三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第6話

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 さて、時は進み、レギアスは与えられた部屋のベッドに大の字で寝転がっていた。気苦労で体力を消耗する食事を終えて、レギアスは疲れ切った顔をしている。
 最初は自分の魔力に耐えられる武器を探すだけだったのに、それが竜剣やら黙示の塔やらへと転がって行き、中々の大事になってしまった。
 特にレギアスが気懸かりになっているのは、ベールの様子である。今日のベールはいつもの様子とは全然違った。落ち着きと余裕のある彼女からは想像できない、何と言うか焦りみたいなものをレギアスは感じ取っていた。
 らしくない、と言う一言で片付けてしまうのは簡単だが、その一言だけでは済ませてはいけないと心が警告しているのだ。
 しかし、だからと言っても今日は色々な意味で疲れたと、レギアスはだらしなくベッドに寝転がっているのだ。
 その時、ノック音が部屋のドアから鳴った。その後すぐに聞き慣れた声がドアの向こう側から聞こえる。

『レギアス、私よ。入っても良いかしら?』
「ベールか? ああ、今開ける」

 ドアへと向かい、ロックを解除して開いた。横にスライドしてドアが開かれると、ベールが立っていた。

「どうしたんだ?」
「貴方、あまり夕食を味わえなかったでしょ? だから軽くどう?」

 まさかの晩酌のお誘いだった。ベールの横にはカートに乗せられた軽食とワインがある。
 あの豪華な夕食を堪能できなかったからか、涎が出てくる。
 レギアスはベールを部屋に招き入れ、テーブルのセッティングを始める。
 そこまでして己の愚かさに気付く。友人とは言え、こんな夜の時間に異性の、それも王女様を部屋に招き入れて二人きりになってしまった。こんなことが国王に知られてしまえば、今度こそ命が無いかもしれない。
 そんなレギアスの心配を余所に、ベールはグラスにワインを注いでいく。

「はい、どうぞ」
「……ああ、ありがとう」

 そんな心配事をするのは腹が減っているからだと思い、レギアスはグラスを受け取った。

「乾杯」
「……乾杯」

 国王が目の前にいないからか、夕食時と違ってワインが美味しく感じる。ハムやチーズも夕食と比べて確りと舌と胃袋を満足させてくれる。部屋に備え付けられているソファーに並んで座りながら、レギアスはワインと軽食を堪能する。
 幾度かワインを口に付けた後、ベールが沈黙を破る。

「ねぇ、レギアス。貴方には、夢があるかしら?」
「夢?」
「私はあるわ」

 レギアスの返事を待たず、ベールは自分にはあると語る。酔っているのだろうか、顔が少しだけ赤いような気がする。

「私はマスティアの王女として民達を導き、平穏と繁栄を齎したい。ドラゴンやデーマンとの戦いを私の代で終わらせる。これから生まれる子供達には、そんな戦いとは無縁な世界で生きて欲しいの」
「……立派な夢だ」

 立派で、とても綺麗すぎる夢だと、レギアスは感じた。それがどれ程の理想論なのか、ベールも分かってはいるだろう。到底叶わぬ夢の中の夢、綺麗事を並べているだけにすぎない。
 しかし、夢を見るだけと夢に向かって歩き続けるとでは、結果は同じでも過程によって生まれるモノは違ってくる。きっとベールの夢によって救われる者達が多く生まれるだろう。
 だからこそ、レギアスはベールの夢を立派なモノだと評価する。ベールの頑張りを、この一年あまり近くで見続けてきたから、その夢が叶わずとも近付けると確信している。

「でもね、もう一つ、別の夢があるの」
「っ……」

 ベールはレギアスの左肩に頭を乗せた。ベールの髪から漂う香りが、レギアスの鼻の奥を突き抜け、脳を揺らす。ドキドキと、心臓の鼓動が激しくなる。それをベールに悟られないように必死に抑え付けようとするが、レギアスの顔は赤くなってしまう。

「王女としての道を選んだのは私よ。それに後悔は無いわ。だけど、考えてしまうの。貴方の故郷で過ごしていたあの時間を」

 ベールは自分の手をレギアスの手にそっと重ねる。

「彼処で私は王女以外の自分を見付ける事ができた。ただ一人の『ベール』という女の子が確かにいたの。その女の子のまま人生を歩んでみたい。そして、その女の子の隣には……レギアス、貴方がいてほしいって」

 ベールの顔が、レギアスの顔に近付く。碧色の瞳いっぱいにレギアスの顔が映る。
 レギアスはその美しい瞳に吸い込まれるようにして顔を近付ける。潤んだ瞳、頬が赤く高揚した顔、レギアスの理性ははち切れそうになる。
 だが、あとほんの数センチで互いの唇が触れあう直前、レギアスはベールの肩をぐいっと押した。

「――っ、悪い……俺には……その資格が無い」
「え……」

 ベールはショックを受けたような表情を見せる。
 レギアスは顔をベールから背ける。

「俺は……ドラゴンと人間のハーフだ。そうじゃなくても、俺は一庶民にすぎない。そんな俺が、お前の隣に立つ事は……」
「……ごめんなさい。ちょっと酔いすぎてるみたい」

 ベールはスッとソファーから立ち上がった。
 レギアスは顔を上げることができず、俯いたままだ。

「さっきの事は……忘れてちょうだい。それじゃ、私は寝るわ。また……明日」

 ベールは自室へと戻る。部屋のドアがスライドする音がレギアスの耳に聞こえ、だがレギアスは俯いたままベールを見送ることもしなかった。

「……くそったれ……何やってんだよ俺は……」

 ベールの顔を見なくても分かった。
 彼女は涙を流していた。何よりも大切な人だと想っている彼女を、自分の言葉で泣かせてしまった。それが例えどうしようもない理由だとしても、悲しませて涙を流させてしまった。
 激しい自己嫌悪に陥り、だけどどうしようもないじゃないかと、何処にもぶつけようもない憤りを抱えてしまう。
 己はドラゴンと人間のハーフ。ドラゴンの血が流れている人間が、世界に受け入れられることは絶望的に難しい。厄介事を持ち込んでしまうような存在が、輝かしい未来が待っている彼女の側に居続けることは、いずれできなくなる。
 レギアスは自分の立場がそういうものだと、理解していた。

 だが許されるのなら――。

「……くそ」

 残っているワインを飲み干し、レギアスはそのままソファーで夜を明かすのだった。



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