俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏へ、バレンタイン

(3)-2

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 女性の柔らかな声で問われ、咄嗟に俯いた顔を上げられなかった。その声は間違っていなければ、同じクラスの吉井でそして、間違っていなければその隣に立つのは榊、なのだから。

 少し前に自分がカップルだと認識した人が知り合い。それだけならまだ良かった。そのカップルの一人を自分が好きだと知った瞬間の気持ちは言葉では言い表せない。

 お気に入りのCDを目の前で、しかもハサミでザクザクと音を立てて切られたような、もしくは下手ながらに一生懸命作ったクッキーを踏みつけられたような。強いて言うならそんな気持ちに似ている。

 失恋なんて最初からわかっていた。最初から叶うはずのない気持ちだった。なのに、その瞬間が突然、湧いてくると、とてもじゃないが現実についていけない。多分、傷ついている。ショックと悲しみが同時に襲い、息すらもしにくい。
 けれどいつまでも顔を上げないわけにもいかず、圧し掛かってくる悲しみに蓋をするように一度、大きく深呼吸と同時に目を瞑り、そして開けたと同時に顔を上げた。

「やっぱり雪くんだった。偶然だね、買い物に?」
 柔らかな声は吉井の性格を表しているようで、それすらも今の雪にはきつい。が、雪は榊を見ずに「そうなんだ」と答える。

「吉井さんはもしかしてデート?俺、全然知らなかった。榊も言ってくれれば良かったのに」
「南沢、これは」
「雪、ごめん、待たせちゃって。って、さあやに榊も」
 榊と目が合い、榊が何かを言いかけた瞬間、斉藤の明るい声に助けられた。

 ベンチから立ち上がり、前に立つ斉藤の後ろに隠れるように身を寄せた。少しでも榊との接触を避けたかったし、二人の姿を見る余裕もなかった。

「さあやたちも買い物?」
「あかりちゃん、今日はあれの日だよ?」

 吉井がこそっと話す『あれ』を雪は知らなかったが、斉藤もちらっと見えた榊もその意味が分かっているのか、チラッと雪を見て慌てたように「ああ、あれね」と言う。
 なんだか自分だけ除け者のような居辛さを感じ、自分から頼んだにも関わらずもう、帰ってしまいたくなった。

「ならちょうどいい!私も雪も、ちょうどチョコのコーナーに用事があってさ、良かったら一緒に回らない?」
 瞬間、はあ?と声が出かかった。
『あれ』が何なのか、わからなくても二人の様子から察するにデートなのだろう。なのに、雪と斉藤が入ればその邪魔をしてしまう。
 思わず、斉藤を止めようと声を掛けるが、意外にも吉井は乗り気で榊にいいかなと聞き、榊も俺は別にと言ったのだ。もう、雪だけがアウェイ状態。

「待って、吉井さんはいいの?だってその、デートなんだろ?」
 我慢できずに言うと、吉井は顔を真っ赤にさせて首を振る。

「その、私たちは全然、そんなんじゃなくて、ねえ?」
「…偶然、そこで会って、どうせなら一緒に行こうって」
 榊が視線を向けた『そこ』は、いわゆる車やバスが行き交う駐車場、入り口付近。けれど、おかしいだろう。

 まず、駐車場で出会うなんてあり得ない。このモールの駐車場はモールをぐるりと囲んである中、偶然東側入り口付近の駐車場で出会う確率は著しく低いはずだ。それにバスだとしても、偶然、同じ時間に着くバスに乗り、出会うなんてことも確率としては低いはず。
 しかも今は午前十時。榊や吉井が朝に強いタイプなのかは知らない。が、やはり信じられない。この町にいる何千という高校生の男女が、しかも同じ高校の同じクラスの男女が偶然、同じ場所で出会うなんて。

 嘘を付かれている。咄嗟にそう思い、すると沸々と苛立ちが湧いてくる。

 付き合っているならそう言えばいい、隠すことでもないだろう。二人は男と女で秘める関係でもないのだ。
 それとも、自分にはそれを言ってもらえるほどの信頼がないというのだろうか。

 悲しみが蓋をこじ開け、また出てくる。もう、その蓋を閉める方法はわからなくなっていた。
 すると、斉藤が小声で雪を呼び、裾を掴んだ。

「なに、斉藤」
「雪、これはある意味、チャンスだよ?私と二人であれこれ考えるより、榊本人を目の前にした方が絶対、いいって。雪が知りたかったこと知れるチャンス」
 言われるとそうなのかもしれない。が、まだ苛立ちと悲しみは溢れ出ている。
 どうしようと天秤にかけていると、さっさと雪の裾を離した斉藤が吉井たちに向かってニコニコと笑顔を振りまいている。

「じゃあ決まりだね!早速、一緒に回ろう」
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