俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏がバースデイ

(3)-1

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「雪?そろそろ起きたら?」という母の言葉で気怠い身体を起こした。

 いつものルーティン通りに日めくりカレンダーを一枚捲る。
 23と大きく赤で書かれた数字の右横に、小さく9月の文字が見えた。つまり、俺の誕生日だ。
 寝ぼけ眼の目を擦りながら、さっさと身支度を済ませる。

「雪?今日も夜までいないんだっけ?」
 慌ただしく2階からリビングへと階段を降りると、姉の小春がそう聞いてきた。

「うん、今日もちょっと用事があってさ」
「そうなの?夜には帰ってきなさいよ?姉ちゃんがケーキ焼いといてあげるから!」と言うと「あら、それなら母さんは料理担当ね」と弾んだ声で母が返した。
 本当にこの人たちはいつまでものほほんとしている、だけどそれがいい。

 朝食を済ませバタバタと最近気に入っているショルダーバッグを肩に掛け、行ってきますと念のため声を張り上げて家を出た。
 最寄りの駅に着き、時計を見上げれば9時を少し過ぎた辺り。隣県に着く電車はあと僅かで到着予定だ。
 俺の毎年恒例のルーティンであり、なくてはならない行程の一つをこなせたことに、俺はほっとしている。

 隣県を訪れるようになったのは、中学の頃だ。
 安息である家にまで土足で踏み込まれる苦痛に耐えられなくなった俺に、隣県のとあるカフェを教えてくれたのが姉である小春だった。

「雪、もしかして女子のあれ、嫌なの?」と、言われた時、姉はとても心配そうに俺を覗き込んでいた。

 自慢ではないが、俺の姉は立派なブラコンだ。
 だから俺が少し顔を曇らせて帰ってきただけで事情聴取が始まることも多々ある。けれどその時だけは、姉のブラコンっぷりに感謝したものだ。
 以来、誕生日の女子の襲撃を避けるため、俺は毎年この地に足を運んでいる。

 激しい音と風を立ててホームに入ってきた電車に乗り込む。
 世間で言うシルバーウィークのおかげか、朝の早い時間だというのに席はまばらに空いているだけでそれなりの乗客が乗っていた。
 そのことに去年と同じだと、また安心しながら俺はいつまでこうしているのだろうと思う気持ちが込み上がる。

 多分、俺が今、女子から逃げ回っているこれを、たとえば小野を始めとするクラスメイトが知れば、くだらないとか自意識過剰とかもしくは祝いたい気持ちを無碍にする最低野郎と言われるのかもしれない。
 たしかに、その通りではある。ただ注目されたくないという理由だけで、一時間もかけて隣県まで逃げてしまうのだから、甚だ馬鹿馬鹿しい。
 それに注目されたくないのなら、それなりの行動で示す必要だってある。

 たとえば、ニコニコと明るく笑わずにツンと冷たく静かに本を読んでみるとか、中心の輪から外れても気にせずに素っ気なくしてみるとかー。
 そう、榊のように。

 ふと、榊は今日、何をしているのだろうと頭を過った。
 今日は祝日だから、もしかしたら近所の喫茶店のバイトをしているのだろうか、それとも歴史を感じるあの道場で的を見据えて弓を放っているのだろうか。
 不思議だった。こんな性格をしているから、離れていく奴等もそれなりにいたし、そんな奴等を敢えて気にしたり追いかけたりすることもしたいと思ったことも一度だってなかった。

 なのに今、俺は必死で榊を繋ぎ止めたいと思っているのだ。

 あれから結局、どんな目で榊を見ればいいかわからなくなり、挨拶どころか目を合わせることもできなくなって、周りからは喧嘩したのかとかついに戻るべき場所に戻ったかとか、耳に通るだけで腹立たしい、けれど何も反論しなかった俺がいたというのに。
 それでもやっぱり、俺はお前にそばにいてほしいみたいだ。
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