天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第九章 勿忘草

初恋は実らない

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 成人式の日、背広姿の志瑞也を見て一枝は涙ぐむ。
「ばぁちゃん、泣かないで」
 志瑞也はそっと一枝を抱きしめる。
「こんなに大きくなって… お父さんとお母さんに… 見せてあげたかったね…」
「ばぁちゃんがずっと見てくれているから十分だよ… 後でお墓に見せに行くよ」
 両親のお墓参りに行くと、周りの墓では心残りの霊達が、身内が訪れると懸命に届かない声で話しかけている。幼い頃は探した事もあるが、志瑞也は二人の霊を一度も見たことはない。それは望と未来が、思い残す心配事がなく成仏しているということだ。
「ありがとう、ばぁちゃん…」
 志瑞也の目にも涙が滲む。
「泣き虫は…まだまだだね…」
「アハハ、ばぁちゃんが泣かせたんだよ…」
 志瑞也は涙を拭った後、一枝の涙も拭って微笑む。
「そろそろ式に行ってくるよ」
 
 式典に着くと友とは言えないが、知っている顔ぶれが揃っていた。
「志瑞也っ」
「諒っ?」
 諒とは中学の卒業依頼だが、あの頃とは違い体格も逞しく成長していた。
「俺に声かけていいのか?」
「もう皆二十歳だぞ、気にする方が可笑しいだろハハハ」
 相変わらず諒の笑顔は眩しい。
 志瑞也は微笑んで尋ねる。
「諒は今も水泳頑張っているのか?」
「あっあぁ、一応大学で…」
「そうか、やっぱり諒は凄いな」
 そう言って、志瑞也は諒の腕を軽く叩いて微笑む。
「…志瑞也、今日夜空いているか?」
「え、何で?」
「折角だし、呑みに行かないか?」
「い…」
 志瑞也は初めて呑みに誘われ、これぞ大人の仲間入りだと、嬉しさから即答しようとした。だが、一枝に何と言えば良いか。心配させてしまうのではないか、戸惑い眉間に皺を寄せる。
「志瑞也どうした? もしかして、他に誰かと予定があるのか?」
「なっ無いよっ 行きたい!」
 志瑞也は慌てて返事した。やはり折角の誘いを断りたくない上に、諒と久々に話もしたい。これを機会に、自分も友との交流を深めよう。諒のいう通り、もう学生の頃とは違うのだ。自分も変わらねばと、時間と場所を教えてもらう。
「お前っ、携帯電話持ってないのかっ?」
 勿論、時代の流れに沿って志瑞也も一度は持ってみたが、相手の声に混じって他の声も聞こえてくる。しかも夜中に鳴ったり、宛名のない怪しげな文字も送られてきた。写真や録画も撮れるとなれば、怪奇現象の塊にしかならなかったのだ。
「うん、俺苦手でさアハハ」
「そっか、じゃあ後からな」
 諒は友達の輪の中へ戻って行く。やはり数人が諒に何か話しかけ、不思議そうに志瑞也をちらちら見ている。だが今の志瑞也には、そんな視線は全く気にならない。自分を理解してくれている友がいるとは、何とも心強く清々しい気分だ。志瑞也は堂々と席に着き、式典が終わるのを待った。

 式典終了後、周りは懐かしい友との再会に、写真を撮ったり笑ったり「ガヤガヤ」騒ぎだす。女子達が楽しそうに話す輪の中に、可愛い笑顔のままの花絵がいた。桃色の振袖姿に紅色の帯、花の髪飾りがとても華やかだ。志瑞也は目を細めて微笑み席を立つ。
(お父さんとお母さんの墓参りに行って…そうだ、帰りにあいつらにもこの格好見せに行こうかなぁ)
「志瑞也君…」
「はっ、花絵ちゃん?」
 まさか声をかけられるとは思わず、志瑞也は動揺する。
「久し振りね…元気だった?」
「う、うん… 花絵ちゃんも、元気そうだね」
「あのっ、私っ」
「きっ着物とっても似合ってるよっ 花絵ちゃんは昔から可愛かったから、当たり前だよなアハハ じゃ、また…」
 そう言って、志瑞也は帰ろうとする。
「志瑞也君っ…」
 花絵が志瑞也の腕を掴んで呼び止めた。
(花絵ちゃん…?)
「あの時は…ごめんなさい、私怖くて…」
「……いいんだよ、俺も怖がらせてごめんね」
 志瑞也は目で頷いて微笑む。
「花絵ーっ、写真撮るよーっ」
 志瑞也は花絵の後方に目を向ける。
「花絵ちゃん、友達が呼んでるよ」
「しっ志瑞也君も一緒に…」
 花絵は言いかけて黙り込む。
「花絵ちゃん、知っているだろ? 折角の記念写真だよ、俺は一緒に写らない方がいい…」
 花絵が志瑞也の腕をゆっくり離す。
「じゃ、元気で…」
「……」
 花絵は少し涙ぐむ。
 志瑞也は花絵に背を向け、二歩進み足を止めた。八年間、花絵も忘れられず、勇気を振り絞って声をかけたのだろう。自分も八年前からずっと逃げ続けてきた。今向き合わなければ、互いが一生引きずることになる。
 志瑞也も勇気を出して振り返った。
「はっ花絵ちゃん、おっ俺っ、あの頃花絵ちゃんのこと、好きだったと、思う…」
 だが、言いながら語尾を濁らせてしまう。
「…ぷっ、何それ」
「ごめん…」
 花絵の吹き出す笑いに、自身の意気地なさに肩を落とす。
「私は好きだったわ」
「えっ? ほっ本当? うわっ」
 志瑞也は思わず椅子に躓き転びそうになる。
「うん、志瑞也君かっこ良くなったね」
「あっありがとう、へへ じゃ、元気で…」
「元気でね、ありがとう」
 花絵は可愛らしく手を振って微笑む。
 今思えば、花絵が初恋だったのかもしれない、花絵には笑っていてほしかった。久々に向けられた笑顔に、志瑞也は胸の痞えが取れた。


 会場を後に志瑞也は両親の墓の前で話す。
「お父さん、お母さん、俺二十歳になったよ。今日成人式だったんだ、スーツ姿結構似合うだろ?アハハハ それでさ、初恋の子に会ったんだ、その子も俺のこと好きだったんだって! かっこいいって言われたよアハハ 今日もとっても可愛くってさ、きっと花絵ちゃんは、お母さんみたいに優しい人だよ… お…俺は… お父さんとお母さんみたいに…想い合える人に… で…出逢えるのかな…」
 二人が亡くなって十五年、いつの間にか共に過ごした年月よりも、いない年月の方が長くなってしまった。それでも、恋しい気持ちが減ることはない。生きていれば、弟や妹がいたのだろうか。今日の日を境に、父望と酒を酌み交わすこともあっただろう。考えてもどうにもならないとわかっていても、記憶の中の両親との日々を想像してしまう。
(お父さん、お母さん、会いたいよ…)
「志瑞也、泣いてるのかい?」
「ば…ばぁちゃん? なっ泣いてないよっ」
 志瑞也は慌てて袖で涙を拭う。
「ばぁちゃんも来たんだ」
 一枝は微笑みながら近づく。
「お前が二人の前で泣きべそかいてないか、見に来たのさ」
 やはり、一枝には敵わない。
「何だよそれっ… アハハハ」
 志瑞也は口をもごもごさせて言う。
「あのさばぁちゃん… 今日夜呑みに誘われたんだけど、行ってきていいかな?」
「お前はもう成人なんだから、自分で決めなさい、呑み過ぎてあまり遅くなるんじゃないよ」
「へへへ、わかった」
 二人は肩を寄せ微笑み合う。
 自宅に帰る途中、一枝が「志瑞也、お前は入学式も卒業式も写真が無いんだから、今日は一枚ぐらい撮るんだよ」と言い「ばぁちゃん、でも俺…」志瑞也は顔をしかめ言葉を詰まらせた。「私が一緒だから大丈夫だよ」一枝は自宅近くの写真館に志瑞也を引っ張った。撮り終わった後「面白いのが写ってるよ、見てみるかい?」店員が目を丸くする。志瑞也はやはりと眉をひそめ「確認はばぁちゃんがします」さっさと支払いを済ませた。受け取り票を作成する店員を一枝に任せ、先に店の外に出るが、閉めた扉をすり抜け霊が一体出てきた。話を聞いてほしいと、墓からずっと付いてきていたのだ。友の浮遊霊と違って、助けを求める霊は一度話すと家まで付きまとう。志瑞也は不愉快に睨みつけ、諦めて去って行く霊に溜息を吐いた。

 自宅へ戻り、仏壇に飾られている写真立てを手に取る。五つの時に両親と撮った写真は未来の霊力のせいか、神々しい光が三人を取り囲み霊は写っていない。
「ばぁちゃん、お母さんってどんな人だった?」
 一枝は側に寄り一緒に写真を見ながら言う。
「そうだねぇ…明るくて、前向きで、笑い方はお前とそっくりだったよ」
「お父さんは?」
「望は慎重だけど男気があって、お前達二人をとても大切にしていたよ…」
「そっか…」
 寂しそうに呟く志瑞也に一枝は微笑む。
「お前も望に似てきたね」
「ばぁちゃん!」
 志瑞也は一枝に抱きつく。
「今日は来てくれてありがとう」
(ばぁちゃん、大好きだよ…)
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