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婚約破棄の顛末
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侯爵令嬢ミーティアは馬車の窓から外を眺めていた。夜に沈む街を街灯の明かりが照らしている。小さく息を吐き出し、己の身に起こった出来事を反芻する。王太子であるレオンハルトから言い渡された婚約破棄。それに対して文句はない。ミーティアの代わりに婚約者にすると宣言したのは同じ侯爵令嬢であるサレナ。問題はサレナの一族の黒い噂だ。彼女の纏う雰囲気は一種独特である。その感覚をミーティアは知っていた。侯爵家の令嬢である為、度々晒される魔法。魅了魔法は禁呪である。それをサレナは常時身に纏っていた。しかも、かなり強力である。レオンハルトだけではなく、高位の令息達が悉く魔法に掛かっていた。つまり、国家転覆を狙うが如くの所業なのである。
「陛下はどうされるつもりかしら」
ミーティアはぽつりと呟く。基本的に王族、高位貴族は魅了避けの装飾品を身に纏っている。本来なら魅了される訳がない。それでも魅了されるのは、その装飾品が粗雑品か、よほど巧妙に外させているかである。王太子ともなれば、それを作っているのは宮廷魔導士。国の中でも最高の力を持ったもの達である。それすら跳ね除ける。
「王位を狙っていると言うより、この国を手に入れようとしているのかしら。それも、隣国の帝国が」
サレナの母方の祖父は帝国の重鎮だ。地味豊かなこの国を度々狙ってきているのは知っている。帝国は土地そのものに恵まれてはいない。
ミーティアは屋敷に戻り、その足で父親である侯爵に目通りした。今日告げられた言葉を伝える為だ。しかし、その場にはあり得ない方々がいた。国王陛下と王妃殿下である。ミーティアは慌てて淑女の礼を取った。
「その件だが、婚約は昨日のうちに白紙になっている」
ミーティアは目を見開いた。国王陛下が侯爵家の屋敷にいるのは王太子と言うより、サレナの一族の事が大きい。
「昨日はっきりしたのだ。隣国である帝国が、王太子を籠絡し、内から攻めようとしているとな」
国王陛下はそう呟く。つまり、調べはついている。後は動き出すだけ。
「ミーティア嬢。其方の魔力は全ての魔法を解除する。それも、強力な力だ」
「はい、陛下」
ミーティアの魔力は基本的に役には立たない。魔法解除のみに特化した魔力なのだ。それ故に、ミーティアに魔法は効かない。
「王太子、いや、元王太子の魔法を解除してもらおう。それも、議会の場でな」
「それは……」
「分かっておる。其方の力が知れてしまうな。それはこちらで手を回す。他国に知られるのは痛手だ」
「分かりました」
ミーティアはそれだけ告げられると、退出するように言われた。王太子だけではないだろう。高位貴族の令息もその場に呼ばれる。告げられるのは廃嫡か、貴族籍の剥奪か。一度魅了に掛かってしまうと、常用性が出来てしまう。魅了に掛かりやすくなってしまうのだ。
日を改めたその日、多くの令息と元王太子が議会の会場に呼ばれた。よくよく観察してみると、中には低位の令嬢の姿もある。これだけの人間を魅了に掛けたのだ。サレナは魔封じの首輪を掛けられ、引きずられるように連れてこられた。元王太子に手を伸ばし、哀れに泣き崩れているが、そんなものフリでしかない。
「では、聖女よ」
王の言葉にミーティアは一歩前へ出る。頭からローブを被り、決して顔が見えないように配慮された。それ故の聖女という呼び名なのだ。
「分かりました」
ミーティアは気取られないように、迷いなく応えた。祈りの形に手を組み、体の中の魔力を解き放つ。暗く澱んでいた空気が、風が吹き抜けたように爽やかなものに変化した。その後の彼等の変化に、サレナは目を見開く。魅了魔法が綺麗に解除されたからだ。
「え……」
「サレナ侯爵令嬢、いや、違うな、罪人サレナ。其方の一族は拘束させてもらった。分かっているな。帝国に我が国を売るなど言語道断。しかも、魅了の魔力を持つ者は、基本的にその魔力を封じられるのだ。自分勝手に使われては国が乱れる。その魔力を隠蔽し、王族だけではなく高位、低位の貴族令息令嬢を操った罪。許し難い」
サレナはそこで漸く気がつく。騙せていたのではなく、泳がされていたのだ。宮廷魔導士を抱えているにも関わらず、簡単に魅了できていた。元王太子や高位貴族の令息に魅了避けの装身具を外させて、低位の貴族令嬢はそんなもの持ってはいなかった。簡単に手の上で転がせてしまった為に有頂天になってしまったのだ。
「魔女である貴様は磔の刑。父親と母親も同様だ。その他一族は毒杯を煽ってもらおう。何、根回しは済んでいる。帝国にもしっかりと話は付けた。お前の祖父は知らぬ存ぜぬだったが。つまり、貴様の一族はその程度の認識であったということだ」
サレナは目を見開き体を震わせた。何もかも終わっていたのだ。婚約破棄を告げた時には手遅れだったのだ。
「そして、魅了に掛かった者達だが、それだけ心に隙があったということ。社交界に居場所はないと思え。我が息子は廃嫡。そして、幽閉だ。この場にいる令息令嬢も幽閉。魅了魔法は根が深い。聖女により解除されたとはいえ、危険を孕んだ者を野放しには出来ぬ」
国王陛下の言葉をその場にいる元王太子、貴族令息令嬢は呆然と聞いていた。
罪人サレナの一族は即日刑が執行された。それも、国民には秘されてである。魅了の魔法は禁忌の魔法だ。それが悪用されたのだ。王太子は病気療養で王位継承権を剥奪されたと国民に知らされた。貴族令息令嬢も同様の流行病で廃嫡となり、同様に療養地に封じられたと広く知れ渡る。
「魅了に掛かる者は基本的に心が弱い」
ミーティアは父親である侯爵の言葉に頷くしかない。サレナは何も一人を標的にはしていない。学園でかなり広範囲に魔法を使っていた。
「つまり」
「国としては膿を出し切ったということになるだろうな」
ミーティアは後味の悪さに脱力する。高位貴族、しかも、殆どが嫡男だった。それであっても反発が起こらなかったのは、彼等の能力なりに問題があったからだ。
「国王陛下は」
「これを外交の切り札に帝国を黙らせると仰せだ。上手く使うのだろうな」
侯爵は興味なさ気に吐き捨てる。ミーティアは今回の茶番劇に溜め息しか出なかった。
終わり。
「陛下はどうされるつもりかしら」
ミーティアはぽつりと呟く。基本的に王族、高位貴族は魅了避けの装飾品を身に纏っている。本来なら魅了される訳がない。それでも魅了されるのは、その装飾品が粗雑品か、よほど巧妙に外させているかである。王太子ともなれば、それを作っているのは宮廷魔導士。国の中でも最高の力を持ったもの達である。それすら跳ね除ける。
「王位を狙っていると言うより、この国を手に入れようとしているのかしら。それも、隣国の帝国が」
サレナの母方の祖父は帝国の重鎮だ。地味豊かなこの国を度々狙ってきているのは知っている。帝国は土地そのものに恵まれてはいない。
ミーティアは屋敷に戻り、その足で父親である侯爵に目通りした。今日告げられた言葉を伝える為だ。しかし、その場にはあり得ない方々がいた。国王陛下と王妃殿下である。ミーティアは慌てて淑女の礼を取った。
「その件だが、婚約は昨日のうちに白紙になっている」
ミーティアは目を見開いた。国王陛下が侯爵家の屋敷にいるのは王太子と言うより、サレナの一族の事が大きい。
「昨日はっきりしたのだ。隣国である帝国が、王太子を籠絡し、内から攻めようとしているとな」
国王陛下はそう呟く。つまり、調べはついている。後は動き出すだけ。
「ミーティア嬢。其方の魔力は全ての魔法を解除する。それも、強力な力だ」
「はい、陛下」
ミーティアの魔力は基本的に役には立たない。魔法解除のみに特化した魔力なのだ。それ故に、ミーティアに魔法は効かない。
「王太子、いや、元王太子の魔法を解除してもらおう。それも、議会の場でな」
「それは……」
「分かっておる。其方の力が知れてしまうな。それはこちらで手を回す。他国に知られるのは痛手だ」
「分かりました」
ミーティアはそれだけ告げられると、退出するように言われた。王太子だけではないだろう。高位貴族の令息もその場に呼ばれる。告げられるのは廃嫡か、貴族籍の剥奪か。一度魅了に掛かってしまうと、常用性が出来てしまう。魅了に掛かりやすくなってしまうのだ。
日を改めたその日、多くの令息と元王太子が議会の会場に呼ばれた。よくよく観察してみると、中には低位の令嬢の姿もある。これだけの人間を魅了に掛けたのだ。サレナは魔封じの首輪を掛けられ、引きずられるように連れてこられた。元王太子に手を伸ばし、哀れに泣き崩れているが、そんなものフリでしかない。
「では、聖女よ」
王の言葉にミーティアは一歩前へ出る。頭からローブを被り、決して顔が見えないように配慮された。それ故の聖女という呼び名なのだ。
「分かりました」
ミーティアは気取られないように、迷いなく応えた。祈りの形に手を組み、体の中の魔力を解き放つ。暗く澱んでいた空気が、風が吹き抜けたように爽やかなものに変化した。その後の彼等の変化に、サレナは目を見開く。魅了魔法が綺麗に解除されたからだ。
「え……」
「サレナ侯爵令嬢、いや、違うな、罪人サレナ。其方の一族は拘束させてもらった。分かっているな。帝国に我が国を売るなど言語道断。しかも、魅了の魔力を持つ者は、基本的にその魔力を封じられるのだ。自分勝手に使われては国が乱れる。その魔力を隠蔽し、王族だけではなく高位、低位の貴族令息令嬢を操った罪。許し難い」
サレナはそこで漸く気がつく。騙せていたのではなく、泳がされていたのだ。宮廷魔導士を抱えているにも関わらず、簡単に魅了できていた。元王太子や高位貴族の令息に魅了避けの装身具を外させて、低位の貴族令嬢はそんなもの持ってはいなかった。簡単に手の上で転がせてしまった為に有頂天になってしまったのだ。
「魔女である貴様は磔の刑。父親と母親も同様だ。その他一族は毒杯を煽ってもらおう。何、根回しは済んでいる。帝国にもしっかりと話は付けた。お前の祖父は知らぬ存ぜぬだったが。つまり、貴様の一族はその程度の認識であったということだ」
サレナは目を見開き体を震わせた。何もかも終わっていたのだ。婚約破棄を告げた時には手遅れだったのだ。
「そして、魅了に掛かった者達だが、それだけ心に隙があったということ。社交界に居場所はないと思え。我が息子は廃嫡。そして、幽閉だ。この場にいる令息令嬢も幽閉。魅了魔法は根が深い。聖女により解除されたとはいえ、危険を孕んだ者を野放しには出来ぬ」
国王陛下の言葉をその場にいる元王太子、貴族令息令嬢は呆然と聞いていた。
罪人サレナの一族は即日刑が執行された。それも、国民には秘されてである。魅了の魔法は禁忌の魔法だ。それが悪用されたのだ。王太子は病気療養で王位継承権を剥奪されたと国民に知らされた。貴族令息令嬢も同様の流行病で廃嫡となり、同様に療養地に封じられたと広く知れ渡る。
「魅了に掛かる者は基本的に心が弱い」
ミーティアは父親である侯爵の言葉に頷くしかない。サレナは何も一人を標的にはしていない。学園でかなり広範囲に魔法を使っていた。
「つまり」
「国としては膿を出し切ったということになるだろうな」
ミーティアは後味の悪さに脱力する。高位貴族、しかも、殆どが嫡男だった。それであっても反発が起こらなかったのは、彼等の能力なりに問題があったからだ。
「国王陛下は」
「これを外交の切り札に帝国を黙らせると仰せだ。上手く使うのだろうな」
侯爵は興味なさ気に吐き捨てる。ミーティアは今回の茶番劇に溜め息しか出なかった。
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