6 / 12
伍章
馨と葵が都に帰ったその日。千樹は玉響が使っている西側の部屋で、玉響と向かい合わせで対峙していた。今までなし崩しで千樹は玉響と話していなかったからだ。
灯璃とチビ妖狐二匹は頗梨に引っ張られ、この部屋には居ない。
「今日の話の内容は説明しなくても分かるな?」
玉響は茵に正座し、茵の上で胡座をかいている千樹に小さく頷いた。
「あの二人が来たのは玉響の身の振り方についてだ。帝は玉響が人の社会で生きて行くには問題が起こると考えているようだ」
「はい。分かります。両親も言っていました」
玉響は千樹の言葉に素直に頷く。玉響は頭のいい子供だ。両親が破天荒であった為か、周りの状況をきちんと見極める能力もある。
「成人となる前に、如何するかを決めなくてはならん。それも理解しているな?」
「はい……」
玉響は膝の上で両手を握り締めた。貴族として生まれたからには、成人前に人身御供のように婚姻相手を決められるのが常だ。だが、玉響は貴族は貴族でも陰陽師と言う、特殊な一族の出だ。そうなればただ、お飾りのように座っていればいいと言うわけではない。ましてや、術者としての能力があれば更なる役目も期待される。
「いいか。人としての考えは捨てろ。此処は都の中のお前が生まれ育った屋敷じゃない。俺が界の境に造った屋敷だ。まずは自分自身が優先される」
千樹の言葉に玉響は姿勢を正した。玉響が持つ常識や知識はあくまで人を基準としている。芙蓉が人の世では生き方がまるで違うと笑い飛ばしていたことを玉響は知っている。
「妖の基準は力だ。能力がなければ潰される。特に玉響のような存在は妖にとって餌ともなり得る」
「餌ですか?」
「そうだ。喰らうことで他の力を取り込める妖や魔がいる。俺や灯璃は妖の中でも上位に位置するが、下位の妖は節操がない。仲間を増やせる存在を何時も探している」
玉響はこくりと、唾を飲み込んだ。千樹がわざわざ、この時期に話すからには意味があるのだ。
「玉響が成人するまで後数年だ。両方の性を持っているから、体が成熟するまでにかかる時間は他の者より掛かるだろうが、遠くない未来の話だ」
玉響は千樹が何が言いたいのか、ぼんやりとだが理解した。今は千樹の結界内におり、安全を確保出来ている。だが、何かがあり玉響が結界内から出た場合、無事であるとは言い切れない。
「帝は玉響が俺の庇護下に居る事を望んでいる。それに関しては問題ない。今更、一人増えようが二人増えようが関係ないからな」
「あの……。その言い方だと僕以外に庇護下に置かれた方々が居るように思うのですが」
玉響は少し控え目に千樹に問い掛ける。
「屋敷の中に沢山居るだろう」
「沢山?」
玉響は首を傾げた。屋敷の中には多くの妖がいる。人間に言い換えると使用人のような役割をしている。その妖達は仕事をしているのだから、庇護下に置かれていると言うのではないだろう。
「勝手に屋敷内の掃除やら洗濯やら炊事やらしているだろう」
千樹は玉響が理解していない事に、肩を竦めながら説明する。その説明に玉響は目を見開いた。
「皆さんがそうなんですかっ!」
「怪我をしていたり、なりたてだったり。拾って来ては屋敷に招き入れていたら、気が付けば勝手に使用人のように動いてる」
千樹の屋敷は人の貴族並みに使用人がいるが、その理由が千樹のお人好し? のせいだったと言うわけだ。出て行っても良いのだが、何故か住み着いてしまう妖が多い。それは住み心地が良いからだ。
玉響は小さく笑う。芙蓉はただ千樹を指名したのではない。その性格も熟知していたのだ。
「何が可笑しい?」
「母上は千樹様を良く知っていたのですね」
玉響の言葉に千樹は脱力した。
玉響が千樹と初めて会った時、妖であるとすぐに分かった。父親に記憶を封印されていたが、本能で悪さをしないと気が付いた。おそらく、千樹はただ、保護をしただけだろう。玉響の親なり親戚なり、近所の大人達なりが捜しに来たら、記憶を封じて人の世に戻した筈だ。だが、玉響は里人から言い方は悪いが疎まれていたのだ。
つまり、玉響の父親である貴彬はそうなる事も分かっていたに違いない。分かっていたからこそ、あの里に玉響を置き去りにしたのだ。玉響に何かがあれば、四精霊が勝手に動く事も計算していたのだろう。
「記憶を取り戻したからこそ分かるのですが、僕があの里に来る前、父上と母上はよく、千樹様のお話をしていました。それも、僕がいる前で話すんです」
玉響の物言いに、千樹は更に眉間に皺を寄せた。芙蓉と貴彬はあえて、玉響の前で話をしていたのだ。結局は千樹に委ねる選択をした二人だ。玉響が両親の影響で、状況判断が出来る子供に育ったことを分かった上での行動だろう。
陰陽師であった貴彬が、そうする事が必要だと読んだに違いない。家族に降りかかる災難をいち早く察知し、帝にまで手回しをした強者だ。しかも、幼馴染みである二人が迷惑を被る事も計算に入れているだろう。そして、芙蓉から聞いた千樹の人となりで玉響を邪険にしない事も分かっていたのだ。
千樹にしてみれば、人間の術者にまんまと嵌められた事になる。分かっていた事だが、玉響の口から出た言葉が全てを語っている。二人は千樹を巻き込み厄介事を押し付けたのだ。
「あの二人の策略だな?」
「そうだと思います。僕は基本的に人外に対して人と同じ感覚を持っていますので。何せ、父上と母上の周りは本当に、不思議な存在だらけでした」
玉響は千樹に向かって笑みを見せた。今は世間話をしている場合ではないのだが、緊迫した話をする雰囲気ではなくなってしまった。千樹はどうしたものかと頭を悩ませる。
「母上に千樹様の花嫁だと、このお屋敷で言われましたけど、そんな話になってるなんて知らなかったんです」
玉響はそう言うと俯いた。
「そんな訳があるか。あれは芙蓉が俺に何もかもを押し付ける気だったからだ」
呆れたように千樹が言えば、玉響は弾かれたように顔を上げる。
「え?」
「あの時はそう言う話じゃなかったんだ。俺が何も知らずに玉響に名を与えただろう?」
「はい」
「名は縛るもので、本質を表すものだ。あの時は玉響がただの人であると信じて疑ってなかったからな」
千樹は溜め息と共に髪を搔き上げる。
「見鬼だとは思った。俺の場合は人に姿を見せようと思えば見せれるが、まだ、成り立ての妖力の弱い妖を普通の人が見るのはまず無理だからな」
だが、玉響は見るだけではなく、普通に話しかけも触れもしていた。かなり強い力を持っていると思ってはいた。だが、最初の頃は深く知ろうとしなかったのだ。それが千樹の愚かさだった。あの時にきちんと見定めていれば少なくとも、芙蓉の気配を知ることは可能であっただろう。たとえ、陰陽師の術で記憶を封じられようと、体を流れる血までは変えることは出来ないのだ。
「皆さんは僕の存在に困っているのでしょう?」
「そうだな」
千樹は隠さなかった。隠したところで玉響は察してしまうだろう。子供だと侮ると痛い目に合う。
「千樹様の結界内から出てしまったら、僕はどうなりますか?」
「はっきり言うが、狙われるだろうな。それも、ありとあらゆるモノからだ」
玉響は軽く目を見開く。確かに千樹は玉響に人間だけではなく妖や魔にも狙われると言ってはいたが。
「一番問題なのが神だ。彼奴等は気紛れで、面白半分に手を出してくる。責任を取れもしない事に発展させた挙句、捨て置かれる結果になるだろう」
玉響は千樹の言葉に体を固くさせた。それは玉響が知っている神のありようではなかったからだ。
「本当に神様なのですか?」
「そうだ。まだ、祀られている神はいいだろう。だが、そんな神ばかりではない。神とて魔や妖と変わらない存在もいるんだ」
千樹は玉響を脅すようにあえて、今まで人に隠されていた部分を語った。
神とは絶大な力を持っている。そして、妖や魔の中にも元、神だった存在はいるのだ。要は其々の捉えようだという事だ。人では有り得ない、強い力を持つ者。それを身分のある人間は上手く利用している。勿論、利用される人外にも利点がある。
「人が見ている神の姿など一部分でしかない。ましてや、人は都合よく捻じ曲げて物事を考える癖がある。神は万能ではない。それは命持つものすべてに該当する」
「僕は神は祀り崇めるようにと」
「確かにな。信仰心を向けられる神は良い。その心が力の糧となるだろう。だが、神など妖や魔と同じように掃いて捨てるほどいる。力の強さも様々だ。それに、人とて神として崇められている者もいるだろう」
玉響は千樹の言葉に素直に頷いた。
「自然信仰も一つだ。玉響に憑いている四精霊も場所によれば神として祀られている」
千樹はきっぱりと言い切った。今回の件で都の術者達は貴彬の霊力の強さを実感したのだろう。家長である兄を退け、更に都の西の護りを容易に破壊した。それは命を失う所業だ。それを躊躇う事なく実行し、成功させたのだ。たとえ、妻となった妖狐を媒介にして居たとしても、人では有り得ないほどの霊力と力量の持ち主だ。
そんな貴彬を父に持ち、齢千歳の黒狐の九尾狐を母に持つ玉響が、特殊な能力を持っている。普通なら互いの血と力が反発し、何も能力を持たない子が生まれる場合が多い。それを覆し、玉響はおそらく、両親とは別の意味で強い力を秘めている。何より、妖の性より人のそれに近い感性を持つ。
神にしろ魔にしろ御し易いのだ。妖にしてみればその命の儚さが手に入れやすい。丸ごと取り込めば大いなる力となる。
「どっちにしろ、玉響が成人しない事にはどうすることも出来ん」
「どうしてですか?」
「成人とは何も区切りという訳じゃない。それなりに理由がある。体の有りとあらゆる機能が充実する年齢だからだ。確かに幼い事には変わらないが、幼くとも子を成せる年齢だ」
何方の性も持つ玉響にとって、誰もが注目するのはその点だ。子が成せるとなれば、その力を取り込みたい人間の術者達。妖や魔も黙ってはいない。下手をすると玉響の体は増幅器にもなり得る。霊力でも妖力でも魔力でもなく、ましてや神力とも違う不思議な力だ。
「……じゃあ」
「直ぐにとは言わん。この場所は俺だけではなく桜の干渉も受けている。多少、森の中で彷徨く分にはそれ程危険じゃない。だが、絶対でもない。極力、結界の外には出るな」
「はい」
「まあ、出たければ、頗梨なりチビ達なりを連れて歩け」
千樹も閉じ込めておきたい訳ではない。本来なら男子として育てられている。外を駆けずり回っている年齢だろう。それを今回の事が発端で、多くの苦労を玉響はしたのだ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「だから、絶対じゃないと言っただろう。まず、生きているだけで危険は付き物だ。明日のことなど誰にも分からん」
千樹の言っていることは間違えてはいない。直ぐに結論を出す必要はないと言っているが、残された道などたかだか知れている。千樹の庇護下で、其れこそ皆が言うように妻となるか。もしくは千樹の庇護を離れ悲惨な道を歩むのか。もしかしたら、勉強次第で玉響自身の足で歩いて行けるかもしれない。何方にせよ、両親が指し示した道は千樹の庇護下だ。幼い二匹の妖狐は千樹の結界内にいる必要がある。玉響だけではなく、二匹もある意味特殊なのだ。
「僕は……」
玉響は再び俯く。確かに今まで流されていた。両親のおかげで千樹とも出会えた。だが、その先は玉響自身が決めなくてはいけない。キュッと唇を噛み締め玉響は考える。
玉響が千樹と出会ってからそれ程の時は過ぎていない。だが、千樹は下手をすると人よりも人道的で有り、無理難題を押し付ける事もない。普通に相手を思い遣り、心配し、面倒だと言いながらお人好しっぷりを遺憾なく発揮し、中途半端な対応はしない。
今回の事にしても千樹には何一つ関係はない。帝と関わる必要もなければ、更なる関係を結ぶような行動をとる事もなかった。それを、千樹は自然とやってのけていた。本人に自覚はないのだろうが、それは信頼に値する。
「ずっと此処に居ても良いですか?」
玉響はそう言うと顔を上げ千樹を真っ直ぐ見詰める。結界の外に出るのは危険である。そんな事は誰に言われなくても分かるのだ。
「でも、皆さんが言われるように結婚に関しては……。ですから、一生懸命勉強して、少しでも千樹様のお役に立てるようになって頑張ります。父上程ではないと思いますが、術についても少しずつ学んでいきたいです」
玉響はそう言うと千樹の首から下げられている勾玉の首飾りに視線を向ける。本来なら宿主である玉響が四精霊に力を分け与えなくてはならない。だが、今の玉響では其れもままならないのだ。確かに玉響は幼い。しかし、玉響はその言葉で片付けたくはなかった。其れは言い換えるなら逃げだ。力だけではなく知識も身に付けなくてはならない。結局、今回のようなことが起こればまた、皆に迷惑をかけてしまう。
「何でも勢い込んで考えるな」
千樹は思い詰めた玉響の表情に息を吐き出す。玉響は良くも悪くも真面目だ。悪い事ではないが、少しは肩の力を抜かないと、疲れるだけで身にはならない。
「成人する年齢に達すれば、玉響の本当の寿命が分かるだろう」
「あの……、寿命って」
「今は人の成長をしている。だがな、玉響が持つ力は人のものではない。どの力にも属していない。力が強ければ命に関わってくる。もし、その力が寿命そのものに関わるものなら、成人年齢に達すると体の老いが緩やかに変化する」
玉響は驚きに目を見開いた。
「更に言うとな。今は妖のしかも俺の結界内にいる。その影響で体の成長が緩やかになっている可能性がある。まあ、仮説だが」
「じゃあ、僕は……」
「人の成人年齢と合わない可能性はあるな。まあ、どのみち、まだ、時間はある」
千樹はそう言うと首に下げていた首飾りを外し、玉響の首に掛けた。
「とりあえず、術云々の前に此奴等に名を与えろ。それだけで、身の危険が少しは減る」
玉響は小さく頷くと、勾玉に視線を移す。そこに刻まれた文字が、四精霊が勾玉の中に居る事を示していた。玉響はその中央にある少し大きめの勾玉をギュッと握り締めた。その勾玉には何も宿っていないからだ。
「この子達に与える名は」
「慌てなくてもいいぞ。慌てても良いことはない。俺が良い例だろう。まあ、能力に沿った名が其奴等の力を増幅させるだろう」
「本当ですか?」
「ああ。玉響はまあ、人間だと俺が疑ってなかったからな。今思えば、違う名の方が良かったか?」
玉響は首を傾げた。最初、千樹が玉響と名付けてくれた時、儚い命の人間だからだと言っていた。
「玉響の寿命は短いか長いか、可能性的には半々だ。前は人の世で生きていたからな。おそらく、そこそこ長命だっただろうが、あくまで人の寿命が基準だろう。しかし、今は妖の中で生活して居るからな。少しずつ、此方よりになっていってるだろう」
千樹にしても妖と人の混血には会ったことがない。居ることには居るが、接触したことも興味を持ったこともない。そうなれば知識など皆無に等しい。妖並みの命なら今回の事に関わりを持つ人間達が命を失うまで隠れていればいい。そうすれば、少なくとも人間側の厄介事は方が付く。問題は妖と魔、神だ。此方に関してはそれなりの力を持つ者が囲わなくては危険だろう。千樹は頭の痛い問題に唸るしかない。
元々、人間二人が訪れたのは早朝で、昼過ぎまで話し込んだ。千樹と玉響が話し始めたのは夕餉を取った後だ。そうなれば、千樹の妖力で室内を明るくしていたとしても、玉響の瞼は自然と重くなって来る。
玉響はそれでも、眠るまいと頑張っていた。何故なら、千樹に連れられこの屋敷に来てから、面と向かって話すことなどなかったからだ。二人で話したことはあっても、その時は玉響自身が千樹達が後々、手を掛け、この世から消えると信じて疑っていなかったからだ。
その後は仕事を貰おうと必死で勉強していたり、頗梨が大怪我を負ったり。精神体で芙蓉が現れたりと、落ち着いて話す事など出来なかった。だから、玉響にしてみれば、千樹と話せる貴重な時間が大切だった。船を漕ぎそうになる体を叱咤し、軽く頭を振り何とか眠気と戦っている。
「眠そうだな」
「大丈夫です!」
「嘘をつくな。何時もなら休んでいる時間だ。それに、疲れたのではないか?」
千樹の言う通り、確かに玉響は疲れていた。肉体的にではなく精神的に。今まで体に負担を感じたのは四精霊に容赦なく力を奪われた時だけだ。
「まだ、お話がしたいです」
玉響が素直に言えば、千樹は軽く目を見開く。
「今までも忙しそうでしたし。灯璃様も来ていましたし。理由は分かっているんです。父上と母上が千樹様に何もかも押し付けたせいですよね。分かってはいるんですけど……」
千樹は玉響の言葉に軽く息を吐き出す。確かに忙しかったが、玉響とこの手の話をしなかったのは、まだ、早いと思っていたからだ。玉響は十歳になるかならないかの子供だ。千樹は事あるごとに本人次第だと言い続けているが、幼い子供には判断出来ない事柄だとも理解していた。だからこそ、あえて、こう言った話はしなかったのだ。
「明日があるだろう」
「また、お話をしてもいいんですか?」
「当たり前だろう。だが、勉強はしろ。分かるな。今の玉響には知識が必要だ。身を守るにしてもな」
「はい」
玉響は素直に頷いた。
「頗梨はいるか?」
「此方に」
千樹が声を掛ければ、すぐに返事が返って来た。すると襖が音も無く横に滑る。
「随分早い返事だな」
「何時もなら玉響様は就寝している時間ですので」
頗梨はそう切り返して来た。
「そうか。玉響の床の用意を頼む」
「僕、自分で出来ます!」
「とんでも御座いません。私共で用意させていただきます」
「手を煩わせてばかりなんですから」
「ならば、単衣に着替えて下さい」
有無を言わせぬとはまさにこの事だ。頗梨は玉響から反論の言葉を奪うと、千樹に向き直る。
「何時ものお部屋に灯璃様がいらっしゃいます。お酒も用意していますので、千樹様は其方に」
千樹は頗梨の言葉に頷き腰を上げた。玉響の頭に手を置き軽くかき混ぜる。
「ちゃんと寝ろ」
「はい」
玉響の返事を聞くと、千樹は部屋を出て行った。
「玉響様は着替えて下さい。その間に用意を済ませます」
玉響は頗梨に言われ素直に身に付けている物を脱ぎ始める。きちんと着物を畳み、振り返った頃には、褥は出来上がっていた。
「あの子達は?」
「彼方にいますよ」
示された方に視線を向ければ、幼い妖狐が二匹、褥の足元に仲良く眠っていた。何時の間に来たのか、玉響は小さい笑みを浮かべる。
「さあ、お休み下さい」
「はい」
玉響は素直に頷き、打ち掛けの中に滑り込む。そうして、目を閉じるとあっという間に眠りの住人となった。
玉響は確かに眠った筈だった。其れなのに、玉響は一人、暗闇の中に立ち尽くしていた。辺りを見渡しても何も見えない。だが、玉響の体はほんのりと発光しているようだった。先が見えないこの闇が、今の立ち位置のようで玉響は不安だった。
玉響は陰陽師である貴彬と齢千歳を超えた黒毛の九尾狐である芙蓉との間に生まれた。都の西側にある貴彬の一族の屋敷で産声を上げたのだ。末弟であった貴彬は本来なら、都の結界に関わる事なく、陰陽寮にある役職を与えられている存在だ。ただ、持って生まれた力と、今上の帝の幼少期の遊び相手だった。その結果、一族の中でより強い発言力を持つ事になってしまったのだ。
それだけならば問題があったとしても微々たるものだ。問題は貴彬が妻にと望んだのが妖であり、その中でも特に強い力をもつ九尾狐だった。当然、貴彬の長兄であり家長であった男は大反対した。ただでさえ貴彬の能力は術者の中でも特出した稀代の陰陽師だと言われている。そこへ来て、九尾狐すらも貴彬を選んだとなれば、周りの反応が手に取るように分かる。今の家長を退け、貴彬を家長にしようと一族の長老達が動き出した。
貴彬にしてみれば、ただでさえ帝の関係で忙しい身であり、これ以上の仕事は願い下げであった。そんな時、芙蓉が玉響を産み落としたのだ。その玉響が持つ力がまた、周りをざわめかせた。長兄の子よりも、末弟の子の方が強い力を持っている。それが妖との混血であることもまた、周りを驚かせた。高位の妖はなかなか子を成さない。成したとしても強い力を持つ者が生まれてくる事は稀だ。貴彬は長兄が不穏な動きを見せていることを知っていた。知っていて放置していた。
その結果、貴彬は窮地に立ってしまったのだ。貴彬と芙蓉だけではなく、玉響にも長兄は手を掛けようと画策し始めた。帝に全てを説明し、貴彬は玉響から記憶を奪った。玉響が抵抗しても、二人の力に叶う筈もない。玉響が今でも思い出すのは、心を占めた悲しみだった。
玉響のその後の記憶は、一人の老人と過ごした日々だった。年数的には長くはない。二年程度だったと記憶している。老人は優しかった。だが、老人は体が不自由だった。必死で畑を守り、老人の世話に明け暮れた。
最初こそ、里人達は玉響に親切だった。親切であったが、玉響が人とは違う力がある事に気が付いてからは、遠巻きにするようになった。玉響が家から離れた隙に、老人に追い出すように進言している者すらいた。だから、玉響は里人に森に置き去りにされた時、仕方ないと諦めもついた。
問題は玉響があの里以前の記憶を持っていなかった事だ。当然、過去を知らなければ、前に進むしかない。しかし、玉響の眼前に広がっていたのは深い森だった。何方に視線を向けても鬱蒼と生い茂る玉響より高い草の壁と、上空を見上げれば高い木々達に空は覆い尽くされていた。
途方に暮れていた玉響の前に、白髪の男が立ちはだかっていた。鋭い茶の瞳は、決して威嚇はしていなかった。玉響は直ぐに人ではないと確信した。狐の妖だと直ぐに見破れた。その狐は、幼い子供が深い森の奥地にいることを訝しんでいた。困ったように息を吐き出し、玉響を泉の中にある屋敷に招き入れてくれた。
人の世とは違う揺蕩うような空気はしかし、淀んではいなかった。名前を聞かれもしなかった為に、玉響はそのうち、殺されると思い込んでいた。一年近く経ち、狐は不便だと名を与えてくれたのだ。儚い命だと言う理由で、玉響、と。玉響はただ、周りを観察していた。狐の名前は千樹であり、屋敷の主人であり、多くの妖が屋敷で働いていた。
玉響は千樹に名を与えられ、そのままではいけないと、勝手に掃除を始めた。しかし、この屋敷には多くの妖が働いている。千樹は屋敷で働く妖に泣き付かれ、誰にも手を借りていなかった場所、つまり、書物が多く収まってる部屋の整理を玉響に命じた。だが、玉響が全く文字が読めない事が分かり、勉強をするように言ったのだ。
その間、千樹は頗梨に玉響について調べるよう言っていたが、玉響は失われた記憶にとんでもない秘密が隠れているなど知りようがなかったのだ。
目の前に芙蓉の精神体が現れた時、玉響の中の何かが弾け飛んだ。今まで知る事の出来なかった過去が頭の中に溢れ出た。里に来るまでの過去を知らなかったのも、文字に関する知識がなかったのも、全ては父親である貴彬が封じた為だ。
そして、玉響は精神体の芙蓉を目にした時、ある程度の事は悟ったのだ。体から抜け出さねばならない事態になっている事。そして、千樹に帰るように言われても居座っていた芙蓉の真意も。
千樹の結界はとても強い。普通の妖では太刀打ち出来やしない。その結界を軽々と越えてきたのは貴彬の力を借りたもので、だからこそ、芙蓉は千樹の結界内に入ることが可能だった。本来なら、体から抜け出した精神体の芙蓉では千樹の結界内に入っては来れない。
芙蓉が屋敷から離れた時、本当ならば付いて行きたかった。だが、それを千樹に止められた。理由など分かり切っていた。玉響を危険な目に合わせない為だ。分かっていても、玉響は付いて行きたかったのだ。それを察した四精霊が勝手に千樹に付いて行った。玉響の強い願いに反応したからだろう。
玉響は待っている間、不安で潰れてしまいそうだった。大人達が動いているのは他でもない、玉響の安全の為だ。貴彬にしても芙蓉にしても、玉響が生まれていなければ別の道もあったのだ。あれだけの強い霊力と妖力を持っている。玉響という足枷さえ無ければ、今も生きていた筈だ。
体は機能の全てを停止させ、言うなれば死んだ状態だ。しかし、魂は玉響に憑いていた四精霊と、千樹と芙蓉、灯璃が懇意にしていた齢千歳を越えた桜が、幼い妖狐の体を作り出し移してしまった。確かに本当の意味で死んだのではない。死んだわけではないが、言い換えるなら前の生を終えたことに変わりはない。
玉響は頰を伝った感触に、慌てて右手を頰に持って行く。指先に触れたのは生暖かい液体。それが涙だと気が付くのにそれ程の時間は必要なかった。
玉響はこの時、漸く両親の死を受け入れたのだ。都の朝廷から、帝の勅命を受けて二人の公達が来たのは、二人の死を確認する為だ。何より、玉響の身の振り方で多くの窮地が生み出されることを懸念してだ。二人は玉響が千樹の元で、千樹の庇護下にいる事を強く望んでいた。何より、千樹の花嫁になる事を前提に話していた。それは、言い換えるなら、玉響が持つ力がそれだけ危険であると言っているのだ。
弱小とはいえ、四精霊は自然の力の一部を操る事が出来る。それに目をつけている者は人だけではない。玉響は特異な存在だ。囲った者によってはとんでもないことになりかねない。貴彬と芙蓉が千樹に白羽の矢を立てたのは、何も芙蓉の幼馴染みだからと言う訳ではない。千樹が無欲な妖だったからだ。
玉響は蹲り、肩を震わせ泣いた。結局、子供でしかない玉響では一人で解決する事は難しい。経験も知識も乏しい玉響では、下手に動く事で迷惑を増やす結果にしかならない。分かっていても、何も出来ないもどかしさで更に涙が溢れて来た。
どんなに泣いても、懐かしがっても、両親は戻って来ない。幼い妖狐の中に魂はあっても、それは本当の意味での両親ではない。玉響はただ、声を殺して泣く事しか出来なかった。
⌘⌘⌘
東の部屋で千樹は灯璃と二人、酒を酌み交わしていた。結局は貴彬と言う陰陽師と、芙蓉と言う黒毛の九尾狐は燻っていたものを炙り出しただけだ。
家長である長兄より末弟の方が強い力を持っていた。そして、帝との繋がりも強い。遅かれ早かれいつかは衝突が起こったのだ。ただ、芙蓉はそれを早めただけだ。
「それで、チビは如何するんだ?」
灯璃は一気に酒を煽った後、そう、問い掛けてきた。千樹はその問いに、灯璃から視線を逸らす。玉響が出した結論は、皆が望んでいるものではない。千樹の結界から出る事は少ないとは言え、絶対ではない。それを考えると、本当の意味での解決ではないのだ。
ただ、本人は勉強をし、陰陽師としての術を習得し、我が身は己の力で守ろうと努力するだろう。玉響本人もそう言っていたのだから、近い将来、それなりの術者となる。だが、己の力を真に理解し、使いこなせたとしても、絶対の安全は手に入らない。汚い手を使われれば、ひとたまりもないだろう。
「前から言っていたが、俺の側に居る。そう言っていた」
「それだけか?」
「そうだが」
「分かっているのか?! チビは存在そのものが稀有なんだぞ! 何の対策もせずにいれば、そのうち、困ったことになりかねない!」
灯璃は声を荒げ、千樹に言い募る。千樹とて言われずとも分かっているのだ。灯璃が言っていたように、玉響の相手を頗梨にしたとしよう。頗梨では力不足だ。かと言って、千樹が相手となるのもまた、抵抗がある。おそらく、芙蓉が母親であることも大きいのだろう。
「分かっている。だがな……」
「千樹が言いたいことも分かる。チビは本当の意味での現実を受け入れていない。両親が本当の意味で亡くなったと、現実を眼前に突き付けられても納得していない。だが、それとこれは全くの別問題だ。いいか。チビは本当の意味でありとあらゆる存在を狂わせる」
灯璃の言葉に千樹は鋭い視線を向けた。
「それは灯璃も入るのか?」
千樹は唸るように問い掛けた。
「冗談を言うな。厄介事を好き好んで手元になど置きたくない。芙蓉が絡んでいる時点で、本当なら手を引きたいくらいだ」
「俺もそうだと思わないのか?」
「は?」
千樹が灯璃にそう言えば、灯璃はありえない言葉を聞いたような顔をした。
「それはありえないだろう」
「言い切るのだな」
「千樹は根っからの苦労性だ。本人が望む望まないに関わらずな」
千樹は灯璃が当たり前のように吐き出した言葉に体が傾いだ。その物言いでは、まるで厄介事を望んでいるようではないか。
「待て。勘違いするな」
「何が勘違いだ。頗梨にチビの事を調べさせたり、俺に都の事を探らせたり、無意識に厄介事を背負ったのは千樹だろう」
「待て待て」
千樹は右手で額を覆い、灯璃の言葉を否定しようとした。確かに千樹が何もかも指示した。それは否定のしようがないが、何も好き好んで首を突っ込んだ訳ではないのだ。
「俺とて妖だ。出来れば都やら術者やらと関わり合うのは真っ平だ」
「芙蓉が都に向かった時、勝手に出て来たのは灯璃だろうが」
「……いや、あの時は面白そうだと思ってな」
灯璃が関わったのは、退屈凌ぎになると思っての事だ。まさか此程、面倒な事になるとは考えてもいなかったのだろう。
「人は何とかなるとしてもだ、人外はそうはいかない。彼奴等はどんな手を使ってもチビを結界の外に誘い出すぞ」
「分かっている。結界は確かに玉響を護るだろう。だが、意識下に接触されたらどうにもならん」
物理的には護れるだろう。問題は精神的な接触だ。玉響は見る目を持っている。つまりは目に見えない力を感じ取る能力に長けているのだ。
「千樹の妖力を込めた何かを持たせとけ。それだけで、居場所の特定が出来る」
灯璃は不機嫌も露わに千樹にそう進言した。二人が煮え切らないのなら、それなりの対策は必要なのだ。
「チビが首から下げてる勾玉の一つが何も宿ってないだろう」
灯璃は面倒そうな態度を見せながらも、玉響が下げている首飾りの事を言ってきた。首飾りに使われている勾玉は全部で五つだ。その内四つは四精霊が住処としているが、真ん中にある一番大きな勾玉には何も宿っていない。強い力を宿してはいるが、他の力に染まっているわけではないのだ。それに、あの勾玉を作り出したのは千樹の妖力だ。
「攫われでもすれば小さな問題では済まない。チビは相手の力を増幅することも出来る。そんな事は言われずとも分かっているだろう」
千樹は灯璃の言葉を否定する事は難しかった。玉響の持つ力は一言では言い表せないのだ。四精霊を従わせる力は確かに魅力的だ。二つの性を持ち、更にその力は他の力を増幅させる能力もある。おそらく、貴彬はそれを知っていた。知っていて利用もしていただろう。そうしなければ、他の能力者に玉響の特性を教えてしまう事になる。
両親が玉響の力を抑え利用する事で秘密にすることが可能だったのだ。
「玉響の力の秘密を人外達は確実に知っている。此処に居ると分からないだろうが、外に出てみろ。ピリピリとした空気が肌で感じられる」
灯璃は千樹の結界内に無条件で入ることが可能だ。だが、他の者はそうではない。
「それに、チビの関係だろうが、早くチビ妖狐二匹に名を与えろ。少なくとも、あの二匹は強い力を宿している。元は九尾狐と稀代の陰陽師だ。成長するにつれ能力も飛躍的に伸びるだろう。それも名があってこそだ」
灯璃に言われなくとも千樹にも分かっている。幼い妖狐二匹に前の名を使わせる訳にはいかないのだ。名で二匹の正体が分かってしまう。貴彬は人が妖となったので、前と少しばかり力の質が違う。玉響に近い力の質だ。だが、芙蓉は元々妖だ。名前と妖力の質で存在が知れてしまう可能性がある。
それも、玉響が両親の死を受け入れなければ無理なのだ。確かに両親の魂だが、前の生を終え、新たな命を与えられたのだと納得しないといけない。
「分かっているが、玉響次第だ」
「俺だって理解はしているが、時間を掛ければ掛けるだけ、危険が増すんだぞ」
全ては芙蓉と貴彬が出会った事が発端だ。何より、二人の血が全く反発しなかった結果でもある。本当に貴彬と言う人間は稀な存在だったのだろう。
「何かが動き出したと情報は入っているのか?」
「小物か?」
「大物に決まってるだろう。小物なら、桜の結界で何とかなる」
「今のところは。だがな、そんなもの、時間の問題だ。傍観を決め込む神とて今回は出て来るぞ。社がある神ならまだ傍観するだろうが、祀られていない神々にとっては、上位の神と会う機会を得られる可能性も出てくる。それだけ稀有な存在だ」
灯璃の言っていることは間違えていない。千樹は玉響の力を利用しようとは考えなかった。まだ、幼い玉響の力は無尽蔵ではない。無理をすれば体に負荷がかかり、反動が必ず現れる。
「千樹は直ぐチビ次第だと言うが、俺にしてみればそれは逃げだ」
灯璃の言葉に千樹の表情が険しくなる。灯璃は難しい事を言っているわけではない。玉響ではなく、千樹の覚悟次第だと言っているのだ。分かってはいても、直ぐに認める事が出来る事柄ではない。千樹が躊躇っている理由を灯璃は分っている。それが二人の間だけで成立する問題なら放っておくだろう。だが、問題があまりに大きすぎるのだ。
「芙蓉は千樹が悩むだろう事も計算しているだろう。だからこそ、千樹にチビを委ねた」
「どういう事だ?」
「分からない振りか? もし、簡単に受け入れるような輩なら、芙蓉は千樹を選んでいない。苦悩しそれでもチビを受け入れると分かっていた。当然、相手の陰陽師は千樹を己の力でもって垣間見てるだろう。最も身近にある安全ではなく、遠いが確実に安全な場所にチビを置く事を二人は選んだんだ」
灯璃に強く言い切られ、千樹は眉間に皺が寄る。
「俺に委ねなかったのは理解出来る。俺なら確実に放り投げてるからな」
灯璃もまた九尾狐だ。灯璃なら玉響を助けたりはしなかっただろう。元来、灯璃は厄介事を好まない。千樹もそうだが、灯璃のように一度懐に入れた者を無責任に放り投げはしない。芙蓉は二人の性格を熟知していた。何より玉響の性格を理解していた。灯璃では玉響の心を開く事は出来なかっただろう。玉響は瞬時に察し、灯璃が拒絶する前に姿を消した。
芙蓉が隠れ住む選択もあっただろう。だが、その選択を捨てた理由も二人は理解していた。貴彬の長兄は貴彬の全てを滅したかったのだ。貴彬に関わる全てを。それは貴彬を夫にと望んだ九尾狐の命も含まれる。甥にあたる玉響の命も消し去りたいほどの憎悪だ。貴彬は二つの命を守ることは出来なかった。確実を望むなら一つに絞らなくてはならない。
「そうだろうな。灯璃は面倒事が嫌いだ」
「そうだ。でも、千樹は否定していても受け入れる。芙蓉とて極端な話、妖に預けるのは不安だっただろう。たとえ、兄と慕った千樹でも本質は妖だ」
玉響が持つ力は特殊なものだ。術者や特殊な能力がある者なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。利用し使い捨てにされる可能性もあった。
「チビが幸運だったのは伯父がチビの本当の能力を知らなかった事だ。もし知っていたら、弟を亡き者にする為に、捕らえ利用しただろう。その後どうなるかまでは予測出来ないが」
体の秘密を知れば、当然、伯父とは言え手を出しただろう。弟と九尾狐の血を素直に引き、二つの性を内包している。当然、子を成せる能力もある。弟亡き後、弟の子を手篭めにでもしただろう。それだけは避けなければならなかった。
「まあ、簡単に言えば、二人は子供を助けたかった。安全で安心出来る者に委ねたかった」
灯璃の言葉に千樹は頷かずにはいられなかった。玉響は確かに特殊だろう。だが、両親にしてみれば愛しい我が子に違いない。美しく花開く前に手折られはしたくなかっただろう。それがたとえ、命を失うことになったとしても。
「全てが丸く収まるには、チビは千樹の元にいる方がいい。此処ならば、屋敷内に居る妖もチビを可愛がっている。チビは種族の垣根を作らないからな」
だが、玉響はまだ、子供でしかない。結婚ともなれば一生が決まってしまう。妖の婚姻は人間のような生易しいものではない。互いに縛り合うことになる。将来、何になりたいのかも決まっていない玉響に、心を決めろというのは無理な話だ。もし、人の世に返すなら話は別だろう。しかし、玉響は人の世に還る選択だけは多分しない。あれだけ、周りの状況を読み取るのに長けた子だ。人の世に戻れば安穏な生活を送る事は無理だ。
「言われずとも分かっている。だが、察してくれないか?」
「察してはやる。察していて言わせてもらってるんだ。決めるのは後でもいい。だが、千樹は早い段階で腹を括れ。もし、躊躇いがある事が知れると、後々、厄介だ。チビはまだ子供だが、千樹は齢千歳を超えている。そんな言い訳は通用しない」
千樹は灯璃に言われなくとも分かっていた。結局、千樹が強く言えなくては効果も薄い。だからこそ、帝は千樹と玉響の結婚を望んだのだろう。使者として来た二人も意見は同じだ。だからこそ、黒さを隠しもせず、妖に対して堂々と言い切ったのだ。何時、婚礼を上げるのだと。
「此処まで首を突っ込んだんだ。俺も最後まで付き合ってやる」
「……楽しんでるいだけではないか?」
「まあ、退屈しのぎも含まれるな」
灯璃の性格を知っている千樹は苦笑いしか浮かばない。今、千樹が信用出来るのは灯璃と頗梨。この屋敷に住む妖だけだ。
千樹と灯璃は深刻な話を続けていたのだが、同時にある事に気が付いた。襖を掻く音が聞こえるのだ。頗梨ならば声を掛けてくるだろう。何より、人型をとる妖が多い千樹の屋敷で、このような音を出す者は限られている。
千樹と灯璃は互いに顔を見合わせる。千樹は訝しみながらも腰を上げ、音がする襖をゆっくりと引いた。そこにいたのは黒毛の幼い二匹の妖狐。本来なら玉響の側で一緒に休んでいる筈である。
「チビ共じゃないか」
一緒に腰を上げ千樹の背後を陣取っていた灯璃が驚いたように口を開く。二匹の妖狐は千樹の着物を咥え、しきりに何処かへ誘導しようとしている。
「どうした?」
今は深夜であり、何かが結界に触れれば千樹が感知出来る。何もおかしなモノは入り込んではいない。それは危険は今の所ないと言う事だ。
二匹の妖狐は一心に千樹を見上げ、訴えている。
「ついて行ったらどうだ?」
灯璃の言葉に千樹は眉間に皺を寄せた。ついて来る気だろうか。
「千樹の屋敷でおかしなことも起こらないだろう。俺は此処で酒を呑んでる」
そう言うなり灯璃は元の場所に戻って、また、酒を呑み始めた。厄介事だと本能で察したのだろう。千樹は一つ溜め息を吐き、襖を閉めると二匹の妖狐について行く。二匹の妖狐は西の部屋へと行こうとしているようだ。そこで千樹は首を捻る。何かがあったとは考えにくい。何時ものように静かな夜だ。
二匹は僅かに開いている襖から部屋の中に体を滑り込ませる。其処は玉響が使用している部屋だ。千樹はますます訝しむ。玉響は素直に眠りに就いた筈である。ゆっくりと襖を引くと、漸く千樹は異変に気が付いた。
玉響が休んでいる褥。打掛が微かに震えている。耳を澄ませば微かにすすり泣く声が漏れ聞こえて来る。千樹は音を立てないように近付いた。よくよく見れば、玉響は蹲り声を殺して泣いているようだった。
「……どうかしたのか?」
玉響は寝ている可能性もあった。夢見が悪くて泣いている事も考えられた。それなら起こす方が良いだろう。千樹はそう思い、玉響の体を右手で揺すってみたのだ。玉響は思いの外、反応が早かった。慌てたように顔を上げる。千樹の瞳に映ったのは涙に濡れた顔だった。頰を止め処なく涙が流れ伝っている。
「悪い夢でも見たのか?」
「……せ……、せんっ」
玉響はいきなり現れた千樹にしがみ付く。千樹の膝の上で声を殺して泣き噦る。千樹は驚いたように玉響を見下ろした。
「……理解したって思ってたんですっ」
玉響は涙声でそう言葉を吐き出す。
「でも、……本当に理解してなくて、……だって、あの子達が側に居てくれるんです。其れを、本当の意味で理解してなくて……っ」
途切れ途切れに聞こえてくる声が、玉響の心情を語っていた。玉響は本当の意味で両親の死を受け入れたのだ。今までは頭で理解していただけだった。心の奥底では両親の死を否定していたのだ。知識として、一度その生を終えれば、余程でない限り前の世の記憶を持っていない。分かっていても、心はその事実を受け止め切れなかった。だが、両親の亡骸が眠るその場所を初めて知り、感じた事で玉響の中で何かが変化したのだ。
「玉響はまだ子供だ。理解するのが難しい事も、受け入れるのがどれ程大変なのかも分かっている」
千樹は玉響の頭を右手で優しく撫でた。玉響の癖のない髪はしっとりと汗ばんでいた。
「皆さんに迷惑をかけているのにっ。其れなのに僕はっ」
玉響は強く千樹の着物の袂を握り締めた。沢山の言葉を投げ掛けられた。考えるように促されもした。それでも、現実を受け入れたくないと、玉響の心は叫んでいた。都の一角を破壊したのは両親であり、その両親も今は本当の意味で存在していない。あるのは冷たい亡骸だけだ。
「迷惑などと誰も思ってはいない」
千樹は穏やかに言葉を紡ぎ、玉響の背を優しく摩った。華奢な背に単衣の着物が張り付いている。それはかなり汗をかいた証拠だ。
「寝ていたのではないか?」
千樹の問いに玉響は素直に頷く。つまり、夢に見たのだろう。玉響が否定していた全てを、まざまざと見せ付けられたのだろう。
「納得したか?」
更なる問いに玉響は頷く。
「確かに両親は亡くなった。これは現実だ。覆ることはない。だがな、玉響は一人ではないだろう。何時も側に四精霊がいただろう。彼奴等は玉響と両親の姿を見ている」
玉響は泣きながら、コクコクと頷いた。泣くことは心の整理をすることだ。感情を吐き出して初めて、現実を受け入れる事が出来る。
玉響は止まらない涙を必死で止めようとする。それを察した千樹は苦笑いを浮かべた。
「我慢する必要はない。泣きたいなら、好きなだけ泣くと良い」
千樹の言葉に玉響は驚き、伏していた顔を上げる。玉響にしてみれば迷惑をかけていると思っている。封じられていた記憶を思い出し、その思いは更に強くなった。貴彬の兄弟間の軋轢が、芙蓉との出会いで浮き彫りになった。修復するにはあまりに関係が捻れてしまっていたのだ。幼い玉響であっても、伯父の常軌を逸した父親への憎悪は凄まじいものだった。その矛先が妻と子に向けられる程の憎しみだ。
「でも……っ」
玉響は涙を止めようと思っていても、なかなか止まらなかった。それは心が体が欲している感情だからだ。
「皆が心配している。気丈に振る舞うことは確かに必要だな。だが、それは時と場合による。この場所は玉響に大人のような対応を望んではない。俺とて子どもは子どもらしくあってほしい。二匹もそうだろう。だから、俺を連れて来た」
部屋の片隅で玉響を見詰める幼い妖狐が二匹。その二匹は息を殺し玉響を見詰めている。
「確かに記憶はないだろう。桜もあえてその部分を封じた状態で体を作り魂を移し替えただろう。そうでなくては、命を狙う者達に見付かってしまう。それは言われずとも分かっているな」
「……はい」
玉響は止まらない涙に再び千樹の膝に顔を埋めた。止まらない涙は半分、千樹の優しさのせいだ。妖であるのに穏やかな性格。芙蓉が誰よりも信頼していた存在だ。何度も貴彬といる時に玉響は聞かされていた。口では文句を言うが、結局は放っておけない性格であると。
「……今は泣いてもいいですか」
「好きなだけ泣くといい。だが、その後は皆に本当の笑い顔を見せてやってくれ」
千樹が優しく頭を撫で、玉響は何度も頷くと声を殺して静かに泣いた。千樹と玉響の様子に、ただ見守っていた幼い妖狐二匹が伺いながら近付いて来る。それを察した千樹は視線を向けた。そして、千樹は二匹の妖狐に手を差し伸べる。二匹は千樹の手に擦り寄り、二人の横で丸くなった。
「……お前達にも名が必要だな」
千樹は小声で呟いた。玉響の変化はこの二匹にも変化をもたらすだろう。どの方向に向かうのかは全くの未知数だ。流れる時と共に玉響も二匹も、そして四精霊も変化をしていく。それに少しの寂しさを千樹は覚えた。
「年寄りのくだらない感傷だな」
千樹の言葉に少し肩を揺らした玉響は、安心したのかしがみ付いたまま呼吸が穏やかになった。それを認めた千樹は打掛を肩まで掛けてやる。どうやら今日は、玉響の側にいなくてはならないようだ。千樹は小さく微笑み玉響の髪に指を絡めた。
灯璃とチビ妖狐二匹は頗梨に引っ張られ、この部屋には居ない。
「今日の話の内容は説明しなくても分かるな?」
玉響は茵に正座し、茵の上で胡座をかいている千樹に小さく頷いた。
「あの二人が来たのは玉響の身の振り方についてだ。帝は玉響が人の社会で生きて行くには問題が起こると考えているようだ」
「はい。分かります。両親も言っていました」
玉響は千樹の言葉に素直に頷く。玉響は頭のいい子供だ。両親が破天荒であった為か、周りの状況をきちんと見極める能力もある。
「成人となる前に、如何するかを決めなくてはならん。それも理解しているな?」
「はい……」
玉響は膝の上で両手を握り締めた。貴族として生まれたからには、成人前に人身御供のように婚姻相手を決められるのが常だ。だが、玉響は貴族は貴族でも陰陽師と言う、特殊な一族の出だ。そうなればただ、お飾りのように座っていればいいと言うわけではない。ましてや、術者としての能力があれば更なる役目も期待される。
「いいか。人としての考えは捨てろ。此処は都の中のお前が生まれ育った屋敷じゃない。俺が界の境に造った屋敷だ。まずは自分自身が優先される」
千樹の言葉に玉響は姿勢を正した。玉響が持つ常識や知識はあくまで人を基準としている。芙蓉が人の世では生き方がまるで違うと笑い飛ばしていたことを玉響は知っている。
「妖の基準は力だ。能力がなければ潰される。特に玉響のような存在は妖にとって餌ともなり得る」
「餌ですか?」
「そうだ。喰らうことで他の力を取り込める妖や魔がいる。俺や灯璃は妖の中でも上位に位置するが、下位の妖は節操がない。仲間を増やせる存在を何時も探している」
玉響はこくりと、唾を飲み込んだ。千樹がわざわざ、この時期に話すからには意味があるのだ。
「玉響が成人するまで後数年だ。両方の性を持っているから、体が成熟するまでにかかる時間は他の者より掛かるだろうが、遠くない未来の話だ」
玉響は千樹が何が言いたいのか、ぼんやりとだが理解した。今は千樹の結界内におり、安全を確保出来ている。だが、何かがあり玉響が結界内から出た場合、無事であるとは言い切れない。
「帝は玉響が俺の庇護下に居る事を望んでいる。それに関しては問題ない。今更、一人増えようが二人増えようが関係ないからな」
「あの……。その言い方だと僕以外に庇護下に置かれた方々が居るように思うのですが」
玉響は少し控え目に千樹に問い掛ける。
「屋敷の中に沢山居るだろう」
「沢山?」
玉響は首を傾げた。屋敷の中には多くの妖がいる。人間に言い換えると使用人のような役割をしている。その妖達は仕事をしているのだから、庇護下に置かれていると言うのではないだろう。
「勝手に屋敷内の掃除やら洗濯やら炊事やらしているだろう」
千樹は玉響が理解していない事に、肩を竦めながら説明する。その説明に玉響は目を見開いた。
「皆さんがそうなんですかっ!」
「怪我をしていたり、なりたてだったり。拾って来ては屋敷に招き入れていたら、気が付けば勝手に使用人のように動いてる」
千樹の屋敷は人の貴族並みに使用人がいるが、その理由が千樹のお人好し? のせいだったと言うわけだ。出て行っても良いのだが、何故か住み着いてしまう妖が多い。それは住み心地が良いからだ。
玉響は小さく笑う。芙蓉はただ千樹を指名したのではない。その性格も熟知していたのだ。
「何が可笑しい?」
「母上は千樹様を良く知っていたのですね」
玉響の言葉に千樹は脱力した。
玉響が千樹と初めて会った時、妖であるとすぐに分かった。父親に記憶を封印されていたが、本能で悪さをしないと気が付いた。おそらく、千樹はただ、保護をしただけだろう。玉響の親なり親戚なり、近所の大人達なりが捜しに来たら、記憶を封じて人の世に戻した筈だ。だが、玉響は里人から言い方は悪いが疎まれていたのだ。
つまり、玉響の父親である貴彬はそうなる事も分かっていたに違いない。分かっていたからこそ、あの里に玉響を置き去りにしたのだ。玉響に何かがあれば、四精霊が勝手に動く事も計算していたのだろう。
「記憶を取り戻したからこそ分かるのですが、僕があの里に来る前、父上と母上はよく、千樹様のお話をしていました。それも、僕がいる前で話すんです」
玉響の物言いに、千樹は更に眉間に皺を寄せた。芙蓉と貴彬はあえて、玉響の前で話をしていたのだ。結局は千樹に委ねる選択をした二人だ。玉響が両親の影響で、状況判断が出来る子供に育ったことを分かった上での行動だろう。
陰陽師であった貴彬が、そうする事が必要だと読んだに違いない。家族に降りかかる災難をいち早く察知し、帝にまで手回しをした強者だ。しかも、幼馴染みである二人が迷惑を被る事も計算に入れているだろう。そして、芙蓉から聞いた千樹の人となりで玉響を邪険にしない事も分かっていたのだ。
千樹にしてみれば、人間の術者にまんまと嵌められた事になる。分かっていた事だが、玉響の口から出た言葉が全てを語っている。二人は千樹を巻き込み厄介事を押し付けたのだ。
「あの二人の策略だな?」
「そうだと思います。僕は基本的に人外に対して人と同じ感覚を持っていますので。何せ、父上と母上の周りは本当に、不思議な存在だらけでした」
玉響は千樹に向かって笑みを見せた。今は世間話をしている場合ではないのだが、緊迫した話をする雰囲気ではなくなってしまった。千樹はどうしたものかと頭を悩ませる。
「母上に千樹様の花嫁だと、このお屋敷で言われましたけど、そんな話になってるなんて知らなかったんです」
玉響はそう言うと俯いた。
「そんな訳があるか。あれは芙蓉が俺に何もかもを押し付ける気だったからだ」
呆れたように千樹が言えば、玉響は弾かれたように顔を上げる。
「え?」
「あの時はそう言う話じゃなかったんだ。俺が何も知らずに玉響に名を与えただろう?」
「はい」
「名は縛るもので、本質を表すものだ。あの時は玉響がただの人であると信じて疑ってなかったからな」
千樹は溜め息と共に髪を搔き上げる。
「見鬼だとは思った。俺の場合は人に姿を見せようと思えば見せれるが、まだ、成り立ての妖力の弱い妖を普通の人が見るのはまず無理だからな」
だが、玉響は見るだけではなく、普通に話しかけも触れもしていた。かなり強い力を持っていると思ってはいた。だが、最初の頃は深く知ろうとしなかったのだ。それが千樹の愚かさだった。あの時にきちんと見定めていれば少なくとも、芙蓉の気配を知ることは可能であっただろう。たとえ、陰陽師の術で記憶を封じられようと、体を流れる血までは変えることは出来ないのだ。
「皆さんは僕の存在に困っているのでしょう?」
「そうだな」
千樹は隠さなかった。隠したところで玉響は察してしまうだろう。子供だと侮ると痛い目に合う。
「千樹様の結界内から出てしまったら、僕はどうなりますか?」
「はっきり言うが、狙われるだろうな。それも、ありとあらゆるモノからだ」
玉響は軽く目を見開く。確かに千樹は玉響に人間だけではなく妖や魔にも狙われると言ってはいたが。
「一番問題なのが神だ。彼奴等は気紛れで、面白半分に手を出してくる。責任を取れもしない事に発展させた挙句、捨て置かれる結果になるだろう」
玉響は千樹の言葉に体を固くさせた。それは玉響が知っている神のありようではなかったからだ。
「本当に神様なのですか?」
「そうだ。まだ、祀られている神はいいだろう。だが、そんな神ばかりではない。神とて魔や妖と変わらない存在もいるんだ」
千樹は玉響を脅すようにあえて、今まで人に隠されていた部分を語った。
神とは絶大な力を持っている。そして、妖や魔の中にも元、神だった存在はいるのだ。要は其々の捉えようだという事だ。人では有り得ない、強い力を持つ者。それを身分のある人間は上手く利用している。勿論、利用される人外にも利点がある。
「人が見ている神の姿など一部分でしかない。ましてや、人は都合よく捻じ曲げて物事を考える癖がある。神は万能ではない。それは命持つものすべてに該当する」
「僕は神は祀り崇めるようにと」
「確かにな。信仰心を向けられる神は良い。その心が力の糧となるだろう。だが、神など妖や魔と同じように掃いて捨てるほどいる。力の強さも様々だ。それに、人とて神として崇められている者もいるだろう」
玉響は千樹の言葉に素直に頷いた。
「自然信仰も一つだ。玉響に憑いている四精霊も場所によれば神として祀られている」
千樹はきっぱりと言い切った。今回の件で都の術者達は貴彬の霊力の強さを実感したのだろう。家長である兄を退け、更に都の西の護りを容易に破壊した。それは命を失う所業だ。それを躊躇う事なく実行し、成功させたのだ。たとえ、妻となった妖狐を媒介にして居たとしても、人では有り得ないほどの霊力と力量の持ち主だ。
そんな貴彬を父に持ち、齢千歳の黒狐の九尾狐を母に持つ玉響が、特殊な能力を持っている。普通なら互いの血と力が反発し、何も能力を持たない子が生まれる場合が多い。それを覆し、玉響はおそらく、両親とは別の意味で強い力を秘めている。何より、妖の性より人のそれに近い感性を持つ。
神にしろ魔にしろ御し易いのだ。妖にしてみればその命の儚さが手に入れやすい。丸ごと取り込めば大いなる力となる。
「どっちにしろ、玉響が成人しない事にはどうすることも出来ん」
「どうしてですか?」
「成人とは何も区切りという訳じゃない。それなりに理由がある。体の有りとあらゆる機能が充実する年齢だからだ。確かに幼い事には変わらないが、幼くとも子を成せる年齢だ」
何方の性も持つ玉響にとって、誰もが注目するのはその点だ。子が成せるとなれば、その力を取り込みたい人間の術者達。妖や魔も黙ってはいない。下手をすると玉響の体は増幅器にもなり得る。霊力でも妖力でも魔力でもなく、ましてや神力とも違う不思議な力だ。
「……じゃあ」
「直ぐにとは言わん。この場所は俺だけではなく桜の干渉も受けている。多少、森の中で彷徨く分にはそれ程危険じゃない。だが、絶対でもない。極力、結界の外には出るな」
「はい」
「まあ、出たければ、頗梨なりチビ達なりを連れて歩け」
千樹も閉じ込めておきたい訳ではない。本来なら男子として育てられている。外を駆けずり回っている年齢だろう。それを今回の事が発端で、多くの苦労を玉響はしたのだ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「だから、絶対じゃないと言っただろう。まず、生きているだけで危険は付き物だ。明日のことなど誰にも分からん」
千樹の言っていることは間違えてはいない。直ぐに結論を出す必要はないと言っているが、残された道などたかだか知れている。千樹の庇護下で、其れこそ皆が言うように妻となるか。もしくは千樹の庇護を離れ悲惨な道を歩むのか。もしかしたら、勉強次第で玉響自身の足で歩いて行けるかもしれない。何方にせよ、両親が指し示した道は千樹の庇護下だ。幼い二匹の妖狐は千樹の結界内にいる必要がある。玉響だけではなく、二匹もある意味特殊なのだ。
「僕は……」
玉響は再び俯く。確かに今まで流されていた。両親のおかげで千樹とも出会えた。だが、その先は玉響自身が決めなくてはいけない。キュッと唇を噛み締め玉響は考える。
玉響が千樹と出会ってからそれ程の時は過ぎていない。だが、千樹は下手をすると人よりも人道的で有り、無理難題を押し付ける事もない。普通に相手を思い遣り、心配し、面倒だと言いながらお人好しっぷりを遺憾なく発揮し、中途半端な対応はしない。
今回の事にしても千樹には何一つ関係はない。帝と関わる必要もなければ、更なる関係を結ぶような行動をとる事もなかった。それを、千樹は自然とやってのけていた。本人に自覚はないのだろうが、それは信頼に値する。
「ずっと此処に居ても良いですか?」
玉響はそう言うと顔を上げ千樹を真っ直ぐ見詰める。結界の外に出るのは危険である。そんな事は誰に言われなくても分かるのだ。
「でも、皆さんが言われるように結婚に関しては……。ですから、一生懸命勉強して、少しでも千樹様のお役に立てるようになって頑張ります。父上程ではないと思いますが、術についても少しずつ学んでいきたいです」
玉響はそう言うと千樹の首から下げられている勾玉の首飾りに視線を向ける。本来なら宿主である玉響が四精霊に力を分け与えなくてはならない。だが、今の玉響では其れもままならないのだ。確かに玉響は幼い。しかし、玉響はその言葉で片付けたくはなかった。其れは言い換えるなら逃げだ。力だけではなく知識も身に付けなくてはならない。結局、今回のようなことが起こればまた、皆に迷惑をかけてしまう。
「何でも勢い込んで考えるな」
千樹は思い詰めた玉響の表情に息を吐き出す。玉響は良くも悪くも真面目だ。悪い事ではないが、少しは肩の力を抜かないと、疲れるだけで身にはならない。
「成人する年齢に達すれば、玉響の本当の寿命が分かるだろう」
「あの……、寿命って」
「今は人の成長をしている。だがな、玉響が持つ力は人のものではない。どの力にも属していない。力が強ければ命に関わってくる。もし、その力が寿命そのものに関わるものなら、成人年齢に達すると体の老いが緩やかに変化する」
玉響は驚きに目を見開いた。
「更に言うとな。今は妖のしかも俺の結界内にいる。その影響で体の成長が緩やかになっている可能性がある。まあ、仮説だが」
「じゃあ、僕は……」
「人の成人年齢と合わない可能性はあるな。まあ、どのみち、まだ、時間はある」
千樹はそう言うと首に下げていた首飾りを外し、玉響の首に掛けた。
「とりあえず、術云々の前に此奴等に名を与えろ。それだけで、身の危険が少しは減る」
玉響は小さく頷くと、勾玉に視線を移す。そこに刻まれた文字が、四精霊が勾玉の中に居る事を示していた。玉響はその中央にある少し大きめの勾玉をギュッと握り締めた。その勾玉には何も宿っていないからだ。
「この子達に与える名は」
「慌てなくてもいいぞ。慌てても良いことはない。俺が良い例だろう。まあ、能力に沿った名が其奴等の力を増幅させるだろう」
「本当ですか?」
「ああ。玉響はまあ、人間だと俺が疑ってなかったからな。今思えば、違う名の方が良かったか?」
玉響は首を傾げた。最初、千樹が玉響と名付けてくれた時、儚い命の人間だからだと言っていた。
「玉響の寿命は短いか長いか、可能性的には半々だ。前は人の世で生きていたからな。おそらく、そこそこ長命だっただろうが、あくまで人の寿命が基準だろう。しかし、今は妖の中で生活して居るからな。少しずつ、此方よりになっていってるだろう」
千樹にしても妖と人の混血には会ったことがない。居ることには居るが、接触したことも興味を持ったこともない。そうなれば知識など皆無に等しい。妖並みの命なら今回の事に関わりを持つ人間達が命を失うまで隠れていればいい。そうすれば、少なくとも人間側の厄介事は方が付く。問題は妖と魔、神だ。此方に関してはそれなりの力を持つ者が囲わなくては危険だろう。千樹は頭の痛い問題に唸るしかない。
元々、人間二人が訪れたのは早朝で、昼過ぎまで話し込んだ。千樹と玉響が話し始めたのは夕餉を取った後だ。そうなれば、千樹の妖力で室内を明るくしていたとしても、玉響の瞼は自然と重くなって来る。
玉響はそれでも、眠るまいと頑張っていた。何故なら、千樹に連れられこの屋敷に来てから、面と向かって話すことなどなかったからだ。二人で話したことはあっても、その時は玉響自身が千樹達が後々、手を掛け、この世から消えると信じて疑っていなかったからだ。
その後は仕事を貰おうと必死で勉強していたり、頗梨が大怪我を負ったり。精神体で芙蓉が現れたりと、落ち着いて話す事など出来なかった。だから、玉響にしてみれば、千樹と話せる貴重な時間が大切だった。船を漕ぎそうになる体を叱咤し、軽く頭を振り何とか眠気と戦っている。
「眠そうだな」
「大丈夫です!」
「嘘をつくな。何時もなら休んでいる時間だ。それに、疲れたのではないか?」
千樹の言う通り、確かに玉響は疲れていた。肉体的にではなく精神的に。今まで体に負担を感じたのは四精霊に容赦なく力を奪われた時だけだ。
「まだ、お話がしたいです」
玉響が素直に言えば、千樹は軽く目を見開く。
「今までも忙しそうでしたし。灯璃様も来ていましたし。理由は分かっているんです。父上と母上が千樹様に何もかも押し付けたせいですよね。分かってはいるんですけど……」
千樹は玉響の言葉に軽く息を吐き出す。確かに忙しかったが、玉響とこの手の話をしなかったのは、まだ、早いと思っていたからだ。玉響は十歳になるかならないかの子供だ。千樹は事あるごとに本人次第だと言い続けているが、幼い子供には判断出来ない事柄だとも理解していた。だからこそ、あえて、こう言った話はしなかったのだ。
「明日があるだろう」
「また、お話をしてもいいんですか?」
「当たり前だろう。だが、勉強はしろ。分かるな。今の玉響には知識が必要だ。身を守るにしてもな」
「はい」
玉響は素直に頷いた。
「頗梨はいるか?」
「此方に」
千樹が声を掛ければ、すぐに返事が返って来た。すると襖が音も無く横に滑る。
「随分早い返事だな」
「何時もなら玉響様は就寝している時間ですので」
頗梨はそう切り返して来た。
「そうか。玉響の床の用意を頼む」
「僕、自分で出来ます!」
「とんでも御座いません。私共で用意させていただきます」
「手を煩わせてばかりなんですから」
「ならば、単衣に着替えて下さい」
有無を言わせぬとはまさにこの事だ。頗梨は玉響から反論の言葉を奪うと、千樹に向き直る。
「何時ものお部屋に灯璃様がいらっしゃいます。お酒も用意していますので、千樹様は其方に」
千樹は頗梨の言葉に頷き腰を上げた。玉響の頭に手を置き軽くかき混ぜる。
「ちゃんと寝ろ」
「はい」
玉響の返事を聞くと、千樹は部屋を出て行った。
「玉響様は着替えて下さい。その間に用意を済ませます」
玉響は頗梨に言われ素直に身に付けている物を脱ぎ始める。きちんと着物を畳み、振り返った頃には、褥は出来上がっていた。
「あの子達は?」
「彼方にいますよ」
示された方に視線を向ければ、幼い妖狐が二匹、褥の足元に仲良く眠っていた。何時の間に来たのか、玉響は小さい笑みを浮かべる。
「さあ、お休み下さい」
「はい」
玉響は素直に頷き、打ち掛けの中に滑り込む。そうして、目を閉じるとあっという間に眠りの住人となった。
玉響は確かに眠った筈だった。其れなのに、玉響は一人、暗闇の中に立ち尽くしていた。辺りを見渡しても何も見えない。だが、玉響の体はほんのりと発光しているようだった。先が見えないこの闇が、今の立ち位置のようで玉響は不安だった。
玉響は陰陽師である貴彬と齢千歳を超えた黒毛の九尾狐である芙蓉との間に生まれた。都の西側にある貴彬の一族の屋敷で産声を上げたのだ。末弟であった貴彬は本来なら、都の結界に関わる事なく、陰陽寮にある役職を与えられている存在だ。ただ、持って生まれた力と、今上の帝の幼少期の遊び相手だった。その結果、一族の中でより強い発言力を持つ事になってしまったのだ。
それだけならば問題があったとしても微々たるものだ。問題は貴彬が妻にと望んだのが妖であり、その中でも特に強い力をもつ九尾狐だった。当然、貴彬の長兄であり家長であった男は大反対した。ただでさえ貴彬の能力は術者の中でも特出した稀代の陰陽師だと言われている。そこへ来て、九尾狐すらも貴彬を選んだとなれば、周りの反応が手に取るように分かる。今の家長を退け、貴彬を家長にしようと一族の長老達が動き出した。
貴彬にしてみれば、ただでさえ帝の関係で忙しい身であり、これ以上の仕事は願い下げであった。そんな時、芙蓉が玉響を産み落としたのだ。その玉響が持つ力がまた、周りをざわめかせた。長兄の子よりも、末弟の子の方が強い力を持っている。それが妖との混血であることもまた、周りを驚かせた。高位の妖はなかなか子を成さない。成したとしても強い力を持つ者が生まれてくる事は稀だ。貴彬は長兄が不穏な動きを見せていることを知っていた。知っていて放置していた。
その結果、貴彬は窮地に立ってしまったのだ。貴彬と芙蓉だけではなく、玉響にも長兄は手を掛けようと画策し始めた。帝に全てを説明し、貴彬は玉響から記憶を奪った。玉響が抵抗しても、二人の力に叶う筈もない。玉響が今でも思い出すのは、心を占めた悲しみだった。
玉響のその後の記憶は、一人の老人と過ごした日々だった。年数的には長くはない。二年程度だったと記憶している。老人は優しかった。だが、老人は体が不自由だった。必死で畑を守り、老人の世話に明け暮れた。
最初こそ、里人達は玉響に親切だった。親切であったが、玉響が人とは違う力がある事に気が付いてからは、遠巻きにするようになった。玉響が家から離れた隙に、老人に追い出すように進言している者すらいた。だから、玉響は里人に森に置き去りにされた時、仕方ないと諦めもついた。
問題は玉響があの里以前の記憶を持っていなかった事だ。当然、過去を知らなければ、前に進むしかない。しかし、玉響の眼前に広がっていたのは深い森だった。何方に視線を向けても鬱蒼と生い茂る玉響より高い草の壁と、上空を見上げれば高い木々達に空は覆い尽くされていた。
途方に暮れていた玉響の前に、白髪の男が立ちはだかっていた。鋭い茶の瞳は、決して威嚇はしていなかった。玉響は直ぐに人ではないと確信した。狐の妖だと直ぐに見破れた。その狐は、幼い子供が深い森の奥地にいることを訝しんでいた。困ったように息を吐き出し、玉響を泉の中にある屋敷に招き入れてくれた。
人の世とは違う揺蕩うような空気はしかし、淀んではいなかった。名前を聞かれもしなかった為に、玉響はそのうち、殺されると思い込んでいた。一年近く経ち、狐は不便だと名を与えてくれたのだ。儚い命だと言う理由で、玉響、と。玉響はただ、周りを観察していた。狐の名前は千樹であり、屋敷の主人であり、多くの妖が屋敷で働いていた。
玉響は千樹に名を与えられ、そのままではいけないと、勝手に掃除を始めた。しかし、この屋敷には多くの妖が働いている。千樹は屋敷で働く妖に泣き付かれ、誰にも手を借りていなかった場所、つまり、書物が多く収まってる部屋の整理を玉響に命じた。だが、玉響が全く文字が読めない事が分かり、勉強をするように言ったのだ。
その間、千樹は頗梨に玉響について調べるよう言っていたが、玉響は失われた記憶にとんでもない秘密が隠れているなど知りようがなかったのだ。
目の前に芙蓉の精神体が現れた時、玉響の中の何かが弾け飛んだ。今まで知る事の出来なかった過去が頭の中に溢れ出た。里に来るまでの過去を知らなかったのも、文字に関する知識がなかったのも、全ては父親である貴彬が封じた為だ。
そして、玉響は精神体の芙蓉を目にした時、ある程度の事は悟ったのだ。体から抜け出さねばならない事態になっている事。そして、千樹に帰るように言われても居座っていた芙蓉の真意も。
千樹の結界はとても強い。普通の妖では太刀打ち出来やしない。その結界を軽々と越えてきたのは貴彬の力を借りたもので、だからこそ、芙蓉は千樹の結界内に入ることが可能だった。本来なら、体から抜け出した精神体の芙蓉では千樹の結界内に入っては来れない。
芙蓉が屋敷から離れた時、本当ならば付いて行きたかった。だが、それを千樹に止められた。理由など分かり切っていた。玉響を危険な目に合わせない為だ。分かっていても、玉響は付いて行きたかったのだ。それを察した四精霊が勝手に千樹に付いて行った。玉響の強い願いに反応したからだろう。
玉響は待っている間、不安で潰れてしまいそうだった。大人達が動いているのは他でもない、玉響の安全の為だ。貴彬にしても芙蓉にしても、玉響が生まれていなければ別の道もあったのだ。あれだけの強い霊力と妖力を持っている。玉響という足枷さえ無ければ、今も生きていた筈だ。
体は機能の全てを停止させ、言うなれば死んだ状態だ。しかし、魂は玉響に憑いていた四精霊と、千樹と芙蓉、灯璃が懇意にしていた齢千歳を越えた桜が、幼い妖狐の体を作り出し移してしまった。確かに本当の意味で死んだのではない。死んだわけではないが、言い換えるなら前の生を終えたことに変わりはない。
玉響は頰を伝った感触に、慌てて右手を頰に持って行く。指先に触れたのは生暖かい液体。それが涙だと気が付くのにそれ程の時間は必要なかった。
玉響はこの時、漸く両親の死を受け入れたのだ。都の朝廷から、帝の勅命を受けて二人の公達が来たのは、二人の死を確認する為だ。何より、玉響の身の振り方で多くの窮地が生み出されることを懸念してだ。二人は玉響が千樹の元で、千樹の庇護下にいる事を強く望んでいた。何より、千樹の花嫁になる事を前提に話していた。それは、言い換えるなら、玉響が持つ力がそれだけ危険であると言っているのだ。
弱小とはいえ、四精霊は自然の力の一部を操る事が出来る。それに目をつけている者は人だけではない。玉響は特異な存在だ。囲った者によってはとんでもないことになりかねない。貴彬と芙蓉が千樹に白羽の矢を立てたのは、何も芙蓉の幼馴染みだからと言う訳ではない。千樹が無欲な妖だったからだ。
玉響は蹲り、肩を震わせ泣いた。結局、子供でしかない玉響では一人で解決する事は難しい。経験も知識も乏しい玉響では、下手に動く事で迷惑を増やす結果にしかならない。分かっていても、何も出来ないもどかしさで更に涙が溢れて来た。
どんなに泣いても、懐かしがっても、両親は戻って来ない。幼い妖狐の中に魂はあっても、それは本当の意味での両親ではない。玉響はただ、声を殺して泣く事しか出来なかった。
⌘⌘⌘
東の部屋で千樹は灯璃と二人、酒を酌み交わしていた。結局は貴彬と言う陰陽師と、芙蓉と言う黒毛の九尾狐は燻っていたものを炙り出しただけだ。
家長である長兄より末弟の方が強い力を持っていた。そして、帝との繋がりも強い。遅かれ早かれいつかは衝突が起こったのだ。ただ、芙蓉はそれを早めただけだ。
「それで、チビは如何するんだ?」
灯璃は一気に酒を煽った後、そう、問い掛けてきた。千樹はその問いに、灯璃から視線を逸らす。玉響が出した結論は、皆が望んでいるものではない。千樹の結界から出る事は少ないとは言え、絶対ではない。それを考えると、本当の意味での解決ではないのだ。
ただ、本人は勉強をし、陰陽師としての術を習得し、我が身は己の力で守ろうと努力するだろう。玉響本人もそう言っていたのだから、近い将来、それなりの術者となる。だが、己の力を真に理解し、使いこなせたとしても、絶対の安全は手に入らない。汚い手を使われれば、ひとたまりもないだろう。
「前から言っていたが、俺の側に居る。そう言っていた」
「それだけか?」
「そうだが」
「分かっているのか?! チビは存在そのものが稀有なんだぞ! 何の対策もせずにいれば、そのうち、困ったことになりかねない!」
灯璃は声を荒げ、千樹に言い募る。千樹とて言われずとも分かっているのだ。灯璃が言っていたように、玉響の相手を頗梨にしたとしよう。頗梨では力不足だ。かと言って、千樹が相手となるのもまた、抵抗がある。おそらく、芙蓉が母親であることも大きいのだろう。
「分かっている。だがな……」
「千樹が言いたいことも分かる。チビは本当の意味での現実を受け入れていない。両親が本当の意味で亡くなったと、現実を眼前に突き付けられても納得していない。だが、それとこれは全くの別問題だ。いいか。チビは本当の意味でありとあらゆる存在を狂わせる」
灯璃の言葉に千樹は鋭い視線を向けた。
「それは灯璃も入るのか?」
千樹は唸るように問い掛けた。
「冗談を言うな。厄介事を好き好んで手元になど置きたくない。芙蓉が絡んでいる時点で、本当なら手を引きたいくらいだ」
「俺もそうだと思わないのか?」
「は?」
千樹が灯璃にそう言えば、灯璃はありえない言葉を聞いたような顔をした。
「それはありえないだろう」
「言い切るのだな」
「千樹は根っからの苦労性だ。本人が望む望まないに関わらずな」
千樹は灯璃が当たり前のように吐き出した言葉に体が傾いだ。その物言いでは、まるで厄介事を望んでいるようではないか。
「待て。勘違いするな」
「何が勘違いだ。頗梨にチビの事を調べさせたり、俺に都の事を探らせたり、無意識に厄介事を背負ったのは千樹だろう」
「待て待て」
千樹は右手で額を覆い、灯璃の言葉を否定しようとした。確かに千樹が何もかも指示した。それは否定のしようがないが、何も好き好んで首を突っ込んだ訳ではないのだ。
「俺とて妖だ。出来れば都やら術者やらと関わり合うのは真っ平だ」
「芙蓉が都に向かった時、勝手に出て来たのは灯璃だろうが」
「……いや、あの時は面白そうだと思ってな」
灯璃が関わったのは、退屈凌ぎになると思っての事だ。まさか此程、面倒な事になるとは考えてもいなかったのだろう。
「人は何とかなるとしてもだ、人外はそうはいかない。彼奴等はどんな手を使ってもチビを結界の外に誘い出すぞ」
「分かっている。結界は確かに玉響を護るだろう。だが、意識下に接触されたらどうにもならん」
物理的には護れるだろう。問題は精神的な接触だ。玉響は見る目を持っている。つまりは目に見えない力を感じ取る能力に長けているのだ。
「千樹の妖力を込めた何かを持たせとけ。それだけで、居場所の特定が出来る」
灯璃は不機嫌も露わに千樹にそう進言した。二人が煮え切らないのなら、それなりの対策は必要なのだ。
「チビが首から下げてる勾玉の一つが何も宿ってないだろう」
灯璃は面倒そうな態度を見せながらも、玉響が下げている首飾りの事を言ってきた。首飾りに使われている勾玉は全部で五つだ。その内四つは四精霊が住処としているが、真ん中にある一番大きな勾玉には何も宿っていない。強い力を宿してはいるが、他の力に染まっているわけではないのだ。それに、あの勾玉を作り出したのは千樹の妖力だ。
「攫われでもすれば小さな問題では済まない。チビは相手の力を増幅することも出来る。そんな事は言われずとも分かっているだろう」
千樹は灯璃の言葉を否定する事は難しかった。玉響の持つ力は一言では言い表せないのだ。四精霊を従わせる力は確かに魅力的だ。二つの性を持ち、更にその力は他の力を増幅させる能力もある。おそらく、貴彬はそれを知っていた。知っていて利用もしていただろう。そうしなければ、他の能力者に玉響の特性を教えてしまう事になる。
両親が玉響の力を抑え利用する事で秘密にすることが可能だったのだ。
「玉響の力の秘密を人外達は確実に知っている。此処に居ると分からないだろうが、外に出てみろ。ピリピリとした空気が肌で感じられる」
灯璃は千樹の結界内に無条件で入ることが可能だ。だが、他の者はそうではない。
「それに、チビの関係だろうが、早くチビ妖狐二匹に名を与えろ。少なくとも、あの二匹は強い力を宿している。元は九尾狐と稀代の陰陽師だ。成長するにつれ能力も飛躍的に伸びるだろう。それも名があってこそだ」
灯璃に言われなくとも千樹にも分かっている。幼い妖狐二匹に前の名を使わせる訳にはいかないのだ。名で二匹の正体が分かってしまう。貴彬は人が妖となったので、前と少しばかり力の質が違う。玉響に近い力の質だ。だが、芙蓉は元々妖だ。名前と妖力の質で存在が知れてしまう可能性がある。
それも、玉響が両親の死を受け入れなければ無理なのだ。確かに両親の魂だが、前の生を終え、新たな命を与えられたのだと納得しないといけない。
「分かっているが、玉響次第だ」
「俺だって理解はしているが、時間を掛ければ掛けるだけ、危険が増すんだぞ」
全ては芙蓉と貴彬が出会った事が発端だ。何より、二人の血が全く反発しなかった結果でもある。本当に貴彬と言う人間は稀な存在だったのだろう。
「何かが動き出したと情報は入っているのか?」
「小物か?」
「大物に決まってるだろう。小物なら、桜の結界で何とかなる」
「今のところは。だがな、そんなもの、時間の問題だ。傍観を決め込む神とて今回は出て来るぞ。社がある神ならまだ傍観するだろうが、祀られていない神々にとっては、上位の神と会う機会を得られる可能性も出てくる。それだけ稀有な存在だ」
灯璃の言っていることは間違えていない。千樹は玉響の力を利用しようとは考えなかった。まだ、幼い玉響の力は無尽蔵ではない。無理をすれば体に負荷がかかり、反動が必ず現れる。
「千樹は直ぐチビ次第だと言うが、俺にしてみればそれは逃げだ」
灯璃の言葉に千樹の表情が険しくなる。灯璃は難しい事を言っているわけではない。玉響ではなく、千樹の覚悟次第だと言っているのだ。分かってはいても、直ぐに認める事が出来る事柄ではない。千樹が躊躇っている理由を灯璃は分っている。それが二人の間だけで成立する問題なら放っておくだろう。だが、問題があまりに大きすぎるのだ。
「芙蓉は千樹が悩むだろう事も計算しているだろう。だからこそ、千樹にチビを委ねた」
「どういう事だ?」
「分からない振りか? もし、簡単に受け入れるような輩なら、芙蓉は千樹を選んでいない。苦悩しそれでもチビを受け入れると分かっていた。当然、相手の陰陽師は千樹を己の力でもって垣間見てるだろう。最も身近にある安全ではなく、遠いが確実に安全な場所にチビを置く事を二人は選んだんだ」
灯璃に強く言い切られ、千樹は眉間に皺が寄る。
「俺に委ねなかったのは理解出来る。俺なら確実に放り投げてるからな」
灯璃もまた九尾狐だ。灯璃なら玉響を助けたりはしなかっただろう。元来、灯璃は厄介事を好まない。千樹もそうだが、灯璃のように一度懐に入れた者を無責任に放り投げはしない。芙蓉は二人の性格を熟知していた。何より玉響の性格を理解していた。灯璃では玉響の心を開く事は出来なかっただろう。玉響は瞬時に察し、灯璃が拒絶する前に姿を消した。
芙蓉が隠れ住む選択もあっただろう。だが、その選択を捨てた理由も二人は理解していた。貴彬の長兄は貴彬の全てを滅したかったのだ。貴彬に関わる全てを。それは貴彬を夫にと望んだ九尾狐の命も含まれる。甥にあたる玉響の命も消し去りたいほどの憎悪だ。貴彬は二つの命を守ることは出来なかった。確実を望むなら一つに絞らなくてはならない。
「そうだろうな。灯璃は面倒事が嫌いだ」
「そうだ。でも、千樹は否定していても受け入れる。芙蓉とて極端な話、妖に預けるのは不安だっただろう。たとえ、兄と慕った千樹でも本質は妖だ」
玉響が持つ力は特殊なものだ。術者や特殊な能力がある者なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。利用し使い捨てにされる可能性もあった。
「チビが幸運だったのは伯父がチビの本当の能力を知らなかった事だ。もし知っていたら、弟を亡き者にする為に、捕らえ利用しただろう。その後どうなるかまでは予測出来ないが」
体の秘密を知れば、当然、伯父とは言え手を出しただろう。弟と九尾狐の血を素直に引き、二つの性を内包している。当然、子を成せる能力もある。弟亡き後、弟の子を手篭めにでもしただろう。それだけは避けなければならなかった。
「まあ、簡単に言えば、二人は子供を助けたかった。安全で安心出来る者に委ねたかった」
灯璃の言葉に千樹は頷かずにはいられなかった。玉響は確かに特殊だろう。だが、両親にしてみれば愛しい我が子に違いない。美しく花開く前に手折られはしたくなかっただろう。それがたとえ、命を失うことになったとしても。
「全てが丸く収まるには、チビは千樹の元にいる方がいい。此処ならば、屋敷内に居る妖もチビを可愛がっている。チビは種族の垣根を作らないからな」
だが、玉響はまだ、子供でしかない。結婚ともなれば一生が決まってしまう。妖の婚姻は人間のような生易しいものではない。互いに縛り合うことになる。将来、何になりたいのかも決まっていない玉響に、心を決めろというのは無理な話だ。もし、人の世に返すなら話は別だろう。しかし、玉響は人の世に還る選択だけは多分しない。あれだけ、周りの状況を読み取るのに長けた子だ。人の世に戻れば安穏な生活を送る事は無理だ。
「言われずとも分かっている。だが、察してくれないか?」
「察してはやる。察していて言わせてもらってるんだ。決めるのは後でもいい。だが、千樹は早い段階で腹を括れ。もし、躊躇いがある事が知れると、後々、厄介だ。チビはまだ子供だが、千樹は齢千歳を超えている。そんな言い訳は通用しない」
千樹は灯璃に言われなくとも分かっていた。結局、千樹が強く言えなくては効果も薄い。だからこそ、帝は千樹と玉響の結婚を望んだのだろう。使者として来た二人も意見は同じだ。だからこそ、黒さを隠しもせず、妖に対して堂々と言い切ったのだ。何時、婚礼を上げるのだと。
「此処まで首を突っ込んだんだ。俺も最後まで付き合ってやる」
「……楽しんでるいだけではないか?」
「まあ、退屈しのぎも含まれるな」
灯璃の性格を知っている千樹は苦笑いしか浮かばない。今、千樹が信用出来るのは灯璃と頗梨。この屋敷に住む妖だけだ。
千樹と灯璃は深刻な話を続けていたのだが、同時にある事に気が付いた。襖を掻く音が聞こえるのだ。頗梨ならば声を掛けてくるだろう。何より、人型をとる妖が多い千樹の屋敷で、このような音を出す者は限られている。
千樹と灯璃は互いに顔を見合わせる。千樹は訝しみながらも腰を上げ、音がする襖をゆっくりと引いた。そこにいたのは黒毛の幼い二匹の妖狐。本来なら玉響の側で一緒に休んでいる筈である。
「チビ共じゃないか」
一緒に腰を上げ千樹の背後を陣取っていた灯璃が驚いたように口を開く。二匹の妖狐は千樹の着物を咥え、しきりに何処かへ誘導しようとしている。
「どうした?」
今は深夜であり、何かが結界に触れれば千樹が感知出来る。何もおかしなモノは入り込んではいない。それは危険は今の所ないと言う事だ。
二匹の妖狐は一心に千樹を見上げ、訴えている。
「ついて行ったらどうだ?」
灯璃の言葉に千樹は眉間に皺を寄せた。ついて来る気だろうか。
「千樹の屋敷でおかしなことも起こらないだろう。俺は此処で酒を呑んでる」
そう言うなり灯璃は元の場所に戻って、また、酒を呑み始めた。厄介事だと本能で察したのだろう。千樹は一つ溜め息を吐き、襖を閉めると二匹の妖狐について行く。二匹の妖狐は西の部屋へと行こうとしているようだ。そこで千樹は首を捻る。何かがあったとは考えにくい。何時ものように静かな夜だ。
二匹は僅かに開いている襖から部屋の中に体を滑り込ませる。其処は玉響が使用している部屋だ。千樹はますます訝しむ。玉響は素直に眠りに就いた筈である。ゆっくりと襖を引くと、漸く千樹は異変に気が付いた。
玉響が休んでいる褥。打掛が微かに震えている。耳を澄ませば微かにすすり泣く声が漏れ聞こえて来る。千樹は音を立てないように近付いた。よくよく見れば、玉響は蹲り声を殺して泣いているようだった。
「……どうかしたのか?」
玉響は寝ている可能性もあった。夢見が悪くて泣いている事も考えられた。それなら起こす方が良いだろう。千樹はそう思い、玉響の体を右手で揺すってみたのだ。玉響は思いの外、反応が早かった。慌てたように顔を上げる。千樹の瞳に映ったのは涙に濡れた顔だった。頰を止め処なく涙が流れ伝っている。
「悪い夢でも見たのか?」
「……せ……、せんっ」
玉響はいきなり現れた千樹にしがみ付く。千樹の膝の上で声を殺して泣き噦る。千樹は驚いたように玉響を見下ろした。
「……理解したって思ってたんですっ」
玉響は涙声でそう言葉を吐き出す。
「でも、……本当に理解してなくて、……だって、あの子達が側に居てくれるんです。其れを、本当の意味で理解してなくて……っ」
途切れ途切れに聞こえてくる声が、玉響の心情を語っていた。玉響は本当の意味で両親の死を受け入れたのだ。今までは頭で理解していただけだった。心の奥底では両親の死を否定していたのだ。知識として、一度その生を終えれば、余程でない限り前の世の記憶を持っていない。分かっていても、心はその事実を受け止め切れなかった。だが、両親の亡骸が眠るその場所を初めて知り、感じた事で玉響の中で何かが変化したのだ。
「玉響はまだ子供だ。理解するのが難しい事も、受け入れるのがどれ程大変なのかも分かっている」
千樹は玉響の頭を右手で優しく撫でた。玉響の癖のない髪はしっとりと汗ばんでいた。
「皆さんに迷惑をかけているのにっ。其れなのに僕はっ」
玉響は強く千樹の着物の袂を握り締めた。沢山の言葉を投げ掛けられた。考えるように促されもした。それでも、現実を受け入れたくないと、玉響の心は叫んでいた。都の一角を破壊したのは両親であり、その両親も今は本当の意味で存在していない。あるのは冷たい亡骸だけだ。
「迷惑などと誰も思ってはいない」
千樹は穏やかに言葉を紡ぎ、玉響の背を優しく摩った。華奢な背に単衣の着物が張り付いている。それはかなり汗をかいた証拠だ。
「寝ていたのではないか?」
千樹の問いに玉響は素直に頷く。つまり、夢に見たのだろう。玉響が否定していた全てを、まざまざと見せ付けられたのだろう。
「納得したか?」
更なる問いに玉響は頷く。
「確かに両親は亡くなった。これは現実だ。覆ることはない。だがな、玉響は一人ではないだろう。何時も側に四精霊がいただろう。彼奴等は玉響と両親の姿を見ている」
玉響は泣きながら、コクコクと頷いた。泣くことは心の整理をすることだ。感情を吐き出して初めて、現実を受け入れる事が出来る。
玉響は止まらない涙を必死で止めようとする。それを察した千樹は苦笑いを浮かべた。
「我慢する必要はない。泣きたいなら、好きなだけ泣くと良い」
千樹の言葉に玉響は驚き、伏していた顔を上げる。玉響にしてみれば迷惑をかけていると思っている。封じられていた記憶を思い出し、その思いは更に強くなった。貴彬の兄弟間の軋轢が、芙蓉との出会いで浮き彫りになった。修復するにはあまりに関係が捻れてしまっていたのだ。幼い玉響であっても、伯父の常軌を逸した父親への憎悪は凄まじいものだった。その矛先が妻と子に向けられる程の憎しみだ。
「でも……っ」
玉響は涙を止めようと思っていても、なかなか止まらなかった。それは心が体が欲している感情だからだ。
「皆が心配している。気丈に振る舞うことは確かに必要だな。だが、それは時と場合による。この場所は玉響に大人のような対応を望んではない。俺とて子どもは子どもらしくあってほしい。二匹もそうだろう。だから、俺を連れて来た」
部屋の片隅で玉響を見詰める幼い妖狐が二匹。その二匹は息を殺し玉響を見詰めている。
「確かに記憶はないだろう。桜もあえてその部分を封じた状態で体を作り魂を移し替えただろう。そうでなくては、命を狙う者達に見付かってしまう。それは言われずとも分かっているな」
「……はい」
玉響は止まらない涙に再び千樹の膝に顔を埋めた。止まらない涙は半分、千樹の優しさのせいだ。妖であるのに穏やかな性格。芙蓉が誰よりも信頼していた存在だ。何度も貴彬といる時に玉響は聞かされていた。口では文句を言うが、結局は放っておけない性格であると。
「……今は泣いてもいいですか」
「好きなだけ泣くといい。だが、その後は皆に本当の笑い顔を見せてやってくれ」
千樹が優しく頭を撫で、玉響は何度も頷くと声を殺して静かに泣いた。千樹と玉響の様子に、ただ見守っていた幼い妖狐二匹が伺いながら近付いて来る。それを察した千樹は視線を向けた。そして、千樹は二匹の妖狐に手を差し伸べる。二匹は千樹の手に擦り寄り、二人の横で丸くなった。
「……お前達にも名が必要だな」
千樹は小声で呟いた。玉響の変化はこの二匹にも変化をもたらすだろう。どの方向に向かうのかは全くの未知数だ。流れる時と共に玉響も二匹も、そして四精霊も変化をしていく。それに少しの寂しさを千樹は覚えた。
「年寄りのくだらない感傷だな」
千樹の言葉に少し肩を揺らした玉響は、安心したのかしがみ付いたまま呼吸が穏やかになった。それを認めた千樹は打掛を肩まで掛けてやる。どうやら今日は、玉響の側にいなくてはならないようだ。千樹は小さく微笑み玉響の髪に指を絡めた。
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?