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一 引張り強さ
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○富士演習場
富士山麓の広大な原野。夏、天気は晴れ。二つのテントの下にテーブルが並ベられ、その上に雑然とノートパソコンが置いてある。折りたたみの椅子もある。真世(二十才女性、主人公)が女性A(二十才、真世の研究仲間)と配線をいじって試験の準備をしている。そこに、クレーン付きトラックが戻ってくる。運転席のドアが開き、野島(二十一才男性、真世の先輩)が降りてくる。助手席からは記者(二十代男性)が降りてくる。真世は野島に話しかける。
真世「おかえりなさい。どうでした?」
野島「試験装置をちゃんと穴に設置したよ。電源車は正常。カメラも正常でしょ」
真世「ええ。ばっちり見えてます。みなさん、一休みしましょう。試験はそのあとで」
野島たちは飲み物を飲んで一休みしている。真世は飲みながらノートパソコンを操作している。
記者「(真世に)なんで、試験装置からこんなに離れてるんですか?」
真世「耳栓したくないからですよ」
記者「(耳を人差し指でふさいで見せて)耳栓ですか……」
真世はうなずく。
記者「試験装置に入っているフライホイールというのは回転させて遊ぶコマに例えていましたね」
真世「そうですよ。コマを高速でぶん回すのと同じです」
記者「コマを高速でぶん回すためには、何が重要ですか?」
真世「高速でぶん回すと、コマが外に引っ張られるので、引っ張る力に耐える素材が重要です」
記者「その素材はどうやって手に入れたんですか?」
真世「われわれの研究所で製造・加工してます。世界一の性能ですよ」
記者「世界一の性能なら、他にも使い道がありそうですね」
真世「面白い使い道として、静止軌道エレべーターのケーブルというのもあります」
記者「ん? 静止軌道……」
真世「静止軌道は赤道上空三万六千キロです。テレビのBSを放送する静止衛星が浮いてますよ」
記者「静止衛星に届くタワーを作るんですか?」
真世「長い長い静止衛星を作るんです」
記者「静止衛星は赤道上空の静止軌道に浮いている……」
真世「その静止衛星からケーブルを伸ばして地球につなげるんです」
記者「静止衛星に届くタワーでなく、地球に届く長い長い静止衛星を作るんですか?」
真世「そうゆう話もありますが、国際法が整備できてないので、まだ先の話です」
記者「話を戻して、フライホイールは蓄電池でもあるとか」
真世「ええ。電気エネルギーを回転エネルギーに変えて保存します」
女性A「世界記録を百として今回はいくつまで行くかしら」
記者「百五十ぐらいですか?」
真世「いやあー、期待しすぎですよ」
野島「じゃあ、今回の目標は?」
真世「ズバリ、百十です」
記者「分かりました。百十以上で成功ですね」
真世「はい。がんばります。みなさん、そろそろ試験、始めます」
全員、白いヘルメットをかぶる。真世がノートパソコンを操作して、フライホイール蓄電池試験を開始し、蓄電池に電力エネルギーを入れる。数値がノートパソコンに表示される。数値は、世界記録を百とするエネルギー密度を表す。五十で始まった数値は長い時間がかかって百を超える。
女性A「百一」
真世「まだまだ行くよー」
さらに時間がたち目標の数値に近づく。
女性A「百九」
真世「ぶちぬけええええ!」
さらに時間がたつ。
女性A「百十」
真世「よし! どんどん、ぶちぬけええええ!」
さらに時間がたつ。
女性A「百十一」
真世「もっともっと、ぶちぬけええええ!」
野島「あっ!」
試験装置が大爆発した様子が画面に映る。記者以外の三人は一斉に耳をふさぐ。
記者「え? 何?」
「ドーン」と爆発音が届く。
記者「うわー、びっくりしたああ」
爆発音が去る。真世、野島、女性Aは喜んでいる。女性Aは真世に話しかける。
女性A「目標達成おめでとう」
真世「ありがとう」
記者「あ、あのー、大爆発したみたいですけど、いいんですか?」
真世「爆発する前に、どれだけエネルギーが入れられるかを試験しているんです。前回は百のエネルギーで爆発しましたが、今回は百十一までエネルギーを入れられました」
記者「じゃあ、爆発が大きいほど大成功ってことですか?」
真世「そうです。風船をどれだけ大きくふくらませるか、破裂するまで試験していると思ってください」
記者「なんとなく、イメージが伝わりました」
野島「(真世に)高速度カメラも撮れてるよ」
真世「了解、帰ってから確認します。みなさん、そろそろ撤収です」
四人はテントをたたみ始める。
○研究所の会議室
イギリスからの男性客二人が、真世に会うため、大学の研究所に来ている。一人は英国の大学で、真世と静止軌道エレべータ用ケーブルの研究をしている仲間で、二十代のイギリス人男性A。もう一人は「一般人の宇宙旅行実現を志し、宇宙旅行協会を設立」した会長で五十代男性英国人。
会長「ここに、静止軌道エレべータ建設に必要なケーブルのカギをにぎる人がいるんだね」
男性A「はい。真世さんは引っ張る力に耐える材料を加工するのが得意なんです。その材料を使ったフライホイール蓄電池でエネルギー密度世界記録をまた更新しました」
会長「君は大学で真世さんと静止軌道エレべータ用ケーブルを研究しているんだったね」
男性A「はい。真世さんの技術はすばらしいので、静止軌道エレべータを作るなら真世さんに協力してもらうのが一番の近道ですよ」
真世が会議室に入ってくる。
真世「お待たせしました」
男性A「こんにちは。(会長を指して)こちらの方が宇宙旅行協会の会長です」
会長「はじめまして。リチャードです。私は宇宙旅行を多くの人に体験してもらいたいので、宇宙旅行協会を設立しました。国に頼らず民間の力で宇宙旅行を実現しようとしていたところ、静止軌道エレべータを知り、建設を目指すことにしました。ぜひ、静止軌道エレべータ建設に協力してください」
真世「民間の力で静止軌道エレべータを作るんですね」
会長「そうです。国際法の問題もありますが、乗り越えて宇宙旅行を実現させましょう」
真世は回想する。
× × ×
○研究所の会議室
真世が居る大学の研究所に、静止軌道エレべータ建設を目指す国際機関の代表が来ている。名はアンヌ、三十代女性フランス人。
アンヌ「静止軌道エレべータには国際法が必要。われわれがエレべータのための条約を作っています。常識的に考えて、われわれ以外はエレべータを使用できないのだから、協力しなさい」
真世「多くの人に技術を使ってもらいたいので、国際機関に技術を独占されてしまうのは……」
アンヌ「他では使えないのだから、われわれが独占的に使っても何の問題もないはず」
真世「(権力は腐敗する。『独占』という言葉には抵抗が……)」
アンヌ「いつまでも、返事を先送りできると思わないで!」
× × ×
真世「(常識的に考えたら国際機関が作る……が、会長は困難を乗り越えて宇宙旅行を目指す)」
真世「協会に協力するというのは、技術を独占することも含まれるのかしら」
会長「独占までは考えていません。しかし、行く手を阻む者との取引材料として使いたいです」
真世「技術を取引材料にするのは……」
会長「分かりました。きょうはこの辺で失礼します。いずれまた伺います。ありがとうございました」
○研究所の休憩室
野島が座って飲み物を飲んでいる。真世が歩いてきて野島に話しかける。
真世「先輩、相談していいですか?」
野島「ん? どうしたの?」
真世「静止軌道エレべータのケーブル技術なんですけと、民間の宇宙旅行協会からもお誘いが来て、どうするかなあって」
野島「国際機関からも言われてたよね」
真世「ええ。国際法を作るわれわれ以外は静止軌道エレべータを作れないし使えないから技術を独占させろ、って」
野島「宇宙旅行協会は何て言ってるの?」
真世「国際法の問題を乗り越えて宇宙旅行を実現させるために、技術を取引材料としても使いたい、です」
野島「民間が公共の静止軌道を使うための秩序が必要なのは確かだけど……公的な組織が秩序を仕切るべきかな?」
真世「例えば公共の電波を公的な組織が独占させて食い物にするとか、どこでもある話よ」
野島「独占して食い物にする側になる気はないんだよね」
真世「技術を多くの人に使ってもらいたいの。独占はイヤ」
野島「技術を取引材料にして、独占しないようにするとか?」
真世「協会と取引すればできそうな気が……」
野島「じゃあ、国際機関は断らないと」
真世「ああ、アンヌに会いたくないなあ……そうだ学会で発表しちゃおうか」
野島「今度の静止軌道エレべータ学会なら国際機関も来るだろうから、間接的に断ることになるね」
真世「問題は、何と言うか……」
○学会発表の壇上
日本で行われている静止軌道エレべータ学会で真世がケーブルの加工技術をフライホイール蓄電池試験の結果を含め発表している。発表が終盤になる。
真世「最後に、この技術は…………多くの人に使ってもらいたいです。国際機関以外も含め多くの人に。ありがとうございました」
会場から拍手が起こり、真世は一礼して壇上を去る。
○国際機関代表の部屋
三十代日本人男性Bがアンヌに報告している。
男性B「学会での真世さんですが『この技術は多くの人に使ってもらいたい。国際機関以外も含め多くの人に』、と発表しました」
アンヌ「国際機関の誘いを断ったってことね!」
男性B「技術の独占はダメってことですかね」
アンヌ「国際機関以外が作るなんてことは」
アンヌは怒って受話器を取り、電話を操作している。
男性B「誰に電話するんですか?」
アンヌ「真世に決まってるわ。(受話器に)もしもし、アンヌよ覚悟しなさい!」
「ガチャッ」とアンヌは受話器を置く。
○東京の道路
真世はタクシーを拾うため手をあげる。タクシーが止まり、ドアが開き、運転手が話しかける。
運転手「はい、どうぞ」
真世と野島はタクシーに乗り込む。
真世「東京駅」
運転手「東京駅ですね。コースは任せてもらえますか?」
真世「ええ、お任せします」
運転手「では、おやすみなさい」
運転手はガスマスクをつける。真世と野島に向かって「シュー」という音とともにガスが放たれる。
真世「(覚悟って、このこと……。死ぬ? ……いや……それはない……か……)」
真世と野島は眠ってしまった。気がつくと真世は二人を乗せたタクシーの上に浮いている。不思議なことにタクシーの中が見え、真世自身の姿が見えている。次の瞬間、真世は暗いトンネルを高速で進んでいる。トンネルを抜けると光りあふれる場所に着く。
○光りあふれる場所
おばあちゃんが笑顔で立っている。
真世「(なんで死んだおばあちゃんが? ……戻らなきゃ)」
真世は暗いトンネルを高速で戻っている。トンネルを抜け、マリーナに着く。
○マリーナ
二人を乗せたタクシーが止まっている。体外離脱中の真世は空中に浮いている。
真世「(いま体に戻っても、体は眠らされている。戻らず様子を見た方がいいわ)」
真世と野島は車いすにのせられ、四十五フィートの船に移される。船はマリーナから海へ出発する。
○海上
船は長いこと走り続ける。やがて、船はとまり、イカリを下ろす。
○船の一室
真世と野島がべッドで寝ている。アンヌが野島のとなりに座った。体外離脱中の真世も部屋にいる。野島が目を覚ます。それを見ていたアンヌが話しかける。
アンヌ「おはようございます」
野島「あ、おはようございます」
アンヌ「私の名はアンヌ、静止軌道エレべータ建設を目指す国際機関の代表です」
野島「野島です。はじめまして」
アンヌ「手荒なことをして、ごめんなさい。船の中を案内するわ。起きて歩けるかしら」
野島「(船の中?)」
野島はべッドから出て、立つ。
野島「歩けます」
真世(体外離脱中)「(アンヌが誘惑? いやいや、先輩には通用しない!)」
アンヌと野島は部屋を去る。
真世「(信じて待つ)」
○船の甲板
空は晴れていて、海の波は少ない。二人は海に向かって立っている。アンヌは野島に語りかける。
アンヌ「静止軌道エレべータのある社会は人の活躍場所を広げます。新しい活躍場所のための新しい権利と義務を作りたい。でも、権利を主張する人ばかりで時間がかかっている」
野島「新しい活躍場所、例えば私が静止軌道で活躍したい場合、どうしましょう」
アンヌ「国際機関に任せれば、近いうちに活躍できます」
野島「(アンヌの顔を見て)本当?」
アンヌ「(野島の顔を見て笑顔で)できるだけ早く」
野島「(アンヌの片手を両手で握って笑顔で)すばらしい」
アンヌ「国際機関が条約をまとめます。権利が守られ、義務が果たされる理想の宇宙社会を目指しましょう」
野島「(権利を主張する人が多いと、まとまらない。国際機関に一任すれば権利の主張を代行してまとめます、ってことか。常識的な方法なんだろうが……真世は独占を嫌っていた)」
野島「真世はまだ起きてないのかな?」
アンヌ「さあ、王子様のキスで目が覚めるのかも」
野島とアンヌは元の部屋に戻る。
○船の一室
真世がべッドで寝ている。野島が真世の顔に近づいたところで、体外離脱中の真世が肉体に戻り、目覚める。
真世「先輩。ここは、どこ?」
野島「ここは、船の中。僕たちはアンヌさんに誘拐されたんだよ」
アンヌ「王子様のキスで目が覚めてもらおうと思ったのに、残念ね」
真世「キューピットに転職したんですね。技術の話ができなくなって残念だわ」
アンヌ「大丈夫よ。今から技術の話をするから。エレべータのケーブル技術はもう取引先が決まったの?」
真世「ノーコメントよ」
アンヌ「国際機関以外とは取引しないで。話を面倒にしたくないの」
野島「どう、面倒になるんですか?」
アンヌ「たとえば、A国と取引して、A国がエレべータを作ったら、義務を果たさずに権利を主張しだすに決まってるわ」
真世「その権利と義務のバランスが悪いから『月協定』は死んでるのよ」
アンヌ「月協定のときとは、体制が違うわ。新しい体制で発言者を絞り込んだのに技術をばらまいたら、また発言者が増えて面倒になっちゃう」
真世「独占契約をしたいなら、信頼されるようにしなさいよ」
アンヌ「やさしく接しているときに逆らうから、厳しい態度にしてみたのよ」
野島「これ以上、話し合っても無駄なようですから、真世と二人で相談してもいいですか?」
アンヌ「そうね、私は部屋を出るから、しっかり相談してね」
アンヌが部屋を出る。野島は真世の耳に口を近づける。
野島「(小声で)盗聴されてる可能性があるから、小声で話そう」
真世「うん。分かった」
野島「考えたんだけど、今、大事なのは軟禁状態から脱出することじゃないかな。そのため、契約するとウソをついて船から降ろしてもらうのはどう?」
真世「脱出するのは賛成だけど、契約するとウソをつくのはイヤ!」
野島「でも、ほかに脱出する方法があるかなあ?」
真世「先輩が小型船舶の知識があることをアンヌは知らないと思うの。そこを利用できないかしら」
野島「敵を倒して、操縦して帰る?」
真世「先輩には敵を倒せないから……船を沈めるのは?」
野島「まあ、沈んだら海上保安庁が助けに来てくれるけど……」
真世「何で沈んだ場所が分かるの?」
野島「イパーブっていう海上保安庁に通報してくれる無線機がこの船についてたからね」
真世「じゃあ……」
小声の相談は続く。
野島「(少し大きな声で)それは無茶だよ!」
真世「先輩。声が大きい」
野島「そこまでしなくても……」
真世「そこまでして、脱出しないと、アンヌになめられちゃうでしょ!」
○船のサロン
アンヌと男二人がくつろいで飲み物を飲んでいる。真世たちがいる部屋から大声が聞こえる。
野島「火事だ!」
野島が部屋からサロンに出て叫ぶ。
野島「水を持ってきて!」
アンヌと男二人はあわただしく動く。
○船の一室
上半身下着姿の真世がクッションで、燃えている真世の服を消そうとしている。真世は既に左腕をやけどしている。男二人が入ってくる。
男性B「ここはわれわれにまかせて、真世さんはやけどの手当てを」
真世「ありがとう」
真世は部屋を出る。
○船のサロン
アンヌが真世の左腕に薬を塗っている。
真世「いたい!」
アンヌ「大人なんだから、がまんしなさい」
真世「子供だから、がまんできない」
アンヌ「子供だったら、泣いてもいいわよ」
真世「もっとやさしく塗れないの」
アンヌ「生意気な人にはやさしくしないの。だいたい、何で火事になるのよ」
真世「船を沈めたいからよ」
アンヌ「あなたも一緒に沈む作戦?」
真世「冗談よ」
アンヌ「つまらない冗談のために、腕に痕が残ってウエディングドレスが着られなくなるのね」
男性Bがサロンに来て、アンヌに話しかける。
男性B「火事は消しました」
アンヌ「ご苦労様、真世の手当ても終わったわ」
真世「呼び捨てにしないでよ」
アンヌ「生意気なこと言ってると、服を貸さないわよ。燃えちゃったんでしょ」
真世「借りたいなんて、言ってないわ」
アンヌ「じゃあ、貸さないわ。そんなことより、火事の原因を教えなさいよ」
野島「その前に、皆さんに発表することがあります。僕と真世は婚約しました」
アンヌ「婚約? 国際機関と契約する相談じゃないの?」
野島「これから先、何が起きるか分からないので、伝えるベきことを伝えようと決心しました」
アンヌ「二人の婚約を私たちが知る必要があるの?」
野島「二人は一緒に行動します、っていう宣言です」
アンヌ「(火事、婚約発表……何か隠している。ウソの婚約?)」
アンヌ「じゃあ、二人がキスをして、祝福の拍手を受ける、ってのはどう?」
真世「(想定外だ、どうしよう……)」
アンヌ「あら、ごめんなさい。ウソの婚約なのに、キスを強要させちゃったみたいね」
野島「国際機関との契約の話と、キス。どっちを優先しますか?」
アンヌ「(婚約はウソね)」
アンヌ「キス優先で」
野島と真世はお互いの顔をみる。野島と真世はドキドキしている。
野島「真世」
野島はすこしずつ真世に顔を近づけた。真世は目を閉じた。
アンヌ「キス中止! 契約の話を先にして」
真世「何で中止なのよ!」
アンヌ「意地悪になってないからよ」
野島「真世、国際機関との契約の話を伝えて」
真世「私の技術を独占する契約はお断りします」
アンヌ「そのバチが当たって、やけどしてしまったのね。かわいそうに」
真世「アンヌもかわいそうなのよ。やっと捕まえた二人に逃げられちゃうのよ」
アンヌ「あら? あなたたち、ここから泳いで逃げるの?」
真世「いいえ! 空を飛ぶの!」
アンヌ「ハハハハ」
野島「脱出しても、誘拐されてたことは、内緒にしておきます。安心してください」
アンヌ「あら、ありがとう。助かるわ」
汽笛の音がする。みんなが外に出る。
○船の甲板
海上保安庁のでかい船がこちらに向かっている。
船長「あれ、何でこっちに来るのかな?」
野島「船長はどなたですか?」
船長「私ですが」
野島「すみません。いい忘れてましたが、さっきの火事のとき、イパーブのスイッチを入れました」
アンヌ「船長、イパーブって何?」
船長「海上保安庁に助けを求める無線機です」
アンヌ「(助けを求めるための火事として、婚約は何の意味が……)」
海上保安庁の職員(男性)が船に乗り込む。
職員「船長はどなたですか?」
船長「私が船長です。先ほど火事があってイパーブを使ったのですが、火事は消し止めました。お騒がせしてすみません」
職員「(上半身が下着の真世を見て)この女性はやけどをしていますね」
船長「はい、応急手当はしました」
職員「免許証を見せてください。自力で航行できますか?」
船長「はい、機関は無傷です」
船長は職員に船舶操縦免許証を見せる。
野島「船長。彼女のやけどの手当をお願いできないですか?」
真世「(職員に)すみません、火事でやけどしました」
職員「こっちの船で手当て……いや、ヘリで病院に搬送しましょう」
船長「いや、ご迷惑になってしまいますが……」
職員「女性の肌に傷を残さないのもわれわれの仕事です。気になさらないでください」
真世「婚約者に付き添って欲しいんですが」
野島「すいません、付き添っていいですか」
職員「いいですよ」
アンヌ「(火事……婚約……やけど……服を借りない……すベて脱出作戦につながっている……)」
野島「お世話になります。よろしくお願いします」
職員「船長、二人を連れて行きますが、よろしいですね」
船長「(傷病者を渡さない方法は……ない)」
船長「はい、よろしくお願いします」
アンヌ「(私なら脱出のために、やけどをするかしら……。脱出のためにやけどするバカ者を味方にするには……)」
海上保安庁のでかい船からヘリコプターが飛び立つ。残った者はそれを見ている。
アンヌ「空を飛んで脱出……か」
○次話へ続く。作者コメント
シナリオ形式が馴染めない方も多いとは思いますが、自分が声優になったつもりで楽しんで頂きたいです。
漫画家の皆さんはネーム素材として「こんな漫画」にしてみよう……とか、楽しんで頂きたいです。
本の良いところは、難しいとこを読み飛ばしたり、でも、読み直したり、それが気軽なとこ。
次話は気軽に読み飛ばしてください。
富士山麓の広大な原野。夏、天気は晴れ。二つのテントの下にテーブルが並ベられ、その上に雑然とノートパソコンが置いてある。折りたたみの椅子もある。真世(二十才女性、主人公)が女性A(二十才、真世の研究仲間)と配線をいじって試験の準備をしている。そこに、クレーン付きトラックが戻ってくる。運転席のドアが開き、野島(二十一才男性、真世の先輩)が降りてくる。助手席からは記者(二十代男性)が降りてくる。真世は野島に話しかける。
真世「おかえりなさい。どうでした?」
野島「試験装置をちゃんと穴に設置したよ。電源車は正常。カメラも正常でしょ」
真世「ええ。ばっちり見えてます。みなさん、一休みしましょう。試験はそのあとで」
野島たちは飲み物を飲んで一休みしている。真世は飲みながらノートパソコンを操作している。
記者「(真世に)なんで、試験装置からこんなに離れてるんですか?」
真世「耳栓したくないからですよ」
記者「(耳を人差し指でふさいで見せて)耳栓ですか……」
真世はうなずく。
記者「試験装置に入っているフライホイールというのは回転させて遊ぶコマに例えていましたね」
真世「そうですよ。コマを高速でぶん回すのと同じです」
記者「コマを高速でぶん回すためには、何が重要ですか?」
真世「高速でぶん回すと、コマが外に引っ張られるので、引っ張る力に耐える素材が重要です」
記者「その素材はどうやって手に入れたんですか?」
真世「われわれの研究所で製造・加工してます。世界一の性能ですよ」
記者「世界一の性能なら、他にも使い道がありそうですね」
真世「面白い使い道として、静止軌道エレべーターのケーブルというのもあります」
記者「ん? 静止軌道……」
真世「静止軌道は赤道上空三万六千キロです。テレビのBSを放送する静止衛星が浮いてますよ」
記者「静止衛星に届くタワーを作るんですか?」
真世「長い長い静止衛星を作るんです」
記者「静止衛星は赤道上空の静止軌道に浮いている……」
真世「その静止衛星からケーブルを伸ばして地球につなげるんです」
記者「静止衛星に届くタワーでなく、地球に届く長い長い静止衛星を作るんですか?」
真世「そうゆう話もありますが、国際法が整備できてないので、まだ先の話です」
記者「話を戻して、フライホイールは蓄電池でもあるとか」
真世「ええ。電気エネルギーを回転エネルギーに変えて保存します」
女性A「世界記録を百として今回はいくつまで行くかしら」
記者「百五十ぐらいですか?」
真世「いやあー、期待しすぎですよ」
野島「じゃあ、今回の目標は?」
真世「ズバリ、百十です」
記者「分かりました。百十以上で成功ですね」
真世「はい。がんばります。みなさん、そろそろ試験、始めます」
全員、白いヘルメットをかぶる。真世がノートパソコンを操作して、フライホイール蓄電池試験を開始し、蓄電池に電力エネルギーを入れる。数値がノートパソコンに表示される。数値は、世界記録を百とするエネルギー密度を表す。五十で始まった数値は長い時間がかかって百を超える。
女性A「百一」
真世「まだまだ行くよー」
さらに時間がたち目標の数値に近づく。
女性A「百九」
真世「ぶちぬけええええ!」
さらに時間がたつ。
女性A「百十」
真世「よし! どんどん、ぶちぬけええええ!」
さらに時間がたつ。
女性A「百十一」
真世「もっともっと、ぶちぬけええええ!」
野島「あっ!」
試験装置が大爆発した様子が画面に映る。記者以外の三人は一斉に耳をふさぐ。
記者「え? 何?」
「ドーン」と爆発音が届く。
記者「うわー、びっくりしたああ」
爆発音が去る。真世、野島、女性Aは喜んでいる。女性Aは真世に話しかける。
女性A「目標達成おめでとう」
真世「ありがとう」
記者「あ、あのー、大爆発したみたいですけど、いいんですか?」
真世「爆発する前に、どれだけエネルギーが入れられるかを試験しているんです。前回は百のエネルギーで爆発しましたが、今回は百十一までエネルギーを入れられました」
記者「じゃあ、爆発が大きいほど大成功ってことですか?」
真世「そうです。風船をどれだけ大きくふくらませるか、破裂するまで試験していると思ってください」
記者「なんとなく、イメージが伝わりました」
野島「(真世に)高速度カメラも撮れてるよ」
真世「了解、帰ってから確認します。みなさん、そろそろ撤収です」
四人はテントをたたみ始める。
○研究所の会議室
イギリスからの男性客二人が、真世に会うため、大学の研究所に来ている。一人は英国の大学で、真世と静止軌道エレべータ用ケーブルの研究をしている仲間で、二十代のイギリス人男性A。もう一人は「一般人の宇宙旅行実現を志し、宇宙旅行協会を設立」した会長で五十代男性英国人。
会長「ここに、静止軌道エレべータ建設に必要なケーブルのカギをにぎる人がいるんだね」
男性A「はい。真世さんは引っ張る力に耐える材料を加工するのが得意なんです。その材料を使ったフライホイール蓄電池でエネルギー密度世界記録をまた更新しました」
会長「君は大学で真世さんと静止軌道エレべータ用ケーブルを研究しているんだったね」
男性A「はい。真世さんの技術はすばらしいので、静止軌道エレべータを作るなら真世さんに協力してもらうのが一番の近道ですよ」
真世が会議室に入ってくる。
真世「お待たせしました」
男性A「こんにちは。(会長を指して)こちらの方が宇宙旅行協会の会長です」
会長「はじめまして。リチャードです。私は宇宙旅行を多くの人に体験してもらいたいので、宇宙旅行協会を設立しました。国に頼らず民間の力で宇宙旅行を実現しようとしていたところ、静止軌道エレべータを知り、建設を目指すことにしました。ぜひ、静止軌道エレべータ建設に協力してください」
真世「民間の力で静止軌道エレべータを作るんですね」
会長「そうです。国際法の問題もありますが、乗り越えて宇宙旅行を実現させましょう」
真世は回想する。
× × ×
○研究所の会議室
真世が居る大学の研究所に、静止軌道エレべータ建設を目指す国際機関の代表が来ている。名はアンヌ、三十代女性フランス人。
アンヌ「静止軌道エレべータには国際法が必要。われわれがエレべータのための条約を作っています。常識的に考えて、われわれ以外はエレべータを使用できないのだから、協力しなさい」
真世「多くの人に技術を使ってもらいたいので、国際機関に技術を独占されてしまうのは……」
アンヌ「他では使えないのだから、われわれが独占的に使っても何の問題もないはず」
真世「(権力は腐敗する。『独占』という言葉には抵抗が……)」
アンヌ「いつまでも、返事を先送りできると思わないで!」
× × ×
真世「(常識的に考えたら国際機関が作る……が、会長は困難を乗り越えて宇宙旅行を目指す)」
真世「協会に協力するというのは、技術を独占することも含まれるのかしら」
会長「独占までは考えていません。しかし、行く手を阻む者との取引材料として使いたいです」
真世「技術を取引材料にするのは……」
会長「分かりました。きょうはこの辺で失礼します。いずれまた伺います。ありがとうございました」
○研究所の休憩室
野島が座って飲み物を飲んでいる。真世が歩いてきて野島に話しかける。
真世「先輩、相談していいですか?」
野島「ん? どうしたの?」
真世「静止軌道エレべータのケーブル技術なんですけと、民間の宇宙旅行協会からもお誘いが来て、どうするかなあって」
野島「国際機関からも言われてたよね」
真世「ええ。国際法を作るわれわれ以外は静止軌道エレべータを作れないし使えないから技術を独占させろ、って」
野島「宇宙旅行協会は何て言ってるの?」
真世「国際法の問題を乗り越えて宇宙旅行を実現させるために、技術を取引材料としても使いたい、です」
野島「民間が公共の静止軌道を使うための秩序が必要なのは確かだけど……公的な組織が秩序を仕切るべきかな?」
真世「例えば公共の電波を公的な組織が独占させて食い物にするとか、どこでもある話よ」
野島「独占して食い物にする側になる気はないんだよね」
真世「技術を多くの人に使ってもらいたいの。独占はイヤ」
野島「技術を取引材料にして、独占しないようにするとか?」
真世「協会と取引すればできそうな気が……」
野島「じゃあ、国際機関は断らないと」
真世「ああ、アンヌに会いたくないなあ……そうだ学会で発表しちゃおうか」
野島「今度の静止軌道エレべータ学会なら国際機関も来るだろうから、間接的に断ることになるね」
真世「問題は、何と言うか……」
○学会発表の壇上
日本で行われている静止軌道エレべータ学会で真世がケーブルの加工技術をフライホイール蓄電池試験の結果を含め発表している。発表が終盤になる。
真世「最後に、この技術は…………多くの人に使ってもらいたいです。国際機関以外も含め多くの人に。ありがとうございました」
会場から拍手が起こり、真世は一礼して壇上を去る。
○国際機関代表の部屋
三十代日本人男性Bがアンヌに報告している。
男性B「学会での真世さんですが『この技術は多くの人に使ってもらいたい。国際機関以外も含め多くの人に』、と発表しました」
アンヌ「国際機関の誘いを断ったってことね!」
男性B「技術の独占はダメってことですかね」
アンヌ「国際機関以外が作るなんてことは」
アンヌは怒って受話器を取り、電話を操作している。
男性B「誰に電話するんですか?」
アンヌ「真世に決まってるわ。(受話器に)もしもし、アンヌよ覚悟しなさい!」
「ガチャッ」とアンヌは受話器を置く。
○東京の道路
真世はタクシーを拾うため手をあげる。タクシーが止まり、ドアが開き、運転手が話しかける。
運転手「はい、どうぞ」
真世と野島はタクシーに乗り込む。
真世「東京駅」
運転手「東京駅ですね。コースは任せてもらえますか?」
真世「ええ、お任せします」
運転手「では、おやすみなさい」
運転手はガスマスクをつける。真世と野島に向かって「シュー」という音とともにガスが放たれる。
真世「(覚悟って、このこと……。死ぬ? ……いや……それはない……か……)」
真世と野島は眠ってしまった。気がつくと真世は二人を乗せたタクシーの上に浮いている。不思議なことにタクシーの中が見え、真世自身の姿が見えている。次の瞬間、真世は暗いトンネルを高速で進んでいる。トンネルを抜けると光りあふれる場所に着く。
○光りあふれる場所
おばあちゃんが笑顔で立っている。
真世「(なんで死んだおばあちゃんが? ……戻らなきゃ)」
真世は暗いトンネルを高速で戻っている。トンネルを抜け、マリーナに着く。
○マリーナ
二人を乗せたタクシーが止まっている。体外離脱中の真世は空中に浮いている。
真世「(いま体に戻っても、体は眠らされている。戻らず様子を見た方がいいわ)」
真世と野島は車いすにのせられ、四十五フィートの船に移される。船はマリーナから海へ出発する。
○海上
船は長いこと走り続ける。やがて、船はとまり、イカリを下ろす。
○船の一室
真世と野島がべッドで寝ている。アンヌが野島のとなりに座った。体外離脱中の真世も部屋にいる。野島が目を覚ます。それを見ていたアンヌが話しかける。
アンヌ「おはようございます」
野島「あ、おはようございます」
アンヌ「私の名はアンヌ、静止軌道エレべータ建設を目指す国際機関の代表です」
野島「野島です。はじめまして」
アンヌ「手荒なことをして、ごめんなさい。船の中を案内するわ。起きて歩けるかしら」
野島「(船の中?)」
野島はべッドから出て、立つ。
野島「歩けます」
真世(体外離脱中)「(アンヌが誘惑? いやいや、先輩には通用しない!)」
アンヌと野島は部屋を去る。
真世「(信じて待つ)」
○船の甲板
空は晴れていて、海の波は少ない。二人は海に向かって立っている。アンヌは野島に語りかける。
アンヌ「静止軌道エレべータのある社会は人の活躍場所を広げます。新しい活躍場所のための新しい権利と義務を作りたい。でも、権利を主張する人ばかりで時間がかかっている」
野島「新しい活躍場所、例えば私が静止軌道で活躍したい場合、どうしましょう」
アンヌ「国際機関に任せれば、近いうちに活躍できます」
野島「(アンヌの顔を見て)本当?」
アンヌ「(野島の顔を見て笑顔で)できるだけ早く」
野島「(アンヌの片手を両手で握って笑顔で)すばらしい」
アンヌ「国際機関が条約をまとめます。権利が守られ、義務が果たされる理想の宇宙社会を目指しましょう」
野島「(権利を主張する人が多いと、まとまらない。国際機関に一任すれば権利の主張を代行してまとめます、ってことか。常識的な方法なんだろうが……真世は独占を嫌っていた)」
野島「真世はまだ起きてないのかな?」
アンヌ「さあ、王子様のキスで目が覚めるのかも」
野島とアンヌは元の部屋に戻る。
○船の一室
真世がべッドで寝ている。野島が真世の顔に近づいたところで、体外離脱中の真世が肉体に戻り、目覚める。
真世「先輩。ここは、どこ?」
野島「ここは、船の中。僕たちはアンヌさんに誘拐されたんだよ」
アンヌ「王子様のキスで目が覚めてもらおうと思ったのに、残念ね」
真世「キューピットに転職したんですね。技術の話ができなくなって残念だわ」
アンヌ「大丈夫よ。今から技術の話をするから。エレべータのケーブル技術はもう取引先が決まったの?」
真世「ノーコメントよ」
アンヌ「国際機関以外とは取引しないで。話を面倒にしたくないの」
野島「どう、面倒になるんですか?」
アンヌ「たとえば、A国と取引して、A国がエレべータを作ったら、義務を果たさずに権利を主張しだすに決まってるわ」
真世「その権利と義務のバランスが悪いから『月協定』は死んでるのよ」
アンヌ「月協定のときとは、体制が違うわ。新しい体制で発言者を絞り込んだのに技術をばらまいたら、また発言者が増えて面倒になっちゃう」
真世「独占契約をしたいなら、信頼されるようにしなさいよ」
アンヌ「やさしく接しているときに逆らうから、厳しい態度にしてみたのよ」
野島「これ以上、話し合っても無駄なようですから、真世と二人で相談してもいいですか?」
アンヌ「そうね、私は部屋を出るから、しっかり相談してね」
アンヌが部屋を出る。野島は真世の耳に口を近づける。
野島「(小声で)盗聴されてる可能性があるから、小声で話そう」
真世「うん。分かった」
野島「考えたんだけど、今、大事なのは軟禁状態から脱出することじゃないかな。そのため、契約するとウソをついて船から降ろしてもらうのはどう?」
真世「脱出するのは賛成だけど、契約するとウソをつくのはイヤ!」
野島「でも、ほかに脱出する方法があるかなあ?」
真世「先輩が小型船舶の知識があることをアンヌは知らないと思うの。そこを利用できないかしら」
野島「敵を倒して、操縦して帰る?」
真世「先輩には敵を倒せないから……船を沈めるのは?」
野島「まあ、沈んだら海上保安庁が助けに来てくれるけど……」
真世「何で沈んだ場所が分かるの?」
野島「イパーブっていう海上保安庁に通報してくれる無線機がこの船についてたからね」
真世「じゃあ……」
小声の相談は続く。
野島「(少し大きな声で)それは無茶だよ!」
真世「先輩。声が大きい」
野島「そこまでしなくても……」
真世「そこまでして、脱出しないと、アンヌになめられちゃうでしょ!」
○船のサロン
アンヌと男二人がくつろいで飲み物を飲んでいる。真世たちがいる部屋から大声が聞こえる。
野島「火事だ!」
野島が部屋からサロンに出て叫ぶ。
野島「水を持ってきて!」
アンヌと男二人はあわただしく動く。
○船の一室
上半身下着姿の真世がクッションで、燃えている真世の服を消そうとしている。真世は既に左腕をやけどしている。男二人が入ってくる。
男性B「ここはわれわれにまかせて、真世さんはやけどの手当てを」
真世「ありがとう」
真世は部屋を出る。
○船のサロン
アンヌが真世の左腕に薬を塗っている。
真世「いたい!」
アンヌ「大人なんだから、がまんしなさい」
真世「子供だから、がまんできない」
アンヌ「子供だったら、泣いてもいいわよ」
真世「もっとやさしく塗れないの」
アンヌ「生意気な人にはやさしくしないの。だいたい、何で火事になるのよ」
真世「船を沈めたいからよ」
アンヌ「あなたも一緒に沈む作戦?」
真世「冗談よ」
アンヌ「つまらない冗談のために、腕に痕が残ってウエディングドレスが着られなくなるのね」
男性Bがサロンに来て、アンヌに話しかける。
男性B「火事は消しました」
アンヌ「ご苦労様、真世の手当ても終わったわ」
真世「呼び捨てにしないでよ」
アンヌ「生意気なこと言ってると、服を貸さないわよ。燃えちゃったんでしょ」
真世「借りたいなんて、言ってないわ」
アンヌ「じゃあ、貸さないわ。そんなことより、火事の原因を教えなさいよ」
野島「その前に、皆さんに発表することがあります。僕と真世は婚約しました」
アンヌ「婚約? 国際機関と契約する相談じゃないの?」
野島「これから先、何が起きるか分からないので、伝えるベきことを伝えようと決心しました」
アンヌ「二人の婚約を私たちが知る必要があるの?」
野島「二人は一緒に行動します、っていう宣言です」
アンヌ「(火事、婚約発表……何か隠している。ウソの婚約?)」
アンヌ「じゃあ、二人がキスをして、祝福の拍手を受ける、ってのはどう?」
真世「(想定外だ、どうしよう……)」
アンヌ「あら、ごめんなさい。ウソの婚約なのに、キスを強要させちゃったみたいね」
野島「国際機関との契約の話と、キス。どっちを優先しますか?」
アンヌ「(婚約はウソね)」
アンヌ「キス優先で」
野島と真世はお互いの顔をみる。野島と真世はドキドキしている。
野島「真世」
野島はすこしずつ真世に顔を近づけた。真世は目を閉じた。
アンヌ「キス中止! 契約の話を先にして」
真世「何で中止なのよ!」
アンヌ「意地悪になってないからよ」
野島「真世、国際機関との契約の話を伝えて」
真世「私の技術を独占する契約はお断りします」
アンヌ「そのバチが当たって、やけどしてしまったのね。かわいそうに」
真世「アンヌもかわいそうなのよ。やっと捕まえた二人に逃げられちゃうのよ」
アンヌ「あら? あなたたち、ここから泳いで逃げるの?」
真世「いいえ! 空を飛ぶの!」
アンヌ「ハハハハ」
野島「脱出しても、誘拐されてたことは、内緒にしておきます。安心してください」
アンヌ「あら、ありがとう。助かるわ」
汽笛の音がする。みんなが外に出る。
○船の甲板
海上保安庁のでかい船がこちらに向かっている。
船長「あれ、何でこっちに来るのかな?」
野島「船長はどなたですか?」
船長「私ですが」
野島「すみません。いい忘れてましたが、さっきの火事のとき、イパーブのスイッチを入れました」
アンヌ「船長、イパーブって何?」
船長「海上保安庁に助けを求める無線機です」
アンヌ「(助けを求めるための火事として、婚約は何の意味が……)」
海上保安庁の職員(男性)が船に乗り込む。
職員「船長はどなたですか?」
船長「私が船長です。先ほど火事があってイパーブを使ったのですが、火事は消し止めました。お騒がせしてすみません」
職員「(上半身が下着の真世を見て)この女性はやけどをしていますね」
船長「はい、応急手当はしました」
職員「免許証を見せてください。自力で航行できますか?」
船長「はい、機関は無傷です」
船長は職員に船舶操縦免許証を見せる。
野島「船長。彼女のやけどの手当をお願いできないですか?」
真世「(職員に)すみません、火事でやけどしました」
職員「こっちの船で手当て……いや、ヘリで病院に搬送しましょう」
船長「いや、ご迷惑になってしまいますが……」
職員「女性の肌に傷を残さないのもわれわれの仕事です。気になさらないでください」
真世「婚約者に付き添って欲しいんですが」
野島「すいません、付き添っていいですか」
職員「いいですよ」
アンヌ「(火事……婚約……やけど……服を借りない……すベて脱出作戦につながっている……)」
野島「お世話になります。よろしくお願いします」
職員「船長、二人を連れて行きますが、よろしいですね」
船長「(傷病者を渡さない方法は……ない)」
船長「はい、よろしくお願いします」
アンヌ「(私なら脱出のために、やけどをするかしら……。脱出のためにやけどするバカ者を味方にするには……)」
海上保安庁のでかい船からヘリコプターが飛び立つ。残った者はそれを見ている。
アンヌ「空を飛んで脱出……か」
○次話へ続く。作者コメント
シナリオ形式が馴染めない方も多いとは思いますが、自分が声優になったつもりで楽しんで頂きたいです。
漫画家の皆さんはネーム素材として「こんな漫画」にしてみよう……とか、楽しんで頂きたいです。
本の良いところは、難しいとこを読み飛ばしたり、でも、読み直したり、それが気軽なとこ。
次話は気軽に読み飛ばしてください。
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