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最終章 吾亦紅
移り行く日々
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先に銀龍殿に寄りモモ爺達と傘寿を迎え、皆で銀白龍殿へ向かう。久々に黄虎と話せることに、志瑞也は胸を躍らせた。
「黄虎元気だったか? 儀式の時かっこ良かったなアハハハ」
「志瑞也も皆も元気そうだなハハハ」
黄虎は眩しい程の笑顔だ。
「黄虎、こっちが傘寿だ、皆にはさっき紹介したんだ」
傘寿は志瑞也の後ろに隠れながら「どうも」とお辞儀をする。
「昔の私みたいな奴だなハハハ」
志瑞也はきょろきょろ見渡して言う。
「あれ? 虎春ちゃんは?」
「虎春は母上の友に会って、その後母上と一緒に伯母上に会いに行くそうだ」
「そうか、会いたかったけど、結婚って挨拶で色々と忙しいんだな…」
黄虎が尋ねる。
「そういえば、虎春から志瑞也にお礼を伝えるようにって、何のお礼だ?」
「多分告別式の時のじゃないかな? 黄虎の側に居てほしいって、俺が言ったんだよ」
「そうだったのか、ありがとう」
黄虎は微笑んで頷き、志瑞也は「気にするな」と顔を横に振り、黄虎の腕を軽く叩きながら言う。
「虎春ちゃん大事にしろよ、あんなに可愛い子、羨ましいなアハハハ」
「志瑞也は可愛い子が、好きなのか?」
黄虎を含め五人が蒼万をちらっと見る。
「そうだよ。後もふもふも好きだぞ、艶々もさらさらも、ごつごつもアハハハ」
黄虎は首を傾げ、残りの四人は昨夜の志瑞也の声を思い出す。
何も知らない黄虎が悪戯に言う。
「志瑞也、それは蒼万のことか?ハハハ」
四人は心で「やめろっ」と冷や汗を垂らす。
「ちっ違うよっ! 青ちゃんや鐘ちゃんは艶々していて、志寅と寅雅はもふもふだろ、雀都はさらさらに、甲ちゃんはごつごつしていたな、神獣は皆可愛い子達だよアハハハ」
「そういうことかハハハ」
黄虎は深くは気にしない性分だ。だが残りの四人は、蒼万を神獣と同じ意味で〝可愛い〟と言ったのか疑問になり蒼万を見ると、蒼万は既に四人に振り向き睨んでいた。
「黄虎、辰瑞を紹介するよ、煌辰と会わせてもらえるか?」
「わかった」
志瑞也は庭園の奥で辰瑞を出す。再び見る辰瑞に魅了され、皆は釘付けになる。志瑞也は辰瑞の頭をなでて頷き、皆に振り向き微笑む。
黄虎が驚いて言う。
「そっ蒼万っ、志瑞也のあの瞳はっ?」
「辰瑞を出している時だけだ」
「うっ美しいな…」
「兄上っ」
蒼万が双子を睨む。
「蒼万さん、もしかしてし志瑞也ぁは…」
蒼万は何も言わず頷き、玄弥もそれを見て頷いた。
その後、玄弥以外の五人は、自分達の神獣を出して辰瑞に会わせる。志瑞也は六匹の神獣と二匹の妖怪、一体の霊に囲まれ、キャラメルをあげながら楽しそうに戯れている。六人は庭園に用意された椅子に腰掛け、その光景を眺めた。
志瑞也の中に黄怜は生き続けている。時折黄怜にも感じれば、まったく違うこともある。妖怪化した神獣や霊も連れて、ましてや各自の神獣を出して戯れさせるなど、今まで一度もなかった。それに麒麟の神獣など、瑞兆として現れたとしても付いた話は聞いたことがない。
朱翔が頬杖を突いて言う。
「志瑞也って不思議な奴だよな」
柊虎が感心しながら言う。
「初めは人を惹きつけると思ってはいたが、神獣までも惹きつけるとはなハハハ」
朱翔は三ヶ月前から考えていた。神家にはその神獣に因んだ特性がある。麒麟に関する古書はあっても、麒麟付きの古書は一つもなく、言わば新たな第六の神家ともいえる。更に志瑞也は元から麒麟付きではなく、後からなったはずだ。朱翔は指で数えながら話しだす。
「麒麟って、鹿に牛に馬、それと龍と鳥の五匹だよな? だとすれば、あいつの身体にも五つ何かあるはずなんだ、しかも牛は鬼門だ、普通の神族ではあり得ないよなハハハ 私なりに考えてみて〝神族の霊魂〟と〝人間の肉体〟の二つは直ぐ分かったんだが、後三つは何だと思うか?」
柊虎が腕を組んで考える。
「鬼か…朱翔っ、もしや右腕の傷痕ではないのか?」
「それだな! 私としたことが忘れていたよハハハ 鬼に関する事は何かと思っていたが〝妖魔の傷痕〟が三つ目か、他に志瑞也の身体に何かあるか?」
黄虎が伏し目がちに言う。
「確か胸に勾玉模様の痣があるのだ、祖母上が刺したから気になってな… そしたら『玄枝ばぁちゃんの御守りが身体に残ったから嬉しい』て言ったのだ、私は返す言葉がなかったよ…」
「志瑞也のことだ、本気でそう思っているさ、黄虎もう終わった事だ、それに刺したのは九虎様じゃない」
皆も黄虎を見て頷く。
「朱翔… 皆、ありがとう」
「〝霊力の痣〟が四つ目か、後一つは何だ?」
朱翔がそう言うと、皆は思考を巡らせる。だが、志瑞也の身体の事なら、誰よりも知っている男が何も言わない。聞くに聞けず黄虎以外の四人は、敢えて蒼万から目を逸らしていた。
「蒼万は知っているのか?」
黄虎が尋ね、四人は心で「よくぞ言った!」と蒼万を見る。
「知っている」
蒼万は席を立ち、ゆっくり志瑞也の元へ歩きだす。
「蒼万さん…?」
五人は蒼万の後を目で追う。蒼万が志瑞也に近付き、背後からお尻を触り腰に手を回して引き寄せる。暴れる志瑞也の耳元に口づけし、五人を見て薄気味悪い笑を浮かべた。
「なっ、蒼万は何がしたいのだ? あいつあんな奴だったかっ? おいっ…」
黄虎が四人を見ると、朱翔は耳を塞ぎ、柊虎は席を立ち庭園に背を向け、玄弥は耳を赤くして机に額を付け、磨虎は鼻血を出していた。
「おっお前達っ… どうしたのだっ? 磨虎っ」
黄虎以外の四人は思ってしまった、五つ目は〝淫魔〟だと。
だが、神の使い神獣と通じるならば、それは神力だと玄弥は知っている。魔に属しては決して得られない、その事実を蒼万が知らないわけがない。恐らく蒼万は、昨夜自分達が盗み聴きしていたことを知っている。それなのに止めずに最後まで事を済まし、自分達に笑って煽る恐ろしさに、玄弥は誰よりも恐怖を感じ、初めて蒼万から〝尊敬〟の文字が消えそうになった。
志瑞也は庭園でキャラメルを神獣達にあげた。
「お前達美味しいか? 煌辰と雲雀はこれ初めて食べるんだよな? 良かったアハハハ」
モモ爺一号が言う。
「お主半分獣化したな、シシシッ」
「そうか? お前達も半分獣だろアハハハ」
モモ爺二号が手を広げて言う。
「わしにもキャラメルおくれっ」
「お前達お母さんの所で沢山食べただろ?」
そう言いながらも、志瑞也は二匹にキャラメルをあげる。自分も一つ口に含み、溶けて行く甘さを味わった。美味しそうに頬に手を当てる二匹を見て、志瑞也は笑顔で言う。
「お前達、ついて来てくれてありがとうな」
二匹は互いを見合わせた後、志瑞也を見た。
「お主はキャラメルをくれるからな、シシシッ」
「キャラメルを切らすでないぞ、シシシッ」
「アハハハ、わかったよ」
相変わらずの二匹に志瑞也は呆れ笑う。
「しし志瑞也ぁさん、おお母様は、おお幾つですかかあ?」
志瑞也は片眉を上げて言う。
「お前さぁ、葵ちゃんはどうするんだ? 俺のお母さんに乗り換えるのか?」
「ふふ二人共、みみ魅力的でぇ」
傘寿はもじもじする。
モモ爺一号が顔の前で手を振りながら言う
「傘寿、葵ちゃんはやめておくんじゃなっ」
モモ爺二号も言う。
「あの蒼万の妹じゃぞっ」
「お前達どういう意味だ?」
モモ爺達と傘寿が急にわちゃわちゃと慌てだし、志瑞也の側からさっと離れていく。
「ん、お前達どうしたんだ?」
志瑞也は背後からお尻を触られる。
「なっ何だっ 蒼万っ?」
蒼万が腰に手を回して引き寄せた。
「皆居るだろっ 離せよっ」
そして、耳元に口づけして言う。
「興奮したか? ふっ」
「なっ… 蒼万っ!」
目を細めて微笑む。
「うっ…」
志瑞也は蒼万のこの顔に弱い。一連を見られていると思い、後ろを振り向く。
「…ん? 蒼万、皆どうしたんだ?」
「気にするな、自業自得だ」
志瑞也は顔を戻す。
「蒼万…笑ってるのか?」
「お前にだけだ」
「蒼万…」
「何だ」
「呼んだだけ…」
二人は見つめ合う。
「お前達やめろ──っ! 私の耳は聴こえてるんだぁ──っ!」
朱翔の叫び声で蒼万から離れようとするが離してくれず、仕方なく志瑞也は振り返って両手を口元に翳して言う。
「朱翔ーっ、ごめんよーっ!」
蒼万は志瑞也の腰に腕を回したまま振り返り、金色の瞳を光らせにやりと口角を上げた。
……。
五人は一瞬で凍りつき、恐怖のあまり身の毛がよだった。まるで長年腹を空かせた龍が、捕えた極上の獲物に絡みつき、嬉しさで笑っているようにしか見えない。
朱翔は耳を塞ぎながら磨虎に怒鳴る。
「おっお前っ、絶対志瑞也に手を出すなよっ、蒼万は魔獣だっ! あいつは志瑞也にしか懐いてないっ、お前本当に殺されるぞっ いいなっ、いつもの冗談じゃないからなっ!」
磨虎は鼻血を押さえながら言う。
「わっわかった、わっ私もそう思う…」
黄虎は訳が分からないが、また磨虎が志瑞也に手を出して蒼万を怒らせたのだと思い、やれやれと苦笑いする。
志瑞也と蒼万が神獣達と戻ってきた。
「皆どうしたんだ? 磨虎っ大丈夫か?」
志瑞也は磨虎に駆け寄り、しゃがんで顔を覗き込む。
「志瑞也、私ならだ…」
磨虎は顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合ってしまう。更には髪を下ろしているが、首筋にある鬱血痕と歯型がちらっと見え、志瑞也の〝強く咬んでっ〟の声が耳に鳴り響き、鼓動が激しくなり一気に興奮の熱が上がる。
「ゔっ…」
鼻血を噴き出した。
「磨虎っ」
「兄上っ」
「お前はっ磨虎に近付くなっ」
朱翔が志瑞也の首根っこを掴み引っ張る。
「うわっ、朱翔何するんだよっ」
「蒼万っ私達が悪かった、頼むから何も喋らないでくれっ、志瑞也を磨虎に近付けるなっ」
蒼万は黙って頷き志瑞也のお腹に手を回す。
「何なんだよっ 磨虎を心配しただけで、俺変なことしてないよっ」
「ぷっ、皆相変わらずで面白いなハハハハハ」
黄虎が大声で笑う。
「そうか? ならいっかアハハハハ」
蒼万以外の四人が、何も知らない似た者兄弟に呆れた。
「辰瑞、こっちが弟の黄虎で、面倒見の良い朱翔に、優しい柊虎、盛り上げ上手な磨虎に、しっかり者の玄弥だ、皆大切な仲間だからなアハハハ」
全員の心が和らぎ微笑む。
志瑞也はこの世界に来て失ったものが多かった。だが、今は得たものも多いことに幸せを感じている。良いことばかりではないが、乗り越えるには時が必要なのだ。その流れの中に皆がいて、側に蒼万がいる。初めから独りではなく、どんな時も蒼万が離れずに支えてくれた。
志瑞也は振り返り言う。
「蒼万ありがとう」
志瑞也から微かに甘い香りが漂い、蒼万はあの日を思い出す。あの時もこうして振り返り、初めて笑顔を見せた。
「私もだ」
「そっか、へへ」
「志瑞也…」
「ん?」
「私も食べたい」
「キャラっちゅっ…んんんーっ」
蒼万が濃厚で甘い口づけをする。
「蒼万っやめろっ! 私は心臓の音も聴こえるんだあぁーっ!」
─ 最終章 終 ─
「黄虎元気だったか? 儀式の時かっこ良かったなアハハハ」
「志瑞也も皆も元気そうだなハハハ」
黄虎は眩しい程の笑顔だ。
「黄虎、こっちが傘寿だ、皆にはさっき紹介したんだ」
傘寿は志瑞也の後ろに隠れながら「どうも」とお辞儀をする。
「昔の私みたいな奴だなハハハ」
志瑞也はきょろきょろ見渡して言う。
「あれ? 虎春ちゃんは?」
「虎春は母上の友に会って、その後母上と一緒に伯母上に会いに行くそうだ」
「そうか、会いたかったけど、結婚って挨拶で色々と忙しいんだな…」
黄虎が尋ねる。
「そういえば、虎春から志瑞也にお礼を伝えるようにって、何のお礼だ?」
「多分告別式の時のじゃないかな? 黄虎の側に居てほしいって、俺が言ったんだよ」
「そうだったのか、ありがとう」
黄虎は微笑んで頷き、志瑞也は「気にするな」と顔を横に振り、黄虎の腕を軽く叩きながら言う。
「虎春ちゃん大事にしろよ、あんなに可愛い子、羨ましいなアハハハ」
「志瑞也は可愛い子が、好きなのか?」
黄虎を含め五人が蒼万をちらっと見る。
「そうだよ。後もふもふも好きだぞ、艶々もさらさらも、ごつごつもアハハハ」
黄虎は首を傾げ、残りの四人は昨夜の志瑞也の声を思い出す。
何も知らない黄虎が悪戯に言う。
「志瑞也、それは蒼万のことか?ハハハ」
四人は心で「やめろっ」と冷や汗を垂らす。
「ちっ違うよっ! 青ちゃんや鐘ちゃんは艶々していて、志寅と寅雅はもふもふだろ、雀都はさらさらに、甲ちゃんはごつごつしていたな、神獣は皆可愛い子達だよアハハハ」
「そういうことかハハハ」
黄虎は深くは気にしない性分だ。だが残りの四人は、蒼万を神獣と同じ意味で〝可愛い〟と言ったのか疑問になり蒼万を見ると、蒼万は既に四人に振り向き睨んでいた。
「黄虎、辰瑞を紹介するよ、煌辰と会わせてもらえるか?」
「わかった」
志瑞也は庭園の奥で辰瑞を出す。再び見る辰瑞に魅了され、皆は釘付けになる。志瑞也は辰瑞の頭をなでて頷き、皆に振り向き微笑む。
黄虎が驚いて言う。
「そっ蒼万っ、志瑞也のあの瞳はっ?」
「辰瑞を出している時だけだ」
「うっ美しいな…」
「兄上っ」
蒼万が双子を睨む。
「蒼万さん、もしかしてし志瑞也ぁは…」
蒼万は何も言わず頷き、玄弥もそれを見て頷いた。
その後、玄弥以外の五人は、自分達の神獣を出して辰瑞に会わせる。志瑞也は六匹の神獣と二匹の妖怪、一体の霊に囲まれ、キャラメルをあげながら楽しそうに戯れている。六人は庭園に用意された椅子に腰掛け、その光景を眺めた。
志瑞也の中に黄怜は生き続けている。時折黄怜にも感じれば、まったく違うこともある。妖怪化した神獣や霊も連れて、ましてや各自の神獣を出して戯れさせるなど、今まで一度もなかった。それに麒麟の神獣など、瑞兆として現れたとしても付いた話は聞いたことがない。
朱翔が頬杖を突いて言う。
「志瑞也って不思議な奴だよな」
柊虎が感心しながら言う。
「初めは人を惹きつけると思ってはいたが、神獣までも惹きつけるとはなハハハ」
朱翔は三ヶ月前から考えていた。神家にはその神獣に因んだ特性がある。麒麟に関する古書はあっても、麒麟付きの古書は一つもなく、言わば新たな第六の神家ともいえる。更に志瑞也は元から麒麟付きではなく、後からなったはずだ。朱翔は指で数えながら話しだす。
「麒麟って、鹿に牛に馬、それと龍と鳥の五匹だよな? だとすれば、あいつの身体にも五つ何かあるはずなんだ、しかも牛は鬼門だ、普通の神族ではあり得ないよなハハハ 私なりに考えてみて〝神族の霊魂〟と〝人間の肉体〟の二つは直ぐ分かったんだが、後三つは何だと思うか?」
柊虎が腕を組んで考える。
「鬼か…朱翔っ、もしや右腕の傷痕ではないのか?」
「それだな! 私としたことが忘れていたよハハハ 鬼に関する事は何かと思っていたが〝妖魔の傷痕〟が三つ目か、他に志瑞也の身体に何かあるか?」
黄虎が伏し目がちに言う。
「確か胸に勾玉模様の痣があるのだ、祖母上が刺したから気になってな… そしたら『玄枝ばぁちゃんの御守りが身体に残ったから嬉しい』て言ったのだ、私は返す言葉がなかったよ…」
「志瑞也のことだ、本気でそう思っているさ、黄虎もう終わった事だ、それに刺したのは九虎様じゃない」
皆も黄虎を見て頷く。
「朱翔… 皆、ありがとう」
「〝霊力の痣〟が四つ目か、後一つは何だ?」
朱翔がそう言うと、皆は思考を巡らせる。だが、志瑞也の身体の事なら、誰よりも知っている男が何も言わない。聞くに聞けず黄虎以外の四人は、敢えて蒼万から目を逸らしていた。
「蒼万は知っているのか?」
黄虎が尋ね、四人は心で「よくぞ言った!」と蒼万を見る。
「知っている」
蒼万は席を立ち、ゆっくり志瑞也の元へ歩きだす。
「蒼万さん…?」
五人は蒼万の後を目で追う。蒼万が志瑞也に近付き、背後からお尻を触り腰に手を回して引き寄せる。暴れる志瑞也の耳元に口づけし、五人を見て薄気味悪い笑を浮かべた。
「なっ、蒼万は何がしたいのだ? あいつあんな奴だったかっ? おいっ…」
黄虎が四人を見ると、朱翔は耳を塞ぎ、柊虎は席を立ち庭園に背を向け、玄弥は耳を赤くして机に額を付け、磨虎は鼻血を出していた。
「おっお前達っ… どうしたのだっ? 磨虎っ」
黄虎以外の四人は思ってしまった、五つ目は〝淫魔〟だと。
だが、神の使い神獣と通じるならば、それは神力だと玄弥は知っている。魔に属しては決して得られない、その事実を蒼万が知らないわけがない。恐らく蒼万は、昨夜自分達が盗み聴きしていたことを知っている。それなのに止めずに最後まで事を済まし、自分達に笑って煽る恐ろしさに、玄弥は誰よりも恐怖を感じ、初めて蒼万から〝尊敬〟の文字が消えそうになった。
志瑞也は庭園でキャラメルを神獣達にあげた。
「お前達美味しいか? 煌辰と雲雀はこれ初めて食べるんだよな? 良かったアハハハ」
モモ爺一号が言う。
「お主半分獣化したな、シシシッ」
「そうか? お前達も半分獣だろアハハハ」
モモ爺二号が手を広げて言う。
「わしにもキャラメルおくれっ」
「お前達お母さんの所で沢山食べただろ?」
そう言いながらも、志瑞也は二匹にキャラメルをあげる。自分も一つ口に含み、溶けて行く甘さを味わった。美味しそうに頬に手を当てる二匹を見て、志瑞也は笑顔で言う。
「お前達、ついて来てくれてありがとうな」
二匹は互いを見合わせた後、志瑞也を見た。
「お主はキャラメルをくれるからな、シシシッ」
「キャラメルを切らすでないぞ、シシシッ」
「アハハハ、わかったよ」
相変わらずの二匹に志瑞也は呆れ笑う。
「しし志瑞也ぁさん、おお母様は、おお幾つですかかあ?」
志瑞也は片眉を上げて言う。
「お前さぁ、葵ちゃんはどうするんだ? 俺のお母さんに乗り換えるのか?」
「ふふ二人共、みみ魅力的でぇ」
傘寿はもじもじする。
モモ爺一号が顔の前で手を振りながら言う
「傘寿、葵ちゃんはやめておくんじゃなっ」
モモ爺二号も言う。
「あの蒼万の妹じゃぞっ」
「お前達どういう意味だ?」
モモ爺達と傘寿が急にわちゃわちゃと慌てだし、志瑞也の側からさっと離れていく。
「ん、お前達どうしたんだ?」
志瑞也は背後からお尻を触られる。
「なっ何だっ 蒼万っ?」
蒼万が腰に手を回して引き寄せた。
「皆居るだろっ 離せよっ」
そして、耳元に口づけして言う。
「興奮したか? ふっ」
「なっ… 蒼万っ!」
目を細めて微笑む。
「うっ…」
志瑞也は蒼万のこの顔に弱い。一連を見られていると思い、後ろを振り向く。
「…ん? 蒼万、皆どうしたんだ?」
「気にするな、自業自得だ」
志瑞也は顔を戻す。
「蒼万…笑ってるのか?」
「お前にだけだ」
「蒼万…」
「何だ」
「呼んだだけ…」
二人は見つめ合う。
「お前達やめろ──っ! 私の耳は聴こえてるんだぁ──っ!」
朱翔の叫び声で蒼万から離れようとするが離してくれず、仕方なく志瑞也は振り返って両手を口元に翳して言う。
「朱翔ーっ、ごめんよーっ!」
蒼万は志瑞也の腰に腕を回したまま振り返り、金色の瞳を光らせにやりと口角を上げた。
……。
五人は一瞬で凍りつき、恐怖のあまり身の毛がよだった。まるで長年腹を空かせた龍が、捕えた極上の獲物に絡みつき、嬉しさで笑っているようにしか見えない。
朱翔は耳を塞ぎながら磨虎に怒鳴る。
「おっお前っ、絶対志瑞也に手を出すなよっ、蒼万は魔獣だっ! あいつは志瑞也にしか懐いてないっ、お前本当に殺されるぞっ いいなっ、いつもの冗談じゃないからなっ!」
磨虎は鼻血を押さえながら言う。
「わっわかった、わっ私もそう思う…」
黄虎は訳が分からないが、また磨虎が志瑞也に手を出して蒼万を怒らせたのだと思い、やれやれと苦笑いする。
志瑞也と蒼万が神獣達と戻ってきた。
「皆どうしたんだ? 磨虎っ大丈夫か?」
志瑞也は磨虎に駆け寄り、しゃがんで顔を覗き込む。
「志瑞也、私ならだ…」
磨虎は顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合ってしまう。更には髪を下ろしているが、首筋にある鬱血痕と歯型がちらっと見え、志瑞也の〝強く咬んでっ〟の声が耳に鳴り響き、鼓動が激しくなり一気に興奮の熱が上がる。
「ゔっ…」
鼻血を噴き出した。
「磨虎っ」
「兄上っ」
「お前はっ磨虎に近付くなっ」
朱翔が志瑞也の首根っこを掴み引っ張る。
「うわっ、朱翔何するんだよっ」
「蒼万っ私達が悪かった、頼むから何も喋らないでくれっ、志瑞也を磨虎に近付けるなっ」
蒼万は黙って頷き志瑞也のお腹に手を回す。
「何なんだよっ 磨虎を心配しただけで、俺変なことしてないよっ」
「ぷっ、皆相変わらずで面白いなハハハハハ」
黄虎が大声で笑う。
「そうか? ならいっかアハハハハ」
蒼万以外の四人が、何も知らない似た者兄弟に呆れた。
「辰瑞、こっちが弟の黄虎で、面倒見の良い朱翔に、優しい柊虎、盛り上げ上手な磨虎に、しっかり者の玄弥だ、皆大切な仲間だからなアハハハ」
全員の心が和らぎ微笑む。
志瑞也はこの世界に来て失ったものが多かった。だが、今は得たものも多いことに幸せを感じている。良いことばかりではないが、乗り越えるには時が必要なのだ。その流れの中に皆がいて、側に蒼万がいる。初めから独りではなく、どんな時も蒼万が離れずに支えてくれた。
志瑞也は振り返り言う。
「蒼万ありがとう」
志瑞也から微かに甘い香りが漂い、蒼万はあの日を思い出す。あの時もこうして振り返り、初めて笑顔を見せた。
「私もだ」
「そっか、へへ」
「志瑞也…」
「ん?」
「私も食べたい」
「キャラっちゅっ…んんんーっ」
蒼万が濃厚で甘い口づけをする。
「蒼万っやめろっ! 私は心臓の音も聴こえるんだあぁーっ!」
─ 最終章 終 ─
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「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
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「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
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