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Ⅹ 双月の奏
17 第十六楽章
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ティファレトはただ、立ち尽くしていた。実家の館に戻ると、確かに、見慣れた使用人達が出迎えてくれた。
どう言った理由で戻ってきたのかも、アーネストから予め、説明を受けているようだった。
事実、筆頭の使用人が、ティファレトに血に関することを口にした。黄の長に言われたように、アーネストが眠りに就いてしまうと、ティファレトの相手は実質、居なくなったことになる。頭で納得していても、心が納得しなかった。
「……」
結婚前に使っていた自室に戻る。
何一つ、変わっていないと思っていた部屋は、しかし、違っていることに気が付いた。
結婚前にはなかった物が、そこかしこにある。それは、アーネストの館でティファレトが愛用していた物が新品ではあるが、さり気なく置かれている。
用意したのが誰であるかくらい、鈍感なティファレトでも判った。
アーネストは離婚後の生活も、心配ないように用意したに違いない。それに気が付くと、居たたまれない思いに捕らわれた。
ティファレトはアーネストのために何かをしたことなど一度もないのだ。
「お嬢様」
そう呼ばれ、一瞬、反応出来なかった。自分が呼ばれていると気が付くのに数秒要し、改めて思い知った。
もう、誰の妻でもないのだと。
何もせずに費やされていく時間。如何に、音楽という世界に浸りきっていたのかと、嫌と言うほど知らしめられた。
戻ってきてから三日ほど経った頃、父親が使用していた仕事部屋に足を踏み入れた。整然と片付いてはいるが、仕事中は楽譜が散乱していた。
部屋の中央にあるグランドピアノに向かい、譜面に書き込んでは気に食わないのか、丸めては放り投げるを繰り返していた。
そして、漸く回りだす頭。無為に過ぎていく時間の中、ティファレトが出した結論はおそらく、アーネストにとって、賛成してくれるものではないだろう。
だが、今更、相手を探すなど、ティファレトには出来なかった。
「手伝って貰いたいことがあるの」
使用人達が食事をしているときに、食堂に訪れたティファレトは、そう、口火を切った。使用人達は驚いたように目を見開く。
何故なら、ティファレトが着ていた服は、結婚前に着ていた、飾り気のない白いシャツと黒のロングスカート。使い込んだ茶のブーツだったからだ。
食事が終わってから、居間として使用していた部屋に来るように言い置き、ティファレトは食堂を後にする。
廊下を歩きながら、不意に窓の外に視線を走らせた。
蘇る、幼いときの記憶。
吸血族にしては珍しく、幼いときからティファレトには三人の幼馴染みがいた。
二人の少年と一人の少女。
四人の館の中で、集まるにはティファレトの館が一番集まりやすかった。だから、四人で泥塗れになって遊んだ。時には笑い、時には喧嘩もしたが、直ぐに仲直りをして、飽きもせず遊んだものだ。
あの時は憂い事など何一つ無かった。月明かりに照らされた庭で、その柔らかな光が、何もかもを、優しく包み込んでくれていた。
変化が訪れたのは二人の少年が遊びに来なくなってからだ。
今思えば、二人の少年は二人の少女より、大人になるのが早かったのだろう。実際、幾分年上であることは確かだった。
従兄弟同士であった二人の少年は、髪質こそ違ったが、双子と言っても過言ではないほど、よく似た相貌だった。
そこまで考えて、ティファレトは愕然とした。
ファジュラが癖毛なのは、ティファレトの髪質を継いだからだ。想い人と似ていると思ったのは、二人はよく似た相貌をしていたから。
再び出会った、二人の少年は立派な大人になっていた。
一人は陽気なまま、一人は信じられないくらいの落ち着きを身につけていた。確かに似てはいたが、雰囲気が全く変わってしまっていたのだ。
何故、そうなってしまったのか、考えようともしなかった。本家と分家の関係だった二人は、立場が全く違っていたのだ。
後になってから知った、アーネストの一族の特殊性。
音と声が合う者と婚姻するという決まり事。
四人は婚約者と言う関係だったようだが、相手が決まっていたわけではなかった。
アーネストが奏でるピアノの音と、声が合う方が妻になる。合わない方は必然的にもう一人の妻となる。
だが、今考えれば、もう一人の少女は、もう一人の少年を好いていた。では、自分はどうだったのだろうか。
このとき、ティファレトは、あの時に、心に渦巻いた感情を理解していなかったのだ。
ティファレトが感じたのは、理不尽だと、そう思ったのだ。
つまり、好いている好いていないではない。全てが音で決められていた。もし、合う者がもう一人の少女であれば、ティファレトはアーネストの隣に立つことは無かったのだ。
どちらを好きだったかなど、今では思い出せない。あの頃は、大好きだった三人の幼馴染み達との時間が、失われたのだと、無意識に感じ取ったのだ。
もし、普通の婚約者という立場であったなら、受け入れられただろう。だが、現実に突きつけられた真実が、ティファレトを頑なにさせたのだ。
アーネストにとって、ティファレトはただ、声が合っただけの存在だと。
好かれていたわけではない。ただ、一族の決まり事で、仕方なく娶られたのだと。
だから、我が儘を言った。いけないと思いながら、息子に全ての愛情を向けた。困ったような表情をされると、そうなのだと、再認識させられた。
決め事で仕方なく妻にした者。
黒の長にアーネストは長い時を耐えていたのだと言われたとき、感じた諦めの感情。真に消えなくてはいけないのはアーネストではない。
全てを歪ませてしまったティファレト本人。家族の中にあって、存在してはいけない者。
ファジュラは歪み捻れた愛情の中で育った筈なのに、歪みを感じなかった。それは、アーネストの両親に守られ、育まれたからだ。
成人した子供に、歪んだ母親は必要ない。今のファジュラに必要なのは、一族の全てを宿しているアーネストだ。
ティファレトは窓の外に広がる庭に、全ての始まりの場所に、思いを馳せる。
無邪気だったあの頃。両親に愛しまれ、使用人達にも可愛がってもらった。あの、輝かしい少女時代が、ティファレトにとって、真に幸せで、真に彼女自身で居られた時だったのだと、淡い微笑みを、悲し気な表情で浮かべていた。
†††
「出来たんだって」
調合用に使用している部屋の扉を開けてからノックし、アレンは一言声を掛けた。
「それらしいものはな」
フィネイは振り返りつつ、体を伸ばした。そして、当然のようにトゥーイの存在がある。
「言っておくけど、お前はここまでだぞ」
フィネイはトゥーイに視線を落とし、はっきり、きっぱり言い切った。トゥーイはと言えば、やはり、不満顔だ。
「……判ってるけどさ」
「けどさ、じゃない」
フィネイは嘆息する。
「トゥーイは相変わらず、フィネイにべったりだな」
アレンは腕を組むと、呆れたように息を吐き出す。その言葉にかちん、ときたのはトゥーイだ。
「それ、どういう意味だよ」
「言葉通りだろう」
アレンは歩み寄りながら、トゥーイを軽くいなし、フィネイの手元にある小さな小瓶を視界に収める。
「粉末か」
アレンの質問にフィネイは頷いた。
「何時、使うことになるかも定かじゃないし、液体の場合、長持ちしない」
「粉末より、変化しやすいからな」
アレンの言葉に、フィネイは頷いた。
「ファジュラは」
「彼奴なら、今は殆ど、薔薇園の住人だ。記憶がバラバラの状態だからな。シオンとルビィの質問責めにあってるよ」
フィネイは驚いたように目を見開いた。トゥーイはと言えば、瞳を輝かせている。
「二人して、そんな楽しいことしてるのか」
嬉々として訊いてきたトゥーイに、二人は沈黙する。どうやら、感覚は他の二人と同じらしい。シオンとルビィも、しきりに楽しいと言っている。
ファジュラはと言えば、既に根を上げている状態だ。
「トゥーイ……」
「なんだ」
フィネイは疲れたようにトゥーイの名を呼ぶ。それに、ごく普通にトゥーイは返事を返す。
「ファジュラは病み上がりだ」
「そんなことは知ってる」
フィネイは更に脱力した。
「記憶がバラバラなんだろう。つまり、繋がってないんだよな」
トゥーイは言いながら、アレンに視線を向けた。アレンは苦笑いを浮かべながら、頷く。
「質問責めって言うけど、シオンさんのことだから、順序を追ってるんじゃないか」
トゥーイは首を傾げつつ、断定するように言い切る。
確かに二人は面白がってはいるが、思い付くまま、質問しているわけではない。少しずつではあるが、記憶の繋がりが生まれているようだ。
「それに、フィネイの態度は酷すぎる」
トゥーイは右手の人差し指を、ビシッと、フィネイの鼻先に突き付けた。
「俺がただ、面白がってると思ってるだろう。絶対に違うからなっ」
そんなに取り繕っても、先の瞳の輝きが期待を裏切っていた。
「あれだけ、子供みたいに瞳を輝かせた奴が言う台詞か」
フィネイは腕を組み、トゥーイを見下ろした。
「お前達は相変わらずだな」
アレンは面白そうに、その光景を眺めていた。
「アレン達程じゃないと思う」
フィネイは脱力したように、力無く言った。
「そうだよ。二人の方が、断然、面白いし」
トゥーイはフィネイを援護したつもりのようだが、どうも、ずれている。
「……俺は普通のつもりだが」
アレンは呆然と呟いた。
「シオンさんとよく、漫才してるじゃないか」
トゥーイはフィネイに突き付けた右手の人差し指を、今度はアレンに向けた。
「漫才をしているつもりは毛頭ない」
アレンは薄々、そう思われているとは思っていたが、トゥーイの口から出た言葉に確信した。どうも、シオンと話していると、本人達は真剣でも、周りからはそうは見えないらしい。
「トゥーイ、人に向かって指を指すのは失礼だ」
トゥーイはフィネイに窘められ、慌てて、右手を下ろした。
「慣れてるから、気にもならない。シオンは著っちゅう、俺に指を突きつけるからな」
アレンは溜め息を吐いた。自分でも時々、思う。随分、忍耐強くなったものだと。
フィネイは呆れたように溜め息を吐き、アレンを見た。
「薔薇園のどの辺りにいるんだ」
フィネイの質問に、アレンは考えることもなく答える。
「俺が品種改良をした薔薇が植えられている一角があるだろう」
フィネイは頷く。すると、トゥーイも慌てて頷いた。
「館から近いしな。あの辺りの四阿で休みながら、って言うか、食事をしているとき以外は、二人の質問責めに合いつつ、疲れたら食事の繰り返しだな」
「どんな感じなんだ」
「ファジュラが、ってことか」
フィネイは頷いた。
「さっきも言ったように、記憶はバラバラだが、体自体は回復傾向だな。ただ、一つ、困ったことがあってな」
アレンの歯切れが悪くなる。フィネイは何となく、嫌な予感がした。
「困ったこととは」
「自分の職業を綺麗さっぱり忘れてる。繋がりが生まれたら、思い出すだろうと思っていたんだが、思い出す気配さえない」
トゥーイとフィネイは顔を見合わせた。
「太陽に記憶が破壊されたのか」
「その可能性も考えたんだけどな」
アレンはそのことに関して、自分一人では判断出来なかった。
だから、ファジールに相談したのだ。二人で話し、ファジュラが幼いときの記憶をきちんと持っていることから、忘れたのではなく、思い出したくないのではないかという結論に達した。
つまり、無意識にその部分だけに蓋をした状態なのだ。
「結果がどうあれ、ファジュラは家業でゴタゴタしているみたいだからな。負担になると無意識に感じて、無意識に思い出さないようにしてるんだろう」
だが、フィネイはそれに関して、不安が過ぎった。何故なら、徐々に思い出すならいい。
一気に、その部分だけを後から思い出した場合、心と精神にかかる負担が大きいのではないか。
アレンはフィネイの表情でそれを読み取る。
「頭の記憶は仕方ない。自分で思い出したくないからだろうからな。二人も最初は訊いていたみたいだが、今は避けて質問責めにしている」
「だが……」
「判ってる。頭の記憶が駄目なら、体の記憶を利用するしかない」
体の記憶、に二人は納得した。体は脳の記憶とは別で、一度身につけた癖や技術を無意識に刻みつけている。
「でも、此処にある楽器は、せいぜい、ピアノぐらいだろう」
フィネイは首を傾げた。ファジュラくらいになると、子供用の練習用ヴァイオリンを渡すわけにもいかないだろう。
「あっ」
トゥーイは何かを思い出したように、手を打った。驚いたのはフィネイだ。
「どうしたんだ」
「離れに大量の楽器とかが放置されてるって、ファジールさんに聞いたけど」
「親父に聞いたのか」
アレンの問いに頷き、薔薇園の話しをされたときに、聞いたことを話した。
「そうなのか」
フィネイは驚いたように目を見開く。
「ああ。多分、祖先の誰かの趣味だったんだろうな。しかも、奏でるのが目的じゃなく、音楽関係の物を集めるのが趣味だったんじゃないかと思う」
アレンの言葉に、二人は目が点になった。そうなると、つまり、無意味に、気に入った楽器を手に入れていたということだろうか。
「それってさ。どういうこと」
「つまりだ。無意味に高価な楽器があるってことだ。子供だった俺でも判るくらいだから、見る目のある奴なら、喉から手がでるくらい、手に入れたい物じゃないか」
しかし、アレンとファジールにしてみれば、ただのがらくただ。
「本当なら片付けたいんだよ。でもな、黒薔薇の楽師に譲るにも、価値が判らない俺達じゃあ、はっきり言って、楽師達の諍いの種にしかならない」
「ファジュラに譲ったらどうだ」
フィネイは簡単に言ってきた。アレンは盛大に溜め息を吐く。
「黒薔薇の楽師達が黙ってないだろうが」
「黄薔薇の夫が蒼薔薇の夫に譲るんだ。問題ないだろう」
サラリと言ったフィネイの言葉に、アレンは目を瞬いた。どうやら、その考えに至っていなかったようだ。確かに、薔薇同士でなら、問題にならないだろう。
「……思い付かなかったのか」
フィネイは呆れたように呟いた。鋭い筈のアレンは、おかしなところが抜けている。それはそれで愉しいのだが、どうやら、親子して、その考えが浮かばなかったらしい。
「大体、俺達は異例な存在なんだろう。なら、多少の無理は罷り通る筈だ。どうして、考え付かないんだ」
フィネイにしては、かなり、きっぱりと斬り込んだ口調で言ってきた。
「否、ゴタゴタし過ぎて、思い付かなかった。親父と相談してみるわ」
アレンは苦笑いを浮かべた。
「で、トゥーイは薔薇園に行くのか」
フィネイは急にトゥーイに話しを振る。当然、トゥーイはびくりと体を震わせた。
「……うん。って、吃驚した」
「驚かせたつもりはない。行くのはいいけど、慌てて転ぶんじゃないぞ」
トゥーイはフィネイの言葉に、こめかみをひくつかせた。
「そこまでおっちょこちょいじゃない」
「どうだか。何もないところで、平気で転けるだろう」
トゥーイは頬を膨らませた。言っていることは判る。異常に不器用で、異常におっちょこちょいなのは、自覚しているのだ。
「絶対に転けないっ」
トゥーイは肩を怒らせ、部屋を出て行った。アレンとフィネイはそれを見送ったのだが……。
「わあっ」
トゥーイの叫び声が上がったのだ。
「だから、注意したのにっ」
フィネイは舌打ちしながら、慌ててトゥーイの後を追った。アレンもトゥーイが普通の体でないため、後を追う。
「お前は……」
そこに届いたのは少し低い、呆れを含んだ声。
「妊婦である自覚を持てよ。ここは医者の館だからまだいいが、自宅で転けてみろ。大惨事だ」
トゥーイは恐る恐る、顔を上げた。
腕を取り、転ばないように支えているのは、背に大きな荷物を背負っているゼロスだ。背後にカイファスの姿もある。
「誰もいないところで転べば、大変なのは自分だ。慌てずに行動しろ」
「ごめん……」
「ったく」
ゼロスはトゥーイを立たせると、前方に視線を向けた。目に入ったのは、青冷めた表情のフィネイが安堵の息を吐き出しているところだ。
「採取出来たのか」
二人はゆっくりとした歩調で近付き、アレンはゼロスにそう、声を掛けた。ゼロスは頷く。
「私はトゥーイと薔薇園に行く。一人で行かせるのは、正直、心配だからな」
カイファスはゼロスを見上げ、微笑んだ。
「お前も注意しろよ。来月は臨月なんだからな」
ゼロスの忠告にカイファスは素直に頷いた。そして、トゥーイの手を取って、歩いていった。
二人を見送った三人は、調合用の部屋に戻る。
「トゥーイは相変わらず、吃驚箱みたいだな」
ゼロスは言いながら、背負っていた荷物を下ろし、荷を解いた。いきなり鼻を掠める、青い草の香り。
「そんなに、同じ薬草を取ってきたのか」
アレンは驚いたように呟いた。
「そんな訳があるか。ついでに、この時期に取れる薬草と毒草も採集してきた。半分は親父さん所に置いてきたんだよ」
確かにのぞき込んでみると、相当量と種類の植物が目に入る。
「結構、珍しいものばかりだ。使うだろう」
「そりゃあ、ありがたいけど、いいのか」
フィネイは驚きに目を見開いた。ゼロスの手の中にあるのは、どれも、珍しいものばかりだった。手に入れるのに、かなりの費用がかかる薬草まで混じっている。
「親父さんにも言われたからな。アレン」
アレンはいきなり名を呼ばれ、怪訝な表情をゼロスに向けた。
「これなんだけどな。お前、栽培出来ないか」
「何だ、その植物」
ゼロスが手に持っているのは鉢植えだ。その植物は小さな蕾を幾つか付けていた。
「それ、洞窟にしか育たない、今回必要な薬草じゃないか」
フィネイは驚いたように、薬草を指差した。
「そうだ」
「俺の専門は薔薇だぞ。それに、特殊な環境に育つ天然植物は、環境に馴染まなきゃ、消えるんだ」
アレンは腕を組み、呆れたようにゼロスを見下ろした。
「そんなことは知ってる。カイファスに言われたからな。本来なら、多年草のこの薬草は地上部だけしか採集しない。数も少ないし、栽培出来るなら、栽培した方がいいってことになったんだよ」
「どうして、俺なんだ」
「薔薇の夫婦の中で一番、栽培の知識を持ってるから、そう、カイファスは言っていたぞ」
アレンはうなだれたように、俯いた。
「俺は医者であって、園芸家や農業従事者じゃないぞ」
「でも、園芸家が一目置くほどだと、聞いたことがあるぞ」
ゼロスは言うなり、アレンに鉢植えを押し付けた。
アレンは手渡された鉢植えに視線を落とした。見た感じは百合の葉に近く、蕾の付け方は鈴蘭によく似ている。
フィネイも珍しそうに、アレンの手の中の植物を見詰めた。
「直に見るのは初めてだ。この薬草は洞窟内の光苔の微かな光で育つんだ」
アレンは驚いたようにフィネイに顔を向けた。
「ちょっと待て。此奴には月の光も強すぎるってことになるのか」
「そうなる。今まで、誰一人として、栽培に成功した者はいない」
フィネイの説明に、アレンは目眩を覚えた。
「どうした。もしかして、お前じゃあ、無理か」
ゼロスはニヤリと不適な笑みを向けた。当然、アレンはカチンときたのか、こめかみがひくつく。
「無理なら仕方ない。カイファスはかなり、期待していたんだがな」
フィネイはゼロスの物言いに、はらはらしていた。どう考えても、挑発しているように見えたからだ。
「ゼロ……」
「やってやろうじゃないか」
ゼロスを止めようと口を開きかけたフィネイの言葉に被せるように、アレンが低く唸った。フィネイは驚いたように、アレンを凝視する。
「そのかわり、成功したあかつきには、前から言っていた薔薇を取ってきて貰うからな。危険だろうが、怪我をしようが、必ずだ」
アレンが交換条件を提示してきたのだ。
「あれか」
「そうだ」
ゼロスは思い出しながら呟くように確認してきた。
「あれは、原種の薔薇だ。見た目が今の薔薇とは違うけどな。どうしても、手に入れたいんだよ」
「判った」
ゼロスは軽く請け合う。
「だが、成功したら、だ。判ってるな」
「判ってる」
アレンは頷くなり、フィネイに顔を向けた。
「この薬草の特徴。生育条件。判ることがあるなら、全部、教えろ」
アレンの唸るような声に、フィネイは慌てて鞄から本を取り出し、必要な頁を開くと、その頁を指し示した。
「ここだ」
「この本、少し、借りても問題ないか」
フィネイは頷いた。アレンは本の文字を目で追う。そして、本と鉢植えを手に、部屋を出て行った。
「……本当に、育てるつもりか」
「彼奴は負けず嫌いだからな。それに、薔薇が絡めば、意地でも成功させるだろうさ」
ゼロスは苦笑いを浮かべた。
「わざと煽ったのか」
「当たり前だろう。彼奴との付き合いは長いんだ。それに、植物の栽培に関しては、プロ以上の腕前だ。雇っている庭師に指示を出しているのはアレンだからな」
フィネイは驚いたように目を見開く。
「アレンは、医者じゃなくても、生きていけそうだな」
「だろうな。だが、彼奴は医者である自分に対して、矜持を持ってるからな。そこは変わらないだろう」
ゼロスは言いながら、袋から植物を全部、出し切る。広げた布の上に置かれた植物に、フィネイは見入った。
「半分は乾燥途中だ」
ゼロスの言葉に、フィネイは頷く。
「そして、これが、さっきの鉢植えの薬草だ。足りるか」
ゼロスから手渡された量は、薬草にして、十本分だ。
「十分だ。試し用に少し多目に調合する予定だが、危ない薬であることには変わりない。残ったとしても、処分するつもりだから」
ゼロスは不思議そうに、フィネイを凝視した。その視線に気が付いたフィネイが、ゼロスに視線を向けた。
「いくら、他の薬草で効果を変えても、猛毒であることには変わりないんだ。毒性自体は、乾燥させると更に強くなるらしいから」
フィネイは事実を口にした。
二人で急いで天井近くに張られたロープに植物を吊すと、小さく息を吐き出した。
「やっぱり、トゥーイとするより、断然早いな」
「前々から思っていたんだが、トゥーイのは不器用云々じゃないんじゃないか」
ゼロスの言葉に、フィネイは苦笑いを浮かべた。
「実は両親に聞いたんだが、トゥーイのあの不器用っぷりと、おっちょこちょいは遺伝みたいだな」
「どう言うことだ」
ゼロスは疑問を顔に貼り付けた。フィネイが両親から聞いたのは、トゥーイの本当の両親のことだ。
トゥーイの一族も、薬師の家系だった。何となく、そうではないかと思っていたフィネイは、その事実を聞いたときに、動揺等は無かったのだ。
「トゥーイの実母が、有り得ないくらいの、おっちょこちょいな性格だったらしい」
フィネイはゼロスを見上げた。
「ちょっと待ってくれ。トゥーイを宿したときに、アルビノだったせいで、大変だったんだろう」
「大変だったみたいだな。でも、よく、躓いていたらしい」
父親は冷や冷やして、仕事どころではなかったらしい。
ならば、どちらかの両親が側にいれば良かったのではないかという、話しになる。しかし、薔薇の一代前の出生率の低下が、親との年の差を生んだ。つまり、遅くに出来た子であったため、成人し、結婚と同時に眠りに就いてしまっていたのだ。
「聞いた話しだと、ファジールさんの両親も、成人と同時に眠りに就いたって聞いてるし、結構、普通のことだったみたいだ」
ゼロスは驚いたように、目を見開く。
「俺達の両親が頻繁に一緒に過ごしていたのは、トゥーイの母親の影響なんだよ」
つまり、フィネイの母親がトゥーイの母親を見ていたのだ。
「同じ時期に妊娠して、同じ日に産気づく。気が合いすぎだろう」
フィネイは可笑しそうに笑った。だが、ゼロスは二組の夫婦が一緒にいたのは、偶然ではなかったのだと、はっきりと判った。
トゥーイが双子として誕生しなかったのは、側に代わりとなる命があったからだ。同時期に妊娠したのは、過去を準えるため。
「まあ、何だ。トゥーイの不器用でおっちょこちょいの理由を、お前の両親は知っていたんだな」
フィネイは頷いた。二人に説明出来なかったのは、二人が双子であると疑っていないと思っていたからだ。
「俺達は分け隔てなく、って言うか、母さんがトゥーイを異常に可愛がっていたし、父さんも、呆れた顔をしていても、やっぱり、可愛がっていたからな。実子じゃないと言われても、ピンとこないんだよ」
つまり、双子云々ではなく、トゥーイは家族として、当然の愛情を受けて育ったのだ。
だから、当時の、もう一人に乗っ取られていたフィネイが発した言葉に動揺し、《永遠の眠り》に就く決断をしたのだろう。
甘やかされるように育ったトゥーイには、その一言は鉄槌にも匹敵したのだ。
「トゥーイが俺と結婚して、一番喜んだのは母さんなんだ。結局、互いに結婚相手が見付かれば、トゥーイは本当の両親の館を継ぐことになっていたみたいだから」
今、トゥーイの両親の館の護りの徴は、封印用の水晶に一時的に保管されている。血族、もしくは、継承者によって認められた者であれば 、封印球の護りの徴を受け取れる。
「じゃあ、その館は無人のままなのか」
フィネイは首を横に振った。建物という物は、誰かが住んでいなくては傷んでしまう。だから、使用人達はそのまま、館に住み続けている。
「維持が大変だろう」
ゼロスは思ったことを口にした。
「そうでもないんだ。トゥーイの一族は結構、蓄財していて、銀行にかなりの金額が預金されてるようなんだ。館の維持は銀行から定期的に下ろされるように手配されてるらしい」
つまり、トゥーイの父親が、フィネイの両親に迷惑が掛からないように、全てを手配した状態で眠りに就いたのだ。
トゥーイが成人すれば、継げるように手配も怠っていなかったらしい。トゥーイは誰もが真似出来ない容姿をしている。
つまり、トゥーイが銀行に行き、姿を見せるだけで、手続きがされるようになっていた。
フィネイと結婚し、継承すべき物をそのままにもしておけず、トゥーイと二人で、一通りの手続きは済ませてきた。
トゥーイは銀行に預けられていた物を目にしたが、フィネイは見ていない。それは、トゥーイが継ぐもので、フィネイが継ぐものではなかったからだ。
「トゥーイが継いだ財産は、俺達の子供が継ぐことになる」
「そうなるのか」
フィネイは頷いた。
「まあ、トゥーイは薔薇だからな。その気になれば、何人でも産めるだろう」
ゼロスは小さく息を吐き出した。その言葉に、フィネイは困った表情を見せた。
フィネイも例に漏れず、あまり、産んで欲しいとは思っていない。理由はアレンと一緒だ。男性として誕生し、満月の魔力で性別を変化させるのは、体に多大な負担を強いている。
「お前もアレンと同じか」
フィネイは頷いた。
「それに、トゥーイはアルビノで体が丈夫じゃない」
魔力のおかげで、普通の生活には支障はないが、妊娠、出産はかなりの負担になる筈だ。
「アレンに詳しく聞いたんだ。トゥーイはアルビノの中でも、特に色素がない状態で生まれてきていて、人間だったら、長くは生きられないだろうと」
アルビノであることで有名なトゥーイだが、医者の間では、その色素異常が顕著な例として有名なのだとアレンは言った。
確かに、自分の中で見た双子のアルビノは、黄色味がかっており、トゥーイのように真っ白ではなかった。
「普段がおっちょこちょいだから、忘れがちになるけど、やっぱり、普通の体でないことは確かなんだ」
フィネイは小さく息を吐き出した。
「確かにな。俺は医者じゃないが、トゥーイは俺達と命の質が明らかに違うからな」
ゼロスはトゥーイを思い出すように呟く。薔薇達の中で、確かに存在感はあるのだが、命の色と言う意味においては、弱々しい光を発している。
魔族だから生きていられると言われれば、納得出来る。それ程までに、体が弱いのだ。
「トゥーイは一人だけじゃなく、二人は絶対に産むと言っているが、俺としては、一人で十分なんだ」
フィネイは窓の外に視線を向けた。目に映るのは、月明かりに照らされた、色とりどりの薔薇達。
儚く、けれど、強かに薔薇達は咲き誇っている。
「でもな」
ゼロスは腕を組み、フィネイを見詰めた。
「シオンが居る以上、沢山産むと騒ぐと思うぞ。カイファスなんて、完全に感化されたんだ」
フィネイはゆっくりと、顔をゼロスに戻した。
「カイファスが産むと言った理由は、ゼロスの過去のせいだと聞いたぞ」
ゼロスは何とも複雑な表情を見せた。
「沢山の婚約者がいたのは確かなんだし、ゼロスの場合は諦めた方がいい」
フィネイは微笑みながら、きっぱりと言い切った。
どう言った理由で戻ってきたのかも、アーネストから予め、説明を受けているようだった。
事実、筆頭の使用人が、ティファレトに血に関することを口にした。黄の長に言われたように、アーネストが眠りに就いてしまうと、ティファレトの相手は実質、居なくなったことになる。頭で納得していても、心が納得しなかった。
「……」
結婚前に使っていた自室に戻る。
何一つ、変わっていないと思っていた部屋は、しかし、違っていることに気が付いた。
結婚前にはなかった物が、そこかしこにある。それは、アーネストの館でティファレトが愛用していた物が新品ではあるが、さり気なく置かれている。
用意したのが誰であるかくらい、鈍感なティファレトでも判った。
アーネストは離婚後の生活も、心配ないように用意したに違いない。それに気が付くと、居たたまれない思いに捕らわれた。
ティファレトはアーネストのために何かをしたことなど一度もないのだ。
「お嬢様」
そう呼ばれ、一瞬、反応出来なかった。自分が呼ばれていると気が付くのに数秒要し、改めて思い知った。
もう、誰の妻でもないのだと。
何もせずに費やされていく時間。如何に、音楽という世界に浸りきっていたのかと、嫌と言うほど知らしめられた。
戻ってきてから三日ほど経った頃、父親が使用していた仕事部屋に足を踏み入れた。整然と片付いてはいるが、仕事中は楽譜が散乱していた。
部屋の中央にあるグランドピアノに向かい、譜面に書き込んでは気に食わないのか、丸めては放り投げるを繰り返していた。
そして、漸く回りだす頭。無為に過ぎていく時間の中、ティファレトが出した結論はおそらく、アーネストにとって、賛成してくれるものではないだろう。
だが、今更、相手を探すなど、ティファレトには出来なかった。
「手伝って貰いたいことがあるの」
使用人達が食事をしているときに、食堂に訪れたティファレトは、そう、口火を切った。使用人達は驚いたように目を見開く。
何故なら、ティファレトが着ていた服は、結婚前に着ていた、飾り気のない白いシャツと黒のロングスカート。使い込んだ茶のブーツだったからだ。
食事が終わってから、居間として使用していた部屋に来るように言い置き、ティファレトは食堂を後にする。
廊下を歩きながら、不意に窓の外に視線を走らせた。
蘇る、幼いときの記憶。
吸血族にしては珍しく、幼いときからティファレトには三人の幼馴染みがいた。
二人の少年と一人の少女。
四人の館の中で、集まるにはティファレトの館が一番集まりやすかった。だから、四人で泥塗れになって遊んだ。時には笑い、時には喧嘩もしたが、直ぐに仲直りをして、飽きもせず遊んだものだ。
あの時は憂い事など何一つ無かった。月明かりに照らされた庭で、その柔らかな光が、何もかもを、優しく包み込んでくれていた。
変化が訪れたのは二人の少年が遊びに来なくなってからだ。
今思えば、二人の少年は二人の少女より、大人になるのが早かったのだろう。実際、幾分年上であることは確かだった。
従兄弟同士であった二人の少年は、髪質こそ違ったが、双子と言っても過言ではないほど、よく似た相貌だった。
そこまで考えて、ティファレトは愕然とした。
ファジュラが癖毛なのは、ティファレトの髪質を継いだからだ。想い人と似ていると思ったのは、二人はよく似た相貌をしていたから。
再び出会った、二人の少年は立派な大人になっていた。
一人は陽気なまま、一人は信じられないくらいの落ち着きを身につけていた。確かに似てはいたが、雰囲気が全く変わってしまっていたのだ。
何故、そうなってしまったのか、考えようともしなかった。本家と分家の関係だった二人は、立場が全く違っていたのだ。
後になってから知った、アーネストの一族の特殊性。
音と声が合う者と婚姻するという決まり事。
四人は婚約者と言う関係だったようだが、相手が決まっていたわけではなかった。
アーネストが奏でるピアノの音と、声が合う方が妻になる。合わない方は必然的にもう一人の妻となる。
だが、今考えれば、もう一人の少女は、もう一人の少年を好いていた。では、自分はどうだったのだろうか。
このとき、ティファレトは、あの時に、心に渦巻いた感情を理解していなかったのだ。
ティファレトが感じたのは、理不尽だと、そう思ったのだ。
つまり、好いている好いていないではない。全てが音で決められていた。もし、合う者がもう一人の少女であれば、ティファレトはアーネストの隣に立つことは無かったのだ。
どちらを好きだったかなど、今では思い出せない。あの頃は、大好きだった三人の幼馴染み達との時間が、失われたのだと、無意識に感じ取ったのだ。
もし、普通の婚約者という立場であったなら、受け入れられただろう。だが、現実に突きつけられた真実が、ティファレトを頑なにさせたのだ。
アーネストにとって、ティファレトはただ、声が合っただけの存在だと。
好かれていたわけではない。ただ、一族の決まり事で、仕方なく娶られたのだと。
だから、我が儘を言った。いけないと思いながら、息子に全ての愛情を向けた。困ったような表情をされると、そうなのだと、再認識させられた。
決め事で仕方なく妻にした者。
黒の長にアーネストは長い時を耐えていたのだと言われたとき、感じた諦めの感情。真に消えなくてはいけないのはアーネストではない。
全てを歪ませてしまったティファレト本人。家族の中にあって、存在してはいけない者。
ファジュラは歪み捻れた愛情の中で育った筈なのに、歪みを感じなかった。それは、アーネストの両親に守られ、育まれたからだ。
成人した子供に、歪んだ母親は必要ない。今のファジュラに必要なのは、一族の全てを宿しているアーネストだ。
ティファレトは窓の外に広がる庭に、全ての始まりの場所に、思いを馳せる。
無邪気だったあの頃。両親に愛しまれ、使用人達にも可愛がってもらった。あの、輝かしい少女時代が、ティファレトにとって、真に幸せで、真に彼女自身で居られた時だったのだと、淡い微笑みを、悲し気な表情で浮かべていた。
†††
「出来たんだって」
調合用に使用している部屋の扉を開けてからノックし、アレンは一言声を掛けた。
「それらしいものはな」
フィネイは振り返りつつ、体を伸ばした。そして、当然のようにトゥーイの存在がある。
「言っておくけど、お前はここまでだぞ」
フィネイはトゥーイに視線を落とし、はっきり、きっぱり言い切った。トゥーイはと言えば、やはり、不満顔だ。
「……判ってるけどさ」
「けどさ、じゃない」
フィネイは嘆息する。
「トゥーイは相変わらず、フィネイにべったりだな」
アレンは腕を組むと、呆れたように息を吐き出す。その言葉にかちん、ときたのはトゥーイだ。
「それ、どういう意味だよ」
「言葉通りだろう」
アレンは歩み寄りながら、トゥーイを軽くいなし、フィネイの手元にある小さな小瓶を視界に収める。
「粉末か」
アレンの質問にフィネイは頷いた。
「何時、使うことになるかも定かじゃないし、液体の場合、長持ちしない」
「粉末より、変化しやすいからな」
アレンの言葉に、フィネイは頷いた。
「ファジュラは」
「彼奴なら、今は殆ど、薔薇園の住人だ。記憶がバラバラの状態だからな。シオンとルビィの質問責めにあってるよ」
フィネイは驚いたように目を見開いた。トゥーイはと言えば、瞳を輝かせている。
「二人して、そんな楽しいことしてるのか」
嬉々として訊いてきたトゥーイに、二人は沈黙する。どうやら、感覚は他の二人と同じらしい。シオンとルビィも、しきりに楽しいと言っている。
ファジュラはと言えば、既に根を上げている状態だ。
「トゥーイ……」
「なんだ」
フィネイは疲れたようにトゥーイの名を呼ぶ。それに、ごく普通にトゥーイは返事を返す。
「ファジュラは病み上がりだ」
「そんなことは知ってる」
フィネイは更に脱力した。
「記憶がバラバラなんだろう。つまり、繋がってないんだよな」
トゥーイは言いながら、アレンに視線を向けた。アレンは苦笑いを浮かべながら、頷く。
「質問責めって言うけど、シオンさんのことだから、順序を追ってるんじゃないか」
トゥーイは首を傾げつつ、断定するように言い切る。
確かに二人は面白がってはいるが、思い付くまま、質問しているわけではない。少しずつではあるが、記憶の繋がりが生まれているようだ。
「それに、フィネイの態度は酷すぎる」
トゥーイは右手の人差し指を、ビシッと、フィネイの鼻先に突き付けた。
「俺がただ、面白がってると思ってるだろう。絶対に違うからなっ」
そんなに取り繕っても、先の瞳の輝きが期待を裏切っていた。
「あれだけ、子供みたいに瞳を輝かせた奴が言う台詞か」
フィネイは腕を組み、トゥーイを見下ろした。
「お前達は相変わらずだな」
アレンは面白そうに、その光景を眺めていた。
「アレン達程じゃないと思う」
フィネイは脱力したように、力無く言った。
「そうだよ。二人の方が、断然、面白いし」
トゥーイはフィネイを援護したつもりのようだが、どうも、ずれている。
「……俺は普通のつもりだが」
アレンは呆然と呟いた。
「シオンさんとよく、漫才してるじゃないか」
トゥーイはフィネイに突き付けた右手の人差し指を、今度はアレンに向けた。
「漫才をしているつもりは毛頭ない」
アレンは薄々、そう思われているとは思っていたが、トゥーイの口から出た言葉に確信した。どうも、シオンと話していると、本人達は真剣でも、周りからはそうは見えないらしい。
「トゥーイ、人に向かって指を指すのは失礼だ」
トゥーイはフィネイに窘められ、慌てて、右手を下ろした。
「慣れてるから、気にもならない。シオンは著っちゅう、俺に指を突きつけるからな」
アレンは溜め息を吐いた。自分でも時々、思う。随分、忍耐強くなったものだと。
フィネイは呆れたように溜め息を吐き、アレンを見た。
「薔薇園のどの辺りにいるんだ」
フィネイの質問に、アレンは考えることもなく答える。
「俺が品種改良をした薔薇が植えられている一角があるだろう」
フィネイは頷く。すると、トゥーイも慌てて頷いた。
「館から近いしな。あの辺りの四阿で休みながら、って言うか、食事をしているとき以外は、二人の質問責めに合いつつ、疲れたら食事の繰り返しだな」
「どんな感じなんだ」
「ファジュラが、ってことか」
フィネイは頷いた。
「さっきも言ったように、記憶はバラバラだが、体自体は回復傾向だな。ただ、一つ、困ったことがあってな」
アレンの歯切れが悪くなる。フィネイは何となく、嫌な予感がした。
「困ったこととは」
「自分の職業を綺麗さっぱり忘れてる。繋がりが生まれたら、思い出すだろうと思っていたんだが、思い出す気配さえない」
トゥーイとフィネイは顔を見合わせた。
「太陽に記憶が破壊されたのか」
「その可能性も考えたんだけどな」
アレンはそのことに関して、自分一人では判断出来なかった。
だから、ファジールに相談したのだ。二人で話し、ファジュラが幼いときの記憶をきちんと持っていることから、忘れたのではなく、思い出したくないのではないかという結論に達した。
つまり、無意識にその部分だけに蓋をした状態なのだ。
「結果がどうあれ、ファジュラは家業でゴタゴタしているみたいだからな。負担になると無意識に感じて、無意識に思い出さないようにしてるんだろう」
だが、フィネイはそれに関して、不安が過ぎった。何故なら、徐々に思い出すならいい。
一気に、その部分だけを後から思い出した場合、心と精神にかかる負担が大きいのではないか。
アレンはフィネイの表情でそれを読み取る。
「頭の記憶は仕方ない。自分で思い出したくないからだろうからな。二人も最初は訊いていたみたいだが、今は避けて質問責めにしている」
「だが……」
「判ってる。頭の記憶が駄目なら、体の記憶を利用するしかない」
体の記憶、に二人は納得した。体は脳の記憶とは別で、一度身につけた癖や技術を無意識に刻みつけている。
「でも、此処にある楽器は、せいぜい、ピアノぐらいだろう」
フィネイは首を傾げた。ファジュラくらいになると、子供用の練習用ヴァイオリンを渡すわけにもいかないだろう。
「あっ」
トゥーイは何かを思い出したように、手を打った。驚いたのはフィネイだ。
「どうしたんだ」
「離れに大量の楽器とかが放置されてるって、ファジールさんに聞いたけど」
「親父に聞いたのか」
アレンの問いに頷き、薔薇園の話しをされたときに、聞いたことを話した。
「そうなのか」
フィネイは驚いたように目を見開く。
「ああ。多分、祖先の誰かの趣味だったんだろうな。しかも、奏でるのが目的じゃなく、音楽関係の物を集めるのが趣味だったんじゃないかと思う」
アレンの言葉に、二人は目が点になった。そうなると、つまり、無意味に、気に入った楽器を手に入れていたということだろうか。
「それってさ。どういうこと」
「つまりだ。無意味に高価な楽器があるってことだ。子供だった俺でも判るくらいだから、見る目のある奴なら、喉から手がでるくらい、手に入れたい物じゃないか」
しかし、アレンとファジールにしてみれば、ただのがらくただ。
「本当なら片付けたいんだよ。でもな、黒薔薇の楽師に譲るにも、価値が判らない俺達じゃあ、はっきり言って、楽師達の諍いの種にしかならない」
「ファジュラに譲ったらどうだ」
フィネイは簡単に言ってきた。アレンは盛大に溜め息を吐く。
「黒薔薇の楽師達が黙ってないだろうが」
「黄薔薇の夫が蒼薔薇の夫に譲るんだ。問題ないだろう」
サラリと言ったフィネイの言葉に、アレンは目を瞬いた。どうやら、その考えに至っていなかったようだ。確かに、薔薇同士でなら、問題にならないだろう。
「……思い付かなかったのか」
フィネイは呆れたように呟いた。鋭い筈のアレンは、おかしなところが抜けている。それはそれで愉しいのだが、どうやら、親子して、その考えが浮かばなかったらしい。
「大体、俺達は異例な存在なんだろう。なら、多少の無理は罷り通る筈だ。どうして、考え付かないんだ」
フィネイにしては、かなり、きっぱりと斬り込んだ口調で言ってきた。
「否、ゴタゴタし過ぎて、思い付かなかった。親父と相談してみるわ」
アレンは苦笑いを浮かべた。
「で、トゥーイは薔薇園に行くのか」
フィネイは急にトゥーイに話しを振る。当然、トゥーイはびくりと体を震わせた。
「……うん。って、吃驚した」
「驚かせたつもりはない。行くのはいいけど、慌てて転ぶんじゃないぞ」
トゥーイはフィネイの言葉に、こめかみをひくつかせた。
「そこまでおっちょこちょいじゃない」
「どうだか。何もないところで、平気で転けるだろう」
トゥーイは頬を膨らませた。言っていることは判る。異常に不器用で、異常におっちょこちょいなのは、自覚しているのだ。
「絶対に転けないっ」
トゥーイは肩を怒らせ、部屋を出て行った。アレンとフィネイはそれを見送ったのだが……。
「わあっ」
トゥーイの叫び声が上がったのだ。
「だから、注意したのにっ」
フィネイは舌打ちしながら、慌ててトゥーイの後を追った。アレンもトゥーイが普通の体でないため、後を追う。
「お前は……」
そこに届いたのは少し低い、呆れを含んだ声。
「妊婦である自覚を持てよ。ここは医者の館だからまだいいが、自宅で転けてみろ。大惨事だ」
トゥーイは恐る恐る、顔を上げた。
腕を取り、転ばないように支えているのは、背に大きな荷物を背負っているゼロスだ。背後にカイファスの姿もある。
「誰もいないところで転べば、大変なのは自分だ。慌てずに行動しろ」
「ごめん……」
「ったく」
ゼロスはトゥーイを立たせると、前方に視線を向けた。目に入ったのは、青冷めた表情のフィネイが安堵の息を吐き出しているところだ。
「採取出来たのか」
二人はゆっくりとした歩調で近付き、アレンはゼロスにそう、声を掛けた。ゼロスは頷く。
「私はトゥーイと薔薇園に行く。一人で行かせるのは、正直、心配だからな」
カイファスはゼロスを見上げ、微笑んだ。
「お前も注意しろよ。来月は臨月なんだからな」
ゼロスの忠告にカイファスは素直に頷いた。そして、トゥーイの手を取って、歩いていった。
二人を見送った三人は、調合用の部屋に戻る。
「トゥーイは相変わらず、吃驚箱みたいだな」
ゼロスは言いながら、背負っていた荷物を下ろし、荷を解いた。いきなり鼻を掠める、青い草の香り。
「そんなに、同じ薬草を取ってきたのか」
アレンは驚いたように呟いた。
「そんな訳があるか。ついでに、この時期に取れる薬草と毒草も採集してきた。半分は親父さん所に置いてきたんだよ」
確かにのぞき込んでみると、相当量と種類の植物が目に入る。
「結構、珍しいものばかりだ。使うだろう」
「そりゃあ、ありがたいけど、いいのか」
フィネイは驚きに目を見開いた。ゼロスの手の中にあるのは、どれも、珍しいものばかりだった。手に入れるのに、かなりの費用がかかる薬草まで混じっている。
「親父さんにも言われたからな。アレン」
アレンはいきなり名を呼ばれ、怪訝な表情をゼロスに向けた。
「これなんだけどな。お前、栽培出来ないか」
「何だ、その植物」
ゼロスが手に持っているのは鉢植えだ。その植物は小さな蕾を幾つか付けていた。
「それ、洞窟にしか育たない、今回必要な薬草じゃないか」
フィネイは驚いたように、薬草を指差した。
「そうだ」
「俺の専門は薔薇だぞ。それに、特殊な環境に育つ天然植物は、環境に馴染まなきゃ、消えるんだ」
アレンは腕を組み、呆れたようにゼロスを見下ろした。
「そんなことは知ってる。カイファスに言われたからな。本来なら、多年草のこの薬草は地上部だけしか採集しない。数も少ないし、栽培出来るなら、栽培した方がいいってことになったんだよ」
「どうして、俺なんだ」
「薔薇の夫婦の中で一番、栽培の知識を持ってるから、そう、カイファスは言っていたぞ」
アレンはうなだれたように、俯いた。
「俺は医者であって、園芸家や農業従事者じゃないぞ」
「でも、園芸家が一目置くほどだと、聞いたことがあるぞ」
ゼロスは言うなり、アレンに鉢植えを押し付けた。
アレンは手渡された鉢植えに視線を落とした。見た感じは百合の葉に近く、蕾の付け方は鈴蘭によく似ている。
フィネイも珍しそうに、アレンの手の中の植物を見詰めた。
「直に見るのは初めてだ。この薬草は洞窟内の光苔の微かな光で育つんだ」
アレンは驚いたようにフィネイに顔を向けた。
「ちょっと待て。此奴には月の光も強すぎるってことになるのか」
「そうなる。今まで、誰一人として、栽培に成功した者はいない」
フィネイの説明に、アレンは目眩を覚えた。
「どうした。もしかして、お前じゃあ、無理か」
ゼロスはニヤリと不適な笑みを向けた。当然、アレンはカチンときたのか、こめかみがひくつく。
「無理なら仕方ない。カイファスはかなり、期待していたんだがな」
フィネイはゼロスの物言いに、はらはらしていた。どう考えても、挑発しているように見えたからだ。
「ゼロ……」
「やってやろうじゃないか」
ゼロスを止めようと口を開きかけたフィネイの言葉に被せるように、アレンが低く唸った。フィネイは驚いたように、アレンを凝視する。
「そのかわり、成功したあかつきには、前から言っていた薔薇を取ってきて貰うからな。危険だろうが、怪我をしようが、必ずだ」
アレンが交換条件を提示してきたのだ。
「あれか」
「そうだ」
ゼロスは思い出しながら呟くように確認してきた。
「あれは、原種の薔薇だ。見た目が今の薔薇とは違うけどな。どうしても、手に入れたいんだよ」
「判った」
ゼロスは軽く請け合う。
「だが、成功したら、だ。判ってるな」
「判ってる」
アレンは頷くなり、フィネイに顔を向けた。
「この薬草の特徴。生育条件。判ることがあるなら、全部、教えろ」
アレンの唸るような声に、フィネイは慌てて鞄から本を取り出し、必要な頁を開くと、その頁を指し示した。
「ここだ」
「この本、少し、借りても問題ないか」
フィネイは頷いた。アレンは本の文字を目で追う。そして、本と鉢植えを手に、部屋を出て行った。
「……本当に、育てるつもりか」
「彼奴は負けず嫌いだからな。それに、薔薇が絡めば、意地でも成功させるだろうさ」
ゼロスは苦笑いを浮かべた。
「わざと煽ったのか」
「当たり前だろう。彼奴との付き合いは長いんだ。それに、植物の栽培に関しては、プロ以上の腕前だ。雇っている庭師に指示を出しているのはアレンだからな」
フィネイは驚いたように目を見開く。
「アレンは、医者じゃなくても、生きていけそうだな」
「だろうな。だが、彼奴は医者である自分に対して、矜持を持ってるからな。そこは変わらないだろう」
ゼロスは言いながら、袋から植物を全部、出し切る。広げた布の上に置かれた植物に、フィネイは見入った。
「半分は乾燥途中だ」
ゼロスの言葉に、フィネイは頷く。
「そして、これが、さっきの鉢植えの薬草だ。足りるか」
ゼロスから手渡された量は、薬草にして、十本分だ。
「十分だ。試し用に少し多目に調合する予定だが、危ない薬であることには変わりない。残ったとしても、処分するつもりだから」
ゼロスは不思議そうに、フィネイを凝視した。その視線に気が付いたフィネイが、ゼロスに視線を向けた。
「いくら、他の薬草で効果を変えても、猛毒であることには変わりないんだ。毒性自体は、乾燥させると更に強くなるらしいから」
フィネイは事実を口にした。
二人で急いで天井近くに張られたロープに植物を吊すと、小さく息を吐き出した。
「やっぱり、トゥーイとするより、断然早いな」
「前々から思っていたんだが、トゥーイのは不器用云々じゃないんじゃないか」
ゼロスの言葉に、フィネイは苦笑いを浮かべた。
「実は両親に聞いたんだが、トゥーイのあの不器用っぷりと、おっちょこちょいは遺伝みたいだな」
「どう言うことだ」
ゼロスは疑問を顔に貼り付けた。フィネイが両親から聞いたのは、トゥーイの本当の両親のことだ。
トゥーイの一族も、薬師の家系だった。何となく、そうではないかと思っていたフィネイは、その事実を聞いたときに、動揺等は無かったのだ。
「トゥーイの実母が、有り得ないくらいの、おっちょこちょいな性格だったらしい」
フィネイはゼロスを見上げた。
「ちょっと待ってくれ。トゥーイを宿したときに、アルビノだったせいで、大変だったんだろう」
「大変だったみたいだな。でも、よく、躓いていたらしい」
父親は冷や冷やして、仕事どころではなかったらしい。
ならば、どちらかの両親が側にいれば良かったのではないかという、話しになる。しかし、薔薇の一代前の出生率の低下が、親との年の差を生んだ。つまり、遅くに出来た子であったため、成人し、結婚と同時に眠りに就いてしまっていたのだ。
「聞いた話しだと、ファジールさんの両親も、成人と同時に眠りに就いたって聞いてるし、結構、普通のことだったみたいだ」
ゼロスは驚いたように、目を見開く。
「俺達の両親が頻繁に一緒に過ごしていたのは、トゥーイの母親の影響なんだよ」
つまり、フィネイの母親がトゥーイの母親を見ていたのだ。
「同じ時期に妊娠して、同じ日に産気づく。気が合いすぎだろう」
フィネイは可笑しそうに笑った。だが、ゼロスは二組の夫婦が一緒にいたのは、偶然ではなかったのだと、はっきりと判った。
トゥーイが双子として誕生しなかったのは、側に代わりとなる命があったからだ。同時期に妊娠したのは、過去を準えるため。
「まあ、何だ。トゥーイの不器用でおっちょこちょいの理由を、お前の両親は知っていたんだな」
フィネイは頷いた。二人に説明出来なかったのは、二人が双子であると疑っていないと思っていたからだ。
「俺達は分け隔てなく、って言うか、母さんがトゥーイを異常に可愛がっていたし、父さんも、呆れた顔をしていても、やっぱり、可愛がっていたからな。実子じゃないと言われても、ピンとこないんだよ」
つまり、双子云々ではなく、トゥーイは家族として、当然の愛情を受けて育ったのだ。
だから、当時の、もう一人に乗っ取られていたフィネイが発した言葉に動揺し、《永遠の眠り》に就く決断をしたのだろう。
甘やかされるように育ったトゥーイには、その一言は鉄槌にも匹敵したのだ。
「トゥーイが俺と結婚して、一番喜んだのは母さんなんだ。結局、互いに結婚相手が見付かれば、トゥーイは本当の両親の館を継ぐことになっていたみたいだから」
今、トゥーイの両親の館の護りの徴は、封印用の水晶に一時的に保管されている。血族、もしくは、継承者によって認められた者であれば 、封印球の護りの徴を受け取れる。
「じゃあ、その館は無人のままなのか」
フィネイは首を横に振った。建物という物は、誰かが住んでいなくては傷んでしまう。だから、使用人達はそのまま、館に住み続けている。
「維持が大変だろう」
ゼロスは思ったことを口にした。
「そうでもないんだ。トゥーイの一族は結構、蓄財していて、銀行にかなりの金額が預金されてるようなんだ。館の維持は銀行から定期的に下ろされるように手配されてるらしい」
つまり、トゥーイの父親が、フィネイの両親に迷惑が掛からないように、全てを手配した状態で眠りに就いたのだ。
トゥーイが成人すれば、継げるように手配も怠っていなかったらしい。トゥーイは誰もが真似出来ない容姿をしている。
つまり、トゥーイが銀行に行き、姿を見せるだけで、手続きがされるようになっていた。
フィネイと結婚し、継承すべき物をそのままにもしておけず、トゥーイと二人で、一通りの手続きは済ませてきた。
トゥーイは銀行に預けられていた物を目にしたが、フィネイは見ていない。それは、トゥーイが継ぐもので、フィネイが継ぐものではなかったからだ。
「トゥーイが継いだ財産は、俺達の子供が継ぐことになる」
「そうなるのか」
フィネイは頷いた。
「まあ、トゥーイは薔薇だからな。その気になれば、何人でも産めるだろう」
ゼロスは小さく息を吐き出した。その言葉に、フィネイは困った表情を見せた。
フィネイも例に漏れず、あまり、産んで欲しいとは思っていない。理由はアレンと一緒だ。男性として誕生し、満月の魔力で性別を変化させるのは、体に多大な負担を強いている。
「お前もアレンと同じか」
フィネイは頷いた。
「それに、トゥーイはアルビノで体が丈夫じゃない」
魔力のおかげで、普通の生活には支障はないが、妊娠、出産はかなりの負担になる筈だ。
「アレンに詳しく聞いたんだ。トゥーイはアルビノの中でも、特に色素がない状態で生まれてきていて、人間だったら、長くは生きられないだろうと」
アルビノであることで有名なトゥーイだが、医者の間では、その色素異常が顕著な例として有名なのだとアレンは言った。
確かに、自分の中で見た双子のアルビノは、黄色味がかっており、トゥーイのように真っ白ではなかった。
「普段がおっちょこちょいだから、忘れがちになるけど、やっぱり、普通の体でないことは確かなんだ」
フィネイは小さく息を吐き出した。
「確かにな。俺は医者じゃないが、トゥーイは俺達と命の質が明らかに違うからな」
ゼロスはトゥーイを思い出すように呟く。薔薇達の中で、確かに存在感はあるのだが、命の色と言う意味においては、弱々しい光を発している。
魔族だから生きていられると言われれば、納得出来る。それ程までに、体が弱いのだ。
「トゥーイは一人だけじゃなく、二人は絶対に産むと言っているが、俺としては、一人で十分なんだ」
フィネイは窓の外に視線を向けた。目に映るのは、月明かりに照らされた、色とりどりの薔薇達。
儚く、けれど、強かに薔薇達は咲き誇っている。
「でもな」
ゼロスは腕を組み、フィネイを見詰めた。
「シオンが居る以上、沢山産むと騒ぐと思うぞ。カイファスなんて、完全に感化されたんだ」
フィネイはゆっくりと、顔をゼロスに戻した。
「カイファスが産むと言った理由は、ゼロスの過去のせいだと聞いたぞ」
ゼロスは何とも複雑な表情を見せた。
「沢山の婚約者がいたのは確かなんだし、ゼロスの場合は諦めた方がいい」
フィネイは微笑みながら、きっぱりと言い切った。
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