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第3章 折り重なる感情
第33話
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退路を失ったレナードの足取りは重い。東の空からは太陽が姿を見せており、朝早くから村内を虚ろな顔で歩く彼を村人たちは怪訝そうに見つめていた。
幸い誰も話しかけてくることなく、彼は目指していた場所の戸をのろのろ叩いた。
「開いているぞ」
室内にいたガイルは昨夜から全く動いていないかのように同じ場所で座っていた。
「気は済んだか?」
全て見透かしたかのような言葉にレナードはばっと顔を上げて叫んだ。
「分かっていて行かせたんですね?! 絶望する俺を見られて満足ですか? もううんざりだ! ここから出してくれ!!」
心の底からの声に対し、相手は全く動じる様子もない。テーブルにある水差しを手に取り、2つのコップに水を注ぐ。その内の1つを手に取り、飲むわけでもなく中を覗き込んでいる。
「コーラってあるだろ。甘い炭酸飲料。小さい頃、1度だけ両親に村の外に連れていってもらった時飲んだんだ」
「何を言ってるんですか? 今はそんな場合じゃ」
「まあ聞けよ。俺とセクレトはその頃はまだ仲のいい兄弟でさ。2人で1缶だけ買ってもらって、ちびちび回し飲みした」
レナードは黙ったままだ。コーラなんて珍しくもない大量生産の飲み物だ。それをさも大事な思い出のように語る彼の姿は、どうにも己の常識と乖離した存在のように思えた。
「この世にこんな美味いものがあるのか!って2人してめちゃくちゃ興奮してさ。またいつか一緒にコーラを買いに来ようって約束したんだ」
「コーラなんて、どこでも……」
あるじゃないか、と言おうとして口をつぐむ。視界の端に移る部屋の中には冷蔵庫はない。水道の普及した現代では実物は水差しさえ初めて見た。
この村にはそもそも、商店がない。
「お前からしたら手軽に手に入る飲み物だよな。でも俺たちにとっちゃ凄く大切な約束だったはずなんだ」
「どうして、過去形なんですか?」
レナードの喉がからからに乾く。目線で許可を取り飲み干したコップの水が体に染み渡っていくけれど、当然ながら味はない。
「家に帰ってすぐ、今みたいに水を飲んだんだ。冷えてもいない温い水さ。『こんなんじゃなくてコーラ飲みてぇよな』ってセクレトに言ったんだ。そしてあいつが『コーラって何?』と聞いた」
「名前を忘れた……?」
「いいや、2人でした約束のことはおろか、村の外に出たことさえ覚えていなかった。あの頃は俺もガキだったからな、約束を忘れたあいつを罵ったりもした。それからかな、いつでも一緒だったセクレトと上手くいかなくなったのはさ」
記憶喪失の理由は聞かなかった。ようやく頭の冷えた頭に昨日のガイルの話が蘇る。能力の効かない彼は、全てを覚えていた。対してセクレトは誰かの能力で全てを忘れてしまったのだろう。
「次の日、両親を伴って教会に行った。村の牧師が俺たちににこやかに笑いかけながら聞く んだ。村の外はどうだったかって。俺はセクレトと一緒にきょとんとした顔をしたよ。我ながら名演だったよ。両親は酷く安堵した顔だったのをよく覚えてる」
「村の外に連れ出したのは忘れない子供を選別するため、だったんですね」
「その通り。俺が能力を隠している理由はわかって貰えたか?」
深く頷く以外になかった。異分子の末路がどうなるのかは考えたくない。
「こんな昔話をした所であの結界を設置したのが俺たちじゃないという証拠にならないのは分かっている。だが少なくとも知って欲しかった。大切なことを覚えていられる貴重さと、危険性を」
レナードは黙りこくった。ガイルの表情は静かなままだったが、瞳の色は暗い。
「もう一度、連れ出せなかったんですか? また行けばきっと」
「子供は外出許可が降りない。大人は限られた者か、もう戻ってこない者だけだ。お前も知っている通り、無理矢理出ようとしても失敗する。試したんだ、全部。」
彼は疲れたように息を吐く。実の弟さえ記憶を失ってしまう孤独な村の中で、ただ1人真実を知り隠してきた重荷はどれほどのものだろう。それでも諦めずに外を目指している姿に、レナードは眩さを感じた。
「俺は……役に立てないかもしれません」
「微かな希望をくれただけでも十分さ。俺に、俺達に夢を見せてくれよ。そしていつか村を出られたら、一緒にコーラでも飲もうぜ」
ガイルが誘うように左手を伸ばす。レナードは右手をぎゅっと握りしめて相手を見つめた。本当にできることなんてあるのかという思いは変わらないけれど。それでも。
「分かりました。その時は奢りますよ。セクレトさんも一緒に」
握った手は硬く、力強い。だがそうだなと笑うガイルは縋るような光を灯した瞳で、少し気が抜けたようにへらりと笑った。
幸い誰も話しかけてくることなく、彼は目指していた場所の戸をのろのろ叩いた。
「開いているぞ」
室内にいたガイルは昨夜から全く動いていないかのように同じ場所で座っていた。
「気は済んだか?」
全て見透かしたかのような言葉にレナードはばっと顔を上げて叫んだ。
「分かっていて行かせたんですね?! 絶望する俺を見られて満足ですか? もううんざりだ! ここから出してくれ!!」
心の底からの声に対し、相手は全く動じる様子もない。テーブルにある水差しを手に取り、2つのコップに水を注ぐ。その内の1つを手に取り、飲むわけでもなく中を覗き込んでいる。
「コーラってあるだろ。甘い炭酸飲料。小さい頃、1度だけ両親に村の外に連れていってもらった時飲んだんだ」
「何を言ってるんですか? 今はそんな場合じゃ」
「まあ聞けよ。俺とセクレトはその頃はまだ仲のいい兄弟でさ。2人で1缶だけ買ってもらって、ちびちび回し飲みした」
レナードは黙ったままだ。コーラなんて珍しくもない大量生産の飲み物だ。それをさも大事な思い出のように語る彼の姿は、どうにも己の常識と乖離した存在のように思えた。
「この世にこんな美味いものがあるのか!って2人してめちゃくちゃ興奮してさ。またいつか一緒にコーラを買いに来ようって約束したんだ」
「コーラなんて、どこでも……」
あるじゃないか、と言おうとして口をつぐむ。視界の端に移る部屋の中には冷蔵庫はない。水道の普及した現代では実物は水差しさえ初めて見た。
この村にはそもそも、商店がない。
「お前からしたら手軽に手に入る飲み物だよな。でも俺たちにとっちゃ凄く大切な約束だったはずなんだ」
「どうして、過去形なんですか?」
レナードの喉がからからに乾く。目線で許可を取り飲み干したコップの水が体に染み渡っていくけれど、当然ながら味はない。
「家に帰ってすぐ、今みたいに水を飲んだんだ。冷えてもいない温い水さ。『こんなんじゃなくてコーラ飲みてぇよな』ってセクレトに言ったんだ。そしてあいつが『コーラって何?』と聞いた」
「名前を忘れた……?」
「いいや、2人でした約束のことはおろか、村の外に出たことさえ覚えていなかった。あの頃は俺もガキだったからな、約束を忘れたあいつを罵ったりもした。それからかな、いつでも一緒だったセクレトと上手くいかなくなったのはさ」
記憶喪失の理由は聞かなかった。ようやく頭の冷えた頭に昨日のガイルの話が蘇る。能力の効かない彼は、全てを覚えていた。対してセクレトは誰かの能力で全てを忘れてしまったのだろう。
「次の日、両親を伴って教会に行った。村の牧師が俺たちににこやかに笑いかけながら聞く んだ。村の外はどうだったかって。俺はセクレトと一緒にきょとんとした顔をしたよ。我ながら名演だったよ。両親は酷く安堵した顔だったのをよく覚えてる」
「村の外に連れ出したのは忘れない子供を選別するため、だったんですね」
「その通り。俺が能力を隠している理由はわかって貰えたか?」
深く頷く以外になかった。異分子の末路がどうなるのかは考えたくない。
「こんな昔話をした所であの結界を設置したのが俺たちじゃないという証拠にならないのは分かっている。だが少なくとも知って欲しかった。大切なことを覚えていられる貴重さと、危険性を」
レナードは黙りこくった。ガイルの表情は静かなままだったが、瞳の色は暗い。
「もう一度、連れ出せなかったんですか? また行けばきっと」
「子供は外出許可が降りない。大人は限られた者か、もう戻ってこない者だけだ。お前も知っている通り、無理矢理出ようとしても失敗する。試したんだ、全部。」
彼は疲れたように息を吐く。実の弟さえ記憶を失ってしまう孤独な村の中で、ただ1人真実を知り隠してきた重荷はどれほどのものだろう。それでも諦めずに外を目指している姿に、レナードは眩さを感じた。
「俺は……役に立てないかもしれません」
「微かな希望をくれただけでも十分さ。俺に、俺達に夢を見せてくれよ。そしていつか村を出られたら、一緒にコーラでも飲もうぜ」
ガイルが誘うように左手を伸ばす。レナードは右手をぎゅっと握りしめて相手を見つめた。本当にできることなんてあるのかという思いは変わらないけれど。それでも。
「分かりました。その時は奢りますよ。セクレトさんも一緒に」
握った手は硬く、力強い。だがそうだなと笑うガイルは縋るような光を灯した瞳で、少し気が抜けたようにへらりと笑った。
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