アンダーヒューマン

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二話――《太平歴》

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「あぁ……裂真先輩が養成所に連れていかれて一年、か」

 グレーの制服、紺色の丈の短いスカートに身を包んだ私は校舎の窓際から晴天の青空を見上げ、ポツリと呟く。
 入学式での出会いから一年と少し経った現在。
 あれから、多少の交流はあったものの、裂真を含む一部の高等部三年生は、昨年から実技試験を兼ねて一年もの間、指定の養成所へと連れていかれていたのであった。そのため、私の乙女心は見事にぶり返していた。
 ちらりと視線を黒板の方へ向けると、髭を生やした中年軍服姿の教師が《太平歴》について黙々と話をしている。

「えー、であるからして、人類が初めて地球の心臓とも言える場所にまで脚を運ぶことに成功し、繭状の巨大精神物質体《コクーン》を発見することが出来たことにより、人々はその恩恵と共に進化を成し遂げたわけで、コクーンによって人々は未知なる力を貸してもらうことが出来たわけですね」

 視線を教室内へ向けると、みんな真剣に授業を受けている。一人、大きな欠伸をしている背の高い親友を除いて。
 しかし、教師はそんな彼女のことを気にする様子もなく話し続けている。

「これは大いなる変革をもたらすことで人類にとって、とても喜ばしいこととなりました。それによって発見された日と場所にちなんで《太平歴》と名付けられたことは皆さんもご存じだと思いますが……」

 その時、終了のチャイムが校内に鳴り響く。
 話し足りなそうにしていた教師は「ふぅ」と鼻で息をして自制すると、切り替えるように教本を閉じた。

「ここまでのようですね。では、本日の授業を終わります」
「起立、礼」

 私の隣で授業を受けていた生徒が終了の言葉を告げる。
 だが、私は動かない。
 教本を立てながら机にうなだれていた私はそのまま顔を横に向け、窓際の席から澄みきった空をぼんやりと見つめ、

「先輩に……会いたいなぁ」

 と、ぽつり、小さく呟いた。





 休み時間に入り、室内がざわつき始めた頃。

「沙織~、いるか~?」

 教室の机でうつ伏せに倒れこむ私の背中を叩く女性の声。その声色は深くて重いハスキーボイスの女性、一宮杏子いちみやきょうこと特定する。
 しかし、振り返って応答する元気もなく、机に両手を伸ばし、うな垂れる姿を晒す私の気持ちは憂鬱。

「ったく、いつまでしょげ暮れてんだ? もう一年だぞ? 一年。少しは元気出さないと裂真先輩に合わせる顔がなくなるぞ~?」

 身長百八十センチほどある長身と、琥珀色に染めた長くて天然パーマが混じった髪。普段から鋭い強面な表情である杏子は私の横に来るや否や、屈みこみ、頭をポンポンと何度も平手で小突いてくる。

「うーっ」

 杏子との出会いは高校一年の入学式の時だった。当時、杏子は金髪で入学式早々に遅刻。体育館へ乱入する姿を全校生徒が目撃していた。入学式初日に遅刻してきた杏子は担任になるであろうと思われる教員にこっぴどく怒られていたが、教室の割り当てがされ、いざ教室に入ると、何故か私が怒られていた。――何故?

 当時の自分の姿を顧みる。金髪ロングヘアーの碧眼。そう、杏子と間違われていたのである。杏子と違い、私は両親が西洋人であるため、この容姿。決して染めてなどいない。
 でも、その縁もあって杏子と出会うことが出来、そこから今までの一年と少しの間、親友のような付き合いを始めるのであった。

「ああ、そういえば。そろそろあたしたちも十七になるよな? ということは、もしかすると裂真先輩と会えるかもしれないぜぇ?」

 杏子の言葉に私は顔を上げ、一気に目を覚ます。

 そうなのである。太平暦百五十六年の現在。日本国の軍人を目指しているシム養成学校では、十七歳になると日本国五か所に設置してある最寄りの国指定養成所へ一年もの間、入らされるのである。

 理由は国家機密のため、まだ知らされていない。

 恐らく、諸先輩方を見る限り、普通の軍人育成ではないように思えるけれど、それでも裂真先輩と会えるのなら願ってもない。

 どんな試験でも乗り切ることができるはず。
 沈んだ私の心に蔓延る暗雲は一気に吹き抜け、晴天の空へと様変わりする。
 嬉しさを滲ませながら、碧眼を輝かせる私は杏子の手を握り、

「ありがとう! 杏子。私、やる気が出てきたみたい!」

 私の扱い方を熟知している杏子は立ち上がると、ニヤリと笑みを浮かべる。
 そんな時だった。教室前の廊下から教師の声が聞こえてくる。

「九条~、九条沙織はいるか~?」

 教室の入口へ目を向けると指導教官が私を手招きしている。咄嗟に自分を指さし、「私?」と小声で小首を傾げながら訊き返す。

「早く来なさい」
「は、は~い」

 私は言われるがまま、小走りで指導教官の後を追いかけて行った。
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