天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第五章 彼岸花

独立

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 黄虎こうがが南宮に発って約半月が経ち、九虎ひさこの身体は日毎に発作の回数も増え、時折頭の中に怪しげな声まで聞こえていた。
「ゔッ…はぁはぁ…」
 九虎が胸を押さえ苦しみだす。怪しげな声は〝クルシイノカ?〟と笑いながら問いかける。
「おっ…お前っ… ゔッ…はぁはぁ…」
 顔を皺くちゃに歪め額に汗を垂らす。
「ゔッ…はぁ…はぁ…」
 身体に霊力を流し込むと、怪しげな笑い声は徐々に消えていった。
「はぁ…はぁ…」
 痛みが少しずつ治まり、九虎は手拭いで汗を拭う。
「九虎様」
 戸の外から侍女が声をかけた。
 九虎は呼吸を整えてから返事する。
「…何事か」
「黄虎様が只今南宮から戻られました、朱雀家の朱翔あやと様もご一緒です」
 九虎は訝しむ。
「何故朱翔も?」
「久々に遊びに参られたと聞いております」
「……それで、今黄虎は?」
白龍殿はくりゅうでんに報告と挨拶に行かれております。その後、ご挨拶にこちらに参るとのことです」
「わかった、下がりなさい…」
「はい」
 侍女は戸の前から去って行った。

 朱翔は道中妹朱夏しゅかが、蒼万そうまを酔わせて寝床に連れ込もうとしていた出来事や、蒼万に好いた女子がいるからと婚約を断られ、頭を抱える父朱能しゅのうのことを笑いながら話した。黄虎と蒼万は、黄怜きれんの死後話すことはなかった。「蒼万にも想う人がいたのだな」微笑んで言うと「蒼万は結構変態かもしれないぞハハハハ」楽しそうに笑う。黄虎は「いや蒼万は私達の中で誰よりも芯が強い、きっと相手を大切にするよ。蒼万が慕うのはどんな女だろうな」と言っても「あいつを虜にするぐらいだ、体つきが艶美なのは間違いないハハハハ」怪しげに笑う。黄虎は話にならないと黙った。
 蒼万が今回柊虎ひなとと共に動くと分かり、蒼万ならと期待していた。いつか蒼万ともきちんと話さなければと思いながら、二人は南宮を出て二日目の未の刻に中央宮に着いた。
「父上、母上、只今戻りました」
黄理こうり様、美虎みこ様、お久し振りです」
 黄虎と朱翔は二人に会釈する。
 黄理が頷きながら言う。
「二人共ご苦労であった、掛けなさい」
「はい」二人は椅子に腰掛けた。
 美虎が明るく尋ねる。
「朱翔は立派になられて、もうすぐ婚姻するからかしら?」
「それもありますが、私は元々男前なのですよ。美虎様はご存じでしたでしょ?ハハハ」
「そういう所は相変わらずね」
「美虎様もお変わりない美しさですよ」
 朱翔は恥ずかしげもなく美虎を誉めた。
「ハハハ朱翔は女子を口説くのが上手だな」
「いいえ黄理様、私は玄葉くろは一筋ですから」
 そう言って、朱翔は胸に手を当て微笑む。
 玄葉は玄武家の者だが、他神家の女子と比べても、容姿が秀でた訳でもなく神力霊力共に謎が多い。更に口数も少なくあまり笑わない。朱翔との婚約が決まった時は、皆が家の決め事だと思っていた。だが、後から婚約を申込んだのが朱翔だと分かっても、未だにその理由は誰も知らない。
 黄理が黄虎に言う。
「お前もそろそろ、虎春こはると婚約しても良いのではないか?」
「父上その件ですが…」
 言葉を詰まらせる黄虎に美虎が尋ねる。
「虎春と…何かあったの?」
「いいえ何も… 私も虎春を嫁に貰いたいと、考えております…」
 黄虎が婚姻に対し初めて意見を言った。
「そうか! では早速っ盛虎もりとら様に通達を出そうではないか!」
「ええあなた!」
「お待ち下さいっ」
「…どうしたのだ?」
「今は、お待ち下さい… その時が来れば私が直接、盛虎様にご挨拶に伺いますから…」
 ……。
 ぬか喜びした黄虎の両親は、息子の言葉に理解ができず言葉を失う。
 黄虎は目を泳がせ黙り込む。
「あのっ 黄虎はもう少し、えっと、こっ今回の妖魔退治や民の救済で学ぶ事が多かったようで… そうだろ黄虎? おいっ」
 機転を利かせた朱翔がその場を取り繕った。だが、行きあたりばったりの策のない黄虎の思考に、朱翔は困惑することになる。
「はっはい、最近は一度に大量の妖魔が出る事もなく、今回私自身未熟な部分に気付かされました。ここで暫く休んだ後、朱翔と共に北宮へ参りたいと存じます」
 へ?
「北宮って私はそんな痛ッ…」
 黄虎が机の下で朱翔の足を蹴りつけた。朱翔は「何するんだお前っ」と言わんばかりの顔で黄虎を睨みつけるが、黄虎は目を細め笑って朱翔に言う。
「そうだよな? 朱翔は玄葉に会いに行くのだろ?」
「……」
 黄虎に何の意図があるのか、朱翔は皆目見当もつかない。この顔は、話を合わせろということだろう。
「そっそうなんです。今回みたいな事が起こらないよう、妖魔退治をしながら玄葉に会いに行くって言ったら、黄虎も同行したいって…ハッハハ」
「痛ッ…」
 朱翔は机の下で黄虎の足を踏みつけてやり返す。黄虎は「私はこんなに強く蹴ってないっ」と目で訴えようと朱翔を睨むが、朱翔は完全に黄虎を無視して微笑んでいた。
「そうなのか黄虎?」
「あっはい!」
 黄理が黄虎をじっと見つめる。
「お前本当は…」
 二人はその眼差しに背中に冷や汗を垂らす。
「久々に友に会って、少し遊びたくなったのではないのか?ハハハハ」
 二人はどっと気が抜けた。
「行ってきなさい」
「あなたっ、義母上に何と申し上げるのですかっ?」
「美虎良いではないか、黄龍家は四神家との交流も大事にせねばならない、中央宮に居るだけでは他神家や民の事もわからない、婚姻前にしっかり学ばせようではないかハハハ」
「あなたっ」
「父上っ、ありがとうございます!」
 黄虎は喜んで頭を下げた。
「だが帰って来たら、もう逃げられぬぞっハハハハ」
「はい、もう逃げたりなどしません」
「やはり黄虎っ、今までこの話から逃げてましたの?」
「はっ母上…」
「美虎良いではないかハハハハ」
「もうあなた達はっ」
 嬉しそうな黄理とは別に、美虎は困った顔をした。
 黄虎と朱翔は一先ず安堵し見合わせて頷く。
 黄理が黄虎に尋ねる。
「いつ頃発つ予定だ?」
「二、三日は、体を休めようかと考えております」
 朱翔が微笑んで言う。
「黄理様、中央宮は久々なので、色々観て廻っても宜しいですか?」
「構わぬ、懐かしい思い出もあろう。ゆっくりして行きなさい」
「ありがとうございます」
 朱翔は頭を下げた。
 黄虎は少し手に汗を滲ませながら尋ねる。
「父上、祖母上はお変わりないですか?」
「最近体調が優れぬのか、殿からあまり出てきておられない、私や美虎が行っても帰されるのだ… お前の顔を見れば喜ぶであろう、この後行ってきなさい」
「わかりました、私もそのつもりでした。祖母上の後、伯母上にもご挨拶に参ります」
「義姉上もお前に会えず寂しがっていたよ、そうしてきなさい」
 黄虎と朱翔は二人に頭を下げて部屋を出た。

 美虎が尋ねる。
「あなた本当に宜しいのですか?」
「あぁ…黄虎は黄怜が亡くなってから、自分の気持ちをあまり言わなくなった。元々の性分もあるが、いつも私達に気を遣い何か言いたそうな顔をしている…君も気付いているのだろ?」
「……」
 美虎はうつむき黙る。
「私も早くに宗主になり、黄虎を構ってやれなかったが、幸いあの子には友がいる。婚姻も嫌がってはいないし、好きにさせてみようではないか」
「……」
「どうしたのだ美虎?」
「…いえ、何でもありませんわ」
 美虎は鼻を啜り少し涙ぐみ、黄理は言葉が足りなかったと思い、美虎の肩を抱き寄せる。
「君が黄虎を構っていなかったと言っている意味ではない、君は良く尽くしてくれているよ。母上との間に入り、私や黄虎をいつも庇ってくれている。私は君と婚姻して良かったと思っているよ、私が不甲斐ないせいで、お前には苦労をかける」
 二人の婚姻は九虎が決めたのだ。それでも一生懸命尽くす美虎を、黄理は大切に想っていた。そんな黄理の優しい想いは、美虎に十分伝わっている。だからこそ、美虎は苦しかったのだ。
「あなた… ありがとうございます…」
「よいよい、君もたまには泣きなさい」
 黄理が微笑みながら優しく美虎の涙を拭う。
 美虎はその優しさを失うのが怖かった。恐らくあの日、黄虎は九虎の自室の前で話を聞いていたであろう。あれからずっと何も言ってこない黄虎に対して、いつか追及されるのではと怯えているのだ。九虎が何か企んでいたと知っていても、何をしたのかまでは分からない。誰かを雇い怪我をさせる程度で、まさか本当に黄怜が死ぬとは思わなかったのだ。しかし証拠も何もなく、九虎が本当に手を下したかも不確かだ。
 白虎家の同じ傍系の中でも、九虎の出世は憧れの的。自分が目立たないと知っていた美虎は、黄理の嫁として九虎に選ばれ声を上げて喜んだ。初めの内は九虎に忠実だったが、黄理の優しさに惹かれる内に、美虎はあることに気付いた。自分は九虎に認めたれたから選ばれたのではなく、九虎にとって扱い易い存在だったという事実に。
 事が起きてしまった後では取り返しがつかない、逃れようとしても九虎の言いなりになるしかなかった。事実が明るみになれば黄虎に嫌われ、黄理に幻滅され、この腕を離されてしまう恐怖に日々怯えているのだ。
 美虎は震えながら黄理にしがみつく。
「美虎? 案ずるなハハハ 黄虎が婚姻しても君には私がいる」
 黄理は優しく抱きしめる。
「あなた…」
 美虎は泣きながら心の中で黄理に詫びていた。
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