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最終章 吾亦紅
好奇心
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夜、黄龍殿に招待客が集まり、黄理が挨拶をして祝盃を挙げ、朱雀家の演奏と共に宴が始まった。各神家からの余興もあり、葵は剣舞、朱夏は琴の演奏を披露する。朱翔に「朱夏ちゃん、蒼万のことまだ好きなのかな?」と聞くと「案ずるな、私が蒼万は男色だって言っておいたハハハ」楽しそうに笑う。通りで、朱夏が目を合わさないわけだ。
色鮮やかな布を宙に泳がせて舞う朱雀家の女子達の踊りは、まるで天女の水遊びの様だ。朱夏の琴の音も見事に男子達の心を魅了し、弦を弾く軽やかな指使いは、全ての音源を操り奏でている。もし自分が現れなかったら、蒼万は朱夏と婚姻していたのかもしれない。そう思うと、志瑞也の腹の中で何かが蠢いた。
「朱夏ちゃん凄いな…」
「他の女を褒めていいのか? 蒼万に怒られるぞ、クククッ」
「そういう意味じゃないよっ、ったく…」
左隣から朱翔が怪しげに笑い、志瑞也は右隣に座る蒼万と一瞬目が合う。朱翔に隙を見せては何を突っつかれるか分からない、敢えて向かいに座る柊虎に尋ねる。
「柊虎、黄虎達はいつ来るんだ? 俺久々だから色々話したかったんだ」
「志瑞也、二人は今日は自殿で休んでいるよ」
「え、もう? 始まったばっかりなのに?」
朱翔が志瑞也の肩を組んで言う。
「お前野暮なこと聞くなよハハハ」
「どういう意味だ?」
志瑞也は眉をひそめ朱翔を見る。
柊虎が微笑みながら言う。
「婚儀の日は初夜の日でもあるのだ、私達が黄怜殿を宿屋にしていることは黄虎は聞いているはずだから、黄虎の方から明日にでも自殿に呼ぶはずだよ。それに私と兄上は義理の兄弟になるから、一応挨拶はしないとなハハハ」
「しょ初夜? あ…そっそうだよなっ、邪魔しちゃ駄目だよなっアハハ…」
志瑞也は会える喜びで大事なことを忘れていた。自分の幼さと鈍感さに呆れ、盃を持ちぐいっと呑み干す。
「お前達は三ヶ月前が初夜か?」
「ブーッ! なっゴホッ、何だよ朱翔っ、ゴホッ」
「お前耳まで真っ赤だぞっハハハハ」
「ったく、相変わらずだなもう…」
朱翔が隣に座った時から構えてはいたが、自から墓穴を掘ってしまい、志瑞也は呆れながらも吹き出した酒を拭き、口に残るわずかな酒の味に気付く。
「ん? このお酒…甘くないか? これって… 玄弥っ、これ玄武家の亀甲縛酒じゃないか?」
「ブーッ!」
蒼万以外の側に座るいつもの四人を含め、聞こえていた周りの客人達が一斉に吹き出した。
「しっし志瑞也ぁっ! こっこれは亀酒だよっ、そっそんな大きな声で言うなよっ! あっあの時はっ、祖父上達に揶揄われていただけだよっ」
玄弥は顔を真っ赤にして慌てふためく。
「なっ… 何でもっと早く教えないんだよっ!」
志瑞也は目を見開いて顔を青褪める。
近場の者達が笑いだし、離れた席では観玄と朱音が志瑞也を見ながら笑い、今度は恥ずかしさで耳まで赤くなる。
「アハハハハハハハ!」
……。
猛々しい笑い声に皆が振り向く。
「そ、蒼万が… 笑ってる…」
「は、初めてだ…」
朱翔は盃を持ち、柊虎は箸を持ち固まる。
磨虎は肉を「ボトッ」と口から落として言う。
「こ、こいつ、ちゃんと笑えるではないか…ハハッ」
「そっ蒼万さんっ 笑い方も男らしい…」
玄弥は目を輝かせ、客人達もそれを見て笑い、賑やかになった席で雑談が広がる。
志瑞也は怒りを込み上げきっと睨みつける。
「何笑ってるんだよ蒼万っ、知っていたんだろっ? 教えてくれたっていいじゃないかっ、皆で俺を揶揄ってっ」
「志瑞也、拗ねるな」
蒼万が微笑みながら志瑞也の頭をなでた。
パシッ
「触るなっ、俺は怒っているんだっ」
志瑞也が手を振り払い、蒼万は眉間に皺を寄せ睨み合う。二人の険悪な雰囲気に、四人は笑いごとではなくなり黙り込む。
「志瑞也、怒るな… 二度は言わない」
「…わかったよっ」
折角の席で怒るのは良くないと分かってはいても、不満は拭えない。皆の苦笑いと安堵した様子に、気を遣わせてしまったと志瑞也は罪悪感を抱く。笑って流せば良かったのに、何故こんなにも怒ってしまったのか、何に苛立っているのか。取り除けない暗い渦が、腹の中で蠢きだす。
朱翔が酒を一口呑んで蒼万に言う。
「お前の笑った顔が見れて良かったよ、昔のお前からは想像つかないなハハハ」
磨虎が蒼万の盃に酒を注いで言う。
「お前があの時もそうだったら、私ともっと仲良くなれていたぞハハハ」
「それはない」
「何だと?」
「ふっ、お前達の会話はあの頃と変わらないよハハハハ」
蒼万が磨虎に礼も言わず真顔で酒を呑み、朱翔は笑いながら梨に齧り付く。
柊虎は嬉しそうに言う。
「蒼万の笑い声は私も初めて聞いたが、よく微笑むよハハハ そうだろ志瑞也?」
「そうなのかし志瑞也ぁ?」
皆の会話で、志瑞也は暗い渦の正体に気付かされる。蒼万との甘い日々に浸りすぎて、周りが見えていなかった。周りと接したことで思い知らされた感情は、どす黒い渦へと成長してしまった。それは以前、抱いた時以上に嫌気がさし、取り繕えないほどに膨らんだ。
朱翔が志瑞也の盃に酒を注いで言う。
「黙り込んでどうした?」
「あ、ありがとう。そうだな、蒼万はよく…微笑むよアハハ…」
「お前顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「そっそうか? 亀酒は強いお酒だから、少し酔ったのかな?アハハハ……っ!」
酒を呑もうとすると、腰に熱い感触が触れる。
(何するんだっ… や、やめろっ…)
志瑞也は横目で蒼万を睨むが、蒼万は何食わぬ顔で酒を呑んでいる。とにかく気付かれないよう、会話を繋げることにした。
「そっそうだっ、磨虎と朱翔の結婚式は…っ、いっいつするんだ?」
朱翔が志瑞也の肩に手を置いて言う。
「私は来年だな、必ず来いよ」
「うん…っ」
少し引き攣った笑顔で頷くも、腰骨の付け根に触れてきた指が、狭間に沿ってなで動く。志瑞也は酒を呑むどころではなくなり、盃をゆっくり机に置き、背中に手を回して蒼万の手を退けようとするも、逆に掴まれ指と指を絡めてくる。慌てて振り解き、手を机に戻し盃を握りしめた。わずかな抵抗も虚しく、このまま耐え凌ぐしかない。だが、身体にどう触れば反応するのか、この男は熟知しているのだ。意地悪な手が腰を掴みだすと、応えるかのように下半身が疼き、手が震え酒を零しそうになる。
磨虎が箸で朱翔を差して言う。
「朱里はお前の姉上だから、私が先に婚儀を挙げるのが筋ではないのか? 婚約も私の方が先だっ」
柊虎は兄磨虎の行儀の悪い箸を手で押さえて言う。
「朱雀家から婚儀が一年に二回は… 大変だな」
「お前女癖だけでも早く直せよっ、女の方から日取りを断られるっておかしいだろっ その内本当に婚約解消されるぞっハハハ」
「なっ、何だとっ」
「痛ッ、まっ磨虎さんやめて下さいっ」
朱翔は笑いなが胡桃を磨虎に投げ、磨虎はそれを拾い朱翔に投げ返す。とばっちりを受けた玄弥は、飛んできた胡桃が顔に当たり腕で遮る。二人の行儀の悪さに柊虎は呆れ、顔を横に振り酒を一口呑んだ。
志瑞也は既に呼吸が荒く意識が朦朧とし、皆の会話どころか周囲の声も遠のいていた。潤んだ瞳で蒼万の横顔を見つめ、盃を運ぶ口元を目で辿る。含んだ酒がごくりと喉仏をゆっくり通り、上唇に付いた酒を舌先がぺろっと舐めた。
(あ…っ、もう…駄目だっ、蒼万っ…)
ガシャン…
カランカランカランッ…
……。
四人は盃や箸を落とし目を見開いて驚愕する。何が起きたのか、あまりの出来事に誰も動けないでいた。
「ちゅっ…蒼万っ、もっもう俺…欲しいっ、ちゅっ」
「皆が見ているぞ…」
「わ…わからない… お願い蒼万っ、して…ちゅっ」
「良いのか…?」
「蒼万っ、いい匂い…ちゅっ、あん…っ、もっと触ってっ…」
志瑞也が蒼万の首にしがみつき腰をくねりだす。
「蒼万っ! はっ早く志瑞也をっ、どっどっか連れて行けっ‼︎」
朱翔が焦り耳を塞いで怒鳴った。
「ふっ、わかった」
その微笑みに、四人は鳥肌を立てる。
「志瑞也、掴まっていろ」
蒼万は志瑞也を抱きかかえ、そのまま殿を出て行く。
玄弥は耳まで赤くしながら言う。
「し志瑞也ぁ、前よりなんか… まっ磨虎さんっ 鼻っ、鼻血が出ていますっ」
「兄上っ」
「おっお前っ、しっ志瑞也のあの腰の動き、みっ見たか…」
「兄上っ、衣が汚れる前に早く拭いてくださいっ」
呆けている兄磨虎の鼻を、柊虎が手拭いで押し当てる。
朱翔は一連の流れを見て声を静めて言う。
「なぁ私の耳が良いのは、お前達はもう知っているよな?」
三人は頷く。
「志瑞也の声、おかしくないか?」
「どういう意味だ?」
磨虎は鼻を手拭いで押さえながら食い付き、三人は朱翔の話に耳を傾ける。
「本来なら、女好きの磨虎がここまではならない、そうだろ?」
柊虎が腕を組んで真面目に答える。
「確かに、兄上は他の男には全く反応しない」
「おっお前っ、気持ち悪いこと言うなよっ」
朱翔は指で差しながら小声で言う。
「磨虎だけじゃない、柊虎や玄弥も感じなかったか? 周りを見てみろ、あの声が聞こえていた者、皆が顔を赤くしているじゃないか」
周りを見ると、女子は顔を赤らめ男子はもぞもぞしていた。
朱翔は真顔で話を続ける。
「さっきの志瑞也は、明らかに発情していた」
「あっ朱翔さん、はっ発情ですか⁉︎」
「しっ! 大きな声で言うなっ」
玄弥は慌てて口を塞ぐ。
朱翔は志瑞也の盃を持ち、三人に見せて呑みながら言う。
「亀酒かと思ったが、志瑞也は吹き出したから酔うほど呑んではいない、それに前は気づかなかったが、志瑞也のあの声は欲情を煽るぞ、ふっ」
柊虎は身に覚えがあった。
「それはお前も煽られたって、ことか?」
「神力を使ってまともに聞いたらそうなるかもな、でも使わなくても他神家よりは耳は良い、だから声の質でわかるんだ、あれは普通の声じゃない… だからといって、男に手は出さないけどなっ」
朱翔は胡桃を食べながら片眉を上げ磨虎を見る。
「なっ、何で私を見るのだっ」
「特にお前みたいな奴にあの声は毒だ、理性を失うから気をつけるんだなっハハハハ」
「なっ、痛ッ」
朱翔は胡桃を一粒磨虎の額に投げ突けた。
柊虎は眉を寄せて言う。
「蒼万は平気そうだったが?」
朱翔は顎を摩りながら言う。
「蒼万が影響されないのは、恐らく志瑞也を調教した本人だからかもな」
「ちょ調教っ…?」
磨虎は思わず手拭いを落とす。
「兄上っ、鼻を押さえて下さいっ」
朱翔が指でくいっくいっと三人を集め小声で言う。
「そこでだ皆、志瑞也は人前であんなことはしない、あいつの性格わかるよな?」
三人は真剣な目で頷く。
「麒麟を出した三ヶ月前に、何かしら身体に変化が起きたと私は考えているんだ」
「かっ身体に…変化っ?」
磨虎の止まりかけていた鼻血がまた噴き出す。
「磨虎っ、鼻押さえていろよっ、ったく血の気の多い奴だな…」
「あっ、ああ…そっそれで?」
「お前達、確かめてたいと、思わないか?」
朱翔は怪しげな笑みを浮かべた。
色鮮やかな布を宙に泳がせて舞う朱雀家の女子達の踊りは、まるで天女の水遊びの様だ。朱夏の琴の音も見事に男子達の心を魅了し、弦を弾く軽やかな指使いは、全ての音源を操り奏でている。もし自分が現れなかったら、蒼万は朱夏と婚姻していたのかもしれない。そう思うと、志瑞也の腹の中で何かが蠢いた。
「朱夏ちゃん凄いな…」
「他の女を褒めていいのか? 蒼万に怒られるぞ、クククッ」
「そういう意味じゃないよっ、ったく…」
左隣から朱翔が怪しげに笑い、志瑞也は右隣に座る蒼万と一瞬目が合う。朱翔に隙を見せては何を突っつかれるか分からない、敢えて向かいに座る柊虎に尋ねる。
「柊虎、黄虎達はいつ来るんだ? 俺久々だから色々話したかったんだ」
「志瑞也、二人は今日は自殿で休んでいるよ」
「え、もう? 始まったばっかりなのに?」
朱翔が志瑞也の肩を組んで言う。
「お前野暮なこと聞くなよハハハ」
「どういう意味だ?」
志瑞也は眉をひそめ朱翔を見る。
柊虎が微笑みながら言う。
「婚儀の日は初夜の日でもあるのだ、私達が黄怜殿を宿屋にしていることは黄虎は聞いているはずだから、黄虎の方から明日にでも自殿に呼ぶはずだよ。それに私と兄上は義理の兄弟になるから、一応挨拶はしないとなハハハ」
「しょ初夜? あ…そっそうだよなっ、邪魔しちゃ駄目だよなっアハハ…」
志瑞也は会える喜びで大事なことを忘れていた。自分の幼さと鈍感さに呆れ、盃を持ちぐいっと呑み干す。
「お前達は三ヶ月前が初夜か?」
「ブーッ! なっゴホッ、何だよ朱翔っ、ゴホッ」
「お前耳まで真っ赤だぞっハハハハ」
「ったく、相変わらずだなもう…」
朱翔が隣に座った時から構えてはいたが、自から墓穴を掘ってしまい、志瑞也は呆れながらも吹き出した酒を拭き、口に残るわずかな酒の味に気付く。
「ん? このお酒…甘くないか? これって… 玄弥っ、これ玄武家の亀甲縛酒じゃないか?」
「ブーッ!」
蒼万以外の側に座るいつもの四人を含め、聞こえていた周りの客人達が一斉に吹き出した。
「しっし志瑞也ぁっ! こっこれは亀酒だよっ、そっそんな大きな声で言うなよっ! あっあの時はっ、祖父上達に揶揄われていただけだよっ」
玄弥は顔を真っ赤にして慌てふためく。
「なっ… 何でもっと早く教えないんだよっ!」
志瑞也は目を見開いて顔を青褪める。
近場の者達が笑いだし、離れた席では観玄と朱音が志瑞也を見ながら笑い、今度は恥ずかしさで耳まで赤くなる。
「アハハハハハハハ!」
……。
猛々しい笑い声に皆が振り向く。
「そ、蒼万が… 笑ってる…」
「は、初めてだ…」
朱翔は盃を持ち、柊虎は箸を持ち固まる。
磨虎は肉を「ボトッ」と口から落として言う。
「こ、こいつ、ちゃんと笑えるではないか…ハハッ」
「そっ蒼万さんっ 笑い方も男らしい…」
玄弥は目を輝かせ、客人達もそれを見て笑い、賑やかになった席で雑談が広がる。
志瑞也は怒りを込み上げきっと睨みつける。
「何笑ってるんだよ蒼万っ、知っていたんだろっ? 教えてくれたっていいじゃないかっ、皆で俺を揶揄ってっ」
「志瑞也、拗ねるな」
蒼万が微笑みながら志瑞也の頭をなでた。
パシッ
「触るなっ、俺は怒っているんだっ」
志瑞也が手を振り払い、蒼万は眉間に皺を寄せ睨み合う。二人の険悪な雰囲気に、四人は笑いごとではなくなり黙り込む。
「志瑞也、怒るな… 二度は言わない」
「…わかったよっ」
折角の席で怒るのは良くないと分かってはいても、不満は拭えない。皆の苦笑いと安堵した様子に、気を遣わせてしまったと志瑞也は罪悪感を抱く。笑って流せば良かったのに、何故こんなにも怒ってしまったのか、何に苛立っているのか。取り除けない暗い渦が、腹の中で蠢きだす。
朱翔が酒を一口呑んで蒼万に言う。
「お前の笑った顔が見れて良かったよ、昔のお前からは想像つかないなハハハ」
磨虎が蒼万の盃に酒を注いで言う。
「お前があの時もそうだったら、私ともっと仲良くなれていたぞハハハ」
「それはない」
「何だと?」
「ふっ、お前達の会話はあの頃と変わらないよハハハハ」
蒼万が磨虎に礼も言わず真顔で酒を呑み、朱翔は笑いながら梨に齧り付く。
柊虎は嬉しそうに言う。
「蒼万の笑い声は私も初めて聞いたが、よく微笑むよハハハ そうだろ志瑞也?」
「そうなのかし志瑞也ぁ?」
皆の会話で、志瑞也は暗い渦の正体に気付かされる。蒼万との甘い日々に浸りすぎて、周りが見えていなかった。周りと接したことで思い知らされた感情は、どす黒い渦へと成長してしまった。それは以前、抱いた時以上に嫌気がさし、取り繕えないほどに膨らんだ。
朱翔が志瑞也の盃に酒を注いで言う。
「黙り込んでどうした?」
「あ、ありがとう。そうだな、蒼万はよく…微笑むよアハハ…」
「お前顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「そっそうか? 亀酒は強いお酒だから、少し酔ったのかな?アハハハ……っ!」
酒を呑もうとすると、腰に熱い感触が触れる。
(何するんだっ… や、やめろっ…)
志瑞也は横目で蒼万を睨むが、蒼万は何食わぬ顔で酒を呑んでいる。とにかく気付かれないよう、会話を繋げることにした。
「そっそうだっ、磨虎と朱翔の結婚式は…っ、いっいつするんだ?」
朱翔が志瑞也の肩に手を置いて言う。
「私は来年だな、必ず来いよ」
「うん…っ」
少し引き攣った笑顔で頷くも、腰骨の付け根に触れてきた指が、狭間に沿ってなで動く。志瑞也は酒を呑むどころではなくなり、盃をゆっくり机に置き、背中に手を回して蒼万の手を退けようとするも、逆に掴まれ指と指を絡めてくる。慌てて振り解き、手を机に戻し盃を握りしめた。わずかな抵抗も虚しく、このまま耐え凌ぐしかない。だが、身体にどう触れば反応するのか、この男は熟知しているのだ。意地悪な手が腰を掴みだすと、応えるかのように下半身が疼き、手が震え酒を零しそうになる。
磨虎が箸で朱翔を差して言う。
「朱里はお前の姉上だから、私が先に婚儀を挙げるのが筋ではないのか? 婚約も私の方が先だっ」
柊虎は兄磨虎の行儀の悪い箸を手で押さえて言う。
「朱雀家から婚儀が一年に二回は… 大変だな」
「お前女癖だけでも早く直せよっ、女の方から日取りを断られるっておかしいだろっ その内本当に婚約解消されるぞっハハハ」
「なっ、何だとっ」
「痛ッ、まっ磨虎さんやめて下さいっ」
朱翔は笑いなが胡桃を磨虎に投げ、磨虎はそれを拾い朱翔に投げ返す。とばっちりを受けた玄弥は、飛んできた胡桃が顔に当たり腕で遮る。二人の行儀の悪さに柊虎は呆れ、顔を横に振り酒を一口呑んだ。
志瑞也は既に呼吸が荒く意識が朦朧とし、皆の会話どころか周囲の声も遠のいていた。潤んだ瞳で蒼万の横顔を見つめ、盃を運ぶ口元を目で辿る。含んだ酒がごくりと喉仏をゆっくり通り、上唇に付いた酒を舌先がぺろっと舐めた。
(あ…っ、もう…駄目だっ、蒼万っ…)
ガシャン…
カランカランカランッ…
……。
四人は盃や箸を落とし目を見開いて驚愕する。何が起きたのか、あまりの出来事に誰も動けないでいた。
「ちゅっ…蒼万っ、もっもう俺…欲しいっ、ちゅっ」
「皆が見ているぞ…」
「わ…わからない… お願い蒼万っ、して…ちゅっ」
「良いのか…?」
「蒼万っ、いい匂い…ちゅっ、あん…っ、もっと触ってっ…」
志瑞也が蒼万の首にしがみつき腰をくねりだす。
「蒼万っ! はっ早く志瑞也をっ、どっどっか連れて行けっ‼︎」
朱翔が焦り耳を塞いで怒鳴った。
「ふっ、わかった」
その微笑みに、四人は鳥肌を立てる。
「志瑞也、掴まっていろ」
蒼万は志瑞也を抱きかかえ、そのまま殿を出て行く。
玄弥は耳まで赤くしながら言う。
「し志瑞也ぁ、前よりなんか… まっ磨虎さんっ 鼻っ、鼻血が出ていますっ」
「兄上っ」
「おっお前っ、しっ志瑞也のあの腰の動き、みっ見たか…」
「兄上っ、衣が汚れる前に早く拭いてくださいっ」
呆けている兄磨虎の鼻を、柊虎が手拭いで押し当てる。
朱翔は一連の流れを見て声を静めて言う。
「なぁ私の耳が良いのは、お前達はもう知っているよな?」
三人は頷く。
「志瑞也の声、おかしくないか?」
「どういう意味だ?」
磨虎は鼻を手拭いで押さえながら食い付き、三人は朱翔の話に耳を傾ける。
「本来なら、女好きの磨虎がここまではならない、そうだろ?」
柊虎が腕を組んで真面目に答える。
「確かに、兄上は他の男には全く反応しない」
「おっお前っ、気持ち悪いこと言うなよっ」
朱翔は指で差しながら小声で言う。
「磨虎だけじゃない、柊虎や玄弥も感じなかったか? 周りを見てみろ、あの声が聞こえていた者、皆が顔を赤くしているじゃないか」
周りを見ると、女子は顔を赤らめ男子はもぞもぞしていた。
朱翔は真顔で話を続ける。
「さっきの志瑞也は、明らかに発情していた」
「あっ朱翔さん、はっ発情ですか⁉︎」
「しっ! 大きな声で言うなっ」
玄弥は慌てて口を塞ぐ。
朱翔は志瑞也の盃を持ち、三人に見せて呑みながら言う。
「亀酒かと思ったが、志瑞也は吹き出したから酔うほど呑んではいない、それに前は気づかなかったが、志瑞也のあの声は欲情を煽るぞ、ふっ」
柊虎は身に覚えがあった。
「それはお前も煽られたって、ことか?」
「神力を使ってまともに聞いたらそうなるかもな、でも使わなくても他神家よりは耳は良い、だから声の質でわかるんだ、あれは普通の声じゃない… だからといって、男に手は出さないけどなっ」
朱翔は胡桃を食べながら片眉を上げ磨虎を見る。
「なっ、何で私を見るのだっ」
「特にお前みたいな奴にあの声は毒だ、理性を失うから気をつけるんだなっハハハハ」
「なっ、痛ッ」
朱翔は胡桃を一粒磨虎の額に投げ突けた。
柊虎は眉を寄せて言う。
「蒼万は平気そうだったが?」
朱翔は顎を摩りながら言う。
「蒼万が影響されないのは、恐らく志瑞也を調教した本人だからかもな」
「ちょ調教っ…?」
磨虎は思わず手拭いを落とす。
「兄上っ、鼻を押さえて下さいっ」
朱翔が指でくいっくいっと三人を集め小声で言う。
「そこでだ皆、志瑞也は人前であんなことはしない、あいつの性格わかるよな?」
三人は真剣な目で頷く。
「麒麟を出した三ヶ月前に、何かしら身体に変化が起きたと私は考えているんだ」
「かっ身体に…変化っ?」
磨虎の止まりかけていた鼻血がまた噴き出す。
「磨虎っ、鼻押さえていろよっ、ったく血の気の多い奴だな…」
「あっ、ああ…そっそれで?」
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なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
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