贄の婚姻

善奈美

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12 因縁

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 倭国から皇子に書簡が届いたのは、あの日から十日後の事だった。内容は贄の婚姻を機に、皇太子を廃嫡に持ち込む予定であったと、真実をありのままに綴っていた。
 
 その書簡に目を通した王子はだらしなく机に肘を立て、頬杖を付いている。
 
「予想通りだったという訳か」
 
 書面には今回、獣王國に手を煩わせた事。必要な事であったとは言え、実質、騙した事になる旨の謝罪文が書かれていた。つまり、皇子が王子に書簡を見せる事を前提に書かれているのである。
 
「本当に申し訳ありません」
 
 皇子にしてみれば謝罪の言葉しか浮かばない。本来、贄として選ばれた者は外との繋がりを断つ事が求められる。それであるのに、倭国の事情を持ち込んだ事になるのだ。
 
「気にするな、という方が無理か」
「……はい」
 
 皇子は自分が情けないのだ。贄に選ばれた後、少しばかり時間はあった。その少しの時間のうち、もしくはその前から手を打つべきであったのだ。皇子は廃嫡された皇太子に対して特別な感情を持ってはいない。きちんとした拒絶を見せてもいたが、皇太子はそんな事にめげない。自分に良いように解釈する人物でもあった。
 
「こういう輩は、強い力でねじ伏せないと、何が悪いのか分からない。しかも、強い力を持っていたなら尚更に質が悪い。第四皇子で更に母親の実家に力がなければ何を言ったところで意味がなかっただろう」
 
 王子が言っていることは間違えてはいない。今回の事で獣王國は倭国に後継者争いが起こっていると知った事になる。
 
「問題はこれから後だろう。俺達は塀に囲まれ、兵が監視という名の護りを固めているが、お前の他の兄弟は違う」
「どういう意味でしょう?」
「皇太子を廃嫡させはしたが、そのバックにいる親族はそのままの要職に就いているだろう。母親は後宮での力をある程度失っただろうが、そんな簡単に権力争いが終結するとは思えん」
 
 王子は持っていた書簡を机の上に置く。
 
「順当に行けば次の皇太子は第二皇子だ。しかし、そう簡単にはいかないだろう。もし、第二皇子が不慮の事故・・・・・に巻き込まれたりした場合、第三皇子が皇太子の地位に落ち着く」
 
 皇子は王子の言動に目を見開いた。第二皇子と第三皇子は幽閉される事が分かっていたから皇子を助けていた。それは仲間意識に他ならない。だが、今回の事で皇太子の席が空席になったのだ。そうなれば其々の皇子の親族が黙っていない。
 
「……命を狙われる?」
「だろうな。俺の國は子供そのものが生まれにくい。骨肉の争いなど起きようもないが、倭国は違うだろう」
 
 倭国はこれから荒れるだろう。皇太子を決めたとしても、その皇太子が誰もが納得する能力を発揮しなければ更なる争いが起こる。
 
 廃嫡した皇太子が今までその地位にいられたのは、母親の一族の力が大きいのだ。そうでなければ、能力のない者を皇太子の地位に据えて置くわけがない。母親の一族がどれだけの力を持つかに掛かっている。
 
「まあ、お前がこの場に居なかったとしても、狙われる事はなかっただろうがな」
「それは言われなくとも分かっています」
 
 皇子の母親の身分は貴族の中では下だ。
 
「まあ、元皇太子の一族は無能な帝を望んでいたんだろうな。無能であれば御し易い」
 
 王子の言っている事は間違えていない。皇太子の母親の一族はそれを狙っていたのだろう。賢くなられては後々、思い通りにならないのだ。
 
「だがな。無能も度を越すと、思い通りにならないだろう。今回の事にしても本人の問題だ。自分が皇太子であり、帝となる資格を持っていると理解していれば、こんな事にはならなかった」
 
 もし、皇子が贄として嫁ぎ、その後に執着していなければ廃嫡にはならなかったかもしれない。何時迄も我が儘が続くと考えていたのなら、皇子としての資質もなかった事になる。何より今までの行動が廃嫡になる道筋であったと理解しているだろうか。皇子の事に関しては、一つの問題に過ぎなかっただろう。
 
 倭国と獣王國の間に決められた贄の婚姻は、互いの国を守るためのものだ。それを理解せず、欲に従順であったとしたら破滅を招く。
 
「今回は獣王國も関与している。いくら力を持っていようと、元皇太子の一族は手も足も出ないだろう」
 
 書簡の内容は既に決定した事柄だ。次の皇太子については書かれていない。つまり、倭国の朝廷内で水面下の争いが起こっている事になる。基本は生まれた順番だ。しかし、ここが重要なのだが、母親の一族がどれだけ力を持っているかになる。
 
「ま、俺にしたら能力重視が一番だと思うがな。無能な者が国を導くなど、争いの種にしかならん」
 
 王子はそう言うと、小さく息を吐き出した。二人で話している内容は、あくまで憶測だ。何より隔離された二人の話など外には関係のない事だ。
 
「ここでいくら話しても意味はないがな」
 
 王子がポツリと呟く言葉に、皇子は頷くしかない。この後どうなるかなど二人は知りようがない。知ったところで、何も出来ないのだ。
 
「まあ、もし、今回の事が発端で巻き込まれる可能性は否定出来ないが」
「どう言う事でしょうか?」
 
 王子はチラリと視線を皇子に向けた。獣人の感覚では皇子は華奢で魅力があるとは思えない。だが、問題はその顔だ。獣人が見ても美しいと感じる。同じ人間からするとその美しさは罪だ。しかも、王子に夜毎抱かれ続けたせいか色気まで出てきている。本人に全く自覚はないようだが、肌に艶が乗ってきているのは事実だ。
 
 贄の婚姻後、一年後に親しい者と会う事が一度だけ許される。その時、会うのが兄弟であった場合、必ず争いの種となるだろう。だが、皇子は会う者はいないと言っていた。ある意味、その決断が争いから遠ざかる事になる。
 
「元皇太子が執着していたのは事実だったようだが、もし仮に、他の兄弟も内心、そのような目でお前を見ていたとしたらどうする?」
「は?」
 
 皇子は王子の有り得ない質問に一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが、内容が浸透してくると、急に羞恥が湧いた。つまり、王子は他の皇子達も皇子をそのような目で見ているのではないか、と問い掛けてきたからだ。
 
「そんな事はあり得ません!」
「そんなもん、他人の心の中など分かる筈もなかろう」
「そうですがっ」
「いいか。贄としてお前は選ばれた。これは年齢も判断基準にされているからだ」
 
 王子は冷静に事実を口にした。
 
「それに、男兄弟の話だけをしている訳じゃない。倭国では兄弟とはいえ異母兄弟だろう?」
「……っ?!」
「俺が言いたいのは、そういう事も含まれると言っているんだ」
 
 王子は客観的に物事を見ている。兄弟が多いという事は、血が繋がっていないとはいえ、多くの親族がいる。しかも、獣王國とは違い、親族間での争いも絶えない。
 
 皇子の容姿を利用しようとしていた輩もいるだろう。傀儡になる事はないとはいえ、政略的に使う事はいくらでも出来る。帝が手を出さずにいられなかった女官が母親だ。この容姿からして、母親似だろう。贄に選ばれたとはいえ、簡単にそれで終わりとする者がいるのかが問題だ。
 
 実際、皇太子は皇子が原因で廃嫡になっている。本人が認識してないだけで、実は大きな何かに飲み込まれようとしていたのかもしれない。帝にはそれが分かっていたのだろう。そして、前任の贄が二人共他界した。年齢的に皇子が選ばれるのは必然だった。
 
 その事が、水面下で行われていた全てをあぶり出したと考えると、事は皇太子だけでは済まないだろう。帝はこれを機に、隠れていた膿を出し尽くそうと考える。
 
 やはり、皇子は倭国の帝にとって本当の意味での贄だったのだ。獣王國が巻き込まれるだけでは済まない可能性もある。
 
「何もなければいいが」
「そうは言いますが、私達は外の情報を得られない。警戒のしようも……」
「そこだな」
 
 贄の二人に外の情報は伝わってこない。そして、外の者達に贄の情報は伝えられない。だが、今回はそれを伝えてきている。発端は王子が出した書簡だ。
 
 獣王國側の贄が限定的に外に連絡を取る事が出来る。今回の事にしてもそうだ。贄の婚姻が何事もなく遂行されるためには、ほんの少しの不安もあってはならない。
 
「父上が何かやらかしそうだ」
「?」
 
 王子の呟きに、皇子は首を捻る。
 
「どちらの国にとっても利益となる。あの狸親父はそう言っていたからな」
「それは、倭国の事情でご迷惑をおかけしたから……」
「あの親父が簡単に引き下がるものか。俺はお前関係で何かが起こると考えたが」
「似たような考えに至ったから、動いてくれたのだろう?」
「そうだ。だが、それだけじゃあない。俺達が知らない情報を掴んでいた。そう考えれば、倭国は荒れる。外はではなく内側が。そして、その争いに王は首を突っ込む気だ」
 
 王子の物言いに皇子は固まった。他国の内情に首を突っ込むなど普通なら考えられない。
 
「いいか。国は不安定になると他国を巻き込む。それに乗じて土地を奪おうと戦を仕掛けてくる国もある。獣王國としては倭国にはこのまま国として存続してもらう方が今は好都合なんだ。だからこそ、贄の婚姻を受け入れてる」
「人口ですか?」
 
 王子は器用に片眉を跳ね上げた。
 
「そうだ。個人の能力が優れていても、数で来られてはひとたまりもない」
「私にそのような事を言ってもいいのか?」
「外に漏らすのは御法度だ」
 
 王子は嫌な笑みを皇子に向けた。確かに贄は外の情報を得ない代わりに、贄同士で語り合った事を外に漏らす事を禁止している。
 
「さて、どう動くかだな」
 
 王子は楽し気に呟く。皇子はそれを固唾を飲んで見ている事しか出来なかった。
 
 
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