アンダーヒューマン

ガム

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十五話――《一通の怪文書》

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「それにしても沙織。行動するのは休戦時間帯とか、前に言っていなかったか?」

 両手で頭の後頭部を支えるようにしながら欠伸をかます杏子は間抜け面。白昼堂々と路上の中央を歩くチーム『一期一会』は根城としていた建物を降り、周囲を警戒しながら目的の場所へと赴いていた。
 といっても、警戒していたのは私と潤君の二人だけで極度の不安症の琴葉は私の後ろに隠れるようにしながら歩いている。

「それなんだけど、実はさっきまで琴葉と一緒にガイドブックを見ていて、気づいたことがあるの」
「気づいたこと?」
「うん。それは私達四人のガイドブックに共通して分かり易く表示されている場所が十数か所存在するということ。――これを見てちょうだい」

 私は杏子に分かるように手持ちのガイドブックの地図全容が描かれたページへと捲り、指を差し示しながら説明を始めた。

「私達が今いる場所は、中央の天まで聳え立つセントラルタワーを中心に、南西方面に無数存在する建造物の集合地帯、《アペル》。そして北東方面はここよりも大きく表示された大都市、《エビメロス》という場所があるわ。基本的に主要都市はこの二か所ね」
「ということは、今からそのエビメロスって街へ向かおうとしているってことだな?」

 杏子の問いかけに私は首を横に振る。

「確かにそこへは行きたいのだけど、少し問題があって――」

 琴葉の方へ目線を向ける私は歩調を琴葉に合わせて肩にそっと手を当てる。

「実は、この街のはずれ。――北の荒野と東の砂漠地帯で無差別殺人が昨日起きたのは知っているわよね?」
「ああ……」

 その被害者の一人が琴葉であり、潤君でもある。
 沸々と怒りが込み上げてくる私は感情を押し殺しながら、

「恐らく、無知な初心者を狙った組織が複数存在すると仮定した時、北西と南東の何処かにそのグループの根城があるはずなのよ」
「確かに、理由は分からないが、管理者側があたしたちを放り出したのは西のゲートだったよな?」
「うん。みんな西門から出されていたのを私は記憶しているわ」
「つまるところ、セントラルタワーには東西にしか出入りする場所はなく、その周囲には東西南北にセントラルタワーを囲うような形で歪な防衛施設が点在している。厳密にいえば、私達はその防衛施設の西門ゲートを通過して外に出されたわけだけど……」

 そう言い残し、言葉を詰まらせる。しかし、杏子は何食わぬ表情を見せ、

「んで? あたしたちは今から何処へ向かおうっての?」

「それは私から」と琴葉は言い、立ち止まると――
「これを見てください」と小さく呟いた後、手に握っていた一枚のメモ用紙をゆっくりと広げた。


《君を探していた。訳あってその理由は言えないが、俺のことを信用して聞いて欲しい。これより西。アペルの外れに一人、信用できる仲間を派遣した。そいつを頼って俺たちがいるレジスタンスまで来て欲しい》


「なんだぁ? このラブレターみたいな文章は。あからさまに怪しいだろ?」

 潤が覗き込むようにメモ用紙を見ている。

「だなぁ。しかもレジスタンスってことは、管理者と対抗している反逆者たちってことだろ? 危険なんじゃねぇの?」

 杏子が同調する。しかし――。

「いや、待てよ。でも、そいつは琴葉のことを助けてくれたんだろ? 少しは信用できる奴なのかも」
「お前は考えがあめぇな! こういうのにはきっと裏があるんだよ。例えば、初めは優しく接していて後から狼になるような――」と杏子が言いかけ、
「頭がメルヘンでいいよな? 杏子は」

 辛口で潤が煽る。

「んだと、テメェ! あたしに喧嘩売ってんのか⁉ あぁんッ⁉」
「今頃気づいたのか」
「上等だ! ボコボコにしてやんよ!」

「やめてください‼」

 二人が言い合う中、琴葉が蚊細い声を大にして叫んだ。

「そうよ。今は仲間割れしている場合じゃないの」

 落胆混じりの息を洩らす私は、再度、ガイドブックへ指を差し、

「で、その手紙の内容を考えると、琴葉のことを以前から知っていて尚且つ必要としていると思うの。レジスタンスとも書いてあるから、勧誘目的なのは間違いなさそうね」
「玖珂塚光一先輩からの勧誘ってか?」

 杏子が不敵な笑みを作り、こちらを見つめてくる。
 その視線から、何が言いたいのか直ぐに理解したが、今優先すべきは会うか・会わないか。
 右手を口元へ持っていき、碧眼を細めながら、

「やっぱり少し、気になるわね」
「手紙の真意も気になりますし、会って損はないと思います!」

 静かに答える私の横で、琴葉は真面目な顔をして力説した。
 そんな琴葉の正面に、視界を覆うように真っすぐと潤の手が伸びる。

「おい、雑談はここまでのようだぞ?」

 潤は、話しながらも警戒を怠っていない。集中し、数百メートルに渡って異変が無いか気を張り巡らせていた。
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