天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第九章 勿忘草

お酒は程々に

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 志瑞也は夜、諒と約束した居酒屋に行く。「カランカラン」鐘の鳴る扉を開けると「いらっしゃいませっ」威勢良く招かれたそこは別世界。煙草の臭いに混じる騒がしい声、瓶やグラスの触れ合う音、両手に料理を持ち走り回る店員。初めて感じる雰囲気に、志瑞也は緊張しながらも胸を踊らせた。
「志瑞也ここだっ」
 奥で諒が手をぶんぶん振り、きょどきょどしながら席に行くが、他にも知らない男女が座っていた。二人だけではなかったのかと、思わずきょとんと男女と見合ってしまう。
「志瑞也、俺の高校の友達でたける菜々ななだ、皆今日地元で成人式だったんだ」
「こっこんばんは、俺志瑞也です。宜しく…」
 菜々は軽く首を傾げて微笑み、健は椅子の背に凭れ片眉を上げた。
「志瑞也は俺の隣に座れよ」
「わかった…」
 志瑞也は諒の隣に座ってお酒の種類を見るが、何がなんだかわからない。取り敢えず、店員に甘くて呑み易いお酒を注文する。
「諒っ、中学の友達って、女かと思ったら男かよっ」
 言いながら、健がお絞りを投げ突け、諒は片手で掴み取り直ぐに投げ返した。
「何だよ健っ、俺は女とは言ってないだろっハハハ」 
「でも志瑞也って名前珍しいわね」
「名前はばぁちゃんがつけたんだ」
 微笑む志瑞也の顔を、菜々は頬杖を突きまじまじと見て言う。
「志瑞也って、童顔って言われない?」
「そうかな? でも今日俺、初恋の子にかっこ良くなったって言われたよ、へへへ」
 顔を触りながら志瑞也は照れ笑いする。
「本当? どんな子なの?」
「とっても可愛い子だよアハハハ」
 丁度お酒が運ばれ「乾ぱーい!」グラスをぶつけ合う。ごくんと呑んだ初めてのお酒は、甘さの後に微かに生姜風味が広がり、炭酸によって最後は辛みへと変化した。美味い、何だこれは? 目を丸くする志瑞也に「お前本当に初めてなんだな」諒は目を細めて微笑む。
「ぷはっ、羨ましいなーっ、私も初恋の人にそう思われたいなぁ」
 グラスを置き口を尖らす菜々に、健は咽せておどけた顔で言う。
「んぷっ、ゴホッ お前は可愛いじゃなくて、怖いって思われていたんじゃないか?ハハハハ」
「健っそれ酷くない? 私だって好きな人には優しくするわよっ」
「本当か?ハハハハ」
「何よっ、ぷっハハハ」
「二人共相変わらずだなハハハ」
 諒は顔を横に振り呆れ笑う。
 菜々に対して健の遠慮の無い言葉に、志瑞也は驚きながらも羨ましいと感じた。三人の雰囲気から見ても、高校時代とても仲が良かったのだと分かる。
 諒がにやけながら尋ねる。
「もしかして志瑞也の初恋の人って、式典の後話してた花絵のことか?」
「うん、そっか、中学一緒だもんな」
「花絵はお前のことどう思っていたんだ?」
「それがさぁ…」
 志瑞也が机の中央に手招きすると、三人は頭を寄せ耳を傾ける。
「……ってさ」
「おおーっ!」
 三人は同時に姿勢を戻しながらにやける。
「女の子は男から可愛いって言われたら、もっと可愛くなるんだろ? だから俺は、これからもっと男らしくなるよアハハハ」
「何それっハハハハ」
 志瑞也と菜々は笑い合う。
 健はこの年齢で言う台詞かと首を傾げる。
「諒、何かこいつ面白いなハハハ」
「だろ? 志瑞也はこういう奴なんだよハハハハ」
 その後も楽しくお酒を呑み、つまみを食べながら話をした。色んなお酒を呑んでいる内に、何が楽しいのか分からなくても笑える。
 酒の力は偉大だ!
 席替えをして菜々の隣に座ると「志ー君可愛いっ」菜々が人差し指で頬を小突く。「俺はかっこいいって言われたいんだっ」そう言うと皆大爆笑する。「菜々ちゃんは彼氏いないの?」志瑞也の問いに、諒と健は渋い顔で苦笑いした。菜々は急に目が鋭くなり、志瑞也をぎろっと睨みつける。女子に対して禁句だったのか? それは申し訳ないと志瑞也は謝ろうとしたが、菜々は志瑞也の首にがしっと腕を回し「志ー君聞いてくれる? あいつさ…」低い声で長々と彼氏の愚痴を話した。女子の思考とは思えない内容に、健が〝怖い〟と言い、二人が渋い顔をした理由に納得する。今度は健の隣りに座ると「もう少し寄れよ」席を詰めてきた。他にも誰か来るのかと思いきや、菜々には聞かせられないと健は耳打ちで話す。口で言うのも憚れるほど卑猥な内容に、志瑞也は目を泳がせながらも、現実の話に夢中で聴き入ってしまう。健が経験豊富なのか、それともこれが普通なのか、諒はどうなのか? 志瑞也は諒に視線を向ける。「志瑞也、時間大丈夫か?」諒が腕時計を差し、いつの間にか深夜になっていると気付く。
「あ、もうこんな時間なんだ、俺そろそろ帰らなきゃ」
 志瑞也が席を立ち、諒も席を立つ。
「なら途中まで送るよ」
 健が「頑張れよ」怪しく笑って志瑞也の腰を擽る。
「うわっ」
 防ごうとするも机や椅子に挟まれ「ゴンゴン」ぶつかり「ガチャガチャ」食器が鳴りだした。
「健やめろっ、危ないだろっ」
 諒がじろっと睨む。
「すまんすまん、ハハハ」
「ま、まあ、頑張るよ…へへ」
 志瑞也も怪しげに笑い健と頷き合う。
「健も菜々ちゃんも今日はありがとう」

 二人に手を振り店を出て、志瑞也は諒と並んで歩く。
「諒、今日は誘ってくれてありがとうな。めちゃくちゃ楽しかったよアハハ 久々に諒と話せて良かった」
「いや、俺がお前と、話したかったから…」
「そっか、へへへ」
 外の風は冷たく、酒で火照った身体には丁度気持ち良い。こんなに夜遅くまで遊んだのは、志瑞也は初めてだった。酒のせいかやたらと楽しく、先程の話を思い出しては「ぷぷっ」吹き出して笑う。店から道一本離れるだけで、人気が無く嘘ような静けさだ。お陰でうろうろしている者が、この世の者でないとすぐ分かる。酒臭いからか、ぶつかりそうになっても向こうが避けてくれる。「アハハハ」これがまた堪らなく面白い、こんな方法があったとは。歩きながら瞼を閉じると、風の音が優しく耳を掠める。「ふふっ」二人の靴の擦れる音が、すっと遠のいた……。

「志瑞也危ないっ」
「うわっと…アハハ、ごめんごめん」
 志瑞也は溝に落ちかけ、諒が背後からお腹に手を回して支えた。
 恐らく一瞬寝ていたのか、足の感覚がふわふわし、志瑞也は大分酒が回っていた。
「諒、俺タクシーで帰るよ、ありがとう。もう大丈夫だよ」
 諒は黙ったまま志瑞也を抱きしめる。
「諒? どうしたんだ? 気分が悪いのか?」
「ちっ、違うんだ志瑞也、ごめん…」
 背後からでは諒の表情が見えず、志瑞也は困惑する。
「何で謝るんだ?」
「俺やっぱり、お前見ると駄目だ…」
 そう言って、諒は更に強く抱きしめた。
 お尻に触れる硬い物に、志瑞也は血の気が引き一気に酔いが醒める。
「りっ諒っ、離せっ、酔っているのかっ? 俺は女じゃないっ やめろっ」
 諒の腕の力は強く、志瑞也がもがいても解けない。それどころか首筋に生温かい感触が伝わり、耳に響く鼻息に志瑞也は鳥肌を立てた。
「あっ…やっやめろっ、嫌だっ、あうっ…」
「志瑞也っ好きだっ、ちゅっ…ずっと、忘れられなかった、ちゅっ…」
 諒の声は震えながらも力強く、密着した背中から熱い肌の感触が伝わる。手や足に力が入らず、首筋には離れる素振りのない諒の唇があたっていた。「あっ、嫌だ…」先程までの楽しかった状況が一変、志瑞也は泣きそうになるのを堪えて言う。
「諒っ…頼む… やっやめてくれっ、お前を嫌いになりたくないんだっ…」
「……志瑞也、ごっごめんっ」
 震える志瑞也の声に、諒は慌てて腕を離す。
 志瑞也はほっとするも、当然、諒はあの時よりも複雑な顔をしていた。冗談で笑って流せる状況ではない、志瑞也は首筋を押さえ涙目で言う。
「諒… 俺はお前を友達として好きだ、それは変わらない… だけど…お前がそうじゃないなら、もう会わない方がいい…」
「ごめん、俺結婚するんだ…」
 …は?
 志瑞也は耳を疑い、込み上げる憤りを露わにする。
「おっ、お前っ何言ってるんだっ? じゃあ何でこんなことするんだよっ! こういうのはお互いが好きな人するんだっ わかったかっ!」
「…わっわかった、ふっ、ハハハハ」
 諒は叱られ目が点になるも、変わらない志瑞也の雰囲気に可笑しくなる。
「おまっ…何笑ってるんだっ、俺の目を見てちゃんと謝れっ!」
「わかった、ふっ、本当に嫌な思いさせて悪かった、ごめんハハハハ」
 諒が笑う意味が分からなかったが、取り敢えず許すことにした。
 志瑞也は諒を睨みながら言う。
「いつ結婚するんだ?」
「彼女今妊娠中でな…はぁー、実は明日届けを出すんだハハハ」
 ……。
 志瑞也は呆れ果てる。
「ったく、お前は…」
「そういうお前は、まだ童貞なんだろ?ハハハハ」
「な、何で分かるんだよっ」
 志瑞也は目を見開いて驚く。
 健の話にあれだけ真剣に食い付けば、誰だって経験が無いことぐらい分かる。酔った健が志瑞也を揶揄い何かするのではと、諒はずっと見ていたのだ。
 諒は片眉を上げて言う。
「成人祝いに俺とキスするか?」
「しっしないっ、口もほっぺも首も駄目だ!」
 懲りない奴だ、志瑞也は瞬時に後退る。
「ハハハハ、お前を好き・・になって良かったよ」
 諒は気が抜けたような顔で笑う。
「何だよそれっ、ぷっアハハハ」
 志瑞也は懐かしい諒の台詞に呆れて笑う。
「俺は皆の所に戻るよ、ここからなら一人で大丈夫だろ?」
 志瑞也は頷き微笑んで言う。
「結婚おめでとう、子育て頑張れよ」
 諒は何も言わず頷いて戻って行く。
 志瑞也も家の方向へと歩きだすが、あの時のように振り返って「またな」とは言えない、お互いがそれを分かっていた。諒の好きと志瑞也の好きは全く違う。諒の後ろ姿が目に浮かび、志瑞也は立ち止まって首筋にそっと触れる。切なくて、悲しくて、苦しくて、涙が溢れてきた。諒は本気で想ってくれている。だが触れた感触が、違うとはっきり拒絶した。諒の雰囲気や言動には戸惑いが見え、大学か彼女との事で何か悩んでいたのかもしれない。だが、友としてそれを聞くことは、もうできない。友でいられたらどんなに良かったか、また一人、志瑞也の周りから去って行った。

 明け方五時頃、歩いて家に帰ると居間に明かりがついていた。一枝が起きて待っていたことに、志瑞也は嬉しくなり「ばぁちゃんただいま!」居間に駆け込む。だが「座りなさいっ」一枝は怒っていた。その後、正座して説教されるも、志瑞也はとてつもない睡魔に襲われる。がくんと首を落とす度「聞いてるの志瑞也っ!」と叱られても眠気には勝てず、いつの間にか寝てしまう。昼過ぎに起きると毛布がかけられ、更には胃に優しいお粥まで用意されていた。「ばぁちゃんありがとう」志瑞也は一枝の背中に抱きつく。「お前お酒臭いよっ、ふっ」呆れながらも一枝は優しく微笑んだ。

 後日、志瑞也は男同士について調べた。悲鳴さえ呑み込む程、驚愕な事実が判明する。諒はそうしたかったのか、お尻に残るわずかな感触に身震いがした。やはり愛がなければと改めて認識できたが、これが友が最後に残した教訓になるとは思いも寄らず、志瑞也は複雑な気持ちになる。そしてもう一つ、今後の事を踏まえ、襲われた際の護身術を学ぶことにしたのだった。
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