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入学編

ep33 裏庭

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 放課後。

 フェエルたちと別れて寮の部屋に戻ると、ライマス・ループレイクがドタドタと出てくる。

「ヤソガミ氏!今日はいつも以上にイイ絵が描けたぞ!」

 帰寮するなりルームメイトが見せてきたスケッチブック。
 それはある意味で予想通り、俺をギョッとさせるもの。

「こ、これって...」

「特異クラスのミア・キャットレー(隠れ巨乳)だ!ケモミミ娘は萌え絵師にとって最高の素材だからな!」

 そこに描かれていたのは、下着姿のミアのイラスト。
 これで俺は、クラスメイトの女子二人の(想像上の)下着姿を見たことになる。

「なあライマス」

「なんだ?余の芸術に圧倒されたか?」

「頼むから、特異クラスの女子はやめてくれ......」

「なぜだ?ヤソガミ氏は特異クラスではなかったのか?」

「さすがに、クラスメイトはちょっと...背徳感というか......」

 それだけじゃない。
 万が一、ライマスのスケッチブックがクラスの誰かに見られた場合、ルームメイトの俺も変態的な目で見られる可能性がある。
 もちろんライマスの絵は上手いし素直にスゴイとも思っているけど。

「だから、控えてくれ......」

 俺の頼みに、なぜかライマスは上から目線でニヤついた。

「ヤソガミ氏はまだまだ甘いな」

 そんな時。
 窓の隙間からひょこっと何かが顔をのぞく。

「小僧。やっと帰ってきよったか」

「イナバ?」

 白兎がひょいと部屋に入ってきて、途端に萎縮いしゅくしたライマスは後ずさり。
 奴がイナバのことを苦手なのは相変わらず。

「よ、余は部屋に戻る!」

 ライマスは逃げるように自室へ飛び込んでいった。
 ふと思う。
 イナバに脅してもらって、ライマスにクラスメイトを描かせないようにさせるのがいいかも。

「なんじゃ?どうかしたか小僧」

「いや、また改めて話すよ」

「なんじゃ、もったいぶりおって」

「そういうわけではないけど。あ、そういえばイナバは外に出ていたのか?」

「部屋にいても暇じゃからな。ぶらついておったわ。ちょうど今さっき裏庭でお主のクラスメイトも見かけたぞ」

「誰を?」

「フェエル少年と......なんだ、名前が出てこんな。トッパーとか呼ばれておったか」

「!」

 すぐに嫌な予感がした。

「フェエルとトッパーは一緒にいたのか?」

「そうじゃがなんだ」

「裏庭のどの辺だ!?今すぐそこへ連れてってくれ!」

 イナバを肩に乗せて部屋を飛び出した。

「クソッ!」

「なんでそんなに必死なんじゃ?」

「イヤなんだ。もう」

「なんの話じゃ」

「なんでもないよ。とにかくフェエルが心配だ」

「いささか疑問じゃな」

「は?」

「友達想いなのは良い。じゃが、お主とフェエル少年はまだ出会って間もないじゃろう?」

「友達想いなんかじゃないんだ、俺は」

「なんじゃと?」

「俺は友達を見捨てたんだ。だから、やらなきゃいけないんだ」

「......よくわからんが、個人的な贖罪しょくざいということか?」

「どうとでも言ってくれ!」

「まあよい。ほれ、あっちじゃ」

「フェエル!」

 人目につかない裏庭の一角に彼らの姿を確認。
 ひとりは尻餅をついている。
 制服は汚れ、髪の毛は乱れている......フェエルだ。
 その前にふたりの男子生徒が立ちはだかっている。
 トッパーとマイヤーだ。
 
「ああ?」

 トッパーが駆けこんできた俺に気づいて振り向いた。

「なっ、なんでテメーがいやがるんだ!」

 俺はすぐさま鞄から御神札おふだを取り出した。
 それを見てヤツらはぞっとする。

「こ、こんなとこで魔法ぶっ放したらテメー、退学になんぞ!」

「じゃあ、先生を呼んでこいよ」

「クッ!う、撃てるもんなら、う、撃ってみろよ!」

「ああ、撃ってやるよ。授業でやったのよりも強力なやつをな」

「て、テメーが退学になったら、またフェル子はぼっちになんぞ」

「ジェットレディになんとかしてもらう」

「は??」

「俺はジェットレディのお気に入りの特待生だからな」

「て、テメー!卑怯だぞ!!」

「はあ?」

 どの口が言っているんだ?
 ウンコから汚いって言われるようなもんだぞ?
 別に自分のことを正義のヒーローだなんて思っちゃいない。
 むしろ俺なんかに誇れる所なんて何にもない。
 だけど、少なくとも、こんなヤツらから卑怯者呼ばわりされるのは心外だ!

「イナバ。俺、コイツらに魔法撃ってもいいかな」

「お主......本気か?殺めてしまうぞ?」

 イナバの言葉を耳にするなり、トッパーとマイヤーはたちまちに凍りついた。
 
「お、おい、マジでヤベーよコイツ......」
「だ、だから、今日はまだ早いって言ったじゃねえか」
「く、来るとは思わなかったんだよ」
「あと数日だけ我慢すりゃいいんだ」
「わ、わかったよ」

 ヤツらはボソボソと話しながら後ずさると、ダッと逆方向へ駆けだした。

「お、覚えてろよ!イイ気になってられんのは今だけだからな!」

 いかにもな捨て台詞だ。
 俺はヤツらの背中が見えなくなったのを確認してから、フェエルに駆け寄った。

「大丈夫か?」

「う、うん。またヤソみんに助けられちゃった。ぼくってダメだね......」

「ダメなのはアイツらの頭と性格だろ?フェエルは悪くない」

 と俺が言った時、イナバにバシッと殴られた。

「ってぇ!なにすんだよ?」

「お主の頭がどうなっておるんじゃ!神聖な力でチンピラどもを殺めるつもりか!激情に駆られおって!」

「で、でも、授業ではイナバのほうからやれって言ったじゃんか」

「授業とこれとは違うじゃろ!お主はゴキブリとコオロギの区別もつかんのか!?」

「なんの話だよ!?」

「ファーブル昆虫記からやり直せぇ!このたわけがぁ!」

「だからなんの話!?」

 俺とイナバがぎゃーぎーやっていると、次第にフェエルがくすくすと笑いだした。

「ヤソみんって、おもしろいよね」

「そ、そうか?」

「なんか、他の人たちとは違うっていうか......も、もちろん良い意味でだからね!」

 フェエルはやけに明るくニコッと笑った。
 必要以上の笑顔に思える。
 彼の制服。足跡がついている。
 明らかに蹴りを入れられた跡。
 服を脱げば傷やアザも付いているのかもしれない。

「なあフェエル。あの.....」

 俺が言いかけると、遮るようにフェエルが口をひらいた。

「じゃ、じゃあ、ぼくは行くね」

「あ、ああ」

「あのね?ヤソみん」

「ん?」

「ありがとう。本当に」

 フェエルは笑顔で手を振って帰っていった。
 不自然なぐらい明るく。
 たぶんフェエルは......これ以上俺に心配や迷惑をかけたくないんだと思う。
 途中まで送ろうとしたけど、それも固辞された。
 俺は迷惑だなんて思っていないのに。
 そもそも迷惑なのはアイツらだろ。
 ......クソ。また腹が立ってきた。
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