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第1章 見知らぬ村、見知らぬ人
第3話
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「近道はないんですか?」
体力はまだ一応問題ないものの、ひたすら無言で歩くことに既に嫌気がさしている。当のクルスもちょくちょく転びかけているので歩くのに必死だ。
「ありません。くれぐれもこの道から絶対に外れないようにして下さい。森に入るのも村の外に出るのも許可がいります。この道も普段は使えないんです」
「随分、閉鎖的なんですね」
驚いて思わず疑問を口に出してしまう。言い方は悪いが隔離施設のようだ。レナードの驚きに反して、クルスは何でもないことのように話す。
「そうでしょうか。村とはいえかなり広いですし、特に不便は感じませんよ」
「森は熊でも出るんですか?」
「熊はわかりませんが、森は神域なんです。ですから私たち人間が入ってはいけない禁足地になっています」
民間信仰だろうか。昔宗教の話題で友人を失ったことがあるので、踏み込むべきか迷ってしまう。
「道の端に一定間隔で立つ柱がありますよね。あれは神域との境界線を現わしているんです。あそこから向こうは森、つまり神域になります。」
確かにぽつんぽつんと腰丈程の石柱があり、天辺に白濁した石が埋め込まれている。気になって少し撫でてみたが、期待に反して何も起こる様子はない。石は硬質で表面は丸みを帯びている。透明のようでいて、光の加減で奥の方に白い光のようなものが見える。下からライトでも照らしているのだろうか、ほんのりと温かさを感じる。
「さて、そろそろ行きましょうか。あまり遅くなると暗くなってしまいます。ちょっとペースを上げましょう」
クルスが椅子代わりにしていた丸太から腰を上げ、レナードは急ぎ足で近くに寄る。何度も音をあげそうになりながらようやく村に着いたのは、それから40分程経った後だった。ここに来るまで今後の生活への不安でいっぱいだったレナードだが、今は正直疲れでそれどころではない。早くベッドに寝転がりたい。
加えて緊張についてもクルスのおっちょこちょいな一面を見て密かになごんでいた為に多少和らいでいる。
紆余曲折を経てようやく村に辿り着いた頃には、もう日が傾き始めていた。彼はどうにかリタイアせずに到着できたと安堵のため息を吐いた。
夕食の準備時なのだろう、村のあちこちからいい匂いが漂ってきている。見渡せば村という割に端が見えない程広く、下手をすると迷いそうな位広大だ。古い村らしく煉瓦造りの家が多い。車どころか自転車もなく、かろうじて荷車のような馬車がある程度だ。
「流石に電灯もないのは困らないのかな……」
夜は基本出歩かないにしても、家の軒先に位あってもよさそうなものだ。あまりに自分が暮らしていた都市と違いすぎていてらまるで中世の村に迷い込んだような気分だ。まるで別世界のような感覚に陥ってしまう。
「もう遅いですから、真っすぐ学校に向かいましょう。入寮手続きはすぐ済みますから、荷物を置いたら夕食にしちゃいましょう。今ならまだ食堂を二人占めに出来ますよ」
クルスはそう言って悪戯っぽく笑った。気遅れを見抜かれていたらしい。こういう所はやはり先生らしさを感じる。
無事入寮手続きを終え、食堂へ向かう途中のことだ。廊下の向こうからシャツをラフに着崩した男性が欠伸をしながら歩いてきた。
「よう、ウサギちゃんじゃねぇか」
「ルプス先生、またですか! その呼び方は止めなさいと言ったはずです!」
クルスは今までのおっとりした様子が嘘のように、機敏に相手の言葉に反応した。ルプスと呼ばれた教師の髪は黒く長ボサボサで、シャツのボタンは第3ボタンまで開けられている。とても学校の教師とは思えない恰好だ。その様子に丸い目を更に吊り上げてあっという間に相手の目の前まで辿り着いた。
「だらしのない格好で校内を歩かないで下さい! 生徒が真似したらどうするんですか!」
「俺がしようがしまいが関係ねえよ。そんなに怒ると目が三角で定着するぞ?」
「大きなお世話です!」
ぷんぷんという効果音でも出しそうな様子で、ボタンを閉める気配のない相手にクルスが手を伸ばす。ルプスはそれを面白そうに見ながら、大人しく成すがままにされている。教師仲間というのは分かるのだが、それにしては近い距離にレナードは少々面食らってしまう。
「もう次は直しませんからね、きちんと自分でやって下さいよ!」
「それは約束しかねるな」
「なっ……もういいです! レナード君、行きますよ!」
クルスは白い顔を林檎のように真っ赤に染め、だんだんと音を鳴らしてさっさと先に行ってしまった。慌ててその後を追おうとした瞬間、すれ違ったルプスの囁きが耳元を擽った。
「ここに来て感じた疑問は口に出さない方がいい。長生きしたけりゃあな」
あまりに不穏な台詞に、レナードはバッと振り返る。しかしいつの間にか彼は数歩先を行っており、右手で胸元をさすりながら左手を後ろ手にひらひらと振った。心のもやもやを残したまま、先に行ったクルスの後を追って慌てて走り出した。
体力はまだ一応問題ないものの、ひたすら無言で歩くことに既に嫌気がさしている。当のクルスもちょくちょく転びかけているので歩くのに必死だ。
「ありません。くれぐれもこの道から絶対に外れないようにして下さい。森に入るのも村の外に出るのも許可がいります。この道も普段は使えないんです」
「随分、閉鎖的なんですね」
驚いて思わず疑問を口に出してしまう。言い方は悪いが隔離施設のようだ。レナードの驚きに反して、クルスは何でもないことのように話す。
「そうでしょうか。村とはいえかなり広いですし、特に不便は感じませんよ」
「森は熊でも出るんですか?」
「熊はわかりませんが、森は神域なんです。ですから私たち人間が入ってはいけない禁足地になっています」
民間信仰だろうか。昔宗教の話題で友人を失ったことがあるので、踏み込むべきか迷ってしまう。
「道の端に一定間隔で立つ柱がありますよね。あれは神域との境界線を現わしているんです。あそこから向こうは森、つまり神域になります。」
確かにぽつんぽつんと腰丈程の石柱があり、天辺に白濁した石が埋め込まれている。気になって少し撫でてみたが、期待に反して何も起こる様子はない。石は硬質で表面は丸みを帯びている。透明のようでいて、光の加減で奥の方に白い光のようなものが見える。下からライトでも照らしているのだろうか、ほんのりと温かさを感じる。
「さて、そろそろ行きましょうか。あまり遅くなると暗くなってしまいます。ちょっとペースを上げましょう」
クルスが椅子代わりにしていた丸太から腰を上げ、レナードは急ぎ足で近くに寄る。何度も音をあげそうになりながらようやく村に着いたのは、それから40分程経った後だった。ここに来るまで今後の生活への不安でいっぱいだったレナードだが、今は正直疲れでそれどころではない。早くベッドに寝転がりたい。
加えて緊張についてもクルスのおっちょこちょいな一面を見て密かになごんでいた為に多少和らいでいる。
紆余曲折を経てようやく村に辿り着いた頃には、もう日が傾き始めていた。彼はどうにかリタイアせずに到着できたと安堵のため息を吐いた。
夕食の準備時なのだろう、村のあちこちからいい匂いが漂ってきている。見渡せば村という割に端が見えない程広く、下手をすると迷いそうな位広大だ。古い村らしく煉瓦造りの家が多い。車どころか自転車もなく、かろうじて荷車のような馬車がある程度だ。
「流石に電灯もないのは困らないのかな……」
夜は基本出歩かないにしても、家の軒先に位あってもよさそうなものだ。あまりに自分が暮らしていた都市と違いすぎていてらまるで中世の村に迷い込んだような気分だ。まるで別世界のような感覚に陥ってしまう。
「もう遅いですから、真っすぐ学校に向かいましょう。入寮手続きはすぐ済みますから、荷物を置いたら夕食にしちゃいましょう。今ならまだ食堂を二人占めに出来ますよ」
クルスはそう言って悪戯っぽく笑った。気遅れを見抜かれていたらしい。こういう所はやはり先生らしさを感じる。
無事入寮手続きを終え、食堂へ向かう途中のことだ。廊下の向こうからシャツをラフに着崩した男性が欠伸をしながら歩いてきた。
「よう、ウサギちゃんじゃねぇか」
「ルプス先生、またですか! その呼び方は止めなさいと言ったはずです!」
クルスは今までのおっとりした様子が嘘のように、機敏に相手の言葉に反応した。ルプスと呼ばれた教師の髪は黒く長ボサボサで、シャツのボタンは第3ボタンまで開けられている。とても学校の教師とは思えない恰好だ。その様子に丸い目を更に吊り上げてあっという間に相手の目の前まで辿り着いた。
「だらしのない格好で校内を歩かないで下さい! 生徒が真似したらどうするんですか!」
「俺がしようがしまいが関係ねえよ。そんなに怒ると目が三角で定着するぞ?」
「大きなお世話です!」
ぷんぷんという効果音でも出しそうな様子で、ボタンを閉める気配のない相手にクルスが手を伸ばす。ルプスはそれを面白そうに見ながら、大人しく成すがままにされている。教師仲間というのは分かるのだが、それにしては近い距離にレナードは少々面食らってしまう。
「もう次は直しませんからね、きちんと自分でやって下さいよ!」
「それは約束しかねるな」
「なっ……もういいです! レナード君、行きますよ!」
クルスは白い顔を林檎のように真っ赤に染め、だんだんと音を鳴らしてさっさと先に行ってしまった。慌ててその後を追おうとした瞬間、すれ違ったルプスの囁きが耳元を擽った。
「ここに来て感じた疑問は口に出さない方がいい。長生きしたけりゃあな」
あまりに不穏な台詞に、レナードはバッと振り返る。しかしいつの間にか彼は数歩先を行っており、右手で胸元をさすりながら左手を後ろ手にひらひらと振った。心のもやもやを残したまま、先に行ったクルスの後を追って慌てて走り出した。
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