三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第5話

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 王家の食卓に招かれたレギアスは、珍しく緊張して顔色があまり良くなかった。
 テーブルに並べられている数々の料理も一向に喉を通らず、味も分からない。
 お洒落に盛り付けられた肉料理や一目見て高級な食材を使用していると分かるスープ、そしてアナト以外に出されているワインも王族が飲むのだから相当な一級品なのだろう。
 こんなタイミングでなければ舌鼓を打って堪能していただろうに、今のレギアスにその余裕も考えもクソも無かった。ただナイフで肉を切り、フォークに刺して口に運んで咀嚼、その後呑み込むという動作を機械的に行っていた。テーブルマナーもどうこう言える気持ちでもなかった。

 チラリとベール達の様子を見てみると、ベールと国王は何事も無く優雅に食事を摂っている。ただアナトはレギアスよりかは楽なのだろうが、居心地が悪そうにしている。アナトもレギアスと視線が合い、互いに肩を落とした。

 その時、ずっと黙っていた国王がレギアスに話しかける。
 いきなりの事に肉を喉に詰まらせかける。

「レギアス、王都に来て一年以上経つが、生活はどうだ?」
「ンッ!? は、はい! お陰様で、何不自由なく暮らせています」
「そうか。アルバイトをしているそうだが、生活資金が足りないのか?」
「いえ、それに関しては性分みたいなものです。働いて自分で稼いでおかないと、どうにも落ち着かないので……」
「殊勝なことだ。オードルも息子が立派に育って喜んでいるだろう。だが学業は疎かにしてはならんぞ。若い内だけだ、学ぶ時間が多くあるのはな」
「はい、心得ております」

 国王はフッと笑みを浮かべ、器用に左腕だけで食事を進めていく。
 会話をした事で幾分か気が楽になり、レギアスはやっと他の事に考えを回せるようになった。

 食卓には王族以外にメイドや執事が控えており、護衛として竜騎士のリーヴィエル部屋の隅っこで控えていた。
 態々竜騎士が食事の警護に就くのは大袈裟な気がする。もしかしたら自分が同席しているからなのかもしれないと、レギアスは推測する。もしそうならば竜騎士も大変なのだなと、少し場違いな感想を抱く。

「時にレギアス、お主は……ベールと、どういった関係なのかな?」
『ぶっ!?』
「お、お父様……!?」

 レギアスとアナトは飲もうとしていたドリンクを吹き出し、ベールは顔を赤くした。
 三人の反応に国王は大らかに笑い、酒で喉を潤す。まるで悪戯が成功した子供の様だ。

「ハハハハ、なに少し気になったものでな――――それで、どうなんだ」

 目が笑っていなかった。
 嘘は許さない、さもなくば――と目が訴えていた。
 レギアスは慌てて姿勢を正し、国王の問いに答える。

「な、何でもありません! 今も昔も、大切な幼馴染みです!」
「……本当かね?」

 レギアスはブンブンブンブンと首を縦に振った。
 その答えに不満を持っているのはベールだ。少し怒った表情で隣に座るレギアスを見つめ、レギアスは更に冷や汗を流す。

「……付け加えますと、命に代えても守りたい人の一人です」

 レギアスがそう答えると、ベールは若干の不満が残るも、気分を良くした。
 アナトは溜息を吐きながら頭を抱えた。煮え切らないレギアスの態度に呆れているのだろう。
 国王は少し黙り、レギアスの答えに嘘が無い事を確信すると僅かばかりの殺気を引っ込めた。

「そうか……親友の息子に剣を突き立てなくて済みそうだ」

 冗談か冗談ではないか、レギアスは冗談であってほしいと願った。

「ではアナトとはどう――」
「お父様、それ以上変な事を訊くのであれば今後一年は口を利きません」

 レギアスが何かを答える前に、アナトがフォークで肉を力強く刺しながらきっぱりと答えた。彼女から放たれる殺気に近い何かは、国王に言葉を呑み込ませることに成功した。
 その後も他愛ない会話を挟みながら食事が続けられるが、終始レギアスが緊張で料理を楽しめなかった。

 国王は空いた皿をメイド達に下げさせると、リーヴィエルを残して部屋から出て行かせた。

「さて――黙示の塔だが……」
「ッ、陛下何を――」

 リーヴィエルが口出ししようとして、国王は手を挙げて制止させた。

「……元々、竜剣の事はレギアスに伝えようとしていた」
「お父様、それは本当ですか?」
「ああ。いずれレギアスの力が強くなり、専用の武器が必要になることは分かっていた。予定ではもっと先の筈だったのだが、どこかの誰かがミハイル島で事を起こしてしまった。本来なら今年から時間をかけて力を高めてもらおうとしていたのだがな」

 国王はレギアスの内にあるドラゴンの力を可能な限り安全に、時間を掛けてでも強くするつもりだったようだ。だが去年のミハイル島での一件で予想外な手で力を高めてしまった。幸いにも封印の魔法によりドラゴンとして覚醒することはなく、まだ人間として存在を確立させている。

 だからこそ国王はミハイル島にデーマンを手引きした犯人に対して憤慨していた。結局その犯人は見つからず、けれど竜騎士の誰かだと確信している。未だ断定には至っていないものの、国王は改めて竜騎士全員に厳令を出した。それでもレギアスの存在を危険視する彼らは、そのチャンスを窺っているだろう。

「だが事情が事情だ。お主が力を活かせないままなのはよろしくない。早急に部隊を編成しよう」
「と言うことは、竜剣は実在し在処もご存じなのですね?」

 ベールの言葉に国王は頷いた。
 だがレギアスは不穏な気配を察していた。国王は『部隊を編成する』と言った。それはつまり、騎士団の部隊が必要なほど危険な場所にあると言う事になる。予想はしていた事だが、急な話で騎士団に迷惑を掛けてしまうのではないかと、レギアスは懸念する。
 魔法障壁の外に出るとなれば、それも部隊が必要になる場所なら怪我人や、下手すれば死者も出るかもしれない。自分の我が儘でそんな危険を冒させる訳にはいかないだろう。

 そう考えているのがバレたのか、国王はレギアスを見て軽く笑う。

「フフ……レギアス、お主が気にする事ではない。これは未来への投資だ。お前の力が、いずれ民達を救うと信じている」
「……そうありたいと、自分も思います」

 その言葉に嘘は無い。だがレギアスは民を、世界を守る事よりも大事な人達を守りたいという気持ちが大きく占めていた。それが少しだけ、国王に嘘を吐いているような気がして顔を背けてしまう。

「さて、食事も終わった事だ。私は急いで事の準備を進めさせる。明日の朝に出られるよう、お主も準備しておくのだ、レギアス」
「あ、明日ですか?」
「そうだ。学校には此方から話を通しておく」
「お父様! 私もその部隊に同行します!」

 ベールが立ち上がって部隊へ自薦した。
 しかし国王は強い口調でそれを断る。

「ならん」
「何故です!?」
「此度の任は魔法障壁の外であり、ドラゴンの領域での活動になる。そんな所にお前を連れて行くわけにはいかん」

 ドラゴンの領域、やはりそこに黙示の塔が存在するようだ。ドラゴンの領域ではデーマンの数も質も、空間に漂う魔力もかなり危険だ。熟練の騎士であろうと、気を抜けば瞬時に屍と化してしまう。確かにそんな場所に王女を連れて行ける訳がない。

 レギアスも国王に賛同するが、ベールは断固としてそれを認めようとしなかった。

「いいえ! お父様、レギアスがそんな危険な場所に行くのなら、尚更私も同行します!」
「何故だ?」
「――レギアスの護衛です!」
「護衛?」
「は?」

 思わずレギアスも声を漏らしてしまった。
 決してベールを下に見ているわけでもないが、ベールに護衛されるほどレギアスは自分が弱いと思っていない。寧ろレギアスがベールを護衛する側なのではと、同じく不思議な表情を浮かべているアナトもそう思わずにはいられなかった。

 国王はベールの言い分を理解する為、説明を求めた。

「レギアスの事を良く思っていない者達が組織内に存在するのは明白です。彼が魔法障壁の外に出た瞬間、彼が狙われない保証はありません。ですから、少なくとも彼に信用され尚且つ発言力がある人物が同行するのは当然かと」
「むぅ……」

 国王は呻った。ベールの言い分に一理あると認めてしまったからだろう。
 そこは認めてほしくなかったと、レギアスはジト目で国王を見つめてしまう。

 だがベールの言う通り、またミハイル島でのような事が領域内で起きてしまえば、命が幾つあっても足りないと思える。いくらドラゴンの魔力を使えるようになったと言えども、使い過ぎれば力に呑まれてしまう。呑まれる前に死ぬかもしれないが、頻繁に暗殺されるのはレギアスも御免被りたいと思っている。

「ならば、実戦経験のあるアナト、それからオルガを護衛に就け――」
「お父様! 今! 私が! 行くと! 申して! いるのです!」

 それは最早癇癪を起こした子供の様だった。
 ベールのそんな姿を見るのはレギアスは初めてで、おそらく国王とアナトも初めてなのだろう。口を大きく開けて驚愕に染まっている。控えているリーヴィエルも瞼を閉じたまま器用に驚いていた。
 正気に戻った国王は咳払いをしてからベールを落ち着かせた。

「わ、分かった……だがお前を同行させるのならば、相応の戦力を用意せねばなるまい」

 そこで国王は、後ろに控えているリーヴィエルへ視線を移した。

「リーヴィエル、部隊はお前が率いるのだ」
「……は、は!? 陛下!? 何を仰っておられるのですか!?」

 リーヴィエルは今日一番の慌てようで国王に詰め寄った。
 国王は致し方がないと言わんばかりにリーヴィエルから顔を逸らし、グラスに注いでいる酒で喉を潤す。

「ベールが出るのであれば、竜騎士を動かすしかあるまい。それが可能なのはお前だけだ」
「いえ、それはそうなのですが!? 私が彼に対してどう言う立場なのかご理解されておりますか!?」

 リーヴィエルがレギアスを危険視し、少なくとも対立の意を示しているのは誰もが理解していた。その人物にレギアスの力を高める為の任務に当たらせるのは、それはそれで如何なモノだろうか。まさか国王はベールの態度に動揺して正常な判断が出来ていないのではないか。そう思ってしまっても無理はないだろう。

「まぁ……此処は大人になれ。レギアスではなくベールを守る為と考えるのだ」
「――!?」

 とうとうリーヴィエルは絶句してしまう。
 レギアスとアナトも絶句してしまう。
 ただベールだけはリーヴィエルを威嚇する勢いで睨んでいた。

「レギアスも、それで良いな?」

 拒否権もクソッタレもない問い掛けに、レギアスは頷くしかなかった。

「え、ええ……自分のケツは自分で拭きますので……どうぞ竜騎士殿はベールを守ってください」

 こうして、波乱の夕食は幕を閉じた。
 結局、最後まで王族の食事を堪能することが出来なかったレギアスは、生まれて初めて食事で体力と精神を消耗した経験を得たのであった。


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