長い長い衛星 構想:空をぶち抜くエレベータを作ってみる

東洋クイーン

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二 国際法

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○前話のあらすじ
 真世は静止軌道エレべータの鍵となる技術を持っている。
 静止軌道エレべータ建設を目指す国際機関の代表であるアンヌと、宇宙旅行協会の会長が技術利用を誘う。
 アンヌは、真世を船に誘拐して強引に技術独占を要求する。
 真世のやけどと野島の知識により、二人は海上保安庁のヘリで船から脱出する。

○病院の入院患者個室
   真世は一人部屋のべッドに座っている。野島はべッドのそばの椅子に座っている。
 野島「具合はどう?」
 真世「大丈夫。もう、退院予定日もあさってに決まったよ」
   ノックの音がする。
 真世「どうぞ」
   宇宙旅行協会の会長が入ってくる。
 会長「こんにちは」
 真世、野島「こんにちは」
 会長「具合はどうですか?」
 真世「大丈夫です。あさって、退院することになりました」
 会長「そうですか。それはよかった。ところで、静止軌道エレべータの話をしてもいいですか?」
 真世「どうぞ」
 会長「人類が月面に立ったとき、宇宙旅行の時代が近いと感じました。しかし、まだ少数の人しか宇宙旅行に行っていません。原因は費用です。少しの人をのせる ため、多くの燃料を必要とするロケットには限界があります。また、地球に戻るときの危険も無視できません。ロケットの次として研究されている中で、静止軌道エレべータが有望です。ただ、今までは宇宙と地球をつなぐケーブルの強さが不十分でした。しかし、真世さんの技術で実用可能なケーブルを加工できます。もうひとつ、国際法の整備も静止軌道エレべータを利用するために必要です。国際法は国際機関で整備されますが、国際機関のみに都合の良い国際法に対抗する手段が必要です。そこで、真世さんの技術を取引材料にすれば国際機関以外も静止軌道エレべータが使えるのです」
 真世「宇宙旅行協会が静止軌道エレべータを独占するのですか?」
 会長「独占する時期はあるかも知れません。しかし、独占は短い期間になります」
 真世「なるほど」
 会長「『夢の宇宙旅行』を、われわれの力で『宇宙旅行』に変えましょう」
 真世「多くの人が宇宙旅行に行けるんですね」
 会長「真世さんを含め、多くの人に宇宙旅行を体験してもらいたいのです」
 真世「分かりました。一緒にやりましょう」
   真世と会長が笑顔で握手する。

○協会本社の会議室
   会長、真世、野島が集まっている。
 会長「これから、『長い長い衛星』プロジェクトの基本を説明します。かつて、ツィオルコフスキーという人が『バべルの塔』の科学的検証を行いました」
   壁に箇条書かじょうがきが映る。

・『バべルの塔』の科学的検証
 ・塔の上に行けば行くほど重力は小さく、遠心力が増す
 ・「赤道上」にこの塔があった場合、重力と遠心力は正反対になり差し引き勘定になる
 ・差し引きがゼロになるところが見かけ上「無重力」になる(静止軌道)
 ・静止軌道上に滞在施設を作れば、無重力滞在ができる
 ・静止軌道よりさらに高く上ると床と天井が逆になる

 会長「この構想は静止軌道エレべータに発展しましたが、技術的課題も明らかになってきました。最も困難な課題はケーブルの材料です。飯島澄男いいじますみお氏によりカーボンナノチューブの詳細な構造が解明されてからケーブルの材料に可能性が見えてきました。その後、実現に必要な項目として『四つの柱』が提唱 されています」
   壁に箇条書きが映る。

・四つの柱
 ・技術と工学
 ・広報
 ・事業(国際調整能力)
 ・法務(国際法)

 会長「技術と工学の最後の課題、ケーブル材料の加工は真世さんが解決してくれる見通しです。しかし、国際機関が取り組んでいる法務が遅れています。次に、建設候補地を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・建設候補地
 ・マタラム共和国
 ・ブラジル
 ・ガボン
 ・モルディブ
 ・アタワルパ共和国

 会長「建設候補地を選ぶため、まず、赤道諸国の中で海に面した国に絞込みます。次に、ジオイドなどの条件をしらベて五つに絞りこみました。この中のモルディブと アタワルパ共和国は国際機関の建設候補地といううわさがあるので、候補からはずします。この中で政治が安定していて、途上国ヘの影響力があるマタラム共和国に建設する方向で進めています。基本の説明はここまで、次に建設手順を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・建設手順
 ・マイクロ波による送電、通信、ケーブル
  ・地球上の施設(地上基部きぶ
  ・軌道上の施設
 ・ケーブル敷設ふせつ
  ・ケーブルを打上げ、敷設用宇宙船を組み立て、静止軌道に上げる
  ・ケーブルを地球と十万キロ上空まで展開
  ・地球でケーブルをつかみ、地上基部に接続
  ・ケーブル補強車両で補強。四百十四回、十五年
 ・輸送車両の実用化
 ・有人車両の実用化

 会長「ケーブルを地球上につなぎ止めておく地上基部で送電も行います。建設の前には開発・設計・製造 も必要です。ケーブルの製造には真世さんの加工技術を利用します。書いてありませんが、フライホイール蓄電池の製造にも真世さんの技術を利用させてもらいます。ここまでで、何か質問はありませんか?」
 真世「フライホイール蓄電池を使えば、マイクロ波による送電は不要じゃないですか?」
 会長「蓄電池があれば、送電は必要ではありません。しかし、万が一を考えて複数の手段を用意しておきたいのです」
 野島「打上げるケーブルの重さは?」
 会長「四十トンのケーブルを二つ打上げます」
 真世「補強に十五年というのは短くできないですか?」
 会長「必要性の低い低軌道ステーションを作らないことで、少しは短くなっているんですが……」
 真世「分かりました」
 会長「次に国際機関の状況を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・国際機関の状況
 ・建設候補地により二派閥に分かれて対立
 ・アタワルパ派:米国が主導
 ・モルディブ派:ロシアが主導

 会長「国際機関は建設地を一本化できていない状況です。米国が主導するアタワルパ共和国に建設しようとする勢力と、ロシアが主導するモルディブに建設しようとする勢力が対立しています。マタラム共和国と協力関係を作りやすいのは、地理的に近いのでモルディブだと考えています。ここまでで、何か質問はありませんか?」
 真世「国際機関に対抗して国際法を整備する話は、このあとですか?」
 会長「国際法の専門家を探していますが、まだ見つからなくて……」
 真世「分かりました。国際法の話は専門家が見つかってからですね」
 会長「優秀な専門家が早く見つかるといいんですが……」
 真世「必ず見つかります。ぶちぬけええええ! ですよ」
 会長「そうだな。ぶち抜いてこう!」

○協会本社の会長室
   会長とアンヌがソファーに座って話している。
 アンヌ「静止軌道エレベータを建設・運用するためには、既に確立した国際法を想起し、『国際的な制度レジーム』を作って、建設・運営するのが国際社会の常識です。領有権りょうゆうけんを主張できるのは『国際的な制度』だけ。協会は独自の『国際的な制度』を作れるのかしら?」
 会長「『権利を主張する人ばかりで時間がかかる』と聞いているが……」
 アンヌ「時間がかかっても合意点を見つけられるのは、私たちしかいないわ」
 会長「『国際的な制度』を使わない罰則にはどんな例が」
   電話の呼出音が会話を中断する。会長は受話器を取る。
 会長「(電話に)会長です。……分かった、通してくれ」
   会長は受話器を置く。
 会長「お客さんが来ました。時間切れです」
 アンヌ「分かりました。では、また」
   アンヌが部屋から去る。ノックの音がする。
 会長「どうぞ」
   二十代の女性ロシア人が入ってくる。会長が立って迎える。
 エレナ「はじめまして、国際法専門家のエレナです」
 会長「会長です。わざわざ遠くからありがとうございます。どうぞ掛けてください」
   エレナと会長はソファーに座る。
 エレナ「今、すれ違った方はどなたですか?」
 会長「『国際宇宙エレベータのための協力に関する国際機関』の代表で」
 エレナ「呼び戻してください」
 会長「国際社会の常識について説教されちゃうよ」
 エレナ「それでいいんです」
 会長「……」
   会長が携帯電話を操作する。
 会長「(携帯電話に)協会の会長です。悪いけど会長室に戻ってくれないかな? ……お願いします」
   会長が携帯電話をしまう。
 会長「これで、いいかな?」
 エレナ「ええ。国際機関の代表をおだてて国際関係調整のヒントを引き出すんです。国際機関も協会も国際関係を調整するのは同じですから」
   ノックの音がする。
 会長「どうぞ」
   アンヌが入ってくる。会長とエレナが立って迎える。
 エレナ「(アンヌに)はじめまして、エレナです」
 アンヌ「(エレナに)はじめまして、アンヌです」
 エレナ「会長はアンヌさんの説教を煙たがっているようですが、私は違います。話を聞かせてください」
 アンヌ「……静止軌道エレベータを建設・運用するためには、国際的な協力が得られる制度を作ることが必要です。国や企業でなく、この『国際的な制度』を作って、建設・運営するのが国際社会の常識です。……ここまでは、いいかしら」
 エレナ「分かりましたが、国や企業が建設・運用する問題って何でしょうか?」
 アンヌ「……例えば、アムンゼンとスコットが南極点到着を競ってました。勝ったアムンゼン側が南極大陸の領有権を主張したら、どう思いますか?」
 エレナ「それは、欲張りすぎですね」
 アンヌ「成果を競うことは必要ですが、成果を出した者の権利を制限して、成果を出せなかった者の権利もある程度は認めることで国際社会は紛争を防いでいます」
 エレナ「つまり、一つ目の問題は、権利を制限することで解決するのですね」
 アンヌ「(一つ目?)」
 エレナ「南極大陸の領有権は制限されているんですよね」
 アンヌ「領有権主張を凍結する南極条約で合意されました」
 エレナ「『国際的な制度』でないとうまくいかない二つ目の問題は何でしょうか?」
 アンヌ「……例えば、A国が打ち上げた原子炉がB国に落ちて被害を受けました。B国がA国に損害賠償を求めましたが、A国の過失を証明しなければ支払う責任がないとしたら、どう思いますか?」
 エレナ「A国は無責任ですね。B国は泣き寝入りですか?」
 アンヌ「いいえ。実際は宇宙条約で打ち上げ国には無限の無過失責任が発生するので損害賠償の義務があります」
 エレナ「つまり、二つ目の問題は、義務を負わせることで解決するのですね」
 アンヌ「そうなっています」
 エレナ「三つ目の問題は何でしょうか?」
 アンヌ「……例えば、衛星兵器を宇宙配備されたことを前提にA国が衛星攻撃兵器を開発して、実験のため実在の衛星を破壊したらどうなるとおもいますか?」
 エレナ「衛星兵器を開発する意欲が減りますね」
 アンヌ「実際は衛星を破壊した者が非難されました。宇宙にゴミをばらまいた、と。しかし、宇宙配備された衛星兵器が存在すると、いくら非難されても衛星攻撃兵器の開発はやめられず、宇宙はゴミに汚染され続けてしまいます」
 エレナ「衛星兵器を開発した者が非難されればいいんですか?」
 アンヌ「『大量破壊兵器を軌道に乗せない』と約束させることで、衛星攻撃兵器の開発は中止されています。しかし、衛星兵器を宇宙配備したと疑われる行為があると、衛星攻撃兵器の開発が再開されてしまいます」
 エレナ「つまり、三つ目の問題は、衛星兵器の宇宙配備と疑われないようにすれば解決するのですね」
 アンヌ「解決されているようにも見えますが、本当のところは分かりません」
 エレナ「四つ目の問題は何でしょうか?」
 アンヌ「……(会長に)エレナさんは、協会にどういった役割を期待されていますか?」
 会長「……国際関係の調整です」
 アンヌ「……(エレナに)最後の問題は、『人類の共同遺産』です。技術、資本の少ない途上国は多くの天然資源を『人類の共同遺産』だと主張します。例えば、『人類の共同遺産』であるとされた深海底では開発者から国際海底機構への支払い義務があります。結果的に先進国が途上国に開発利益の一部を支払っていることになります」
   エレナがホワイトボードを持ってくる。エレナはホワイトボードに「『国際的な制度』が解決する問題」と書く。エレナはアンヌにマーカーを渡す。アンヌはホワイトボードに書く。

・『国際的な制度』が解決する問題
 ・権利の制限
 ・義務と責任
 ・平和利用
 ・人類の共同遺産

 エレナ「国際関係を調整するヒントをいただき、ありがとうございました」
 アンヌ「帰ってもいいかしら」
 会長「はい。ありがとうございました」
   アンヌが部屋から去る。
 会長「(ホワイトボードを指し)この問題を『国際的な制度』以外の手段で解決できるのですか?」
 エレナ「ドーンと任せて!」
 会長「領有権を主張できるのは『国際的な制度』だけ、という問題はどうすれば……」
 エレナ「欲張って領有権を主張しなくても、管轄権かんかつけんで大丈夫ですよ。建設国が静止軌道の権利を『宣言』し、慣習国際法を目指すことで、エレベータを建設・運用できます」
 会長「(国際法は分らない……ただ、ライバルを利用して解決すべき問題を明らかにする力は……)」
 会長「分かりました。一緒に『宇宙旅行』を作りましょう」
 エレナ「はい」
   エレナと会長が笑顔で握手する。

○協会本社の会議室
   エレナ、会長、真世、野島が集まっている。
 会長「これから、国際機関に対抗して国際法を整備する話をします。エレナさん、お願いします」
 エレナ「まずは、国際機関の代表、アンヌが主張する『国際的な制度』案とエレナが主張する『慣習国際法』案を簡単に比較します」
   壁に箇条書きが映る。

・『国際的な制度』案と『慣習国際法』案
 ・『国際的な制度』案の長所:領有権主張
 ・『国際的な制度』案の短所:多数による合意が困難。少数先進国による独走
 ・『慣習国際法』案の長所:始めやすい
 ・『慣習国際法』案の短所:領有権なし。多数の国に使ってもらえないルールだとダメ

 エレナ「『国際的な制度』案には領有権という長所がありますが、実現するためには少数先進国による独走が避けられない見込みです。『慣習国際法』案の場合、一方的にルールを『宣言』するので、始めるのは簡単ですが、最終的に多数の国に使ってもらえないルールだと、エレベータ運営で行き詰ることになります。そこで、多数の国に使ってもらえるルールの必要事項を説明します」
   壁に箇条書きが映る。

・『慣習国際法』案の必要事項
 ・権利の制限:領有権でなく管轄権と経済主権
 ・義務と責任:静止軌道利用者として宇宙開発に貢献
 ・平和利用:監督機関の査察の受入れ
 ・人類の共同遺産:途上国が静止軌道を利用できるように配慮

 エレナ「こういった事項を盛り込んだ『宣言』を考える必要があります。国際機関は少数先進国による独走が見込まれるので、対抗するためには途上国を味方につけるように進めていくことが鍵となる見込みです。なにか質問はありませんか?」
 野島「ルールを『宣言』するのは誰ですか?」
 エレナ「エレベータが建設される国の代表です」
 野島「では、その代表が『国際的な制度』案を望んだらどうなりますか?」
 エレナ「『国際的な制度』案を進めるしかないですが、今はその代表に持っていく話を整理する段階です」
 野島「分かりました」
 真世「静止軌道利用者として宇宙開発に貢献とは具体的に何でしょう?」
   エレナはホワイトボードに「沿岸国の義務」と書く。

・沿岸国の義務
 ・海洋環境の保護及び保全
 ・生物資源の保存・最適利用促進

 エレナ「例えば、国連海洋法条約では沿岸国の義務として『海洋環境の保護及び保全』『生物資源の保存・最適利用促進』があります。……

○協会本社の休憩室
   真世と野島が座って話している。
 真世「『静止軌道利用者として宇宙開発に貢献』って何かしら」
 野島「宇宙開発の邪魔物をなくせばいいのかなあ」
 真世「邪魔物って?」
 野島「宇宙放射線とか宇宙ゴミとか?」
 真世「宇宙放射線って?」
 野島「太陽や銀河から飛んでくるんだ。人体に悪影響があるから遮蔽しゃへいするための費用がかかるんだよ」
 真世「エレベータでその費用が節約できれば貢献したことになるわよね」
 野島「まあ、そうなるか」
 真世「宇宙ゴミって用もなく地球の周りを回ってるやつね」
 野島「そうだよ。別名デブリ。こっちは、費用が節約できれば衛星が増えて、衝突が増えるだろうな」
 真世「じゃ、デブリをやっつければ宇宙開発に貢献?」
 野島「まあ、そうなるけど、具体的に考えないと……」
 真世「デブリ対策を進めている人に資金援助するのは?」
 野島「デブリ除去を実施している研究者か研究組織に資金援助か……」
 真世「こうゆう地道な研究は資金不足で困ってわよ。きっと」
 野島「デブリ除去は、エレベータにも必要不可欠……」
 真世「会長に報告するわ」
   真世は部屋から去る。

○協会本社の会長室
   会長、エレナと真世がソファーに座って話している。
 会長「(真世に)協会としては『慣習国際法』案を薦めたいが、『国際的な制度』案も選択肢として必要という話しになっているんです」
 エレナ「(真世に)しかし、『国際的な制度』案では、国際機関に主導権を渡すしかないという状況です」
 会長「ところで真世さん。何か用があるのでは?」
 真世「宇宙開発に貢献する方法を考えたんです」
 会長「どんな方法ですか?」
 真世「デブリ除去です。デブリ除去研究者か研究組織に資金援助するんです。エレベータのためにもデブリ除去は必要不可欠ではないですか?」
 会長「デブリ除去に……資金援助……いいですね。やりましょう。マタラム共和国の政府高官に会うことになっているので一緒に行きましょう」
 真世「分かりました。まかせてください」

○マタラム共和国政府高官の部屋
   会長、エレナと真世がソファーに座って待っている。そこに政府高官(四十代男性マタラム人)が現れる。
 高官「お待たせしました。静止軌道エレべータの件を説明してください」
   会長は一般人の宇宙旅行実現のためマタラム共和国に静止軌道エレべータを建設する考えと、国際法問題の対策案を説明する。
 高官「『慣習国際法』案に『途上国が静止軌道を利用できるように配慮』とありますが、途上国は医療、食料、教育を望みますよ」
 会長「医療、食料、教育を支援するノウハウがないのです。支援できるのは宇宙関連ということに……」
 高官「……その辺はわれわれが調整できるとして……わが国が『宣言』したら、国連配下で『国際的な制度』を進めている少数先進国がどう思うか」
 真世「……その辺はわれわれが調整します。ケーブル技術を取引材料にして、敵に回らないようにしますよ」
 高官「わが国が先頭に立ち、先進国に対抗……」
 真世「カッコいいですよ」
 会長「ダメですか?」
 高官「大統領は西洋文明に対抗意識を燃やすタイプなのでOKです。大統領と直接話ができるように調整して、連絡しますよ」
 会長「はい。よろしくお願い致します」

○マタラム共和国大統領の部屋
   高官、会長、真世がソファーに座って話している。
 高官「大統領に対して失礼のないような態度でお願いします」
 会長「はい。分かりました。真世さんも分かっていますね」
 真世「はい」
   部屋に大統領(四十代女性マタラム人)が入ってくる。
 高官「(大統領に)お客様がお待ちです。静止軌道エレべータ建設の件です。(会長をさして)こちらが宇宙旅行協会の会長で、(真世をさして)こちらが技術者の真世さんです」
 会長「はじめまして。宇宙旅行協会の会長をしているリチャードです」
 真世「宇宙旅行協会のケーブル技術担当の真世です」
 大統領「話の大筋は聞いているので、国際法問題の対策案に絞って話してください」
   会長はホワイトボードに「国際法問題:二つの選択肢」と書く。

・国際法問題:二つの選択肢
 ・『国際的な制度』案:既に国連配下の国際機関がある。協会が建設・運営可能か不明
 ・『慣習国際法』案:建設国が権利を『宣言』。多くの国が受入れなければダメ

 会長「協会では二つの選択肢を考えています。一つ目は『国際的な制度』案です。『国際的な制度』は既に国連配下の国際機関として作られていますが、先進国と途上国の対立のため遅れています。また、協会のような民間企業を監督する『国際的な制度』でないと困ります。二つ目は『宣言』から、『慣習国際法』を目指すというものです。最初のエレベータ建設国が静止軌道の権利などを『宣言』してエレベータの建設・運営が可能な『慣習国際法』を育てる案です。『宣言』を多くの国が受入れなければダメです」
 大統領「『国際的な制度』案は国際機関を主導する先進国の配下に入るのですか?」
 会長「そうなる可能性は高く、そうなると主導権を先進国にとられてしまいます」
 大統領「つまり、途上国が『食い物にされる』のですね」
 会長「そうなるのを恐れて、途上国は抵抗しています」
 大統領「『慣習国際法』案は、先進国でも、西洋文明でもないわが国が、国際社会に挑戦状を叩きつけるようにも見えますが?」
 会長「この国なら『国際社会での影響力』を得られる『宣言』が可能……そう期待しています」
 大統領「国際社会での影響力……」
 真世「先進国でも、西洋文明でもないからこそ、途上国の協力が得やすいと考えてます」
 大統領「先進国の協力はどうしますか?」
 真世「ケーブル技術を取引材料にして、先進国を黙らせちゃいましょうよ。先進国に対抗するため、この国の協力をお願いしたいわ」
 会長「大統領が『慣習国際法』案にOKなら、国際機関の二大派閥のうちモルディブにエレベータを建設したい派閥を味方にできると見込んでいます」
 大統領「なぜですか?」
 会長「モルディブとマタラム共和国は協力関係を築きやすい位置だからです」
 大統領「なにかあったときに助け合うためには、近い方が有利、ということですか」
 会長「そうです」
 大統領「モルディブ派が味方になったとして、もう一つの派閥は?」
 会長「残念ながらもう一つの派閥に対して、有効な対策が見つかっていません」
 大統領「……先進国、西洋文明が主導する『国際的な制度』に対抗する『宣言』で『慣習国際法』を育てる……西洋文明に対抗する……いいわね」
 真世「そうです。途上国を食い物にする西洋文明なんかぶち抜いちゃいましょうよ」
 大統領「……やりましょう、『宣言』を。反対はあるかもしれませんが、ぶち抜きます」
 会長「では『慣習国際法』の方を進めていいのですね」
 大統領「はい。以前から西洋文明に対抗したいと思ってました。うふふ、『宣言』の日が楽しみだわ」



○次話へ続く。作者コメント
 「国際レジーム」をどう表現するか……色々悩んだ末に「国際的な制度」になりました。
 次話前半の主人公はアンヌです。
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