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第六章 寒芍薬
戸惑う想い
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志瑞也と蒼万は、日が暮れる前に女宿に辿り着いた。北宮で過ごした後から蒼万とのぎこちなさが解れ、道中蒼万は観玄や朱音の酒癖、二人の馴れ初めを話した。志瑞也は朱音の言葉を思い出し「蒼万は酒に酔わないのか?」と聞く。余程強い酒なのか「……酔うものもある」間を置いて答え、鼻息をついた。蒼万は朱音が朱子や朱似と友である事、そして黄怜の祖母玄枝と友である事を教えてくれた。蒼万が珍しく色々話してくれるのは嬉しいが、出会った者達と再会できるのかと、志瑞也は複雑な思いを抱えていた。
領主の用意してくれた宿屋で夕餉を待っていると、使いの者が外から声をかけた。
「蒼万様、柊虎様が到着いたしました」
「はい、ありがとうございます」
志瑞也が返事して戸を開ける。
「柊虎!」
「志瑞也六日振りだな、おっ髪束ねたのだな。似合っているぞハハハ」
言いながら、明るい笑顔で志瑞也の頭をなでた。
「柊虎こっちに座って、俺達も今日着いたんだ」
三人は囲炉裏を囲み座る。
「今日? 一日前に出たのなら、こちらへは昨日着いたのではないのか?」
「それがさぁ…」
丁度夕餉も運ばれ、志瑞也は北宮での経緯を食べながら話した。
「酔っ払って倒れた後、俺覚えてなくってさアハハハ」
「そうかハハハ…」
柊虎は囲炉裏を挟んで向かいに座る蒼万を見るも、蒼万は黙々と食べていた。
「志瑞也、また衿元が崩れているぞ」
「えっ、本当?」
柊虎は衿元の後ろに手を伸ばし、正したふりをして何の跡もない首筋を確認する。
「…よし、良いぞ」
「ありがとう」
蒼万が目だけでじろっと見て、柊虎はその視線を拾って言う。
「志瑞也、後から話があるのだが」
「駄目だ」
「私は志瑞也に聞いている」
二人が何やら睨み合っている様子に、志瑞也は慌てて言う。
「おっ俺も、柊虎と話がしたいと思っていたから、丁度良かった…」
「だそうだ蒼万」
「……勝手にしろっ」
蒼万は箸を膳に叩いて立ち上がり、志瑞也が呼んでも振り向かずに外に出て行く。
「二人共南宮で何かあったのか? 友達だろ?」
柊虎は露骨な態度に呆れ鼻息をつき、柔らかい口調で言う。
「あいつは分からないが、少なくとも私は蒼万を友だと思っている。友として忠告しているだけだから、そう案ずるな」
「…わかった、別に今出て行かなくても…」
何を忠告したのだろうか、志瑞也は口を尖らせた。
「話って?」
柊虎が懐から小物袋を出した。
「これは志瑞也のではないか? 中に石のような物が二つ入っていたが」
「あっ、ごめんっ」
志瑞也は荷物入れからもう一つの小物袋を取り出し、柊虎のと交換し自分のを袖に入れる。
「ありがとう」
「それは何だ?」
「これ? 俺も分からないんだけど二匹の石の妖怪の友達がいてさ、南宮に行く時に、自分達だと思って持って行けってくれたんだ」
「妖怪の友がいるのか?」
「後傘寿って霊の友達もいるよアハハ 今度会わせ……」
志瑞也は言いながら言葉を詰まらせ、膳に箸と茶碗を置いた。それを見て柊虎も食べるのをやめ、膳を横に寄せ志瑞也の方に体ごと向けた。
「どうした?」
「俺はあいつらに、二度と会えないかもしれない…」
「何故だ?」
「覚醒したら、俺じゃなくなるかもしれないんだ…」
柊虎は眉を寄せる。
「それは…どういう意味だ?」
「俺の霊魂は元々黄怜のだ、記憶が全て戻った時に、俺はどうなるか分からないんだ…」
言葉にすると苦しくなり、志瑞也は胸元を握った。
「…蒼万はこの事は?」
「蒼万もどうなるか分からないって…」
柊虎は険しい顔で黙り込む。
囲炉裏の炭が「パチ…パチ…」静かに響き、志瑞也はずっと聞きたかったことを尋ねる。
「柊虎は今でも…黄怜のことが好きなのか?」
胡座を組んだ膝に置かれた手がぐっと衣を掴み、柊虎は伏し目がちにゆっくり頷いた。
「葵ちゃんのことは?」
「…葵は、妹のような存在だ」
互いが叶わない想い。〝妹〟とは家族。決して、柊虎は葵を蔑ろにしたりはしない。其々に、どうにもならない事情があるのだ。
「そっか、柊虎も葵ちゃんも、皆苦しいな…」
「…誰か、想い人がいるのか?」
「……」
志瑞也は黙ったまま頷く。
柊虎はもしやと、戸にちらっと視線を流して尋ねる。
「…あいつか?」
「……」
志瑞也は眉をひそめて笑う。
「伝えないのか?」
唇を震わせながら、顔をゆっくり二回横に振る。
「何故だ?」
「お…俺は… 消えるかも…しれないから… 言えない…」
火の揺めきが目元を更に潤ませ、柊虎は堪らず志瑞也の両肩を掴み抱き寄せた。
「柊虎っ? 俺は黄怜じゃないっ」
抵抗する志瑞也を、柊虎は更にきつく抱きしめる。
「分かっているっ、分かっていてこうしているのだっ!」
「……柊虎?」
志瑞也は様子の違う柊虎に戸惑う。
「私は想いを伝えずに失って後悔した。先の事を怖がるよりも、今を大切にするべきだ」
柊虎の言葉は、痛いほど胸に突き刺さる。行き場のない想いを抱え、たった一言、たった一言が伝えられず、長年柊虎は苦しんできたのだ。それこそ、一生が変わってしまうほどに。蒼万とは違う温かさに切なさが込み上げ、柊虎を抱き返した。
「お…俺だって言いたいよっ こんなに好きになるとは思わなかったんだっ 言って駄目ならそれで諦めるよ、でも消えるなら…この気持ちは表に出さない方がいい… 今なら葵ちゃんの柊虎への気持ちも、柊虎の黄怜へ気持ちもよくわかる… だからっ、だからこそ… 言えないんだ……」
柊虎は背中に回された手に胸を熱くさせながらも、志瑞也から離れ肩に手を置き顔を覗き込む。開いた目から大粒の涙を溢れさせ、今直ぐにでも拭ってあげたいが、その役目は自分ではないと分かっている。頬に触れてしまえば止まらなくなる、再び抱きしめれば離せなくなる、柊虎は揺れ動く衝動を抑えた。
バンッ!
戸を激しく開けて蒼万が部屋に戻り、低く沈んだ声で言う。
「話は済んだか?」
「…あぁ、済んだ」
柊虎は志瑞也の肩に置いた手を離し、体の向きを元に戻す。
「志瑞也、何を泣いている」
「なっ何でもないっ、ぐすっ…こっこれからのこと話そうかっ」
志瑞也は慌てて袖で涙を拭い、蒼万は険しい顔のまま、柊虎を睨みながら元の席に座った。
柊虎は蒼万の睨みを無視して話始める。
「文は無事に黄虎から玄華様に渡った。玄華様と侍女の千玄、それと玄枝様の代わりに、玄枝様付次女玄一と玄七が、こちらに向かっていると文を受け取った。出立の日から数えて明日には着くはずだ、既に黄虎は黄怜が女子だったことも知っている。その他にも性別を隠していた理由や、邪術についての内容はこの文の通りだ、そして蒼万、お前の神力の事もだ…」
柊虎は蒼万に文を渡す。
「……わかった、文はどう受け取った?」
「実は…」
柊虎は南宮での事の経緯から、黄虎と朱翔が中央宮に残り、玄枝と色々調べていることを話した。
「すまない、結局は皆を巻き込んでしまった」
「柊虎、色々とありがとう」
柊虎は志瑞也を見て微笑みながら顔を横に振り、蒼万は二人の様子に眉間に皺を寄せて言う。
「あの二人が玄枝様と一緒なら、既に志瑞也のことも聞いているはずだ」
志瑞也は朱翔がどういう者かはわからない。黄虎はきっと、右腕の傷に気付いているはずだ。南宮での柊虎の話を思い出し、無茶な事をしないか気になった。
「そうか… 柊虎、黄虎は色々知ってしまっても大丈夫か?」
「玄枝様と朱翔がいれば大丈夫だ、案ずるな」
柊虎は微笑み、まだ目の赤い志瑞也の頭をなでる。柊虎が言うならと、志瑞也は安堵して微笑んで頷く。
蒼万は目を見開き拳を握りしめて言う。
「……こっちも、観玄様に結界の強い場所を借りた。明日はそこへ行く」
「わかった、ここに来る時にも村人達が妖魔の話をしていた。玄武家の結界なら心配ないだろう」
三人は頷くも、目を合わせない志瑞也に対し、蒼万はぐっと奥歯を噛みしめた。
領主の用意してくれた宿屋で夕餉を待っていると、使いの者が外から声をかけた。
「蒼万様、柊虎様が到着いたしました」
「はい、ありがとうございます」
志瑞也が返事して戸を開ける。
「柊虎!」
「志瑞也六日振りだな、おっ髪束ねたのだな。似合っているぞハハハ」
言いながら、明るい笑顔で志瑞也の頭をなでた。
「柊虎こっちに座って、俺達も今日着いたんだ」
三人は囲炉裏を囲み座る。
「今日? 一日前に出たのなら、こちらへは昨日着いたのではないのか?」
「それがさぁ…」
丁度夕餉も運ばれ、志瑞也は北宮での経緯を食べながら話した。
「酔っ払って倒れた後、俺覚えてなくってさアハハハ」
「そうかハハハ…」
柊虎は囲炉裏を挟んで向かいに座る蒼万を見るも、蒼万は黙々と食べていた。
「志瑞也、また衿元が崩れているぞ」
「えっ、本当?」
柊虎は衿元の後ろに手を伸ばし、正したふりをして何の跡もない首筋を確認する。
「…よし、良いぞ」
「ありがとう」
蒼万が目だけでじろっと見て、柊虎はその視線を拾って言う。
「志瑞也、後から話があるのだが」
「駄目だ」
「私は志瑞也に聞いている」
二人が何やら睨み合っている様子に、志瑞也は慌てて言う。
「おっ俺も、柊虎と話がしたいと思っていたから、丁度良かった…」
「だそうだ蒼万」
「……勝手にしろっ」
蒼万は箸を膳に叩いて立ち上がり、志瑞也が呼んでも振り向かずに外に出て行く。
「二人共南宮で何かあったのか? 友達だろ?」
柊虎は露骨な態度に呆れ鼻息をつき、柔らかい口調で言う。
「あいつは分からないが、少なくとも私は蒼万を友だと思っている。友として忠告しているだけだから、そう案ずるな」
「…わかった、別に今出て行かなくても…」
何を忠告したのだろうか、志瑞也は口を尖らせた。
「話って?」
柊虎が懐から小物袋を出した。
「これは志瑞也のではないか? 中に石のような物が二つ入っていたが」
「あっ、ごめんっ」
志瑞也は荷物入れからもう一つの小物袋を取り出し、柊虎のと交換し自分のを袖に入れる。
「ありがとう」
「それは何だ?」
「これ? 俺も分からないんだけど二匹の石の妖怪の友達がいてさ、南宮に行く時に、自分達だと思って持って行けってくれたんだ」
「妖怪の友がいるのか?」
「後傘寿って霊の友達もいるよアハハ 今度会わせ……」
志瑞也は言いながら言葉を詰まらせ、膳に箸と茶碗を置いた。それを見て柊虎も食べるのをやめ、膳を横に寄せ志瑞也の方に体ごと向けた。
「どうした?」
「俺はあいつらに、二度と会えないかもしれない…」
「何故だ?」
「覚醒したら、俺じゃなくなるかもしれないんだ…」
柊虎は眉を寄せる。
「それは…どういう意味だ?」
「俺の霊魂は元々黄怜のだ、記憶が全て戻った時に、俺はどうなるか分からないんだ…」
言葉にすると苦しくなり、志瑞也は胸元を握った。
「…蒼万はこの事は?」
「蒼万もどうなるか分からないって…」
柊虎は険しい顔で黙り込む。
囲炉裏の炭が「パチ…パチ…」静かに響き、志瑞也はずっと聞きたかったことを尋ねる。
「柊虎は今でも…黄怜のことが好きなのか?」
胡座を組んだ膝に置かれた手がぐっと衣を掴み、柊虎は伏し目がちにゆっくり頷いた。
「葵ちゃんのことは?」
「…葵は、妹のような存在だ」
互いが叶わない想い。〝妹〟とは家族。決して、柊虎は葵を蔑ろにしたりはしない。其々に、どうにもならない事情があるのだ。
「そっか、柊虎も葵ちゃんも、皆苦しいな…」
「…誰か、想い人がいるのか?」
「……」
志瑞也は黙ったまま頷く。
柊虎はもしやと、戸にちらっと視線を流して尋ねる。
「…あいつか?」
「……」
志瑞也は眉をひそめて笑う。
「伝えないのか?」
唇を震わせながら、顔をゆっくり二回横に振る。
「何故だ?」
「お…俺は… 消えるかも…しれないから… 言えない…」
火の揺めきが目元を更に潤ませ、柊虎は堪らず志瑞也の両肩を掴み抱き寄せた。
「柊虎っ? 俺は黄怜じゃないっ」
抵抗する志瑞也を、柊虎は更にきつく抱きしめる。
「分かっているっ、分かっていてこうしているのだっ!」
「……柊虎?」
志瑞也は様子の違う柊虎に戸惑う。
「私は想いを伝えずに失って後悔した。先の事を怖がるよりも、今を大切にするべきだ」
柊虎の言葉は、痛いほど胸に突き刺さる。行き場のない想いを抱え、たった一言、たった一言が伝えられず、長年柊虎は苦しんできたのだ。それこそ、一生が変わってしまうほどに。蒼万とは違う温かさに切なさが込み上げ、柊虎を抱き返した。
「お…俺だって言いたいよっ こんなに好きになるとは思わなかったんだっ 言って駄目ならそれで諦めるよ、でも消えるなら…この気持ちは表に出さない方がいい… 今なら葵ちゃんの柊虎への気持ちも、柊虎の黄怜へ気持ちもよくわかる… だからっ、だからこそ… 言えないんだ……」
柊虎は背中に回された手に胸を熱くさせながらも、志瑞也から離れ肩に手を置き顔を覗き込む。開いた目から大粒の涙を溢れさせ、今直ぐにでも拭ってあげたいが、その役目は自分ではないと分かっている。頬に触れてしまえば止まらなくなる、再び抱きしめれば離せなくなる、柊虎は揺れ動く衝動を抑えた。
バンッ!
戸を激しく開けて蒼万が部屋に戻り、低く沈んだ声で言う。
「話は済んだか?」
「…あぁ、済んだ」
柊虎は志瑞也の肩に置いた手を離し、体の向きを元に戻す。
「志瑞也、何を泣いている」
「なっ何でもないっ、ぐすっ…こっこれからのこと話そうかっ」
志瑞也は慌てて袖で涙を拭い、蒼万は険しい顔のまま、柊虎を睨みながら元の席に座った。
柊虎は蒼万の睨みを無視して話始める。
「文は無事に黄虎から玄華様に渡った。玄華様と侍女の千玄、それと玄枝様の代わりに、玄枝様付次女玄一と玄七が、こちらに向かっていると文を受け取った。出立の日から数えて明日には着くはずだ、既に黄虎は黄怜が女子だったことも知っている。その他にも性別を隠していた理由や、邪術についての内容はこの文の通りだ、そして蒼万、お前の神力の事もだ…」
柊虎は蒼万に文を渡す。
「……わかった、文はどう受け取った?」
「実は…」
柊虎は南宮での事の経緯から、黄虎と朱翔が中央宮に残り、玄枝と色々調べていることを話した。
「すまない、結局は皆を巻き込んでしまった」
「柊虎、色々とありがとう」
柊虎は志瑞也を見て微笑みながら顔を横に振り、蒼万は二人の様子に眉間に皺を寄せて言う。
「あの二人が玄枝様と一緒なら、既に志瑞也のことも聞いているはずだ」
志瑞也は朱翔がどういう者かはわからない。黄虎はきっと、右腕の傷に気付いているはずだ。南宮での柊虎の話を思い出し、無茶な事をしないか気になった。
「そうか… 柊虎、黄虎は色々知ってしまっても大丈夫か?」
「玄枝様と朱翔がいれば大丈夫だ、案ずるな」
柊虎は微笑み、まだ目の赤い志瑞也の頭をなでる。柊虎が言うならと、志瑞也は安堵して微笑んで頷く。
蒼万は目を見開き拳を握りしめて言う。
「……こっちも、観玄様に結界の強い場所を借りた。明日はそこへ行く」
「わかった、ここに来る時にも村人達が妖魔の話をしていた。玄武家の結界なら心配ないだろう」
三人は頷くも、目を合わせない志瑞也に対し、蒼万はぐっと奥歯を噛みしめた。
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