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第十章 蕺草
白い追憶
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戦う群集の輪に青龍が来た時は、今度はここで暴れ散らすのかと、吹き放つ青い炎の凄さに皆は危険を感じた。しかし、妖魔だけを狙っている様子から、加勢しに来たのだと安堵する。数回膨張し全員が一時ひやっとするも、蒼万が正気を取り戻した事で元に戻り、二匹の玄武と「ギャーギャー」騒ぎながら、他の神獣達と共に戦力を発揮していた。だが、どれだけの餌が撒かれたのか、ほんの小さな小物までがうようよと溢れていた。
「磨虎さんっ、危ないっ!」
羽の付いた妖魔に術が放たれ、玄弥が磨虎の背後に付く。
「くそっ雑魚がっ、お前は無理をするなっ」
「これぐらいは大丈夫です!」
玄弥は頷く。
「ふっ、お前に背中を守られるとわなっ」
磨虎は鼻で笑う。
「蒼明っ、何故蒼万をわしに預けなかったっ」
「……」
盛虎が戦いながら話しかけるも、蒼明は無言で無視して鞭を振り翳している。それを横目で見ていた柊虎は、こんな時にと顔を引き攣らせた。
「蒼凰っ父上がすまないっ」
「正虎っ気にするなっ」
柊虎は二人の雰囲気に、玄武洞での自分と蒼万を重ねた。蒼明や蒼凰の鞭捌きは鋭く、無駄な動きが一切感じられない。蒼万は二人から戦い方を学んだに違いないが、神力の針は飛ばしていない。掛け合わせた術だとするならば、蒼万は更にそこから、独自の戦術を身に付けたのだと柊虎は理解した。
全員が果てしない戦いに、まだか、まだかと、血の雨に塗れた。とその時、耳を澄ましていた朱能と朱翔は、目配せしながら眉をひそめる。急に妖魔の動きがピタッと止まり、ピクピク痙攣したかと思いきや「プシュープシュー」体から奇妙な音を鳴らし煙を噴き出す。
「どうしたのだっ…?」
「なっ何が起こってるのだっ?」
戦っている者達は手を止め、響めきながら妖魔から離れる。
「ゔぎいぃ…」
妖魔が悲鳴を上げ次々に燃えだした。残骸までもが自然発火を起こし、漂う悪臭に全員が眉間に皺を寄せ鼻を押さえる。
黄虎は何事かと辺りを見渡し、晟朱と雀都がいないことに気付き、険しい顔の朱翔と目が合うも、露骨に目を逸らされた。九虎がいる方向に振り向くと、白い煙が細く上がっていた。
「そ…祖母上──っ!」
「黄虎待てっ」
朱翔が止めるのも聞かず、黄虎はまっしぐらに駆け走る。
「黄虎っ!」
柊虎を含め他の者達も後を追う。
駆けつけた黄虎は、取り囲む者達の輪の中に九虎の姿がなく、ただならぬ雰囲気に声を震わせた。
「祖母上は…? こ…これはどういう事ですか晟朱様っ、そっ祖母上はっ?」
「……」
晟朱が何も言わず顔を横に振ると、黄虎は焼け跡に膝を突き、わずかに残る焦げ跡を握る。
「そ…祖母上…あ…あっ… 祖母上っ…ううっ…」
「黄虎…」
玄華は黄虎の側にしゃがみ背中に手を添える。
「お…伯母上、ううっ…伯母上っ」
玄華は蹲る黄虎を包み込む。
「九虎様を苦しみから救うには… この方法しかなかったの… ごめんなさい…」
「お…伯母上っ、うああぁーっ」
黄理は焼け跡を見ながら立ち尽くし、声を殺して泣いていた。母の死に目にも会えず、言葉を交わすことなく失うとは、思いもよらなかったはずだ。それでもその眼差しには、全てを受け入れる瞳の奥深さがあった。
いつの間にか日が昇り始め、白く美しい薄明光線が長い夜の終わりを告げる。雲が動き出し日が差し掛かると、昨夜の黄龍殿の全貌を照らし出した。天はこの惨劇をどこまで観ていたのだろうか〝天を欺けばこうなる〟そう言われているように、感じてならなかった。
睦黄の怨霊は消滅し、黄龍家の呪いは解けた。しかし、当初の計画が崩れ、周辺領域で災厄が起こってしまった。民の救済が優先となり、九虎と玄枝の葬式は一月後となった。葬式を遅らす一番の理由は、蒼万の暴走による黄龍殿の損壊だ。陰域でもあり運良く黄龍殿のみとなったが、宮内で一番の大殿を修復するには、かなりの時間を要する。
蒼万は蒼明と蒼凰と共に、各神家宗主に頭を下げに行った。晟朱と観玄は蒼万の神力に驚くも「案ずるでない」「お前達も苦しんだのう」当然、蒼万が揶揄われていたのを知っている二人は、仕方のない事情があったのだと許した。特に観玄には、蒼明も蒼凰も頭が上がらなかったが「なら今度、北宮に酒を呑みに来てくれ」怪しげに微笑んだ。だが盛虎だけは「蒼明っ、わしに隠しおってっ」怒鳴り「蒼万っ! 一度磨虎と勝負しろっ」顔をにやつかせる。蒼明は仕方なく、条件を呑みなんとか許しをもらう。
黄理は「中央宮には今人手が足りておりません。修復作業に蒼万を貸していただければ、それで許すということでどうですかな?」蒼明の胸中を汲み取った。元より蒼明は、それを黄理に願い出るつもりだった。志瑞也が「蒼万が残るなら、俺も居てもいいですか?」と言うと、黄理は「君が黄怜の… そうか…いくらでも構わぬ、それなら黄怜殿を二人で使いなさい」申し訳なさそうに微笑む。黄理の雰囲気に懐かしさが湧き上がり、罪悪感が押し寄せた。
モモ爺達は、やはり志瑞也の言うことしか聞かず、甲斐が荷物入れを甲羅から出して渡すが「うえっ…」妖魔の血塗れで異臭を放ち、鼻が曲がりそうだった。志瑞也は荷物入れを指先で摘み、雀都の羽根と残り少ないキャラメルを取り出して見つめる。二匹にキャラメルを一つずつあげると、美味しそうに咀嚼した。二匹は大きすぎて黄怜殿には入れず、暫くは、表の庭園に置いてもらうことになった。
朱翔、柊虎、磨虎、玄弥に、葬式までは黄怜殿に泊まる事を伝えると、自分達も残ると言い、黄理は助かると快く受け入れた。しかし、全員が黄怜殿に泊まる事になり、蒼万は不機嫌な顔をする。だが、一番客室の多い黄龍殿を壊したのは蒼万だ、何も言えるはずがない。修復を手伝うのは当然だが、恐らく皆留まる口実がほしかったのだ。
全員が、黄虎のために…。
─ 第十章 終 ─
「磨虎さんっ、危ないっ!」
羽の付いた妖魔に術が放たれ、玄弥が磨虎の背後に付く。
「くそっ雑魚がっ、お前は無理をするなっ」
「これぐらいは大丈夫です!」
玄弥は頷く。
「ふっ、お前に背中を守られるとわなっ」
磨虎は鼻で笑う。
「蒼明っ、何故蒼万をわしに預けなかったっ」
「……」
盛虎が戦いながら話しかけるも、蒼明は無言で無視して鞭を振り翳している。それを横目で見ていた柊虎は、こんな時にと顔を引き攣らせた。
「蒼凰っ父上がすまないっ」
「正虎っ気にするなっ」
柊虎は二人の雰囲気に、玄武洞での自分と蒼万を重ねた。蒼明や蒼凰の鞭捌きは鋭く、無駄な動きが一切感じられない。蒼万は二人から戦い方を学んだに違いないが、神力の針は飛ばしていない。掛け合わせた術だとするならば、蒼万は更にそこから、独自の戦術を身に付けたのだと柊虎は理解した。
全員が果てしない戦いに、まだか、まだかと、血の雨に塗れた。とその時、耳を澄ましていた朱能と朱翔は、目配せしながら眉をひそめる。急に妖魔の動きがピタッと止まり、ピクピク痙攣したかと思いきや「プシュープシュー」体から奇妙な音を鳴らし煙を噴き出す。
「どうしたのだっ…?」
「なっ何が起こってるのだっ?」
戦っている者達は手を止め、響めきながら妖魔から離れる。
「ゔぎいぃ…」
妖魔が悲鳴を上げ次々に燃えだした。残骸までもが自然発火を起こし、漂う悪臭に全員が眉間に皺を寄せ鼻を押さえる。
黄虎は何事かと辺りを見渡し、晟朱と雀都がいないことに気付き、険しい顔の朱翔と目が合うも、露骨に目を逸らされた。九虎がいる方向に振り向くと、白い煙が細く上がっていた。
「そ…祖母上──っ!」
「黄虎待てっ」
朱翔が止めるのも聞かず、黄虎はまっしぐらに駆け走る。
「黄虎っ!」
柊虎を含め他の者達も後を追う。
駆けつけた黄虎は、取り囲む者達の輪の中に九虎の姿がなく、ただならぬ雰囲気に声を震わせた。
「祖母上は…? こ…これはどういう事ですか晟朱様っ、そっ祖母上はっ?」
「……」
晟朱が何も言わず顔を横に振ると、黄虎は焼け跡に膝を突き、わずかに残る焦げ跡を握る。
「そ…祖母上…あ…あっ… 祖母上っ…ううっ…」
「黄虎…」
玄華は黄虎の側にしゃがみ背中に手を添える。
「お…伯母上、ううっ…伯母上っ」
玄華は蹲る黄虎を包み込む。
「九虎様を苦しみから救うには… この方法しかなかったの… ごめんなさい…」
「お…伯母上っ、うああぁーっ」
黄理は焼け跡を見ながら立ち尽くし、声を殺して泣いていた。母の死に目にも会えず、言葉を交わすことなく失うとは、思いもよらなかったはずだ。それでもその眼差しには、全てを受け入れる瞳の奥深さがあった。
いつの間にか日が昇り始め、白く美しい薄明光線が長い夜の終わりを告げる。雲が動き出し日が差し掛かると、昨夜の黄龍殿の全貌を照らし出した。天はこの惨劇をどこまで観ていたのだろうか〝天を欺けばこうなる〟そう言われているように、感じてならなかった。
睦黄の怨霊は消滅し、黄龍家の呪いは解けた。しかし、当初の計画が崩れ、周辺領域で災厄が起こってしまった。民の救済が優先となり、九虎と玄枝の葬式は一月後となった。葬式を遅らす一番の理由は、蒼万の暴走による黄龍殿の損壊だ。陰域でもあり運良く黄龍殿のみとなったが、宮内で一番の大殿を修復するには、かなりの時間を要する。
蒼万は蒼明と蒼凰と共に、各神家宗主に頭を下げに行った。晟朱と観玄は蒼万の神力に驚くも「案ずるでない」「お前達も苦しんだのう」当然、蒼万が揶揄われていたのを知っている二人は、仕方のない事情があったのだと許した。特に観玄には、蒼明も蒼凰も頭が上がらなかったが「なら今度、北宮に酒を呑みに来てくれ」怪しげに微笑んだ。だが盛虎だけは「蒼明っ、わしに隠しおってっ」怒鳴り「蒼万っ! 一度磨虎と勝負しろっ」顔をにやつかせる。蒼明は仕方なく、条件を呑みなんとか許しをもらう。
黄理は「中央宮には今人手が足りておりません。修復作業に蒼万を貸していただければ、それで許すということでどうですかな?」蒼明の胸中を汲み取った。元より蒼明は、それを黄理に願い出るつもりだった。志瑞也が「蒼万が残るなら、俺も居てもいいですか?」と言うと、黄理は「君が黄怜の… そうか…いくらでも構わぬ、それなら黄怜殿を二人で使いなさい」申し訳なさそうに微笑む。黄理の雰囲気に懐かしさが湧き上がり、罪悪感が押し寄せた。
モモ爺達は、やはり志瑞也の言うことしか聞かず、甲斐が荷物入れを甲羅から出して渡すが「うえっ…」妖魔の血塗れで異臭を放ち、鼻が曲がりそうだった。志瑞也は荷物入れを指先で摘み、雀都の羽根と残り少ないキャラメルを取り出して見つめる。二匹にキャラメルを一つずつあげると、美味しそうに咀嚼した。二匹は大きすぎて黄怜殿には入れず、暫くは、表の庭園に置いてもらうことになった。
朱翔、柊虎、磨虎、玄弥に、葬式までは黄怜殿に泊まる事を伝えると、自分達も残ると言い、黄理は助かると快く受け入れた。しかし、全員が黄怜殿に泊まる事になり、蒼万は不機嫌な顔をする。だが、一番客室の多い黄龍殿を壊したのは蒼万だ、何も言えるはずがない。修復を手伝うのは当然だが、恐らく皆留まる口実がほしかったのだ。
全員が、黄虎のために…。
─ 第十章 終 ─
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