご挨拶に伺います」
 黄虎は席を立ち、九龍殿を後にし玄龍殿へと向かった。途中で立ち止まり、汗ばんだ手の平を広げると、赤い爪跡が四つくっきりついていた。黄虎は初めて九虎に意見を言えたことに、今まで怯えて閉じ籠っていた殼から抜け出せた気がした。だが、長年積み重ねてきた殻は、黄虎でも気付けない程まだ何枚もあったのだ。
「ありがとう…柊虎」
 黄虎は次に向き合うべき相手の元へ、再び歩き出した。

 黄虎が部屋を出て行った後、出立前とは違った様子に九虎は不安を抱く。黄虎はあの日以来、目をまともに合わせたことはない。南宮で誰かに会ったのか、朱翔を連れて来たことに、何か関係があるのだろうか。通常、妖魔は時折現れるぐらいで、領主か統括している神家で事は足りる。応援要請がかかる出没は滅多にない。まるで、黄怜が生まれて暫く続いていた状況と似ている。しかし黄怜は既に死んで、この世には何も残ってはいない。
 妖魔に襲われた者は邪に侵される。黄怜の亡骸は急ぎ黄理の神獣に浄化させ、骨一つ残さず焼き尽くしたが、九虎はそれを見ていない。もしや、黄怜は本当は生きていて、玄枝しずえが隠しているのでは? それを知った黄虎は、だからあの頃のように微笑んだのでは? そう考えると、九虎は胸騒ぎがしてならなかった。
 だが当時を振り返っても、葬式後も黄星おうせいや玄枝、玄華の様子は悲嘆に暮れていた。特に、黄星は隠し事ができる性分ではない。その後の玄枝と玄華も、侍女達の話では隠れて何かを話している様子もなく、玄枝に至っては、お付きの侍女までも故郷へ帰したと聞いた。今までも、何一つ怪しい行動はない。それに、黄虎は婚約の意思表示をした。今回の責務で、第二宗主としての自覚が芽生えただけなのだろう。九虎は馬鹿な考えをしたと、頭を抱え顔を横に振った。
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