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第五章 彼岸花
思いやりの心
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玄枝が柔らかい口調で言う。
「黄虎、あなたは黄怜が亡くなってから、一度もここに来ていませんね」
「…はい」
「自分の思いだけで、突き進んではいませんか? 善い面と悪い面、両方を知らなければ、周りを失う事になりますよ」
「…はい」
「あなたは真っ直ぐ過ぎます。朱翔は少し、策を練り過ぎのようですが…」
言いながら、横目でちらっと朱翔を見る。
朱翔は苦笑いを浮かべ、玄枝から玄葉と同じ雰囲気を感じ取った。
「墓所でのあなたの目を見れば、良い話ではないと分かります。ただ話をするだけでは何も変わりません。あなたが私に話す覚悟をしたのなら、私も受け入れる覚悟をします」
「…わかりました」
玄枝は優しく黄虎の肩に手を置く。
「今日はもう遅いので帰りなさい」
「あのっ玄枝様……」
「どうしました?」
黄虎は甘えるような瞳で玄枝を見る。
「話をしながら、覚悟をしていくのは……駄目ですか?」
……。
玄枝は目が点になる。
恐らく玄枝は、この正直者に免疫がないのだろう。ここは扱いに慣れている自分の出番だと、朱翔は頭を掻きむしりながら言う。
「ったくお前はっ、何面白いこと言ってるんだよ。玄枝様は、覚悟を決めてから来いって言ってるのが分からないのか? お陰で気が抜けたじゃないかハハハハ」
「笑うなっ、仕方ないではないかっ 私達は三日後に北宮へ発つのだ、今このまま帰ったら残り二日しかないのだぞっ」
そう言って、黄虎は口を尖らす。
「あ、そうだったハハハハ」
「北宮へ?」
「はい、伯母上も二日後に向かわれます。恐らくその件で明日、玄枝様の殿へ行かれるかと」
玄枝は、事が思っているよりも進み出していると気付き、玄一に目配せして頷く。
「わかりました、では中で話しましょう」
四人は、一番大きい客室だった部屋に入る。
床の埃を払い蝋燭に灯りをつけ、上座に玄枝、戸を背に黄虎と朱翔は座り、玄一は戸の近くに正座した。先に黄虎が九虎との出来事、南宮からの事の経緯や文の内容を全て話した。いつの間にか九虎の話をしても、黄虎は震えなくなっていた。
「柊虎は他にも何か知っているようですが、私が苦しむだけだから関わるなと… 私が臆病なばかりに…」
玄枝は微笑みながら言う。
「それで良いのですよ黄虎」
「どういう意味ですか?」
「皆あなたの素直な弱さに、あなたを守りたくて強くなるのです。強過ぎては人は付いて来ません。むしろ相手の痛みに寄り添える者に、人は惹かれるのです」
そう言って、玄枝は朱翔に軽く視線を向け、朱翔は苦笑いした。
「あなたは強くなろうとせず、自分の弱さを受け入れるだけで良いのです。わかりますか?」
「…少し難しいです」
玄枝は優しく微笑む。
あまりにも動じない玄枝の様子から、黄虎はもしや既に知っていたのではと尋ねる。
「玄枝様は、祖母上の話しを聞いても驚かれないのですか?」
「十分驚いてまいすよ… それと同時に、そこまで九虎を追い詰めていたかと思うと、気付いてやれなかったことに悔やんでいます」
黄虎と朱翔は〝受け入れる覚悟〟の奥深さを知った。
「玄華に九虎との事は話しました?」
黄虎は伏し目がちに顔を横に振る。
「いいえ、話せませんでした…」
玄枝はわずかに朱翔に視線を向けるも、朱翔はそれを予想して黄虎を見ていた。
「そう…私から話します。玄華も知る覚悟をするべきです」
「…わかりました、ありがとうございます」
「だとしても、あなた達まで何故北宮へ参るのですか?」
「…本当は行った振りをして朱翔だけ行かせて、私はここに残り祖母上を探ろうと思っておりました……しかし玄枝様と話をしてる内に、その選択が正しいのか分からなくなってきました…」
黄虎の動きたい気持ちは分かるが、あまりにも無計画過ぎる。だが、単に止めてもこの性格は聞かない、玄枝は順番に黄虎、朱翔、そして玄一を見て閃く。
「そうですか……では二人で行った振りをしなさい」
「えっ?」
二人は同時に目を丸くし固まる。
なんて可愛い子達でしょうと思いながらも、玄枝は顔には出さず続きを話す。
「二人の代わりに、玄一ともう一人の侍女玄七を行かせます。二人は行った振りをしてここに残りなさい、私の殿では他の者に見つかってしまうので、ここで寝泊まりしなさい」
玄枝からの思わぬ提案に二人は困惑し、見合わせて首を傾げた。
その顔が面白く、玄枝は吹き出すのを堪えて尋ねる。
「朱翔、黄虎があなただけ行かせるのは、恐らく神獣を使い文での通知が目的では?」
「そうです」
「それだけでは安易です。柊虎と蒼万が共に動くなら、あなた達も離れるべきではありません。一人は危険です。もし朱翔の身に何か起きれば、五神家の調和が乱れ、そして黄虎、あなたに何かあれば、九虎がこれ以上何をするか分かりませんよ」
二人は正直そこまで考えていなかった。確かに、朱翔が加わった事で五神家が揃ってしまった。急に事がとても膨大なものに感じ、自分達は思いだけで進んでいたのだと気付く。
黄虎は頷き玄枝に尋ねる。
「承知しました。しかしここにいては、どのように玄枝様と連絡を取れば宜しいのですか?」
玄枝は二人が納得したことに安堵する。
「先程玄一が、黄怜の自室から出て来たでしょ? あの部屋は、隠し扉があり私の殿に繋がっています」
「そのような通路が?」
「黄星が亡くなって、私が白龍殿から、銀龍殿に移る時に造らせました」
朱翔は眉間に皺を寄せて言う。
「それは先程の場所に、ここが一番近いからですか?」
「そうです…」
黄虎は朱翔と目配せした後尋ねる。
「玄枝様、もう一番お尋ねします。あそこへは、何をされに行かれていたのですか?」
黄虎の目を見て玄枝は答える。
「あそこには、私の最初の子が埋められています」
「さっ……最初の子? おっ伯父上が最初では、ないのですか?」
「しっしかし、墓石も何もありませんでしたっ… 黄龍家の嫡子であれば、亡くなったとしても墓石も大きく、あんな端っこになどっ…」
黄虎は眉間に皺を寄せ、朱翔は語尾を詰まらせた。
玄枝は一呼吸置いて言う。
「……嫡子では、ないからです」
「……」
「……」
困惑する二人に、玄枝は言葉を濁さずに告げる。
「あの子の名は睦黄、嫡女です」
「じょ、女子だったのですか⁉︎」
「そうです…」
「だっだとしてもっ、墓石が無いのはおかしいですっ」
二人の頭は混乱状態だ。
「墓石は義父上が許しませんでした。初めから、存在しない者として処分するために…」
黄虎は目を震わせる。
「……しょ処分? 処分てっ…」
朱翔は険しい顔で尋ねる。
「黄羊様が、ですか…?」
玄枝は頷き、二人の様子を見ながら話す。
「そう、生き埋めにしたのです。産まれて直ぐ女子とわかると『五神家の災いの種になる』と… だから私は、あの子を一度も抱いたことがありません… 毎月行って土の上から触れることしか… 今でもずっと、あの子の産声だけが耳に残っています…」
黄虎は更なる身内の残酷さに顔面蒼白になる。
「うっ産まれたばかりの赤子をっ、そっそのような…くっ…それは、あまりにも酷すぎますっ!」
しかし、朱翔はそこに黄怜の性別を偽った謎を見出した。
玄枝は朱翔の様子の変化に気付く。
「この事を知る者は中央宮に数名はいるでしょう。しかしこのような事に、誰も関わりたい者などいません。ましてや分家の者が口を挟めば、当時の義父上に何をされるか……」
そう言って、玄枝は眉をひそめ顔を横に振る。
黄虎も黄羊の怖さは知っている、秘密を漏らせば何をするのかは一瞬で想像がつく。
玄枝は黄虎の目を見て言う。
「だからこそ、私は二度と同じ事は繰り返させないと決心しました。女子というだけで我が子を奪われるのは、私だけで十分です…」
「…私だけ? 他に誰か…?」
朱翔は黙って聞いていた。
「玄華もそうです」
「伯母上っ? そんな……まっ、まさかっ」
「黄虎、あなたは黄怜が亡くなってから、一度もここに来ていませんね」
「…はい」
「自分の思いだけで、突き進んではいませんか? 善い面と悪い面、両方を知らなければ、周りを失う事になりますよ」
「…はい」
「あなたは真っ直ぐ過ぎます。朱翔は少し、策を練り過ぎのようですが…」
言いながら、横目でちらっと朱翔を見る。
朱翔は苦笑いを浮かべ、玄枝から玄葉と同じ雰囲気を感じ取った。
「墓所でのあなたの目を見れば、良い話ではないと分かります。ただ話をするだけでは何も変わりません。あなたが私に話す覚悟をしたのなら、私も受け入れる覚悟をします」
「…わかりました」
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「今日はもう遅いので帰りなさい」
「あのっ玄枝様……」
「どうしました?」
黄虎は甘えるような瞳で玄枝を見る。
「話をしながら、覚悟をしていくのは……駄目ですか?」
……。
玄枝は目が点になる。
恐らく玄枝は、この正直者に免疫がないのだろう。ここは扱いに慣れている自分の出番だと、朱翔は頭を掻きむしりながら言う。
「ったくお前はっ、何面白いこと言ってるんだよ。玄枝様は、覚悟を決めてから来いって言ってるのが分からないのか? お陰で気が抜けたじゃないかハハハハ」
「笑うなっ、仕方ないではないかっ 私達は三日後に北宮へ発つのだ、今このまま帰ったら残り二日しかないのだぞっ」
そう言って、黄虎は口を尖らす。
「あ、そうだったハハハハ」
「北宮へ?」
「はい、伯母上も二日後に向かわれます。恐らくその件で明日、玄枝様の殿へ行かれるかと」
玄枝は、事が思っているよりも進み出していると気付き、玄一に目配せして頷く。
「わかりました、では中で話しましょう」
四人は、一番大きい客室だった部屋に入る。
床の埃を払い蝋燭に灯りをつけ、上座に玄枝、戸を背に黄虎と朱翔は座り、玄一は戸の近くに正座した。先に黄虎が九虎との出来事、南宮からの事の経緯や文の内容を全て話した。いつの間にか九虎の話をしても、黄虎は震えなくなっていた。
「柊虎は他にも何か知っているようですが、私が苦しむだけだから関わるなと… 私が臆病なばかりに…」
玄枝は微笑みながら言う。
「それで良いのですよ黄虎」
「どういう意味ですか?」
「皆あなたの素直な弱さに、あなたを守りたくて強くなるのです。強過ぎては人は付いて来ません。むしろ相手の痛みに寄り添える者に、人は惹かれるのです」
そう言って、玄枝は朱翔に軽く視線を向け、朱翔は苦笑いした。
「あなたは強くなろうとせず、自分の弱さを受け入れるだけで良いのです。わかりますか?」
「…少し難しいです」
玄枝は優しく微笑む。
あまりにも動じない玄枝の様子から、黄虎はもしや既に知っていたのではと尋ねる。
「玄枝様は、祖母上の話しを聞いても驚かれないのですか?」
「十分驚いてまいすよ… それと同時に、そこまで九虎を追い詰めていたかと思うと、気付いてやれなかったことに悔やんでいます」
黄虎と朱翔は〝受け入れる覚悟〟の奥深さを知った。
「玄華に九虎との事は話しました?」
黄虎は伏し目がちに顔を横に振る。
「いいえ、話せませんでした…」
玄枝はわずかに朱翔に視線を向けるも、朱翔はそれを予想して黄虎を見ていた。
「そう…私から話します。玄華も知る覚悟をするべきです」
「…わかりました、ありがとうございます」
「だとしても、あなた達まで何故北宮へ参るのですか?」
「…本当は行った振りをして朱翔だけ行かせて、私はここに残り祖母上を探ろうと思っておりました……しかし玄枝様と話をしてる内に、その選択が正しいのか分からなくなってきました…」
黄虎の動きたい気持ちは分かるが、あまりにも無計画過ぎる。だが、単に止めてもこの性格は聞かない、玄枝は順番に黄虎、朱翔、そして玄一を見て閃く。
「そうですか……では二人で行った振りをしなさい」
「えっ?」
二人は同時に目を丸くし固まる。
なんて可愛い子達でしょうと思いながらも、玄枝は顔には出さず続きを話す。
「二人の代わりに、玄一ともう一人の侍女玄七を行かせます。二人は行った振りをしてここに残りなさい、私の殿では他の者に見つかってしまうので、ここで寝泊まりしなさい」
玄枝からの思わぬ提案に二人は困惑し、見合わせて首を傾げた。
その顔が面白く、玄枝は吹き出すのを堪えて尋ねる。
「朱翔、黄虎があなただけ行かせるのは、恐らく神獣を使い文での通知が目的では?」
「そうです」
「それだけでは安易です。柊虎と蒼万が共に動くなら、あなた達も離れるべきではありません。一人は危険です。もし朱翔の身に何か起きれば、五神家の調和が乱れ、そして黄虎、あなたに何かあれば、九虎がこれ以上何をするか分かりませんよ」
二人は正直そこまで考えていなかった。確かに、朱翔が加わった事で五神家が揃ってしまった。急に事がとても膨大なものに感じ、自分達は思いだけで進んでいたのだと気付く。
黄虎は頷き玄枝に尋ねる。
「承知しました。しかしここにいては、どのように玄枝様と連絡を取れば宜しいのですか?」
玄枝は二人が納得したことに安堵する。
「先程玄一が、黄怜の自室から出て来たでしょ? あの部屋は、隠し扉があり私の殿に繋がっています」
「そのような通路が?」
「黄星が亡くなって、私が白龍殿から、銀龍殿に移る時に造らせました」
朱翔は眉間に皺を寄せて言う。
「それは先程の場所に、ここが一番近いからですか?」
「そうです…」
黄虎は朱翔と目配せした後尋ねる。
「玄枝様、もう一番お尋ねします。あそこへは、何をされに行かれていたのですか?」
黄虎の目を見て玄枝は答える。
「あそこには、私の最初の子が埋められています」
「さっ……最初の子? おっ伯父上が最初では、ないのですか?」
「しっしかし、墓石も何もありませんでしたっ… 黄龍家の嫡子であれば、亡くなったとしても墓石も大きく、あんな端っこになどっ…」
黄虎は眉間に皺を寄せ、朱翔は語尾を詰まらせた。
玄枝は一呼吸置いて言う。
「……嫡子では、ないからです」
「……」
「……」
困惑する二人に、玄枝は言葉を濁さずに告げる。
「あの子の名は睦黄、嫡女です」
「じょ、女子だったのですか⁉︎」
「そうです…」
「だっだとしてもっ、墓石が無いのはおかしいですっ」
二人の頭は混乱状態だ。
「墓石は義父上が許しませんでした。初めから、存在しない者として処分するために…」
黄虎は目を震わせる。
「……しょ処分? 処分てっ…」
朱翔は険しい顔で尋ねる。
「黄羊様が、ですか…?」
玄枝は頷き、二人の様子を見ながら話す。
「そう、生き埋めにしたのです。産まれて直ぐ女子とわかると『五神家の災いの種になる』と… だから私は、あの子を一度も抱いたことがありません… 毎月行って土の上から触れることしか… 今でもずっと、あの子の産声だけが耳に残っています…」
黄虎は更なる身内の残酷さに顔面蒼白になる。
「うっ産まれたばかりの赤子をっ、そっそのような…くっ…それは、あまりにも酷すぎますっ!」
しかし、朱翔はそこに黄怜の性別を偽った謎を見出した。
玄枝は朱翔の様子の変化に気付く。
「この事を知る者は中央宮に数名はいるでしょう。しかしこのような事に、誰も関わりたい者などいません。ましてや分家の者が口を挟めば、当時の義父上に何をされるか……」
そう言って、玄枝は眉をひそめ顔を横に振る。
黄虎も黄羊の怖さは知っている、秘密を漏らせば何をするのかは一瞬で想像がつく。
玄枝は黄虎の目を見て言う。
「だからこそ、私は二度と同じ事は繰り返させないと決心しました。女子というだけで我が子を奪われるのは、私だけで十分です…」
「…私だけ? 他に誰か…?」
朱翔は黙って聞いていた。
「玄華もそうです」
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