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ステラー

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村上ミライは校舎の廊下を歩いていた。
廊下のつきあたりを左に曲がると、ある教室に入った。
「どうした?」
中にいた、男性教員が言った。
写真で見た通りの、中島孝太郎先生だ。
「急にすみません。聞きたいことがあって」
教員はプリントの整理をしていた。
「君が、事件に巻き込まれたっていう学生かい?ミライくんか?」
「はい、そうです。」
「友達は?大丈夫なのか?」
「はい、なんとか。
神経ガスを吸わされたそうですが、命に別状はなく後遺症の心配もないそうです。
いまは家でゆっくりしてます。」
「そりゃ良かった!安心したよ。
犯人はもう捕まったんだろう?ひとまず落ち着いたな」
「はい、そんなところです」
村上は話題を変えた。
「で、話なんですが」
「なんだ?」
「予知能力について詳しく聞かせてください!」
「急にどうしたんだ」
「先生がそういう研究をしていたことがあるという記事をネットでみたんです」
「昔の話だ」
「ですが、聞かせてください」
「そういうことがあるかもしれないというだけの話だ」
「いいんです。
もしあったらで。もしあったらタイムスリップ可能とはどういうことを意味するんです?」
村上は先生の顔を正面から見つめた。
「わかった。まず、予知能力の話からしよう」
先生はようやく乗り気になったようだ。
「私の言う予知能力とは、記憶の誤認によるものだ。つまり、記憶の引き出しのミス。
未来の自分の記憶が誤って引き出されるということだ。つまり予知というよりは記憶を見ているんだ」
「待ってください。
未来の自分が体験することが記憶として入るということですか?そんなことありえます?」
「それを可能にするのが、近年ある微生物から発見された成分「クォーク」だ。」
村上はまるで医師に診断を受けているような気分だった。
「その、ク?」
「クォークだ。それが未来の自分の記憶と今の記憶を繋げると考えられている。ただ、この仮説には問題が」
「問題ってなんですか?」
「必ずしも未来が見れるとは限らないんだ。
未来の記憶だけと繋がるわけではないと思う。過去にも繋がってしまうかも...」
「ということは?」
「もしそうなら、昔体験した嫌な事を目に浮かぶように何度も思い出すことになるだろうな」
「なるほど」
村上の中では仮説ではなくなっていた。
まさに今の自分じゃないか。
「まあ、あくまで仮説だけどな」
村上は、この先生なら今から自分の身に起こることをなんでも言い当てそうな気がしてきた。
「で、それがどうタイムスリップと?」
「この仮説が正しければ...」
先生はしゃべりながら教壇の隣の戸棚の奥から
手のひらほどのマシンを持ってきた。
「これを手首につけて、この穴から予知能力を持つ者の血液を入れてボタンを押せばタイムスリップできる」
「これは、先生が作ったのですか?」
「ああ、昔な。
当時は夢をもっていたよ。SFの世界が好きだったからね」
村上が苦笑いする。
「でも、論理的には正しいんだからな?
もしも予知能力者が現れたら実現可能さ」
村上は言った。
「なるほど。
現れたら実現可能ですか」
そして、貸してくれるかと頼んでみたが、即答されてしまった。
「ダメだ。壊されたら困る。
それにこのままじゃ使えないんだから」
「でも...わかりました。」
村上は変なことを言わずにおとなしく引き下がった。
むやみにこちらのことをべらべらしゃべらない方がいい。
一旦待とう。
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