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序章ー《最下能力者》
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降りしきる雨の中。天をも貫く黒鉄の建造物に囲まれながら歩く少女は、周囲を訝しげに見つめていた。
「助けてくれ」「金をくれ」「誰か……恵みを」などと、誰に求めているのか分からないような媚びた声が少女の気持ちを沈めていく。
そんな悲痛な視線と憐れむような声に耳を傾ける人はおらず、少女もその中の一人であった。
「予報では曇りだったはず。なのに、どうして? 的が外れたのかしら?」
レインコートとは呼べない防水性の薄れた紫紺のロングコートを身に着け、胸元のポケットから伸びている一本のコードは少女の耳へと伸びていた。
その雑音混じりのイヤホンから流れる情報に耳を傾けながら苛立ちを抑える少女。
《本日の天気は曇り。最高気温は二十六度。湿度は六十%と過ごしやすい天気となっておりますが、午後からは天気が崩れるもよう。特に、黒雲の発生には気を付けましょう。ここ最近の発生確率は三十%と過去最高を推移しています――》
闇をも吸い込みそうな空を見上げ、泣くように降り注ぐ汚れ切った雨に打たれながら、
「全く……どこが本日の天気は曇り、よ! 朝から降りっぱなしじゃない!」
ラジオから流れる的外れな天気予報。
いや、間違ってはいない。単に時間がずれただけだ。
しかし、周囲から突き刺さる視線を紛らわすには丁度良かった。
「……頼りになるのは自分の《能力》だけ、か」
失笑するように僅かな安息に身を委ね、肩の力を抜く少女。
碧眼を細め、このふざけた世界を嘲笑う。
そんな時間も一瞬で――少女の思考の中に突如、ノイズ混じりの映像が客観的視点から描かれる。
――ザザッ……建造物の屋上。全身黒ずくめ、黒いハット帽を被った男性が腹ばいになってスナイパーライフルを構えている。そして、その男性のスコープ越しに少女と思わしき人物を照準する映像が投影されていた。
「本当に飽きない連中。こちらとしてはほっといて欲しいだけなのに……はぁ」
深いため息を洩らす少女は落ち着いた表情から一変。無表情に様変わり、目を細め、睨みつけるように真っすぐ路上を見据えると、人込みを避けるように足早に路地へと入っていく。
直後、少女の動きが急速に俊敏になる。歩いていた少女は眼にも止まらぬ速さで一気に路地を駆け抜けていく。そして――。
少女の姿を一キロ離れた高層ビルの屋上からスコープ越しに覗き込む黒ずくめの男性は、腹ばいになりながらも眼をしばたたかせて動揺した。
「なっ⁉ ターゲット、ロスト。――まずいな……おい! 至急、こちらに奴の情報を回してくれ!」
《了解。少し待て》
小型のマイク付きヘッドフォンに語り掛ける男性は焦りからか口調が荒い。しかし、通信機越しのオペレーターは男性の気も知れず、落ち着いた様子で話しかける。
少女のような声色のオペレーターは狙撃銃を持った男性に指示を待つよう言い放ち、通信を一時遮断した。
――おいおい、早くしてくれよ。頼むから……。
男性は雨に打たれながら、目標の少女が駆け抜けていった方へスコープ越しに流し目で見ていく。
「ったく、ガキ一人の暗殺にここまでてこずるとは。――俺も焼きが回ったものだな」
独り言を呟きながら冷や汗を滲ませる男性の後ろから突如として少女の声が耳を叩く。
「そう? なら、そのまま逝って頂戴」
冷徹な声と共に、少女は黒ずくめの男性の後ろから吐き捨てるように言い放つと、右手に持っていた小型のハンドガンをそっと向け、迷うことなく一発の銃弾を頭部目掛けて発砲した。
「なっ……」
男は咄嗟に振り返る。レインコートから見えた僅かな金色の髪と悪魔のような碧眼を目にした時、すでに鉛玉が雨水より早く男性の頭部へ飛んできていた。
正確な弾道は眉間へ貫通し、男性の後頭部からは僅かな鮮血が吹き出す。
その勢いで仰向けに倒れこむと、そのまま絶命した。
「あ……く、ま」
一瞬の出来事だった。
つい、一分前まで一キロほど離れた場所を歩いていた少女はいつの間にか、高さ五十メートルはあろうと思われる建造物の屋上まで辿り着き、目標と思わしき男性を射殺したのだ。
少女は死亡した男性の通信機を乱暴に取ると、一際目立つ、遥か高見の純白巨大な中央施設、《セントラルタワー》を睨みつけながら、
「あなたたちの犬は死んだわ」
《なっ、お前――いつの間に⁉》
通信越しに、急に男性とは別の声を耳にしたオペレーターは焦りながら声を荒らす。
しかし、少女は静かに、ゆっくりと、吐き捨てるように冷たい表情と共に囁きかける。
「知る必要はない。次は『あなたたちの番』だという事を肝に銘じておきなさい。そして、彼に伝えなさい。必ず、殺しに行くから、と」
《ま、待て! お前は何を――》
「――では、ごきげんよう」
少女は通信機を握りつぶすと、手に残った破片をパラパラと払い落とす。
雨避けのレインコートをはだけると、金色の、肩にかかるほどの猫髪が徐々に濡れていく。
「裂真先輩……。必ず、必ずあなたを殺しに行くから。それまで、待っていて」
薄っすらと笑みを浮かべて碧眼を細めると、少女はその場から立ち去った。
人は皆、決められた枠組みの中で生きている。
それは誰も気づくことは無く、あたかも自分の意思で考え、行動しているかのように動かされている。
知らず、知らず、監理する者の手によって、監視されながら。
私はその理を知らずに死んでいった仲間たちをたくさん見てきた。
大好きだった親友がそうであったように。
そして、その時、私がこの世界で一番のアンダーヒューマン(最下能力者)だと気づかされる事実を突き付けられることとなった。
――そう、あれはもう、一年も昔の話である。
「助けてくれ」「金をくれ」「誰か……恵みを」などと、誰に求めているのか分からないような媚びた声が少女の気持ちを沈めていく。
そんな悲痛な視線と憐れむような声に耳を傾ける人はおらず、少女もその中の一人であった。
「予報では曇りだったはず。なのに、どうして? 的が外れたのかしら?」
レインコートとは呼べない防水性の薄れた紫紺のロングコートを身に着け、胸元のポケットから伸びている一本のコードは少女の耳へと伸びていた。
その雑音混じりのイヤホンから流れる情報に耳を傾けながら苛立ちを抑える少女。
《本日の天気は曇り。最高気温は二十六度。湿度は六十%と過ごしやすい天気となっておりますが、午後からは天気が崩れるもよう。特に、黒雲の発生には気を付けましょう。ここ最近の発生確率は三十%と過去最高を推移しています――》
闇をも吸い込みそうな空を見上げ、泣くように降り注ぐ汚れ切った雨に打たれながら、
「全く……どこが本日の天気は曇り、よ! 朝から降りっぱなしじゃない!」
ラジオから流れる的外れな天気予報。
いや、間違ってはいない。単に時間がずれただけだ。
しかし、周囲から突き刺さる視線を紛らわすには丁度良かった。
「……頼りになるのは自分の《能力》だけ、か」
失笑するように僅かな安息に身を委ね、肩の力を抜く少女。
碧眼を細め、このふざけた世界を嘲笑う。
そんな時間も一瞬で――少女の思考の中に突如、ノイズ混じりの映像が客観的視点から描かれる。
――ザザッ……建造物の屋上。全身黒ずくめ、黒いハット帽を被った男性が腹ばいになってスナイパーライフルを構えている。そして、その男性のスコープ越しに少女と思わしき人物を照準する映像が投影されていた。
「本当に飽きない連中。こちらとしてはほっといて欲しいだけなのに……はぁ」
深いため息を洩らす少女は落ち着いた表情から一変。無表情に様変わり、目を細め、睨みつけるように真っすぐ路上を見据えると、人込みを避けるように足早に路地へと入っていく。
直後、少女の動きが急速に俊敏になる。歩いていた少女は眼にも止まらぬ速さで一気に路地を駆け抜けていく。そして――。
少女の姿を一キロ離れた高層ビルの屋上からスコープ越しに覗き込む黒ずくめの男性は、腹ばいになりながらも眼をしばたたかせて動揺した。
「なっ⁉ ターゲット、ロスト。――まずいな……おい! 至急、こちらに奴の情報を回してくれ!」
《了解。少し待て》
小型のマイク付きヘッドフォンに語り掛ける男性は焦りからか口調が荒い。しかし、通信機越しのオペレーターは男性の気も知れず、落ち着いた様子で話しかける。
少女のような声色のオペレーターは狙撃銃を持った男性に指示を待つよう言い放ち、通信を一時遮断した。
――おいおい、早くしてくれよ。頼むから……。
男性は雨に打たれながら、目標の少女が駆け抜けていった方へスコープ越しに流し目で見ていく。
「ったく、ガキ一人の暗殺にここまでてこずるとは。――俺も焼きが回ったものだな」
独り言を呟きながら冷や汗を滲ませる男性の後ろから突如として少女の声が耳を叩く。
「そう? なら、そのまま逝って頂戴」
冷徹な声と共に、少女は黒ずくめの男性の後ろから吐き捨てるように言い放つと、右手に持っていた小型のハンドガンをそっと向け、迷うことなく一発の銃弾を頭部目掛けて発砲した。
「なっ……」
男は咄嗟に振り返る。レインコートから見えた僅かな金色の髪と悪魔のような碧眼を目にした時、すでに鉛玉が雨水より早く男性の頭部へ飛んできていた。
正確な弾道は眉間へ貫通し、男性の後頭部からは僅かな鮮血が吹き出す。
その勢いで仰向けに倒れこむと、そのまま絶命した。
「あ……く、ま」
一瞬の出来事だった。
つい、一分前まで一キロほど離れた場所を歩いていた少女はいつの間にか、高さ五十メートルはあろうと思われる建造物の屋上まで辿り着き、目標と思わしき男性を射殺したのだ。
少女は死亡した男性の通信機を乱暴に取ると、一際目立つ、遥か高見の純白巨大な中央施設、《セントラルタワー》を睨みつけながら、
「あなたたちの犬は死んだわ」
《なっ、お前――いつの間に⁉》
通信越しに、急に男性とは別の声を耳にしたオペレーターは焦りながら声を荒らす。
しかし、少女は静かに、ゆっくりと、吐き捨てるように冷たい表情と共に囁きかける。
「知る必要はない。次は『あなたたちの番』だという事を肝に銘じておきなさい。そして、彼に伝えなさい。必ず、殺しに行くから、と」
《ま、待て! お前は何を――》
「――では、ごきげんよう」
少女は通信機を握りつぶすと、手に残った破片をパラパラと払い落とす。
雨避けのレインコートをはだけると、金色の、肩にかかるほどの猫髪が徐々に濡れていく。
「裂真先輩……。必ず、必ずあなたを殺しに行くから。それまで、待っていて」
薄っすらと笑みを浮かべて碧眼を細めると、少女はその場から立ち去った。
人は皆、決められた枠組みの中で生きている。
それは誰も気づくことは無く、あたかも自分の意思で考え、行動しているかのように動かされている。
知らず、知らず、監理する者の手によって、監視されながら。
私はその理を知らずに死んでいった仲間たちをたくさん見てきた。
大好きだった親友がそうであったように。
そして、その時、私がこの世界で一番のアンダーヒューマン(最下能力者)だと気づかされる事実を突き付けられることとなった。
――そう、あれはもう、一年も昔の話である。
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