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君の隣で生きていきたい
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とはいえ、時間が近づく度に緊張は増していくもので、見兼ねた陽に思わず、
「もう休んでて、お願いだから」
と、言われてしまった。情けない。
落ち着くからといつものコーヒーではなく、ハーブティを陽が淹れてくれた。それを海の保育園の送りに陽が行ってくれている間に飲む。
「美味しい」
さすが陽、出来ないことなんかないなと、感心する。
思えば昔も、こんなことがあった。と、ふと、海が家に来る前のことを思い出した。
あれは今から数年前の、今と同じ初夏の頃だった。
当時、勇太は毎日のようにとある場所へ通い詰めていた。ハローワークだった。
というのも、勇太には定期的に闇が訪れる。
働かないと、という闇だ。
陽に働けと言われたわけではなかった。むしろ、休んでと言われる。
その頃の勇太は今よりまだ鬱の症状が酷く、医者からも働ける状態ではないと念押しされていた。
しかし、理性とは反対に気持ちは焦る。
行ってきますと出て行く陽を見送ると、すぐさまその後ろ姿を追いかけたくなる。不安だった、一人でいる時間が。この世界に一人、取り残されたようで。
しんとした部屋。テレビをつけても音楽をつけても、何故か雑音にしか聞こえず、心をざわつかせる。
『ご希望に見合うところは今のところ、見つからないですね』
行くたびに言われる言葉に、見事なまでにへこんだ。そのうち、スーパーやコンビニの店員にまで嫉妬する自分を心底嫌いになった。
「今日もダメだったか」
部屋に帰り、ふと、そんな言葉が漏れた。気持ちを声にしてしまうと、現実味が増してしまう。
いつまでこのままなのだろう。
不安が大きな塊となり、襲い掛かる。布団の中にくるまり、けれど訪れない安堵に呼吸が乱れる。
どれだけ頑張っても、就職できない―。
探しては見つからず、見つかっては落とされる。その繰り返しに、自信などそぎ落とされていく。
一生、このままなのかもしれない。
思うと怖くて、明るく照らす太陽の存在すら憎くて、カタカタと震えながら布団の中で泣いた。
いつの間にか眠っていたようで、気付くと閉め切った扉の隙間から光が漏れていた。
仄かに良い匂いもする。陽が帰ってきているのだ。
時計を見ると午後の六時。早く会いたいのに、会いたくない。きっと目は腫れている。
どうした?と聞かない陽の優しさが今は痛い。
そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「勇太?起きてる?入っていい?」
いつもの陽の声に安心して、やっぱり一目だけでも顔を見たいとノロノロ布団の塊から顔を出す。
「いいよ」
小さな声だったけれど、陽には聞こえていたようで、ゆっくり扉が開かれる。
「お疲れ様。ご飯、食べる?」
「いや、まだいいかな」
「じゃあ、これなら飲める?」
「これって、ハーブティ?」
聞くと陽が「ご名答」と笑う。
「俺が好きだから、勇太にも飲んでほしくて淹れちゃった」
子どものような笑顔で言われ、思わずほっとする。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「そっか、良かった」
美味しいのに、嬉しいのに。なのに、少し息苦しい。
聞きたいはずだ、何か言いたいはずなのだ。だって、勇太が陽だったらきっとそうしたくなる。
わかっているのだ、陽だから聞かないのだと。陽は優しい、太陽のような人だ。いつだって温かな光で勇太を包み込んでくれる。
けれど、だからこそ辛い。言えばいい、聞けばいい。その言葉がまるで自分だけがそう思っているかのように重くのしかかる。自分が最低な奴になったかのようにすら思えてしまう。
「今日ね、俺、大事な取引先と大事な商談だったんだ」
「そう、なの?」
「うん。でさ、俺、やらかしちゃったんだよね」
「やらかした?」
「そう、つまり失敗しちゃったんだ。格好悪いよね」
意外だった、陽が失敗するなんて、今まで見たことがなかった。
大学の頃から今まで、勇太の中で陽は完璧な存在だった。いつだって失敗などせず、キラキラした存在、それが陽なのだ。
「もしかして陽、今までも失敗したことある?」
「え?もちろんあるよ!何回もね。格好悪くて勇太には言ってないだけだけど」
だからね、と陽が言う。
「何回でも失敗したっていいんだよ、勇太。失敗したっていつかは必ず成功する」
「…確証は?」
「ない!けど、保証はある。俺が言うんだから、勇太は信じてくれるよね?」
なんだよそれ、保証にすらなってねーじゃんか。
そう思ったのに、けれどどこかで陽が言う以上の保証はないなとも思う。
そんなことを思い出す。なんだか肩の力が抜けた気がする。
「もう休んでて、お願いだから」
と、言われてしまった。情けない。
落ち着くからといつものコーヒーではなく、ハーブティを陽が淹れてくれた。それを海の保育園の送りに陽が行ってくれている間に飲む。
「美味しい」
さすが陽、出来ないことなんかないなと、感心する。
思えば昔も、こんなことがあった。と、ふと、海が家に来る前のことを思い出した。
あれは今から数年前の、今と同じ初夏の頃だった。
当時、勇太は毎日のようにとある場所へ通い詰めていた。ハローワークだった。
というのも、勇太には定期的に闇が訪れる。
働かないと、という闇だ。
陽に働けと言われたわけではなかった。むしろ、休んでと言われる。
その頃の勇太は今よりまだ鬱の症状が酷く、医者からも働ける状態ではないと念押しされていた。
しかし、理性とは反対に気持ちは焦る。
行ってきますと出て行く陽を見送ると、すぐさまその後ろ姿を追いかけたくなる。不安だった、一人でいる時間が。この世界に一人、取り残されたようで。
しんとした部屋。テレビをつけても音楽をつけても、何故か雑音にしか聞こえず、心をざわつかせる。
『ご希望に見合うところは今のところ、見つからないですね』
行くたびに言われる言葉に、見事なまでにへこんだ。そのうち、スーパーやコンビニの店員にまで嫉妬する自分を心底嫌いになった。
「今日もダメだったか」
部屋に帰り、ふと、そんな言葉が漏れた。気持ちを声にしてしまうと、現実味が増してしまう。
いつまでこのままなのだろう。
不安が大きな塊となり、襲い掛かる。布団の中にくるまり、けれど訪れない安堵に呼吸が乱れる。
どれだけ頑張っても、就職できない―。
探しては見つからず、見つかっては落とされる。その繰り返しに、自信などそぎ落とされていく。
一生、このままなのかもしれない。
思うと怖くて、明るく照らす太陽の存在すら憎くて、カタカタと震えながら布団の中で泣いた。
いつの間にか眠っていたようで、気付くと閉め切った扉の隙間から光が漏れていた。
仄かに良い匂いもする。陽が帰ってきているのだ。
時計を見ると午後の六時。早く会いたいのに、会いたくない。きっと目は腫れている。
どうした?と聞かない陽の優しさが今は痛い。
そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「勇太?起きてる?入っていい?」
いつもの陽の声に安心して、やっぱり一目だけでも顔を見たいとノロノロ布団の塊から顔を出す。
「いいよ」
小さな声だったけれど、陽には聞こえていたようで、ゆっくり扉が開かれる。
「お疲れ様。ご飯、食べる?」
「いや、まだいいかな」
「じゃあ、これなら飲める?」
「これって、ハーブティ?」
聞くと陽が「ご名答」と笑う。
「俺が好きだから、勇太にも飲んでほしくて淹れちゃった」
子どものような笑顔で言われ、思わずほっとする。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「そっか、良かった」
美味しいのに、嬉しいのに。なのに、少し息苦しい。
聞きたいはずだ、何か言いたいはずなのだ。だって、勇太が陽だったらきっとそうしたくなる。
わかっているのだ、陽だから聞かないのだと。陽は優しい、太陽のような人だ。いつだって温かな光で勇太を包み込んでくれる。
けれど、だからこそ辛い。言えばいい、聞けばいい。その言葉がまるで自分だけがそう思っているかのように重くのしかかる。自分が最低な奴になったかのようにすら思えてしまう。
「今日ね、俺、大事な取引先と大事な商談だったんだ」
「そう、なの?」
「うん。でさ、俺、やらかしちゃったんだよね」
「やらかした?」
「そう、つまり失敗しちゃったんだ。格好悪いよね」
意外だった、陽が失敗するなんて、今まで見たことがなかった。
大学の頃から今まで、勇太の中で陽は完璧な存在だった。いつだって失敗などせず、キラキラした存在、それが陽なのだ。
「もしかして陽、今までも失敗したことある?」
「え?もちろんあるよ!何回もね。格好悪くて勇太には言ってないだけだけど」
だからね、と陽が言う。
「何回でも失敗したっていいんだよ、勇太。失敗したっていつかは必ず成功する」
「…確証は?」
「ない!けど、保証はある。俺が言うんだから、勇太は信じてくれるよね?」
なんだよそれ、保証にすらなってねーじゃんか。
そう思ったのに、けれどどこかで陽が言う以上の保証はないなとも思う。
そんなことを思い出す。なんだか肩の力が抜けた気がする。
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