アンダーヒューマン

ガム

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一話ー《出会い》

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「的が外れたのかしら?」

 スコープ越しに碧眼を大きく見開きながら呟く私は紺色の学生服を身に纏い、目標の的の中心から僅かに逸れた一発の銃弾を見つめていた。
 かれこれ射撃訓練を始めて一時間。最後に放った銃弾を除き、そのほとんどが的の中心に当たり、見事に的の中心全体が繰り抜かれていた。

「早朝練習はここまでのようね」

 訓練場に設置してある時計の針が午前六時三十分を指している。
 両手で握るように持っていたハンドガンを、腰に提げている備え付けのフォルダーに戻しゴーグルを外すと、タオルで汗を掻いた顔を拭う。

 いつもなら始業時間である八時ギリギリまで射撃訓練をするのだが、今日はそれが叶わない。
 理由は一つ。この中高一貫のシム軍事養成学校では年に一度、新たな訓練生の入学を祝うため始業時間前に入学式が行われるのだ。
 そして、中学訓練生の入学に伴い、高校へ進級する学生も同様にまとめて行われることが恒例となっている。

 それが今回私の番になっただけ。

 単位さえとれば一気に卒業まで駆け上がれるため、別に入学式という見慣れた行事に何の興味もなかった。
 しかし、出席はしなければ規律のうるさい先生達に指導される。
 流石にそれは困るため、嫌でも出席しなければならなかった。

「ふぅ。シャワーでも浴びて気持ちを切り替えよう」

 誰もいない時間帯。僅かに気を緩めながら歩いていると、突如大きな壁にぶつかってしまう。

「きゃああぁぁ……」

 思わず、私は声を出して尻もちをついてしまった。
 普段から公共の場では素の自分を見せないように心がけていたところに思わぬアクシデント。
 腰に手を当て「痛ったぁ……」と声を洩らす。

「大丈夫かい?」
「いえ、こちらこそ……すいませ、ん?」

 痛みを抑えながら視線を声のする方へ向けると、そこには手を差し出してくれている紳士的な学生服姿の男性。
 今までの人生、男性と接触をすることがほとんどなかった私は差し出した手を咄嗟に引いてしまう。
 だが、男性は私の手を既に握っていた。

「うわっ!?」

 思わぬ行動に引っ張り上げようとしていた側の男性が逆に引かれる形となり、こともあろうかと二人の脚が絡み合い――

 今度は後頭部を強打してしまう。
 頭と腰に痛みを感じながら、

 ――全く、何なのよ、もう! 

 ギュッと目を閉じていた私は半目で視界を取り戻すが、目の前には男性の顔。
 感覚を最大限に、違和感のある口元へ持っていく。

「…………ッッッ⁉」

 真っ赤に顔を染めながら、全身の力を使って覆いかぶさっている男性を引き離す。

「ひゃぁああああッ‼」
「うわあああああッ‼」

 身を守るように屈み、素早く立ち上がると拳銃を男性へ向け、

「なっ、何のつもり⁉ 待ち伏せ? 強姦? わいせつ罪で訴えるわよ⁉」
「ちょっと待ってくれ! ぶつかってきたのはそっちだろ? それに引っ張ったのもそっちだし」

 確かに、その通りである。傍から見れば不注意に歩いていた私が招いたとも取れるシチュエーション。
 男性の言葉に私は徐々に熱を下げていく。

「た、確かに今のは私が悪かった……わよ……でもね! 物事には優劣が存在するのよ! どんなに理不尽なことでもね! 例え私が招いたミスでも場合によってはあなたのほうが悪くなる場合だって――」

 必死に自分を正当化しようと言葉を並べていく。
 しかし、男性は何故か虚を突かれたように私を見ていた。そんな彼の行動を不思議に思い、

「な、何よ? どうしたのよ?」
「……えっと、君、もしかして九条沙織くじょうさおりちゃん?」
「え? どうして私の名前を?」

 突如、私は名前を呼ばれ、きょとんと目を丸くする。

「やっぱりそうか。九条教官の娘でシム軍事養成中等部を首席で卒業したって有名だからね」
「はぁ……」

 別段、今までの人生、両親が軍人である私の生活環境を鑑みれば不思議な事ではない。それに、目の前にいるのは私と同じような境遇で先を突き進んでいる高等部二年の秀才、雛罌粟裂真ひなげしさくま先輩である。

 私が目標としていた先輩との出会い。
 だが、しかし――物事には順序がある。
 どんなに憧れの先輩であろうとも、公使混合してはいけない。
 軍人であれば当然な考えである。

「でも、まぁ……いまのは俺も悪かった。改めて謝るよ」

 頭を掻きながらそっぽを向く裂真。

「いえ、悪気がないのは分かっています。私も少し気を散らしていたのは確か、ですし」

 急に潔く謝る裂真に先ほどまでの強気な態度を見いだせない。そこは、男性経験不足であるからだと認識している。

 そんな時だった。

「あれれ~? 裂真ちゃ~ん、こんなところで何しているのかな~?」

 十数メートル後方。僅かに皮肉ぶった口調と陽気な声色が私の耳を叩く。
 咄嗟に振り返り、サンドイッチ状態になった私は廊下の壁を背に、金髪ピアスの男性をジト目で見つめた。

「光一か。何でここに? 訓練場で待っていてくれてもよかったんだぜ?」

 チラッと視線を逸らす仕草を取る裂真。
 光一は腰を倒し、覗き込むように裂真先輩と私を交互に見つめる。そして首を傾げ――。

「あれ? 麗奈ちゃん……じゃぁねぇじゃん。クリソツで一瞬見分けがつかなかったわ、はははっ♪」
「おい、そんなことより射撃訓練だろ? 早く行こうぜ?」

 慌てて光一を反転させ、背中を押しながら急ぎ足でこの場を去ろうと試みる先輩。

「っと、と……ちょっと、裂真ちゃん。俺にも紹介してくれてもいいんじゃない?」
「また今度な!」

 裂真は一閃するように話を切ると、軽くこちらに振り返り、

「沙織ちゃん。また今度、このお礼をさせてくれよ?」

 軽く手を振り、笑顔を見せる裂真はそのまま光一と共にこの場を去っていった。
 そんな紳士な態度に安堵するように口元を緩める私は、僅かな時間その場に立ち竦んでいた。

 無意識に細指を下唇に当て、先ほど重なり合った柔らかい感触を思い出すようにしながら。
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