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Ⅹ 双月の奏
18 第十七楽章
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「俺が薔薇園に行くって、どうして判ったんだ」
トゥーイは首を捻りながら、カイファスに問い掛けた。
「此処に帰ってきてすぐ、レイスに会ったんだ。ゼロスはフィネイの場所を聞いたんだが、私はがっつり調合に関わることを禁止されたからな。お前達の居る場所を訊いたんだ」
レイスにゼロスはフィネイが調合するために、部屋を提供されたことを聞いた。アレンとファジールの仕事部屋の向かいの部屋だと聞き、トゥーイも其処に居ると聞いたのだ。
最初、シオンとルビィが薔薇園に居ると聞いたため、其方に向かおうと思ったらしい。
「ゼロスが眉間に皺を寄せて、私に付いてくるように言ったんだよ」
カイファスはどうしてなのか判らなかったのだが、トゥーイの声が聞こえ、姿を見せたと思った刹那、見事に転けたのを見た。
ゼロスは舌打ちすると、駆け出してトゥーイを支えたが、誰も居なければ、盛大に転んだに違いない。
「彼奴の感は野生動物並だからな。多分、何かあると感じ取ったんだろうな」
妊娠九ヶ月目を越えたカイファスは、動きそのものが鈍くなっている。今回は幸運にも双子ではなかったのだが、やはり、お腹が重たいことには変わりない。
だから、カイファスと行動すると、どうしてもゆっくりとした動きになるのだ。
「まあ、お前のおっちょこちょいで不器用なのは仕方ないと思うが、更に、何もない所で躓くとなれば、フィネイもさぞかし大変だろうな」
カイファスの言葉に、トゥーイはしゅん、となった。自分では気をつけているつもりなのだが、どうも、上手く行かない。
「お前のそれは、遺伝か何かなのか」
「俺の母親がよく似た行動をしていたって聞いたんだ」
カイファスは驚いたように立ち止まり、トゥーイを見詰めた。
「それは産みの、っていう意味だな」
トゥーイは頷いた。結婚してから直ぐに身ごもったトゥーイに、両親は危機感があった。何故なら、トゥーイは極度のおっちょこちょいで不器用なうえ、何もない所で転けるという、妊婦になったら迷惑極まりない行動の持ち主だったからだ。
「俺が妊娠しただろう。判って直ぐに両親に二人で呼び出されて、如何に俺の実母がおっちょこちょいで不器用で何もない所で転ける、とんでもないお騒がせ人物だったかを、得々と語られたんだ」
その時点で、流石のトゥーイも自分の不器用は遺伝なのだと気が付いた。
カイファスは止まっていた足を動かし、トゥーイを促しながら、先を促した。
「だから、あまり動くなって言われて、動きたくなったら誰かと必ず行動しろって、言われてるんだ」
カイファスは脱力した。
「でもさ。何もない所で躓くって言うけどさ。それは違うっ」
トゥーイは両手を強く握り、語尾を荒げた。
「俺はちゃんと物に躓いているんだぞ」
トゥーイの力説に、カイファスはこめかみの辺りに痛みが走った。何故なら、先、転ける場面を目撃したが、綺麗に磨き抜かれ、掃除が行き届いた館に、トゥーイが躓くような物は存在していなかったのだ。
「言わせてもらうが、さっきは何もなかった。断言出来る」
「そんな筈無い。確かに、足に何か当たったんだ」
トゥーイは尚も言い募る。
「フィネイは何て言ってるんだ」
カイファスは呆れたように問い掛けた。その問いに、トゥーイは口を噤む。
「黙るってことは、似たようなことを言われてるんだろう」
カイファスは溜め息を吐き出す。薔薇園へと続く扉を開き、その香りに自然と笑みが零れた。
だが、微かに楽し気な笑い声が聞こえる。カイファスはレイスから、二人がファジュラを質問責めにしていると聞いたのだが。
記憶の繋がりを促すための質問の筈だ。だが、明らかに、そんな深刻な状況に見えない。
「ファジュラの記憶を繋げる協力をしているんじゃなかったのか」
カイファスは呆然と呟いた。察するに、二人が楽し気だと言うことは、ファジュラは根を上げているのではないだろうか。
「アレンさんは、そう言ってた。俺はずっとフィネイと居たから知らなかったんだけどさ」
トゥーイがその後に続けるだろう言葉が、聞かなくとも判るような気がした。
「二人で楽しいことしてるなんて知らなかったし」
カイファスは予想通りの言葉を聞いて、ファジュラが哀れに思った。
「トゥーイ……」
「判ってる。フィネイと同じ言を言うつもりだろう。でもさ、深刻な顔して接していても、良いこと無いじゃないか」
トゥーイは腰に両手を当て、開き直ったように言い切った。カイファスは驚いたように目を瞬かせる。
「病み上がりだって、言われなくても判ってるよ。じゃあさ、腫れ物に触るように扱って、一線引くように接してて、心を開いてくれるのか」
トゥーイが言っていることは間違えていない。それに、ファジュラは今回のことで、体だけではなく、心にも深い傷を負ったのだ。
「俺達の場合、やりすぎる、ってことが問題なんだろう」
「手加減できる自信があるのか」
「ないっ」
カイファスは明快に答えたトゥーイに脱力した。
「確かにファジュラさんはうんざりしたようにしてるけどさ、二人を拒絶して無いじゃないか」
カイファスは遠くに見える三人を見詰めた。やんやと騒ぎ立てる二人に、ファジュラは困っているように見えるが、嫌がっているような素振りはない。
ただ、勘弁してほしいと、全身で語っているように見えるだけだ。
「二人も、ファジュラは病み上がりだって言うのに」
カイファスは呆れたように腕を組んだ。
「それに、シオンには関わるなと、釘を差した筈なんだが」
カイファスの呆れたような声にトゥーイはぽつりと呟く。
「何もしないよりも、何かしてた方が、気が紛れるのかも」
「トゥーイ……」
「アレンさんはどうして動かないんだろう」
トゥーイの疑問はカイファスの疑問でもあった。アレンは確かに、自分達が優先だと気が付いた筈だ。その、アレンが全く動かない。
「何か視えたのか」
カイファスはそうとしか考えられなかった。アレンはどちらかと言えば行動的だ。目的が定まれば、的確に必要なことをこなしていく。
「未来を……」
「視えたのかもしれないな。そして、動いては駄目だと結論づけた」
カイファスが館を離れた期間は約十日だ。その間、何もなかったのだろうか。
「私達が館を離れている間、何もなかったのか」
トゥーイは少し考える仕草を見せた。
「アレンさんが黒の長様に呼び出されたくらいかな」
カイファスはすっと目を細めた。
「アレンだけか」
トゥーイは頷いた。黒の長が何のために呼び出したのか。
「アレンが呼び出されたのは、本人がお前達に言ったのか」
「違う。実はアレンさんからは聞いてないんだ。シオンさんとルビィさんがその場に居たみたいでさ」
黒の長が呼び出したのだ。余程の用事でもない限り、呼び出す筈がない。ただでさえ、今は面倒事が立て続けに起こっている。
「何も聞いてないのか」
「俺は知らない。もしかしたら、フィネイとエンヴィさんには話してるかも知れないけど」
トゥーイは首を傾げつつ、そう答えた。
もし、誰にも教えていないのなら、何かがあったか、何かが起こるのだ。それも、アレン自身に対して。
「何かが起こるのかもしれない」
トゥーイは目を見開いた。
「これ以上、何かが起こるのかっ」
「あくまで憶測だ。あるいは、もう、起こっているのかもしれない」
カイファスは薔薇園に視線を戻す。そして、目に映ったのは仕切りに手を振っているシオンの姿。どうやら、話しに夢中で、思いっきり無視をしていたようだ。
カイファスは苦笑いを浮かべ、トゥーイにシオンが手を振っていることを教える。
トゥーイは答えるように両手を振った。しかも、飛び跳ねている。カイファスは慌てて、トゥーイを止めた。
「何だ」
トゥーイは判らないのか、首を傾げている。
「飛び跳ねるな。フィネイと言うより、アレンの頭に角が生えるっ。しかも、ファジールさんも居るんだぞ。この館の中では、大人しくしていろ」
トゥーイは慌てて、身を正した。カイファスの忠告は守った方がいい。何故なら、トゥーイは一度、アレンにこっぴどく説教をされたのだ。妊婦のため、無理な体勢ではなかったが、延々と語られ、辟易したのは記憶に新しい。
「……飛び跳ねたくらいじゃ、何も起こらないのにさ」
トゥーイは納得出来ない。
「仕方ないだろう。アレンは完全にファジールさんに叩き込まれてるんだ。あれで、優秀な医者だと評判なんだから」
カイファスは息を吐き出した。
「その部分は否定しない。でもさ、神経質すぎるだろう」
「ここの一族は、考えようによっては、前の薔薇の代から神経質だと思うんだ」
二人は話しながら歩き出す。あまりに遅くなると、シオンが走り込んでくるからだ。それは、勘弁願いたい。
トゥーイは困惑気な表情を見せた。
「レイの話しとお祖母様の話しを総合すると、前のファジールさんの血筋がアレンの一族で、前のシオンの血筋にもなる。子供を得られたんだろうが、私達の前任者が消えた後、出生率の低下は解消されなかったんだ」
カイファスは右手の人差し指を顔の前で立てた。
「どこの医者の家系も、神経質であることは変わらないらしいから、これは職業柄だろうな」
トゥーイはやはり、判らなかった。母親は動かないと出産時、大変な思いをするのだと言った。
だから、トゥーイに動くなと言う家族だが、なるべく、一緒にいてくれる。トゥーイを一人にするのは危険すぎるからだ。
「でもさ。動いていないと、大変なんだろう」
トゥーイはこてん、と更に首を傾げた。
「そうだな。アレンも動くなとは言わない。ただ、飛ぶ、跳ねるはお腹に負担をかけるだけじゃなく、私達の体にも負担になるからだと思うぞ」
それに、とカイファスは続ける。
「特にお前はアルビノだ。普通に見えても体は私達より弱いんだ」
トゥーイは神妙な面持ちになった。
アレンに延々と説教を受けたとき、その部分を特に強調された。
「俺に自覚症状は無いのにさ」
「だからだろう。生まれたときからなんだから、それが普通だと思ってるんじゃないか」
トゥーイは頷く。
「私達より息が切れるのが早いだろう。長い時間、運動することも、体が辛くなるのが早くなかったか。多分、幼いときから、持続的に動くのが苦手だっただろう」
トゥーイは驚いたように、カイファスを見た。
「幼いとき、倒れたことがあるんじゃないか」
トゥーイは頷きそうになった。それは、否定出来なかったからだ。
「……俺にとっては普通で日常なんだ」
「だから、注意だ。お前一人なら良い。自己責任で終わりだろうが、今は別の命も育んでいるんだ。少なくとも、無事に産んでやるまでは、みんなの忠告は聞いておいた方がいい」
トゥーイは渋々頷いた。
「あ……痺れを切らしたみたいだな」
カイファスは前方から駆けてくる黄色い固まりに苦笑いを浮かべた。
息を切らし目の前に現れたのはシオン。腕を組み、二人の前に仁王立ちしている。
「もう。僕のことは無視するわけ」
不貞腐れた様子のシオンに、カイファスはそんなつもりはないと笑った。
ルビィの居る四阿のベンチに腰を下ろし、その場所にファジュラが居ないことに、二人は首を傾げた。二人の様子に、シオンとルビィは薔薇園のある場所を指差す。
「お食事時間だよ」
「あれは、シオンから逃げたんだよ。追及の手を緩めないんだから」
ルビィは呆れたように呟いた。
「仕方ないじゃない。僕はファジュラを殆ど知らないんだよ。手当たり次第に訊くしか無いじゃない」
言っていることは間違えていないだろう。だが、シオンは口がたつのだ。大抵の者はシオンに勝てない。
「それは判ってる。でも、混乱しているのは理解してやらないと」
カイファスは小さく息を吐き出す。
「それに、ヴェルディラが目覚めてからでも遅くないんだ」
シオンは口を噤んだ。カイファスに言われなくても判っていた。でも、何かをしていないと、嫌でも考えてしまうのだ。
「アレンを信用していないのか」
いきなり話題が変わり、シオンはカイファスを凝視した。
「……信用してるよ」
「本当か」
二人のやり取りを大人しく聞いていたルビィとトゥーイは顔を見合わせた。
「いいか。私達はアレンに自分達を優先するように忠告してある。それでも動かないのには意味があるんだ。私はこれでも月読みの孫だから判るんだが、あの手の能力の持ち主は異常に慎重なんだ」
「アレン、何かが視えたの」
カイファスの言葉に、ルビィが反応を示した。
「正確には聞いていない。でも、可能性は高い」
「黒の長様に呼び出されたのも理由の一つなのか」
トゥーイは首を傾げた。アレンは呼び出されたが、それほど長い時間、留守にしていたわけではない。
「それもあるかもしれない。もしくは、アレンはそれを待っていた可能性もある」
「どう言うこと」
ルビィは更に困惑を顔に貼り付けた。シオンはと言えば、ただ、聞き入っている。
「判っているのは、アレンは自分の力を制御出来ないってことだ。使おうとして失敗している。つまりは、無意識でなくては発動しない」
「そう考えるとさ、どうなるんだ」
トゥーイも首を捻った。
「……僕の周りで何かが起こるってこと」
カイファスはシオンを見詰め、頷いた。
「あくまでも憶測になる」
「僕は今のままでも十分に幸せだよ」
シオンはそう言うと、俯いた。
「シオン」
カイファスはシオンを下から覗き込んだ。琥珀の澄んだ瞳が揺れている。
「判っているだろう。どうして、アンジュから離されているんだ。シオンが不安定だからだろう。母親の不安は子供に伝染する。敏感に感じ取って、情緒が安定しなくなる」
シオンは唇を噛み締めた。
「今のままでは駄目だ。お前が駄目になってしまう」
シオンの表情が歪んだ。
「じゃあ、どうしたらいいのっ。僕だって、判ってるんだっ。でも、僕はずっと、いらない子だったんだよっ。今更、今更、どうやったって、事実は変わらないじゃないっ」
「アレンからも聞いたが、ゼロスから、更に詳しく話しを聞いた。シアンはお前のことを話したと。成長を止めたのは仕方ない。でも、シアンはありえない者の話しをしたと言った」
それは、あくまでも、全てを見ていたシアンが人物を特定して話したものではない。シアンはその者の名を言うことを憚ったのだ。
「私達が出した結論と、ゼロスが感じたものは同じだった。吸血族でなければ、お前は幸せだったんだ。片親になったとしても、母親はお前をとっただろう」
「でも、それは仮説でしょう。本当に嫌いだったら、何も変わらないじゃないっ」
カイファスは痛ましい者を見るように、顔を歪めた。永遠に近い命を持つ魔族は、諦めるという感情を抱くことは珍しい。何故なら、時間が掛かったとしても、叶うことが多いからだ。
「諦めたら終わりだろう。お前は少なくとも、母親と同じ体験をしたんだ」
カイファスは言い含めるように、ゆっくりとした口調で言った。
「……同じ体験……」
シオンは判らないというように、首を傾げた。
「子供を産んだだろう。体内にシアンやアンジュを宿したとき、何を感じた。大切な命なのだと、愛おしいと、そう思わなかったのか」
シオンはカイファスの言葉に口を噤む。そんなことは、言われるまでもない。
「言いたくはないが父親は多分、駄目だ。でも、母親は違う。そうであって欲しいと、私は思っている」
カイファスはそこまで言うと、草を踏み締める音のする方に視線を向けた。
ただ、呆然と立ち尽くしているのはファジュラ。不意に脳裏に浮かび上がったのは黄の長の言葉。
詳しく話してくれたわけではない。漠然としたものだった。それでも、今のやりとりで察することは可能だ。
「驚かせたみたいだね」
ルビィはファジュラの表情に、そう、声を掛けた。
「……いいえ」
ファジュラは小さく頭を振る。
「嘘はいけないと思う。流石の俺も聞いたときは驚いたしさ」
トゥーイは肩を竦めて見せた。ファジュラは気を落ち着けようと、息を吐き出した。
ファジュラにベンチに座るように促す。四阿は入り口になっている場所を除いて、薔薇園に背を向けるような形で、コの字形にベンチが設置されている。
入り口から向かって右側のベンチにルビィが座り、その横に腰を落ち着けたのはトゥーイ。
左側のベンチにカイファスが座り、その横にシオンを座らせた。必然的に入り口正面にファジュラが座る形になる。
「根掘り葉掘り訊かれて、疲れてるんじゃないか」
カイファスは苦笑いを浮かべ、ファジュラにそう、声を掛けた。
ファジュラは一瞬、躊躇い、だが、素直に頷いた。
「確かにそうですが、記憶が繋がってきたような気がします」
ファジュラは素直に感じたままを答えた。
「自分の職業は思い出したのか」
トゥーイはわざと軽い調子で質問した。まるで、世間話でもするような、自然な訊き方だった。
「俺は元薬師でさ、でも、あまりの不器用さに、結婚を機に引退させられたんだ」
ファジュラは驚いたように、トゥーイを凝視する。女性が職業を持つのは、吸血族では、珍しいからだ。
「トゥーイの場合、結婚しなくても、そのうち、強制的に引退させられたんじゃない」
ルビィはくすくす笑いながら、茶々を入れる。
「どうしてだよ」
「自覚がないとか、有り得ないだろう」
不貞腐れたように唇を尖らせたトゥーイに、カイファスは両手の平をを肩の横で上げ、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「実際見たことはないけど、旦那が言うんだ。生まれたときから一緒に居る奴が言うんだから、間違えないだろう」
カイファスは更に言葉を続けた。
「そうだけどさ。みんなが器用なだけじゃないか」
トゥーイは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「まあ、お前のは遺伝なんだろう」
カイファスはくすくすと笑い出す。
「遺伝って」
ルビィは長い赤い髪を揺らす。
「実母が同じだったらしい」
此処に来る道すがら聞いたと、カイファスは言った。ルビィだけではなく、気分が沈んだシオンも驚いたようにトゥーイを凝視する。
「……トゥーイが二人……」
シオンとルビィは想像してしまった。
「……あの」
ファジュラは黙って聞いていたのだが、どうしても気になった。此処では女性も働いているのだろうか。
「どうかしたか」
カイファスはファジュラに視線を向け、首を傾げた。
「女性が働いているのですか」
その問い掛けに、カイファスは目を細めた。
「私達は女性じゃないからな」
ファジュラは驚いたように目を見開いた。どう見ても、妊婦にしか見えず、胸の膨らみと体の線の柔らかさに、男性だとは思えない。ファジュラは困惑を顔に貼り付けた。
「混乱してるみたいだね」
ルビィはファジュラの様子に笑い出す。
「俺達は薔薇だから。今はこんななりだけど、普段は男なんだよな」
トゥーイが言った、男、の言葉にファジュラは心底、驚いた表情を見せた。
「男性なのですか」
ファジュラは慎重に問い掛けた。
「満月の光を浴びると変化する。私達三人は妊娠中だからな。この期間だけは女性のままなんだ」
カイファスはそう言うと、シオンの両肩を後ろから抱き、ファジュラによく見えるようにした。
シオンは驚いたように、カイファスを見上げた。
「シオンは男に見えるだろう」
ファジュラは失礼にならないように、シオンを見詰めた。
独特の金の巻き髪と澄んだ琥珀の大きな瞳。成人している割には幼い容姿をしている。
確かに男性にしては華奢だが、男性だと断定出来ない。どちらかと言えば、中性的な容姿に見えた。男性と言われれば、確かに男性だが、女性と言われれば頷いてしまうのではないだろうか。
「言われれば……」
ファジュラはそうとしか言えなかった。
「まあ、僕達って、毎回変化する度に中性的になっていってるみたいだし、ぱっと見た目じゃ判らないかもね」
ルビィは目を白黒させているファジュラに、言ってのける。変化するようになってから、完全に男性の体付きに戻るかと言えばそうではないようだった。
男性体に戻っても、線の柔らかさは多少残るようなのだ。
「こんなことで驚いてたらさ、ヴェルディラさんをみたら、更に驚くんじゃないか」
トゥーイはさらりと言ったのだが、ファジュラはそうは取らなかった。
「どう言うことですか」
ファジュラは完全に混乱した。確かに記憶はバラバラだが、知識としては残っている。三人の言い方から考えて、ヴェルディラも同じなのだと言っているのではないだろうか。
「やっぱりか。説明を受けている最中に、あの出来事が起こったんだな」
カイファスは溜め息を吐いた。
「判らないのですが」
「本来なら、彼奴等が説明するのが良いんだが、そうも言っていられないしな」
薔薇の夫達はそれぞれの役目を果たしている。だから、シオンとルビィがファジュラの側に居たのだ。
ファジュラはアレンが呼び出したことは判っていた。ヴェルディラと血の交換をしていることも、理解していた。
ただ、きちんと理解しないまま意識を手放し、太陽に晒されたことで、本来あるべき記憶の繋がりを失ってしまったのだ。
そうなると、曖昧な記憶は端に追いやられる。脳が防衛本能を発揮するためだろう。だから、直前の強烈な出来事の記憶は残っても、少し前に説明を受けていた事柄が、すっぱり切り落とされたのだ。
「自分がヴェルディラの代わりに、太陽に身を晒したのは理解しているんだろう」
カイファスに問われ、ファジュラは頷いた。
「目覚めたとき、アレンから体力を回復させ、ヴェルディラに血を与えるように言われた筈だ」
ファジュラは頷く。
「では、何故、名指しされたと思う」
ファジュラは目を瞬いた。何故なのだろうか。別にファジュラでなくともいい筈だ。
「ヴェルディラはお前以外の血を口に出来ない。そして、これは今回判ったことだが、ヴェルディラの血を口に出来るのはお前だけだ」
ファジュラは訳が判らなくなってきた。それは一体、どういうことなのか。
「私達同様、ヴェルディラも薔薇だ。だから、特定の者以外のものを口にするのは自殺行為に等しいんだ」
カイファスはきっぱり言い切った。
そう言えば、目覚めて直ぐに似たような説明を受けた。その後、二人に質問責めにされ、すっかり抜け落ちていたのだ。
「……アレンさんに言われたような気がします」
カイファスは頷いた。
「アレンが呼び出したのは、お前に説明するためだ。お前が蒼薔薇の夫だと判っていたからな」
「……えっ」
「やっぱり、理解していないんだな」
カイファスは仕方ないと、息を吐き出した。ある意味、すんなり抵抗なく受け入れたのはゼロスだけなのだ。そう考えると、想定内の反応だった。
「私の一族は……」
「その話しは聞いているし、黄の長様にそういう理由では選ばれない、的なことは言われなかったのか」
カイファスは小首を傾げる。漆黒の長い髪が流れ落ちた。
ファジュラは眉間に皺を寄せる。記憶の奥底にあるものを、必死に手繰り寄せる。父親と共に黄の長に呼ばれたのだ。父親が眠りに就く旨と同時に告げられた真実。
ファジュラが預かり知らない場所で、決定されていた事実が、不意に思い出された。
一族の決まりではなく、別の理由で相手が決まっていると。正確にはその日、現れたのだと。
でも、その日に何があったのだろうか。日常的に行っていたことの筈なのだ。だが、記憶に霞がかかる。その部分を思い出そうとすると、鋭い痛みが走る。
「……言われました。でも、私は何故、父と共に長様に呼び出されたのでしょう。あの日、何があったのか、全く思い出せません」
トゥーイはアレンの言葉を思い出す。ファジュラは確実に楽師であった事実を思い出したくないのだ。だから、音楽に関する部分だけに霞がかかるのだろう。
だが、それでは記憶が真に繋がらない。ファジュラは音楽浸け生活を送っていた筈だ。
しかし、ファジュラは一族の決まり事は覚えている。音楽に関するもの、つまり、ファジュラ自身が楽師で奏者である事実だけ、都合良く抜けているのだ。
両親のことも、幼馴染みであるヴェルディラのことも認識している。切欠が必要なのかも知れない。
「一族の特殊な決まりだけど、満たしていると思うよ」
シオンは真顔で、そう告げた。驚いたのはカイファス、ルビィ、トゥーイの三人だ。
「シオン……」
シオンはカイファスに名を呼ばれ、顔を向けた。
「あの日、聞いたから。月の光みたいに繊細で、細い声なのに、綺麗に響くんだ」
思い出すのは澄んだ綺麗な声だった。
「飛び出したときか」
シオンは頷く。
「あの時は、本当に気持ち悪くて。でも、少し、冷静になって考えたんだ。僕は彼女を責めたけど、間違ってたんじゃないかって」
誰が好き好んで息子に恋情を抱くのだろうか。中にはそういう性癖の者もいるのかも知れないが、ティファレトと対峙したとき、不自然な感じは受けなかったのだ。
「もしかしたら、ファジュラの両親は擦れ違ってしまったのかも知れない。長い年月を一緒に過ごせば、それなりに、お互いのことが判るのに」
ファジュラはシオンの言葉に、更に鋭い痛みが頭を襲った。次々と浮かんでくる言葉。
幼いときに聞いた、諍いの声。あれは、祖父母と母親の声だ。
「僕達は特殊だから、吸血族の事情と当てはまらないけど、お父さんとお母さん、カイファスの両親は自分達でその輪から抜け出したでしょ」
シオンは架空を見詰め、呟く。
「話しを聞いたら、それは特殊なことだったんだって。だから、僕達の親の代はただ、子孫を残すためだけに結婚して、感情は完全に無視だったって」
ファジュラは耐えられず、両手で頭を押さえた。
何かを忘れている。幼いときに聞いてしまった言葉を、無意識に封印した。そして、今も封印している。
シオンの語る言に、何かが揺さぶられる。鋭く言い放たれた声は、悲痛を宿していた。何も知らされずに試され、何も知らされずに嫁いだ。本当に求められた訳ではない。
今なら判る。あれは心の叫びだったのだ。
では、誰の……。
脳裏に焼き付いた表情。苦痛を宿したその顔にあるのは、幸せを感じている者のものとは違う。
『私に何を望むんですかっ。貴方達が望み、求めていたことは、義務はしっかりと果たしたわっ。その上で、また、奪うというのっ』
耳に鮮やかに残る。何を奪われるというのだろうか。
『心を無視され、ただ、種を繋ぐ道具として、納得はしていなくても受け入れたわっ。母も、祖母も、そうしてきたのだからっ』
表情しか見えなかった者の顔。それは、母親のティファレトだった。
『私の拠り所を奪うというのっ。この館の中に、私の居場所はないというのにっ』
はっきりと言い切った言葉に、祖父母は息をのんだのだ。そうだ、とファジュラは思い出す。
これが切欠だったのだ。ティファレトから少しずつ距離を置くように、祖父母が連れ出すようになったのは。
いきなり腕を取られ、見上げた先に居たのはアーネストだった。三人に気が付かれないように、そっと、その場所を離れたのだ。
アーネストの表情は憂いに満ちていた。幼いときになら判らなかったが、思い出した今なら、理解出来た。
ティファレトは何故、あんなにもファジュラに拘ったのだろうか。黄の長とアーネストは代わりにしていたと、言っていたような気がする。
本当にそうなのだろうか。居場所がないと言い切った母親に、ファジュラは衝撃を受けたのだ。だが、ティファレトが堪え忍んでいたようには見えなかったし、アーネストも無理強いはしていない。祖父母も優しい人達だった。
何かがおかしいと思い始める。記憶の繋がりが無くなることで、見え始めたモノ。それは、長い間、目を瞑り、避け、封印していた、矛盾と言う名の真実だった。
「大丈夫」
声を掛けられ、ファジュラは慌てて頭を押さえていた手を離し、顔を上げた。目の前で屈み込み、ファジュラの様子を伺っているのはルビィだ。
ルビィだけではない。他の三人も、心配そうな表情で、ファジュラを見詰めていた。
「頭を押さえたまま、呼び掛けても反応がないから」
ルビィは両手で腰をさすりながら、身を起こした。ファジュラはまばたきを繰り返す。
今、思い至った事実に溜め息しか出ない。
ファジュラの様子に、シオンはすっと目を細めた。
「何かを思い出したの」
シオンは静かに問い掛けた。ファジュラは小さく息を吐き出し、一度、軽く目を瞑ると直ぐに開いた。
「矛盾を……」
ファジュラが口にした矛盾の言葉に、シオン以外の三人は首を傾げる。
「矛盾はお母さんかな」
「そうです」
シオンは冷静になり、見出した答えが肯定されたとはっきり判った。そして、ティファレトが次にとる行動が、手に取るように判った。
「君は父親を手に入れて、母親を失うよ」
シオンはただ、静かにそう告げた。
トゥーイは首を捻りながら、カイファスに問い掛けた。
「此処に帰ってきてすぐ、レイスに会ったんだ。ゼロスはフィネイの場所を聞いたんだが、私はがっつり調合に関わることを禁止されたからな。お前達の居る場所を訊いたんだ」
レイスにゼロスはフィネイが調合するために、部屋を提供されたことを聞いた。アレンとファジールの仕事部屋の向かいの部屋だと聞き、トゥーイも其処に居ると聞いたのだ。
最初、シオンとルビィが薔薇園に居ると聞いたため、其方に向かおうと思ったらしい。
「ゼロスが眉間に皺を寄せて、私に付いてくるように言ったんだよ」
カイファスはどうしてなのか判らなかったのだが、トゥーイの声が聞こえ、姿を見せたと思った刹那、見事に転けたのを見た。
ゼロスは舌打ちすると、駆け出してトゥーイを支えたが、誰も居なければ、盛大に転んだに違いない。
「彼奴の感は野生動物並だからな。多分、何かあると感じ取ったんだろうな」
妊娠九ヶ月目を越えたカイファスは、動きそのものが鈍くなっている。今回は幸運にも双子ではなかったのだが、やはり、お腹が重たいことには変わりない。
だから、カイファスと行動すると、どうしてもゆっくりとした動きになるのだ。
「まあ、お前のおっちょこちょいで不器用なのは仕方ないと思うが、更に、何もない所で躓くとなれば、フィネイもさぞかし大変だろうな」
カイファスの言葉に、トゥーイはしゅん、となった。自分では気をつけているつもりなのだが、どうも、上手く行かない。
「お前のそれは、遺伝か何かなのか」
「俺の母親がよく似た行動をしていたって聞いたんだ」
カイファスは驚いたように立ち止まり、トゥーイを見詰めた。
「それは産みの、っていう意味だな」
トゥーイは頷いた。結婚してから直ぐに身ごもったトゥーイに、両親は危機感があった。何故なら、トゥーイは極度のおっちょこちょいで不器用なうえ、何もない所で転けるという、妊婦になったら迷惑極まりない行動の持ち主だったからだ。
「俺が妊娠しただろう。判って直ぐに両親に二人で呼び出されて、如何に俺の実母がおっちょこちょいで不器用で何もない所で転ける、とんでもないお騒がせ人物だったかを、得々と語られたんだ」
その時点で、流石のトゥーイも自分の不器用は遺伝なのだと気が付いた。
カイファスは止まっていた足を動かし、トゥーイを促しながら、先を促した。
「だから、あまり動くなって言われて、動きたくなったら誰かと必ず行動しろって、言われてるんだ」
カイファスは脱力した。
「でもさ。何もない所で躓くって言うけどさ。それは違うっ」
トゥーイは両手を強く握り、語尾を荒げた。
「俺はちゃんと物に躓いているんだぞ」
トゥーイの力説に、カイファスはこめかみの辺りに痛みが走った。何故なら、先、転ける場面を目撃したが、綺麗に磨き抜かれ、掃除が行き届いた館に、トゥーイが躓くような物は存在していなかったのだ。
「言わせてもらうが、さっきは何もなかった。断言出来る」
「そんな筈無い。確かに、足に何か当たったんだ」
トゥーイは尚も言い募る。
「フィネイは何て言ってるんだ」
カイファスは呆れたように問い掛けた。その問いに、トゥーイは口を噤む。
「黙るってことは、似たようなことを言われてるんだろう」
カイファスは溜め息を吐き出す。薔薇園へと続く扉を開き、その香りに自然と笑みが零れた。
だが、微かに楽し気な笑い声が聞こえる。カイファスはレイスから、二人がファジュラを質問責めにしていると聞いたのだが。
記憶の繋がりを促すための質問の筈だ。だが、明らかに、そんな深刻な状況に見えない。
「ファジュラの記憶を繋げる協力をしているんじゃなかったのか」
カイファスは呆然と呟いた。察するに、二人が楽し気だと言うことは、ファジュラは根を上げているのではないだろうか。
「アレンさんは、そう言ってた。俺はずっとフィネイと居たから知らなかったんだけどさ」
トゥーイがその後に続けるだろう言葉が、聞かなくとも判るような気がした。
「二人で楽しいことしてるなんて知らなかったし」
カイファスは予想通りの言葉を聞いて、ファジュラが哀れに思った。
「トゥーイ……」
「判ってる。フィネイと同じ言を言うつもりだろう。でもさ、深刻な顔して接していても、良いこと無いじゃないか」
トゥーイは腰に両手を当て、開き直ったように言い切った。カイファスは驚いたように目を瞬かせる。
「病み上がりだって、言われなくても判ってるよ。じゃあさ、腫れ物に触るように扱って、一線引くように接してて、心を開いてくれるのか」
トゥーイが言っていることは間違えていない。それに、ファジュラは今回のことで、体だけではなく、心にも深い傷を負ったのだ。
「俺達の場合、やりすぎる、ってことが問題なんだろう」
「手加減できる自信があるのか」
「ないっ」
カイファスは明快に答えたトゥーイに脱力した。
「確かにファジュラさんはうんざりしたようにしてるけどさ、二人を拒絶して無いじゃないか」
カイファスは遠くに見える三人を見詰めた。やんやと騒ぎ立てる二人に、ファジュラは困っているように見えるが、嫌がっているような素振りはない。
ただ、勘弁してほしいと、全身で語っているように見えるだけだ。
「二人も、ファジュラは病み上がりだって言うのに」
カイファスは呆れたように腕を組んだ。
「それに、シオンには関わるなと、釘を差した筈なんだが」
カイファスの呆れたような声にトゥーイはぽつりと呟く。
「何もしないよりも、何かしてた方が、気が紛れるのかも」
「トゥーイ……」
「アレンさんはどうして動かないんだろう」
トゥーイの疑問はカイファスの疑問でもあった。アレンは確かに、自分達が優先だと気が付いた筈だ。その、アレンが全く動かない。
「何か視えたのか」
カイファスはそうとしか考えられなかった。アレンはどちらかと言えば行動的だ。目的が定まれば、的確に必要なことをこなしていく。
「未来を……」
「視えたのかもしれないな。そして、動いては駄目だと結論づけた」
カイファスが館を離れた期間は約十日だ。その間、何もなかったのだろうか。
「私達が館を離れている間、何もなかったのか」
トゥーイは少し考える仕草を見せた。
「アレンさんが黒の長様に呼び出されたくらいかな」
カイファスはすっと目を細めた。
「アレンだけか」
トゥーイは頷いた。黒の長が何のために呼び出したのか。
「アレンが呼び出されたのは、本人がお前達に言ったのか」
「違う。実はアレンさんからは聞いてないんだ。シオンさんとルビィさんがその場に居たみたいでさ」
黒の長が呼び出したのだ。余程の用事でもない限り、呼び出す筈がない。ただでさえ、今は面倒事が立て続けに起こっている。
「何も聞いてないのか」
「俺は知らない。もしかしたら、フィネイとエンヴィさんには話してるかも知れないけど」
トゥーイは首を傾げつつ、そう答えた。
もし、誰にも教えていないのなら、何かがあったか、何かが起こるのだ。それも、アレン自身に対して。
「何かが起こるのかもしれない」
トゥーイは目を見開いた。
「これ以上、何かが起こるのかっ」
「あくまで憶測だ。あるいは、もう、起こっているのかもしれない」
カイファスは薔薇園に視線を戻す。そして、目に映ったのは仕切りに手を振っているシオンの姿。どうやら、話しに夢中で、思いっきり無視をしていたようだ。
カイファスは苦笑いを浮かべ、トゥーイにシオンが手を振っていることを教える。
トゥーイは答えるように両手を振った。しかも、飛び跳ねている。カイファスは慌てて、トゥーイを止めた。
「何だ」
トゥーイは判らないのか、首を傾げている。
「飛び跳ねるな。フィネイと言うより、アレンの頭に角が生えるっ。しかも、ファジールさんも居るんだぞ。この館の中では、大人しくしていろ」
トゥーイは慌てて、身を正した。カイファスの忠告は守った方がいい。何故なら、トゥーイは一度、アレンにこっぴどく説教をされたのだ。妊婦のため、無理な体勢ではなかったが、延々と語られ、辟易したのは記憶に新しい。
「……飛び跳ねたくらいじゃ、何も起こらないのにさ」
トゥーイは納得出来ない。
「仕方ないだろう。アレンは完全にファジールさんに叩き込まれてるんだ。あれで、優秀な医者だと評判なんだから」
カイファスは息を吐き出した。
「その部分は否定しない。でもさ、神経質すぎるだろう」
「ここの一族は、考えようによっては、前の薔薇の代から神経質だと思うんだ」
二人は話しながら歩き出す。あまりに遅くなると、シオンが走り込んでくるからだ。それは、勘弁願いたい。
トゥーイは困惑気な表情を見せた。
「レイの話しとお祖母様の話しを総合すると、前のファジールさんの血筋がアレンの一族で、前のシオンの血筋にもなる。子供を得られたんだろうが、私達の前任者が消えた後、出生率の低下は解消されなかったんだ」
カイファスは右手の人差し指を顔の前で立てた。
「どこの医者の家系も、神経質であることは変わらないらしいから、これは職業柄だろうな」
トゥーイはやはり、判らなかった。母親は動かないと出産時、大変な思いをするのだと言った。
だから、トゥーイに動くなと言う家族だが、なるべく、一緒にいてくれる。トゥーイを一人にするのは危険すぎるからだ。
「でもさ。動いていないと、大変なんだろう」
トゥーイはこてん、と更に首を傾げた。
「そうだな。アレンも動くなとは言わない。ただ、飛ぶ、跳ねるはお腹に負担をかけるだけじゃなく、私達の体にも負担になるからだと思うぞ」
それに、とカイファスは続ける。
「特にお前はアルビノだ。普通に見えても体は私達より弱いんだ」
トゥーイは神妙な面持ちになった。
アレンに延々と説教を受けたとき、その部分を特に強調された。
「俺に自覚症状は無いのにさ」
「だからだろう。生まれたときからなんだから、それが普通だと思ってるんじゃないか」
トゥーイは頷く。
「私達より息が切れるのが早いだろう。長い時間、運動することも、体が辛くなるのが早くなかったか。多分、幼いときから、持続的に動くのが苦手だっただろう」
トゥーイは驚いたように、カイファスを見た。
「幼いとき、倒れたことがあるんじゃないか」
トゥーイは頷きそうになった。それは、否定出来なかったからだ。
「……俺にとっては普通で日常なんだ」
「だから、注意だ。お前一人なら良い。自己責任で終わりだろうが、今は別の命も育んでいるんだ。少なくとも、無事に産んでやるまでは、みんなの忠告は聞いておいた方がいい」
トゥーイは渋々頷いた。
「あ……痺れを切らしたみたいだな」
カイファスは前方から駆けてくる黄色い固まりに苦笑いを浮かべた。
息を切らし目の前に現れたのはシオン。腕を組み、二人の前に仁王立ちしている。
「もう。僕のことは無視するわけ」
不貞腐れた様子のシオンに、カイファスはそんなつもりはないと笑った。
ルビィの居る四阿のベンチに腰を下ろし、その場所にファジュラが居ないことに、二人は首を傾げた。二人の様子に、シオンとルビィは薔薇園のある場所を指差す。
「お食事時間だよ」
「あれは、シオンから逃げたんだよ。追及の手を緩めないんだから」
ルビィは呆れたように呟いた。
「仕方ないじゃない。僕はファジュラを殆ど知らないんだよ。手当たり次第に訊くしか無いじゃない」
言っていることは間違えていないだろう。だが、シオンは口がたつのだ。大抵の者はシオンに勝てない。
「それは判ってる。でも、混乱しているのは理解してやらないと」
カイファスは小さく息を吐き出す。
「それに、ヴェルディラが目覚めてからでも遅くないんだ」
シオンは口を噤んだ。カイファスに言われなくても判っていた。でも、何かをしていないと、嫌でも考えてしまうのだ。
「アレンを信用していないのか」
いきなり話題が変わり、シオンはカイファスを凝視した。
「……信用してるよ」
「本当か」
二人のやり取りを大人しく聞いていたルビィとトゥーイは顔を見合わせた。
「いいか。私達はアレンに自分達を優先するように忠告してある。それでも動かないのには意味があるんだ。私はこれでも月読みの孫だから判るんだが、あの手の能力の持ち主は異常に慎重なんだ」
「アレン、何かが視えたの」
カイファスの言葉に、ルビィが反応を示した。
「正確には聞いていない。でも、可能性は高い」
「黒の長様に呼び出されたのも理由の一つなのか」
トゥーイは首を傾げた。アレンは呼び出されたが、それほど長い時間、留守にしていたわけではない。
「それもあるかもしれない。もしくは、アレンはそれを待っていた可能性もある」
「どう言うこと」
ルビィは更に困惑を顔に貼り付けた。シオンはと言えば、ただ、聞き入っている。
「判っているのは、アレンは自分の力を制御出来ないってことだ。使おうとして失敗している。つまりは、無意識でなくては発動しない」
「そう考えるとさ、どうなるんだ」
トゥーイも首を捻った。
「……僕の周りで何かが起こるってこと」
カイファスはシオンを見詰め、頷いた。
「あくまでも憶測になる」
「僕は今のままでも十分に幸せだよ」
シオンはそう言うと、俯いた。
「シオン」
カイファスはシオンを下から覗き込んだ。琥珀の澄んだ瞳が揺れている。
「判っているだろう。どうして、アンジュから離されているんだ。シオンが不安定だからだろう。母親の不安は子供に伝染する。敏感に感じ取って、情緒が安定しなくなる」
シオンは唇を噛み締めた。
「今のままでは駄目だ。お前が駄目になってしまう」
シオンの表情が歪んだ。
「じゃあ、どうしたらいいのっ。僕だって、判ってるんだっ。でも、僕はずっと、いらない子だったんだよっ。今更、今更、どうやったって、事実は変わらないじゃないっ」
「アレンからも聞いたが、ゼロスから、更に詳しく話しを聞いた。シアンはお前のことを話したと。成長を止めたのは仕方ない。でも、シアンはありえない者の話しをしたと言った」
それは、あくまでも、全てを見ていたシアンが人物を特定して話したものではない。シアンはその者の名を言うことを憚ったのだ。
「私達が出した結論と、ゼロスが感じたものは同じだった。吸血族でなければ、お前は幸せだったんだ。片親になったとしても、母親はお前をとっただろう」
「でも、それは仮説でしょう。本当に嫌いだったら、何も変わらないじゃないっ」
カイファスは痛ましい者を見るように、顔を歪めた。永遠に近い命を持つ魔族は、諦めるという感情を抱くことは珍しい。何故なら、時間が掛かったとしても、叶うことが多いからだ。
「諦めたら終わりだろう。お前は少なくとも、母親と同じ体験をしたんだ」
カイファスは言い含めるように、ゆっくりとした口調で言った。
「……同じ体験……」
シオンは判らないというように、首を傾げた。
「子供を産んだだろう。体内にシアンやアンジュを宿したとき、何を感じた。大切な命なのだと、愛おしいと、そう思わなかったのか」
シオンはカイファスの言葉に口を噤む。そんなことは、言われるまでもない。
「言いたくはないが父親は多分、駄目だ。でも、母親は違う。そうであって欲しいと、私は思っている」
カイファスはそこまで言うと、草を踏み締める音のする方に視線を向けた。
ただ、呆然と立ち尽くしているのはファジュラ。不意に脳裏に浮かび上がったのは黄の長の言葉。
詳しく話してくれたわけではない。漠然としたものだった。それでも、今のやりとりで察することは可能だ。
「驚かせたみたいだね」
ルビィはファジュラの表情に、そう、声を掛けた。
「……いいえ」
ファジュラは小さく頭を振る。
「嘘はいけないと思う。流石の俺も聞いたときは驚いたしさ」
トゥーイは肩を竦めて見せた。ファジュラは気を落ち着けようと、息を吐き出した。
ファジュラにベンチに座るように促す。四阿は入り口になっている場所を除いて、薔薇園に背を向けるような形で、コの字形にベンチが設置されている。
入り口から向かって右側のベンチにルビィが座り、その横に腰を落ち着けたのはトゥーイ。
左側のベンチにカイファスが座り、その横にシオンを座らせた。必然的に入り口正面にファジュラが座る形になる。
「根掘り葉掘り訊かれて、疲れてるんじゃないか」
カイファスは苦笑いを浮かべ、ファジュラにそう、声を掛けた。
ファジュラは一瞬、躊躇い、だが、素直に頷いた。
「確かにそうですが、記憶が繋がってきたような気がします」
ファジュラは素直に感じたままを答えた。
「自分の職業は思い出したのか」
トゥーイはわざと軽い調子で質問した。まるで、世間話でもするような、自然な訊き方だった。
「俺は元薬師でさ、でも、あまりの不器用さに、結婚を機に引退させられたんだ」
ファジュラは驚いたように、トゥーイを凝視する。女性が職業を持つのは、吸血族では、珍しいからだ。
「トゥーイの場合、結婚しなくても、そのうち、強制的に引退させられたんじゃない」
ルビィはくすくす笑いながら、茶々を入れる。
「どうしてだよ」
「自覚がないとか、有り得ないだろう」
不貞腐れたように唇を尖らせたトゥーイに、カイファスは両手の平をを肩の横で上げ、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「実際見たことはないけど、旦那が言うんだ。生まれたときから一緒に居る奴が言うんだから、間違えないだろう」
カイファスは更に言葉を続けた。
「そうだけどさ。みんなが器用なだけじゃないか」
トゥーイは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「まあ、お前のは遺伝なんだろう」
カイファスはくすくすと笑い出す。
「遺伝って」
ルビィは長い赤い髪を揺らす。
「実母が同じだったらしい」
此処に来る道すがら聞いたと、カイファスは言った。ルビィだけではなく、気分が沈んだシオンも驚いたようにトゥーイを凝視する。
「……トゥーイが二人……」
シオンとルビィは想像してしまった。
「……あの」
ファジュラは黙って聞いていたのだが、どうしても気になった。此処では女性も働いているのだろうか。
「どうかしたか」
カイファスはファジュラに視線を向け、首を傾げた。
「女性が働いているのですか」
その問い掛けに、カイファスは目を細めた。
「私達は女性じゃないからな」
ファジュラは驚いたように目を見開いた。どう見ても、妊婦にしか見えず、胸の膨らみと体の線の柔らかさに、男性だとは思えない。ファジュラは困惑を顔に貼り付けた。
「混乱してるみたいだね」
ルビィはファジュラの様子に笑い出す。
「俺達は薔薇だから。今はこんななりだけど、普段は男なんだよな」
トゥーイが言った、男、の言葉にファジュラは心底、驚いた表情を見せた。
「男性なのですか」
ファジュラは慎重に問い掛けた。
「満月の光を浴びると変化する。私達三人は妊娠中だからな。この期間だけは女性のままなんだ」
カイファスはそう言うと、シオンの両肩を後ろから抱き、ファジュラによく見えるようにした。
シオンは驚いたように、カイファスを見上げた。
「シオンは男に見えるだろう」
ファジュラは失礼にならないように、シオンを見詰めた。
独特の金の巻き髪と澄んだ琥珀の大きな瞳。成人している割には幼い容姿をしている。
確かに男性にしては華奢だが、男性だと断定出来ない。どちらかと言えば、中性的な容姿に見えた。男性と言われれば、確かに男性だが、女性と言われれば頷いてしまうのではないだろうか。
「言われれば……」
ファジュラはそうとしか言えなかった。
「まあ、僕達って、毎回変化する度に中性的になっていってるみたいだし、ぱっと見た目じゃ判らないかもね」
ルビィは目を白黒させているファジュラに、言ってのける。変化するようになってから、完全に男性の体付きに戻るかと言えばそうではないようだった。
男性体に戻っても、線の柔らかさは多少残るようなのだ。
「こんなことで驚いてたらさ、ヴェルディラさんをみたら、更に驚くんじゃないか」
トゥーイはさらりと言ったのだが、ファジュラはそうは取らなかった。
「どう言うことですか」
ファジュラは完全に混乱した。確かに記憶はバラバラだが、知識としては残っている。三人の言い方から考えて、ヴェルディラも同じなのだと言っているのではないだろうか。
「やっぱりか。説明を受けている最中に、あの出来事が起こったんだな」
カイファスは溜め息を吐いた。
「判らないのですが」
「本来なら、彼奴等が説明するのが良いんだが、そうも言っていられないしな」
薔薇の夫達はそれぞれの役目を果たしている。だから、シオンとルビィがファジュラの側に居たのだ。
ファジュラはアレンが呼び出したことは判っていた。ヴェルディラと血の交換をしていることも、理解していた。
ただ、きちんと理解しないまま意識を手放し、太陽に晒されたことで、本来あるべき記憶の繋がりを失ってしまったのだ。
そうなると、曖昧な記憶は端に追いやられる。脳が防衛本能を発揮するためだろう。だから、直前の強烈な出来事の記憶は残っても、少し前に説明を受けていた事柄が、すっぱり切り落とされたのだ。
「自分がヴェルディラの代わりに、太陽に身を晒したのは理解しているんだろう」
カイファスに問われ、ファジュラは頷いた。
「目覚めたとき、アレンから体力を回復させ、ヴェルディラに血を与えるように言われた筈だ」
ファジュラは頷く。
「では、何故、名指しされたと思う」
ファジュラは目を瞬いた。何故なのだろうか。別にファジュラでなくともいい筈だ。
「ヴェルディラはお前以外の血を口に出来ない。そして、これは今回判ったことだが、ヴェルディラの血を口に出来るのはお前だけだ」
ファジュラは訳が判らなくなってきた。それは一体、どういうことなのか。
「私達同様、ヴェルディラも薔薇だ。だから、特定の者以外のものを口にするのは自殺行為に等しいんだ」
カイファスはきっぱり言い切った。
そう言えば、目覚めて直ぐに似たような説明を受けた。その後、二人に質問責めにされ、すっかり抜け落ちていたのだ。
「……アレンさんに言われたような気がします」
カイファスは頷いた。
「アレンが呼び出したのは、お前に説明するためだ。お前が蒼薔薇の夫だと判っていたからな」
「……えっ」
「やっぱり、理解していないんだな」
カイファスは仕方ないと、息を吐き出した。ある意味、すんなり抵抗なく受け入れたのはゼロスだけなのだ。そう考えると、想定内の反応だった。
「私の一族は……」
「その話しは聞いているし、黄の長様にそういう理由では選ばれない、的なことは言われなかったのか」
カイファスは小首を傾げる。漆黒の長い髪が流れ落ちた。
ファジュラは眉間に皺を寄せる。記憶の奥底にあるものを、必死に手繰り寄せる。父親と共に黄の長に呼ばれたのだ。父親が眠りに就く旨と同時に告げられた真実。
ファジュラが預かり知らない場所で、決定されていた事実が、不意に思い出された。
一族の決まりではなく、別の理由で相手が決まっていると。正確にはその日、現れたのだと。
でも、その日に何があったのだろうか。日常的に行っていたことの筈なのだ。だが、記憶に霞がかかる。その部分を思い出そうとすると、鋭い痛みが走る。
「……言われました。でも、私は何故、父と共に長様に呼び出されたのでしょう。あの日、何があったのか、全く思い出せません」
トゥーイはアレンの言葉を思い出す。ファジュラは確実に楽師であった事実を思い出したくないのだ。だから、音楽に関する部分だけに霞がかかるのだろう。
だが、それでは記憶が真に繋がらない。ファジュラは音楽浸け生活を送っていた筈だ。
しかし、ファジュラは一族の決まり事は覚えている。音楽に関するもの、つまり、ファジュラ自身が楽師で奏者である事実だけ、都合良く抜けているのだ。
両親のことも、幼馴染みであるヴェルディラのことも認識している。切欠が必要なのかも知れない。
「一族の特殊な決まりだけど、満たしていると思うよ」
シオンは真顔で、そう告げた。驚いたのはカイファス、ルビィ、トゥーイの三人だ。
「シオン……」
シオンはカイファスに名を呼ばれ、顔を向けた。
「あの日、聞いたから。月の光みたいに繊細で、細い声なのに、綺麗に響くんだ」
思い出すのは澄んだ綺麗な声だった。
「飛び出したときか」
シオンは頷く。
「あの時は、本当に気持ち悪くて。でも、少し、冷静になって考えたんだ。僕は彼女を責めたけど、間違ってたんじゃないかって」
誰が好き好んで息子に恋情を抱くのだろうか。中にはそういう性癖の者もいるのかも知れないが、ティファレトと対峙したとき、不自然な感じは受けなかったのだ。
「もしかしたら、ファジュラの両親は擦れ違ってしまったのかも知れない。長い年月を一緒に過ごせば、それなりに、お互いのことが判るのに」
ファジュラはシオンの言葉に、更に鋭い痛みが頭を襲った。次々と浮かんでくる言葉。
幼いときに聞いた、諍いの声。あれは、祖父母と母親の声だ。
「僕達は特殊だから、吸血族の事情と当てはまらないけど、お父さんとお母さん、カイファスの両親は自分達でその輪から抜け出したでしょ」
シオンは架空を見詰め、呟く。
「話しを聞いたら、それは特殊なことだったんだって。だから、僕達の親の代はただ、子孫を残すためだけに結婚して、感情は完全に無視だったって」
ファジュラは耐えられず、両手で頭を押さえた。
何かを忘れている。幼いときに聞いてしまった言葉を、無意識に封印した。そして、今も封印している。
シオンの語る言に、何かが揺さぶられる。鋭く言い放たれた声は、悲痛を宿していた。何も知らされずに試され、何も知らされずに嫁いだ。本当に求められた訳ではない。
今なら判る。あれは心の叫びだったのだ。
では、誰の……。
脳裏に焼き付いた表情。苦痛を宿したその顔にあるのは、幸せを感じている者のものとは違う。
『私に何を望むんですかっ。貴方達が望み、求めていたことは、義務はしっかりと果たしたわっ。その上で、また、奪うというのっ』
耳に鮮やかに残る。何を奪われるというのだろうか。
『心を無視され、ただ、種を繋ぐ道具として、納得はしていなくても受け入れたわっ。母も、祖母も、そうしてきたのだからっ』
表情しか見えなかった者の顔。それは、母親のティファレトだった。
『私の拠り所を奪うというのっ。この館の中に、私の居場所はないというのにっ』
はっきりと言い切った言葉に、祖父母は息をのんだのだ。そうだ、とファジュラは思い出す。
これが切欠だったのだ。ティファレトから少しずつ距離を置くように、祖父母が連れ出すようになったのは。
いきなり腕を取られ、見上げた先に居たのはアーネストだった。三人に気が付かれないように、そっと、その場所を離れたのだ。
アーネストの表情は憂いに満ちていた。幼いときになら判らなかったが、思い出した今なら、理解出来た。
ティファレトは何故、あんなにもファジュラに拘ったのだろうか。黄の長とアーネストは代わりにしていたと、言っていたような気がする。
本当にそうなのだろうか。居場所がないと言い切った母親に、ファジュラは衝撃を受けたのだ。だが、ティファレトが堪え忍んでいたようには見えなかったし、アーネストも無理強いはしていない。祖父母も優しい人達だった。
何かがおかしいと思い始める。記憶の繋がりが無くなることで、見え始めたモノ。それは、長い間、目を瞑り、避け、封印していた、矛盾と言う名の真実だった。
「大丈夫」
声を掛けられ、ファジュラは慌てて頭を押さえていた手を離し、顔を上げた。目の前で屈み込み、ファジュラの様子を伺っているのはルビィだ。
ルビィだけではない。他の三人も、心配そうな表情で、ファジュラを見詰めていた。
「頭を押さえたまま、呼び掛けても反応がないから」
ルビィは両手で腰をさすりながら、身を起こした。ファジュラはまばたきを繰り返す。
今、思い至った事実に溜め息しか出ない。
ファジュラの様子に、シオンはすっと目を細めた。
「何かを思い出したの」
シオンは静かに問い掛けた。ファジュラは小さく息を吐き出し、一度、軽く目を瞑ると直ぐに開いた。
「矛盾を……」
ファジュラが口にした矛盾の言葉に、シオン以外の三人は首を傾げる。
「矛盾はお母さんかな」
「そうです」
シオンは冷静になり、見出した答えが肯定されたとはっきり判った。そして、ティファレトが次にとる行動が、手に取るように判った。
「君は父親を手に入れて、母親を失うよ」
シオンはただ、静かにそう告げた。
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