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最終章 吾亦紅
起きないな兄上
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黄虎は皆が今後について動いている時、自分も何かしなければと思うも、何をしてよいのか分からず、ただうろうろとしていた。見兼ねた黄理に「私に任せてお前は休みなさい」と言われ、自殿に戻り自室に入る。九虎との最後の会話を思い出し、止まらない涙を流した。必ず九虎を救えると、希望を捨てきれなかった。玄枝は何処まで覚悟していたのか、玄華には「九虎様は最後まで、あなたや黄理を守ろうとしただけよ」と言われた。だが、それ以外のことは何も教えてはくれない。黄虎はいつの間にか泣き疲れて寝てしまい、気がつくと外は真っ暗だった。
食事も喉を通らず、外に出て庭園を散策していても、頭はずっと考えてしまう。昨夜の今頃は、黄怜殿で皆と笑い合っていた。たった一日で大切な人を二人も失い、黄虎は茫然と夜空を見上げた。
「今日は少し冷えるな…」
黄虎は自室に戻り寝床に入るが、日中ずっと寝ていたのだから眠れなくて当然だ。黄怜殿に行けば皆に会えるが、そういう気分にはなれなかった。
「黄虎様」
侍女が声をかけた。
「どうしたのだ?」
「志瑞也様がいらしております」
「志瑞也が…?」
黄虎は志瑞也を自室へ通した。二人で会うのは初めてだが、金の羽織や姿から黄怜を思い出させる。椅子に向かい合って腰掛けるも沈黙が続き、何も話さない志瑞也に黄虎は尋ねる。
「その羽織は、伯母上が?」
「うん…」
「そうか… 伯母上に言われて来たのか?」
「それもあるけど、俺が黄虎のことが気になって…」
「そうか… 案ずるな、私は大丈夫だから黄怜殿に戻るのだ、私も疲れたから休むよ」
黄虎は席を立ち、志瑞也に背を向け寝床に向かう。黄虎の声には気力がなく、顔の表情すら動かない。一番は目を合わさないことに、志瑞也は胸が苦しくなった。
「黄虎、なんで俺を見ないんだ…?」
志瑞也の問いに立ち止まるも、黄虎は振り返らずに黙る。志瑞也は席を立ち、黄虎の正面へ回り胸ぐらを掴む。
「俺をちゃんと見ろっ」
「志瑞也…」
明らかに黄怜とは違う話し方に、黄虎は驚きやっと目を合わせる。
志瑞也は手を離し黄虎をそっと抱き寄せ、弟を想う黄怜の感情のままに言う。
「頑張ったな、黄虎は良くやったよ」
黄虎は立ち尽くしたまま言う。
「私は臆病だ…」
「知っているよ」
「私は… 無力だ…」
「俺もだ」
志瑞也は黄虎の背中を摩りながら話す。
「大丈夫だ、黄虎には俺がいるよ。俺の中の黄怜が、黄虎には周りを元気にする力があるって言っているんだ。黄怜は黄虎の存在が一番の安らぎだったって、知っていたか? あの日黄怜はな、自分よりも黄虎が無事だったことが嬉しかったんだ。唯一の弟を守れたんだって喜んでいるよ… 黄虎にこうして触れると、俺にはそれが伝わってくるんだ…」
黄虎の頬は涙で濡れていた。
志瑞也は手で黄虎の涙を拭い頬に口づけする。
「な、何をするのだ志瑞也っ」
「流石っ〝おまじない〟は効果的面だなアハハハハ」
涙が止まった黄虎の顔見て志瑞也は笑う。
言動や笑い方までもが黄怜と重なり、黄虎は志瑞也を抱きしめる。
「ありがとう、志瑞也…」
黄虎が乗り越えなけらばならない事は、志瑞也ではどうにもならない。だとしても、側にいることはできる。心を繋ぐこともできる。兄らしく、背中を軽く叩きながら言う。
「また泣いたら、俺が〝おまじない〟してあげるよアハハハ」
まだ黄虎の腕は震えていた。
「黄虎、今日は俺と一緒に寝ようか」
二人は向き合って寝床に横になり、志瑞也は黄虎の頭をなでる。兄弟とはこういうものか、とても懐かしく愛おしい。幼い頃からこうして当たり前のように、共に育ってきた感覚にさえなる。黄虎も志瑞也を見て微笑み、二人は自然に睡魔が押し寄せ、幸せな気分で眠りについた。
深夜、黄虎は肌に伝わる振動で目が覚める。寝ぼけ眼でうつむくと、志瑞也が胸元に顔を埋め、腰に手を回して擦り寄ってきていた。
「…志瑞也?」
「好き…」
「なっ…」
黄虎は一気に耳まで熱くなる。
慌てて志瑞也の上衣を掴んで引き剥がそうとするが、更に腰にしがみつく。黄虎は慌てふためき、腰に回された手を解こうとした。
「キスして…」
「きす?」
不思議に思い志瑞也の顔を覗くと、瞼を閉じて寝息を立てていた。何だ寝言かと「クスクス」笑い、気にせず寝直すことにした。志瑞也の上衣を正そうと衿元を掴むが、胸元から首筋にかけ複数の鬱血痕が見え、虫にでも刺されたのかと触れる。
「ん…っ、蒼万っ…もっと、して…」
これは虫刺されではない、黄虎は目を見開きさっと手を引っ込める。動悸と共に顔がまた熱くなり、このまま一緒に寝るのは危険だと判断した。有難いことに志瑞也は全く起きず、なんとか寝床から脱出し、ほっとして客室で寝ようと戸に向かう。
「行かないで… 置いて行かないで…蒼万…」
黄虎は鼻息をついて、志瑞也を横に抱え黄怜殿へと向かった。
深夜になっても志瑞也が帰ってこず、蒼万はずっと石段に座りながら待ち続けていた。「ギーバタン」門が開き、蒼万は微笑んで立ち上がり駆け寄るも、目に入ってきた光景に直ぐに真顔に戻る。
「……」
「おっ蒼万、起きていたのだな、志瑞也の寝床は何処だ?」
「…私と一緒だ」
そう言って、蒼万は眉間に皺を寄せ、志瑞也を横のまま受け取る。すると、志瑞也が蒼万の胸元にしがみついた。これが寝ているというのか、黄虎は目を丸くして言う。
「凄いなぁ、志瑞也は寝たら何しても起きないのだな、驚いたよハハハ」
蒼万は片眉をぴくりと動かす。
「お前、何かしたのか?」
「一緒に寝ていたら腰にしがみついてきてな、引き剥がすのが大変だったのだハハハ 途中で起きるかと思ったのだが、全く起きないなんてハハハ」
蒼万は更に険しい顔をする。
「一緒に、寝た?」
「蒼万そんな怖い顔するなよ、私にとって志瑞也は兄弟で大切な兄上だ、それにお前を呼んでいたから連れて来たのだ」
黄虎は微笑んで頷き、蒼万は納得して自室へ向かう。
「蒼万っ、聞きたいことがあるのだ」
「何だ」
蒼万は立ち止まって振り返る。
黄虎は血の事を知った後から、疑問を抱いていた。あの日、妖魔は自分も狙っていたはずだと。黄怜の顔色を見る余裕などなく、柊虎から当日の黄怜の様子を聞くまで予想もしなかった。だが前後の記憶を思い返し、黄虎はその答えの可能性に辿り着いた。
「お前は黄怜が女だと、何故分かった?」
「……」
蒼万は沈黙する。
「いや… 忘れてくれ」
蒼万は頷く。
「私と黄怜を助けてくれてありがとう、ずっとお前に言いたかったのだ…」
「お前は志瑞也の弟か?」
「そうだ…」
「なら今後何かあれば、私はお前の力になる」
「えっ?」
「お前も早く休め、志瑞也を困らせるな」
そう言って、蒼万は自室に入って行く。
「あ…ありがとう」
蒼万の意外な言葉に肩の力が抜け、黄虎は微笑んで自殿へと戻った。
翌日、志瑞也は匂いに導かれ、もぞもぞ顔を擦り寄せる。
「お前は黄虎にもそれをするのか?」
ぱちっと瞼を開き、瞳だけ動かし辺りを確認する。昨夜は黄虎と寝たはずだが、蒼万の声が聞こえた。それにこの匂いは確実に蒼万だ。寝ている間に何が起きたのか分からず、志瑞也は混乱して固まる。
「お前は誰でも良いのか?」
志瑞也はがばっと体を起こした。
「違うっ 俺は蒼万が好きだからっ、蒼万の匂いだから好きなんだっ」
「そうか、なら良い」
嫉妬される日が来ようとは、志瑞也は口を尖らせて言う。
「蒼万… 怒るなよ、黄虎はっ」
「わかっている、怒ってなどいない」
「本当か?」
蒼万は目で頷く。
「後、金色の瞳も好きだ」
そう言って、志瑞也は蒼万の瞼に口づけする。
「他は?」
志瑞也は言いながら口づけする。
「鼻も、唇も、喉仏も…好きだよ蒼万」
「なら良い」
蒼万は目を細めて微笑み志瑞也の頭をなでる。志瑞也は蒼万の胸に抱きつき、また心地よい眠りについた。
食事も喉を通らず、外に出て庭園を散策していても、頭はずっと考えてしまう。昨夜の今頃は、黄怜殿で皆と笑い合っていた。たった一日で大切な人を二人も失い、黄虎は茫然と夜空を見上げた。
「今日は少し冷えるな…」
黄虎は自室に戻り寝床に入るが、日中ずっと寝ていたのだから眠れなくて当然だ。黄怜殿に行けば皆に会えるが、そういう気分にはなれなかった。
「黄虎様」
侍女が声をかけた。
「どうしたのだ?」
「志瑞也様がいらしております」
「志瑞也が…?」
黄虎は志瑞也を自室へ通した。二人で会うのは初めてだが、金の羽織や姿から黄怜を思い出させる。椅子に向かい合って腰掛けるも沈黙が続き、何も話さない志瑞也に黄虎は尋ねる。
「その羽織は、伯母上が?」
「うん…」
「そうか… 伯母上に言われて来たのか?」
「それもあるけど、俺が黄虎のことが気になって…」
「そうか… 案ずるな、私は大丈夫だから黄怜殿に戻るのだ、私も疲れたから休むよ」
黄虎は席を立ち、志瑞也に背を向け寝床に向かう。黄虎の声には気力がなく、顔の表情すら動かない。一番は目を合わさないことに、志瑞也は胸が苦しくなった。
「黄虎、なんで俺を見ないんだ…?」
志瑞也の問いに立ち止まるも、黄虎は振り返らずに黙る。志瑞也は席を立ち、黄虎の正面へ回り胸ぐらを掴む。
「俺をちゃんと見ろっ」
「志瑞也…」
明らかに黄怜とは違う話し方に、黄虎は驚きやっと目を合わせる。
志瑞也は手を離し黄虎をそっと抱き寄せ、弟を想う黄怜の感情のままに言う。
「頑張ったな、黄虎は良くやったよ」
黄虎は立ち尽くしたまま言う。
「私は臆病だ…」
「知っているよ」
「私は… 無力だ…」
「俺もだ」
志瑞也は黄虎の背中を摩りながら話す。
「大丈夫だ、黄虎には俺がいるよ。俺の中の黄怜が、黄虎には周りを元気にする力があるって言っているんだ。黄怜は黄虎の存在が一番の安らぎだったって、知っていたか? あの日黄怜はな、自分よりも黄虎が無事だったことが嬉しかったんだ。唯一の弟を守れたんだって喜んでいるよ… 黄虎にこうして触れると、俺にはそれが伝わってくるんだ…」
黄虎の頬は涙で濡れていた。
志瑞也は手で黄虎の涙を拭い頬に口づけする。
「な、何をするのだ志瑞也っ」
「流石っ〝おまじない〟は効果的面だなアハハハハ」
涙が止まった黄虎の顔見て志瑞也は笑う。
言動や笑い方までもが黄怜と重なり、黄虎は志瑞也を抱きしめる。
「ありがとう、志瑞也…」
黄虎が乗り越えなけらばならない事は、志瑞也ではどうにもならない。だとしても、側にいることはできる。心を繋ぐこともできる。兄らしく、背中を軽く叩きながら言う。
「また泣いたら、俺が〝おまじない〟してあげるよアハハハ」
まだ黄虎の腕は震えていた。
「黄虎、今日は俺と一緒に寝ようか」
二人は向き合って寝床に横になり、志瑞也は黄虎の頭をなでる。兄弟とはこういうものか、とても懐かしく愛おしい。幼い頃からこうして当たり前のように、共に育ってきた感覚にさえなる。黄虎も志瑞也を見て微笑み、二人は自然に睡魔が押し寄せ、幸せな気分で眠りについた。
深夜、黄虎は肌に伝わる振動で目が覚める。寝ぼけ眼でうつむくと、志瑞也が胸元に顔を埋め、腰に手を回して擦り寄ってきていた。
「…志瑞也?」
「好き…」
「なっ…」
黄虎は一気に耳まで熱くなる。
慌てて志瑞也の上衣を掴んで引き剥がそうとするが、更に腰にしがみつく。黄虎は慌てふためき、腰に回された手を解こうとした。
「キスして…」
「きす?」
不思議に思い志瑞也の顔を覗くと、瞼を閉じて寝息を立てていた。何だ寝言かと「クスクス」笑い、気にせず寝直すことにした。志瑞也の上衣を正そうと衿元を掴むが、胸元から首筋にかけ複数の鬱血痕が見え、虫にでも刺されたのかと触れる。
「ん…っ、蒼万っ…もっと、して…」
これは虫刺されではない、黄虎は目を見開きさっと手を引っ込める。動悸と共に顔がまた熱くなり、このまま一緒に寝るのは危険だと判断した。有難いことに志瑞也は全く起きず、なんとか寝床から脱出し、ほっとして客室で寝ようと戸に向かう。
「行かないで… 置いて行かないで…蒼万…」
黄虎は鼻息をついて、志瑞也を横に抱え黄怜殿へと向かった。
深夜になっても志瑞也が帰ってこず、蒼万はずっと石段に座りながら待ち続けていた。「ギーバタン」門が開き、蒼万は微笑んで立ち上がり駆け寄るも、目に入ってきた光景に直ぐに真顔に戻る。
「……」
「おっ蒼万、起きていたのだな、志瑞也の寝床は何処だ?」
「…私と一緒だ」
そう言って、蒼万は眉間に皺を寄せ、志瑞也を横のまま受け取る。すると、志瑞也が蒼万の胸元にしがみついた。これが寝ているというのか、黄虎は目を丸くして言う。
「凄いなぁ、志瑞也は寝たら何しても起きないのだな、驚いたよハハハ」
蒼万は片眉をぴくりと動かす。
「お前、何かしたのか?」
「一緒に寝ていたら腰にしがみついてきてな、引き剥がすのが大変だったのだハハハ 途中で起きるかと思ったのだが、全く起きないなんてハハハ」
蒼万は更に険しい顔をする。
「一緒に、寝た?」
「蒼万そんな怖い顔するなよ、私にとって志瑞也は兄弟で大切な兄上だ、それにお前を呼んでいたから連れて来たのだ」
黄虎は微笑んで頷き、蒼万は納得して自室へ向かう。
「蒼万っ、聞きたいことがあるのだ」
「何だ」
蒼万は立ち止まって振り返る。
黄虎は血の事を知った後から、疑問を抱いていた。あの日、妖魔は自分も狙っていたはずだと。黄怜の顔色を見る余裕などなく、柊虎から当日の黄怜の様子を聞くまで予想もしなかった。だが前後の記憶を思い返し、黄虎はその答えの可能性に辿り着いた。
「お前は黄怜が女だと、何故分かった?」
「……」
蒼万は沈黙する。
「いや… 忘れてくれ」
蒼万は頷く。
「私と黄怜を助けてくれてありがとう、ずっとお前に言いたかったのだ…」
「お前は志瑞也の弟か?」
「そうだ…」
「なら今後何かあれば、私はお前の力になる」
「えっ?」
「お前も早く休め、志瑞也を困らせるな」
そう言って、蒼万は自室に入って行く。
「あ…ありがとう」
蒼万の意外な言葉に肩の力が抜け、黄虎は微笑んで自殿へと戻った。
翌日、志瑞也は匂いに導かれ、もぞもぞ顔を擦り寄せる。
「お前は黄虎にもそれをするのか?」
ぱちっと瞼を開き、瞳だけ動かし辺りを確認する。昨夜は黄虎と寝たはずだが、蒼万の声が聞こえた。それにこの匂いは確実に蒼万だ。寝ている間に何が起きたのか分からず、志瑞也は混乱して固まる。
「お前は誰でも良いのか?」
志瑞也はがばっと体を起こした。
「違うっ 俺は蒼万が好きだからっ、蒼万の匂いだから好きなんだっ」
「そうか、なら良い」
嫉妬される日が来ようとは、志瑞也は口を尖らせて言う。
「蒼万… 怒るなよ、黄虎はっ」
「わかっている、怒ってなどいない」
「本当か?」
蒼万は目で頷く。
「後、金色の瞳も好きだ」
そう言って、志瑞也は蒼万の瞼に口づけする。
「他は?」
志瑞也は言いながら口づけする。
「鼻も、唇も、喉仏も…好きだよ蒼万」
「なら良い」
蒼万は目を細めて微笑み志瑞也の頭をなでる。志瑞也は蒼万の胸に抱きつき、また心地よい眠りについた。
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