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一章

第6話:絶望の夜明けと希望の代償(2/5)

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 旅の賢者は即座に、「乗っ取りの心配は無用」と断言したが、その保証が本当に信頼できるのか、疑念は残る。

 賢者はさらに説明を加えた。魔導書には最初の使用分が含まれており、その後は憑依した精霊が次回使用分の魔力を魔導書に供給する仕組みになっているという。蓮司には、この話があまりにも都合が良すぎて疑わしいものに聞こえた。

 賢者は、憑依召喚の魔導書の力を勇者に匹敵するほど強大だと強調した。召喚される精霊は、最低でもダンジョンの階層ボスと同等以上の強さを持つが、運次第で強さにはバラツキがあるとも付け加えた。

 賢者がこれほどまでに力を提供する理由を村人が尋ねると、「弱者が力を手にすることで、世界はより良くなる」と彼は信じていると述べた。

 確かに、力の底上げは社会全体の向上に繋がり得る。しかし、蓮司はその変化が急過ぎると懸念した。全ての人が弱者の力の獲得を歓迎するわけではなく、必ずしも世界を良くするとは限らない。

 急激に得た力は、持ち主だけでなく社会にも馴染まず、反発を生む恐れがある。反発が大きくなれば、反召喚魔導書の勢力が生まれ、さらに争いを引き起こす可能性がある。

 賢者はこれらの心配事にも関わらず、世の中を憂い、弱者への支援として魔導書を配布していると語る。水と食料との交換という形ではあるが、彼の行動は善意からのものであるという。

 魔導書は使用すると持ち主と一体化し、盗まれたり分離したりする心配はないと賢者は言う。蓮司も「弱者が力を手にする」という理念には共感していたが、分離不可能であることには何となく不安を感じた。制約が後から明らかになり、後悔しても遅いかもしれないと考えた。

 しかし、村人たちはリスクを考慮するよりも、目の前にある与えられた力に心を躍らせた。特に勇者からの苦難を乗り越えた後では、その気持ちは一層高まっていた。かつては死を覚悟したほどの絶望があったからだ。蓮司は村人たちの気持ちを否定できない部分もあったし、自身もルナを救出し際に聞いた「憑依召喚の魔導書」には興味を持っていた。


 悲しみに沈む暇もなく、目の前の生活が最も切実な課題だった。村の人々は半信半疑ながらも、一抹の希望を抱いて魔導書に手を伸ばした。

 一部の者は勇者に仕返しを夢見、他の者は力を得ればダンジョンで稼げると考え、また別の者はその力で探索者ギルドへの所属を目指した。彼らに共通していたのは、これらの力が村を改善できるという信念だった。そんな中、唯一蓮司を見守る妖精ルナだけが、状況を疑っていた。

「レン、うまい話には裏があるよ」とルナは心配そうに眉を寄せながら蓮司に忠告した。ルナは、目の前にいる賢者のことは知らない様子で、初めて目にすると言う。

 ルナが憑依召喚魔導書の作成に協力したという経緯を知る蓮司は、彼女の言葉に重みを感じた。ルナの心配は、彼女が魔導書の性質を理解しているからに他ならない。

 村人たちは力を求めており、目先の利益に心惹かれるだろう。先の強制召集での経験が、力の無さがもたらす不条理を痛感させた。その怒りや無力感は、どうしても拭えないものがあった。

 しかし、強大な力を他者から与えられることで、自己の肉体や意志が支配されるリスクが伴う。目先の力を得ることで人間らしさを失うか、力なく不条理に耐えるか、その選択は極めて重大だ。

 賢者は「力なき者を救う」という名目で再び旅立ったが、彼がまだ多くの魔導書を携えていることが明かされた。召喚されるのが本当に精霊なのかどうか、確証はない。ただ、憑依召喚により肉体を乗っ取られる者が出現するのではないかという懸念がルナの助言により高まる。

 魔導書を用いた者たちが肉体だけでなく精神も支配され、集団を形成した場合、人類はその存在をどう受け止めるのだろうか。その疑問が蓮司の心をかき乱した。

 しかし、蓮司には迷う余地がない。守るべき人がいるのだから。翔子のためなら、どんなリスクも受け入れる覚悟があった。

 魔導書を手に取りながら、ルナが心配そうに尋ねる。「レン? 本当にそれを使うの?」

 賢者の「救う」という行為が、本当は召喚される存在への救済であるかもしれないという疑念が蓮司の心をよぎる。救いの意味が、彼が当初思っていたものと異なる可能性があることに、彼は気づき始めていた。

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